神芳

「雨ばっかり……。」
学生が帰宅する時間帯を過ぎた頃、薄暗くなりつつある公園のあずま屋で、雨宿りする女が一人。
その女は憂鬱気な表情を浮かべ、静かに嘆く。
雨は時に荒々しくなり、小雨になったりする。
しかし、雨が止む気配は見られなかった。
「やはりここにいたか。」
「神……。」
雨の音を裂くように現れた男の声で、女は顔をゆっくり上げた。
男は傘を閉じ、女の前にしゃがみこんで彼女の顔を右手ですくい上げた。
「芳野、まだ引きずっているのか?」
「黙って。」
神の手を払いのけた芳野は身体の向きを変え、雨の波紋を打つ湖の水面を見つめた。
今は一人にさせて。芳野は誰とも会いたくなかった。
神は息を吐き、態度を変えない彼女の隣に座った。
彼女も分かっているのだ。
人間は彼らバウントにとって、とても儚げなものであること。
どうあがいても、人間はバウントに追いつくことはできない。
しかし、芳野はそのことについて未だに苦悩している。
彼女は愚かだ。
早く気付くべきだ。我々は世界を支配するもの。
この世界を支配するのは動物でもなく、人間でもない。
我々、バウントだ。
「芳野。」
「……。」
芳野は答えない。
「キミは、人間になりたいのか?」
今まで無反応だった芳野の身体がぴくり、と動いた。
彼女の唇が、何かを言おうとして隙間をつくる。
神はすかさず彼女を引き寄せ、口付けた。
逃れようとする彼女の動きを封じ、神は貪るように荒々しく口付ける。
「ん……っふ……!!」
嫌がる芳野は次第に抵抗を止め、やがて涙を流し始めた。
神は荒々しい接吻を止め、芳野を優しく抱きしめた。
「悩むな。お前は、我々バウントの仲間だ。
バウントのキミが、人間の心であって良い訳がない。」
「……っぅ……!!」
人間と同じ場所で生まれ、育ち、成長してきた。
なのに、なぜ私たちバウントは人間と同じように歳を取り、
この世から発つことは許されないのか。
どうして、人間とバウントは同じ場所にいてはいけないのか。
「『彼女』のことは忘れるんだ。全ての人間が、『彼女』のような考え方をしている訳ではない。人間は、いつか必ず我々を排除しに来る。」
そう。神は、間違ったことは言っていない。
今まで、ずっとそうだった。
時を経ていくうちに、人間はバウントの超越した能力に気付く。
人間は、その能力に恐怖し、その恐怖を元から排除しようとする。
そんな中、二人はある女性に出会う。
『彼女』は、バウントも同じ仲間として見て、話してくれた。
『彼女』と一緒にいられた時間は、彼らが現世で生活していた記憶の中で最高の時間だった。
『彼女』と出会い、一瞬でもバウントと人間は共存できると思った。
しかし、『彼女』は人間。
二人の前ですぐに年老い、息を引き取った。
「そんなこと……分かっているわ。」
『彼女』はもういない。
かすかに抱いた、希望も消えてしまった。
また、以前の生活に戻った。ただ、それだけ。
苦しむことはないのだ。今までと同じ暮らしをすればいいのだから。
人間とは深くつながりを求めず、必要最低限のコミュニケーションを取るだけ。
誰にもその存在は覚えられず、密かに生きる。
ただ、それだけなのに。
「芳野……キミには少し時間が必要だ。休んだ方がいい。」
神の腕の中の芳野は、何も言わずに頷いた。
そう、疲れているのだ。今は、何も考えたくない。
(眠ろう……。)
神は自分の腕の中にいる彼女を見つめた。
(キミも、人間も愚かだ。)
人間は弱く、何かに頼らなければ、強さを見せることができない。
頼る者の苦労も背負い、悩み分かり合おうとする。
だが芳野、キミはもっと愚かだ。
キミは強い。しかし、その強さを自分で埋めてしまっている。
「我々は、世界を支配する必要がある。弱き者達の為に。」
雨はまだ降り続いている。
消えた者よりも、残された者の方が苦しみ、悲しみを背負う。
バウントたちは、その想いを永遠に募らせなければならないのだ。
悲しみは降り続ける雨のごとく、止む気配はない。

【止まぬ雨】...end.
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