一角短編集
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
【一角が活躍する日】
朝夕の冷え込みが一層深まる晩秋の秋。護廷十三隊では映画祭なるものの撮影が各隊で行われていた。撮影の為に黒崎一護が瀞霊廷に来ているという事もあり、普段よりも盛り上がりを見せていた。
「十一番隊は僕が書いた脚本を元に撮影していくよ。ルキアちゃん宜しくね。」
今回は弓親が脚本を書き、監督も務める事になった。
「宜しくお願いします。」
礼儀正しく挨拶するルキアの横でめんどくさそうに息を吐くのは、現世から応援に来させられた黒崎一護だった。
「ちっ…何で俺まで参加させられなきゃいけねぇんだ…。」
「一護!隊長が映えるように気合入れろよ。」
「一角も出んのかよ…つか、なんか任侠映画に出て来そうなチンピラっぽいな。」
すると監督である弓親が一護の言葉に反応した。
「そうだよ、今回僕が書いた脚本は任侠モノだからね。そうじゃなきゃ流血シーンが入れられないだろう?」
「いや、本気で斬り合うつもりかよ!!てか主役の剣八の姿が見当たらねぇし。」
一護のツッコミに反応したのは一角だった。
「十一番隊の映画でヤラセや誤魔化しを使うワケねぇだろうが。隊長はご就寝中だ。」
「剣八の野郎、まだ寝てんのかよ!?もう昼だぞ!?」
撮影準備が進む中、機材担当の名前は役者配置場所の確認をしていた。紅葉が綺麗に色づく絶景のコンディション。不足の無いよう、入念にチェックしていた。
「おい、まだ撮影は始まらねぇのかよ。」
名前に声を掛けてきたのは一角だった。一角は赤と黒の着物、金の龍が施された派手な衣装に身を包み、日頃とはまるで違った雰囲気を放っていた。彼に似合っていて、すごくカッコイイと思った。こんな事、彼の前では口が裂けても言えないけど。
「…もう少ししたら撮影できるから…台本、ちゃんと読み込んでおいてよね。」
「名前、今少し俺に見惚れてただろ?」
「違っ…脇役でもちゃんとした衣装を纏えば、それっぽくなるなって思っただけよ。」
図星を付かれ、反射的に嫌味を言ってしまった。本当はこんな事言いたくないのに、彼は怒ってしまうだろうか?
「恥ずかしがんなよ。耳、赤くなってんぞ。」
「う、五月蠅い!」
一角に指摘され、ますます恥ずかしくなってきた名前はそそくさと機材の確認に戻った。タイミングよく弓親の掛け声で撮影が始まり、一角からの追及は逃れた。
撮影は順調に進み、ルキアがチンピラ(一角)に連れ去られようとするシーンに突入した。今回、弓親の脚本だと一角と一護は悪役になっている。一護は味方に扮した黒幕であり、最後は更木隊長と激しい決闘が繰り広げられる予定だ。
「やめてください!」
「お嬢さんには色々やってもらわなきゃならねぇ仕事があんだよ。」
一角がルキアの腕を取り、強引に連れ去ろうとする。演技と分かっていても、一角と朽木さんの距離が近くなり、名前は無意識に歯を食いしばっていた。そこに一護が割って入ってきた。朽木さんが一角から離れると名前はホッと胸を撫でおろしていて、ただの映画撮影なのに気にしすぎだと反省した。
ここから一角と一護の戦闘シーンに入る。二人が持つのは本物の斬魄刀。どんな戦いになるかは脚本には明記されておらず、二人によるアドリブ演技だ。撮影中だったが、二人は愉しそうに戦っていた。一角は以前から一護と戦いたいと言っていて、それが叶い嬉しさが表情にも出ていた。
「カット!凄くいいシーンが撮れた気がする。確認するから、二人共そのまま待って。」
映像を確認し、無事弓親のOKサインが出た。
「は~~~疲れるぜ。一角だけでもウンザリするのに、剣八とやり合うなんて…ぜってー無理だろ。」
「そんなこと言って一護、ノリノリだったじゃねぇか。」
「本気で狙って来やがって、殺す気か!?」
「本気じゃなきゃ愉しくねぇだろうが!」
二人の言い争いが繰り広げられていると、ルキアの伝令信機が鳴った。
「なにっ!?兄さまが…。」
通話が終わると、ルキアが弓親に頭を下げた。
「すみません!急用が入ってしまい、帰らなければならなくなりました!」
「急用なら仕方ないよね…代役に替わって貰うとしよう。名前ちゃん、頼んだよ!」
弓親は名前を見てニコリと笑った。
「私、演技なんて出来ません!!」
「人前に出る事も苦手な私が映画なんて…」と思っていると、一護が声を掛けてきた。
「大丈夫だぜ、ルキアよりひでぇ演技にはならない筈だ…ぶえっ!」
ルキアが投げた傘が見事に一護にヒットし、私は思わず笑ってしまった。朽木さんは名前に頭を下げた。
「私のせいで済まない。代役をお願い出来ないだろうか?大丈夫だ、緊張する事はない。」
「あぁ、お前ならやれるさ。」
一角も名前を見て頷いた。撮影続行の為にも、私がやらなければならないと思った。
「分かりました。やります!」
「決まりだね。さぁ、続きを撮影するよ。」
*
朽木さんから衣装を頂き、メイクされている間に台本を読み込んだ。急に決まった事なので台詞を間違えてしまわないか心配だった。だが、ここからは長い台詞は少ない為、動作を覚える事に集中した。
(私は黒崎さんに連れ去られ、キスを迫られる…って、そんなシーンあるの!?)
恋愛経験のない名前にとって、それはとても高いハードルに思えた。しかも相手は死神でなはなく、人間。
葛藤に苛 まれている間にも着付けとメイクは終わり、撮影が始まる。あれよあれよ言う間にそのシーンに突入した。
「一護君、頼んだよ。」
「乗り気じゃねぇが、仕方ねぇ。」
「……。」
名前は一角を見たが、彼は腕を組んだまま目を瞑っている。本当はこのシーンを撮るのは、一角に止めて欲しいと思っていた。
(ただの演技だから、大した事じゃない。直ぐに済ませてしまおう。)
撮影が始まり、名前は覚悟を決めた。黒幕である一護が本性を出し、名前を捕まえる。
「お前の全てを奪ってやるよ!」
一護が名前の顎を捕まえ、彼の顔が近付く。名前はギュッと目を瞑り、この瞬間が過ぎ去る事を待った。
ドガっ!
何かがぶつかる音と共に、何者かによってグイっと体が引っ張られた。台本にはない出来事で驚きで目を開けると、目の前には一角の姿。
「一護、まさかお前が親玉だったとはな…。」
一護も一瞬驚いた表情を浮かべたが、アドリブだと理解し、演技を続けた。
「下っ端のお前に何が出来る?そこのお嬢さんに情でも湧いたか?」
「んなこたぁ関係ねぇ!お前の事が気に喰わねぇんだよ!!」
それから流れるように台本は進んでいった。撮影は無事に済み、引き続き一護と更木隊長の戦闘が繰り広げられるかと思いきや、一護の逃亡により主役と悪役抜きのクランクアップになった。
「お疲れ様!代役とは思えない演技、凄く良かったよ!」
弓親に褒められ、名前はすごく気分が良かった。
「ううん、隊長や黒崎さん…他の役者さんが引き立ててくれたから出来たの。」
「これで映画祭大賞は十一番隊のモンだ!」
十一番隊みんなで作り上げた映画、賞が取れるといいなと思いながら、夜空を見上げた。すっかり夜も更け、寒くなってきたところに雨まで降り始めた。
「雨が降り出したぞ、急げ!」
「隊長と黒崎一護はどうするんだ!?」
「そのうち、戻ってくるから大丈夫だろう。」
機材や衣装が濡れないよう、隊員達は急いで撤収作業を進める。借りた番傘はどこに置いただろうかと探していると、一角が名前を呼び止めた。
「濡れる前に帰んぞ。」
「私の傘、見なかった?さっき置いてあったのに…。」
「きっと誰かが持ってっちまったんだろ。俺の傘に入っとけ。」
「えっ…!」
一角は返答を聞く前に名前の手を引っ張り、自身が差す番傘の中に入れてくれた。相合傘と言う状況、そして肩が触れるほど間近に一角がいる。突然の事で脳内は混乱していた。
「誰か見てるかもしれないんだよ?」
「それがどうした。別になんとも思わねーよ。」
一角は何とも思わなくても、私には大有りだ。雨足はどんどん強くなっていく。一角は私に歩幅を合わせてくれて、更に濡れないように気遣ってくれた。普段こんなに優しかっただろうか?彼の別人のような対応に更に名前は混乱させられた。
「さっきのシーン、台本に無かったじゃない。よくアドリブで入れたわね。」
『さっきの』とはキスシーンの所だ。本来ならば、名前が一護にキスされるシーンだった。演技なので本当はキスをしないのだが、カメラにもキスする前に一角が突入してきているので、キスシーンは実際は撮れていなかった。その後の二人の演技でカバー出来た為、台本と違っても弓親は撮り直しを指示しなかったのだ。
「台本が気に入らなかっただけだ。」
一角はボソリと呟いた。
「そっか…ありがとう。」
一角のアドリブが、実はとても嬉しかったのだ。名前が朽木さんに妬いたのと同じく、一角も一護に妬いてくれていたのかな…と私は俄かに期待していた。
宿泊する宿が見えてきた。宿の園庭は灯籠に火が灯り、紅葉を下から照らしている。雨も相まってとても綺麗に見えた。
「一角、ここまで傘入れてくれてありがとう。」
「おう。」
緊張もあり足早に宿へ入ろうとしたが、一角は名前を呼び止めた。
「どうしたの?」と振り返ると、一角は私の目を見て言った。
「名前が代役になって、良かったぜ。衣装も似合ってるしな。」
一角の言葉に胸がドキリと跳ね上がった。そんな事を言われると思っていなかったので、どうしようかと思ったが、今なら私も言えそうだ。
「一角も…その衣装、すごく似合ってる。カッコいい。」
昼に口が裂けても言えないと思っていた言葉が、台詞のようにサラリと言えた。一角は驚いた表情を見せたが、ニヤリと口元を引き上げて笑った。
「はっ、名前にそう言われると…有頂天になっちまうなぁ。」
言った事が急に恥ずかしくなり、私は「お腹すいた。早くご飯が食べたい!」と話を逸らした。
「あぁ、俺も腹が減ったな。旨い酒も飲みてぇし…早く宿に入るか。」
*
後日、十一番隊は映画祭大賞は逃したものの、この映画は名前にとって、記憶にもフィルムにも残る大切な思い出となった。
(私にとって、この映画で一番活躍してたのは、一角だからね…。)
【一角が活躍する日】...end.
朝夕の冷え込みが一層深まる晩秋の秋。護廷十三隊では映画祭なるものの撮影が各隊で行われていた。撮影の為に黒崎一護が瀞霊廷に来ているという事もあり、普段よりも盛り上がりを見せていた。
「十一番隊は僕が書いた脚本を元に撮影していくよ。ルキアちゃん宜しくね。」
今回は弓親が脚本を書き、監督も務める事になった。
「宜しくお願いします。」
礼儀正しく挨拶するルキアの横でめんどくさそうに息を吐くのは、現世から応援に来させられた黒崎一護だった。
「ちっ…何で俺まで参加させられなきゃいけねぇんだ…。」
「一護!隊長が映えるように気合入れろよ。」
「一角も出んのかよ…つか、なんか任侠映画に出て来そうなチンピラっぽいな。」
すると監督である弓親が一護の言葉に反応した。
「そうだよ、今回僕が書いた脚本は任侠モノだからね。そうじゃなきゃ流血シーンが入れられないだろう?」
「いや、本気で斬り合うつもりかよ!!てか主役の剣八の姿が見当たらねぇし。」
一護のツッコミに反応したのは一角だった。
「十一番隊の映画でヤラセや誤魔化しを使うワケねぇだろうが。隊長はご就寝中だ。」
「剣八の野郎、まだ寝てんのかよ!?もう昼だぞ!?」
撮影準備が進む中、機材担当の名前は役者配置場所の確認をしていた。紅葉が綺麗に色づく絶景のコンディション。不足の無いよう、入念にチェックしていた。
「おい、まだ撮影は始まらねぇのかよ。」
名前に声を掛けてきたのは一角だった。一角は赤と黒の着物、金の龍が施された派手な衣装に身を包み、日頃とはまるで違った雰囲気を放っていた。彼に似合っていて、すごくカッコイイと思った。こんな事、彼の前では口が裂けても言えないけど。
「…もう少ししたら撮影できるから…台本、ちゃんと読み込んでおいてよね。」
「名前、今少し俺に見惚れてただろ?」
「違っ…脇役でもちゃんとした衣装を纏えば、それっぽくなるなって思っただけよ。」
図星を付かれ、反射的に嫌味を言ってしまった。本当はこんな事言いたくないのに、彼は怒ってしまうだろうか?
「恥ずかしがんなよ。耳、赤くなってんぞ。」
「う、五月蠅い!」
一角に指摘され、ますます恥ずかしくなってきた名前はそそくさと機材の確認に戻った。タイミングよく弓親の掛け声で撮影が始まり、一角からの追及は逃れた。
撮影は順調に進み、ルキアがチンピラ(一角)に連れ去られようとするシーンに突入した。今回、弓親の脚本だと一角と一護は悪役になっている。一護は味方に扮した黒幕であり、最後は更木隊長と激しい決闘が繰り広げられる予定だ。
「やめてください!」
「お嬢さんには色々やってもらわなきゃならねぇ仕事があんだよ。」
一角がルキアの腕を取り、強引に連れ去ろうとする。演技と分かっていても、一角と朽木さんの距離が近くなり、名前は無意識に歯を食いしばっていた。そこに一護が割って入ってきた。朽木さんが一角から離れると名前はホッと胸を撫でおろしていて、ただの映画撮影なのに気にしすぎだと反省した。
ここから一角と一護の戦闘シーンに入る。二人が持つのは本物の斬魄刀。どんな戦いになるかは脚本には明記されておらず、二人によるアドリブ演技だ。撮影中だったが、二人は愉しそうに戦っていた。一角は以前から一護と戦いたいと言っていて、それが叶い嬉しさが表情にも出ていた。
「カット!凄くいいシーンが撮れた気がする。確認するから、二人共そのまま待って。」
映像を確認し、無事弓親のOKサインが出た。
「は~~~疲れるぜ。一角だけでもウンザリするのに、剣八とやり合うなんて…ぜってー無理だろ。」
「そんなこと言って一護、ノリノリだったじゃねぇか。」
「本気で狙って来やがって、殺す気か!?」
「本気じゃなきゃ愉しくねぇだろうが!」
二人の言い争いが繰り広げられていると、ルキアの伝令信機が鳴った。
「なにっ!?兄さまが…。」
通話が終わると、ルキアが弓親に頭を下げた。
「すみません!急用が入ってしまい、帰らなければならなくなりました!」
「急用なら仕方ないよね…代役に替わって貰うとしよう。名前ちゃん、頼んだよ!」
弓親は名前を見てニコリと笑った。
「私、演技なんて出来ません!!」
「人前に出る事も苦手な私が映画なんて…」と思っていると、一護が声を掛けてきた。
「大丈夫だぜ、ルキアよりひでぇ演技にはならない筈だ…ぶえっ!」
ルキアが投げた傘が見事に一護にヒットし、私は思わず笑ってしまった。朽木さんは名前に頭を下げた。
「私のせいで済まない。代役をお願い出来ないだろうか?大丈夫だ、緊張する事はない。」
「あぁ、お前ならやれるさ。」
一角も名前を見て頷いた。撮影続行の為にも、私がやらなければならないと思った。
「分かりました。やります!」
「決まりだね。さぁ、続きを撮影するよ。」
*
朽木さんから衣装を頂き、メイクされている間に台本を読み込んだ。急に決まった事なので台詞を間違えてしまわないか心配だった。だが、ここからは長い台詞は少ない為、動作を覚える事に集中した。
(私は黒崎さんに連れ去られ、キスを迫られる…って、そんなシーンあるの!?)
恋愛経験のない名前にとって、それはとても高いハードルに思えた。しかも相手は死神でなはなく、人間。
葛藤に
「一護君、頼んだよ。」
「乗り気じゃねぇが、仕方ねぇ。」
「……。」
名前は一角を見たが、彼は腕を組んだまま目を瞑っている。本当はこのシーンを撮るのは、一角に止めて欲しいと思っていた。
(ただの演技だから、大した事じゃない。直ぐに済ませてしまおう。)
撮影が始まり、名前は覚悟を決めた。黒幕である一護が本性を出し、名前を捕まえる。
「お前の全てを奪ってやるよ!」
一護が名前の顎を捕まえ、彼の顔が近付く。名前はギュッと目を瞑り、この瞬間が過ぎ去る事を待った。
ドガっ!
何かがぶつかる音と共に、何者かによってグイっと体が引っ張られた。台本にはない出来事で驚きで目を開けると、目の前には一角の姿。
「一護、まさかお前が親玉だったとはな…。」
一護も一瞬驚いた表情を浮かべたが、アドリブだと理解し、演技を続けた。
「下っ端のお前に何が出来る?そこのお嬢さんに情でも湧いたか?」
「んなこたぁ関係ねぇ!お前の事が気に喰わねぇんだよ!!」
それから流れるように台本は進んでいった。撮影は無事に済み、引き続き一護と更木隊長の戦闘が繰り広げられるかと思いきや、一護の逃亡により主役と悪役抜きのクランクアップになった。
「お疲れ様!代役とは思えない演技、凄く良かったよ!」
弓親に褒められ、名前はすごく気分が良かった。
「ううん、隊長や黒崎さん…他の役者さんが引き立ててくれたから出来たの。」
「これで映画祭大賞は十一番隊のモンだ!」
十一番隊みんなで作り上げた映画、賞が取れるといいなと思いながら、夜空を見上げた。すっかり夜も更け、寒くなってきたところに雨まで降り始めた。
「雨が降り出したぞ、急げ!」
「隊長と黒崎一護はどうするんだ!?」
「そのうち、戻ってくるから大丈夫だろう。」
機材や衣装が濡れないよう、隊員達は急いで撤収作業を進める。借りた番傘はどこに置いただろうかと探していると、一角が名前を呼び止めた。
「濡れる前に帰んぞ。」
「私の傘、見なかった?さっき置いてあったのに…。」
「きっと誰かが持ってっちまったんだろ。俺の傘に入っとけ。」
「えっ…!」
一角は返答を聞く前に名前の手を引っ張り、自身が差す番傘の中に入れてくれた。相合傘と言う状況、そして肩が触れるほど間近に一角がいる。突然の事で脳内は混乱していた。
「誰か見てるかもしれないんだよ?」
「それがどうした。別になんとも思わねーよ。」
一角は何とも思わなくても、私には大有りだ。雨足はどんどん強くなっていく。一角は私に歩幅を合わせてくれて、更に濡れないように気遣ってくれた。普段こんなに優しかっただろうか?彼の別人のような対応に更に名前は混乱させられた。
「さっきのシーン、台本に無かったじゃない。よくアドリブで入れたわね。」
『さっきの』とはキスシーンの所だ。本来ならば、名前が一護にキスされるシーンだった。演技なので本当はキスをしないのだが、カメラにもキスする前に一角が突入してきているので、キスシーンは実際は撮れていなかった。その後の二人の演技でカバー出来た為、台本と違っても弓親は撮り直しを指示しなかったのだ。
「台本が気に入らなかっただけだ。」
一角はボソリと呟いた。
「そっか…ありがとう。」
一角のアドリブが、実はとても嬉しかったのだ。名前が朽木さんに妬いたのと同じく、一角も一護に妬いてくれていたのかな…と私は俄かに期待していた。
宿泊する宿が見えてきた。宿の園庭は灯籠に火が灯り、紅葉を下から照らしている。雨も相まってとても綺麗に見えた。
「一角、ここまで傘入れてくれてありがとう。」
「おう。」
緊張もあり足早に宿へ入ろうとしたが、一角は名前を呼び止めた。
「どうしたの?」と振り返ると、一角は私の目を見て言った。
「名前が代役になって、良かったぜ。衣装も似合ってるしな。」
一角の言葉に胸がドキリと跳ね上がった。そんな事を言われると思っていなかったので、どうしようかと思ったが、今なら私も言えそうだ。
「一角も…その衣装、すごく似合ってる。カッコいい。」
昼に口が裂けても言えないと思っていた言葉が、台詞のようにサラリと言えた。一角は驚いた表情を見せたが、ニヤリと口元を引き上げて笑った。
「はっ、名前にそう言われると…有頂天になっちまうなぁ。」
言った事が急に恥ずかしくなり、私は「お腹すいた。早くご飯が食べたい!」と話を逸らした。
「あぁ、俺も腹が減ったな。旨い酒も飲みてぇし…早く宿に入るか。」
*
後日、十一番隊は映画祭大賞は逃したものの、この映画は名前にとって、記憶にもフィルムにも残る大切な思い出となった。
(私にとって、この映画で一番活躍してたのは、一角だからね…。)
【一角が活躍する日】...end.