弓親短編集
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【僕の髪より大事なもの】
非番の日。名前は手作りの弁当を持参し、弓親が所属する十一番隊を訪れた。
晴れて想いが通じ合ってからそれ程日の経っていない二人は、まだよそよそしさを感じつつも良好な関係を築いている最中だった。
「あ~貴女っち!」
「草鹿副隊長、お邪魔させて頂いております。」
名前はやちるの姿を見て嬉しく思った。
子どもが好きな名前は弓親の次に、彼女に会いに来るのが密かな楽しみであった。
「今日もお菓子を持ってきましたので、ご賞味ください。」
「やった~!貴女っちのおかし、だいすき~!」
「お喜び頂けたようで嬉しいです。」
持ってきたお菓子はクッキー。お弁当に取り掛かる前に作ったものだ。
丸形、星形、ハート型のクッキーをプレーンとカカオ味で計六種類作った。
やちるは受け取るが早いかお菓子の袋を開け、全て大きな口の中に放り込んで平らげた。
ボリボリと音を立てて一瞬で消えたそれは、調理の手間や時間など何事もなかったかのように消え去った。
拍子抜けしたかと思えば、名前は大きな声で笑った。
「あはははは!!!草鹿副隊長、かわいい~!」
名前はやちるを抱き締め、笑った。
口いっぱいになって咀嚼する彼女の姿が可愛すぎる。
「おいしかった~!貴女っち、またおかし作ってね!」
「はい、勿論でございます!」
「またねー」と手を振るやちるの後ろ背中を見送り、名前は弓親がいると思われる執務室に向かった。
「失礼いたします。」
名前は声を掛けて執務室に入った。
「お、今日も来たんだな。」
名前に声を掛けたのは斑目一角だった。
席に座って書類を捌いていた。
「お邪魔させて頂きます。」
「あぁ、弓親の野郎に用事だろ?そういや、朝から姿見てねぇな…今日は非番じゃねぇ筈だからどっかにいる筈なんだが…。」
「私、探してみますね!ありがとうございます。」
「一緒に探してやりたい所だけどすまねぇな、手が離せなくてよ。」
「いえいえ、お気遣いありがとうございます。お仕事頑張ってください!」
執務室から出た名前は霊圧探知で弓親の居場所を探した。
すると自室にいるようだったのでそちらに向かった。
時刻は昼に近い。
今日は天気もいいので、景色を楽しみながらお弁当が食べられると名前は浮足立っていた。
「弓親さん、失礼致します。苗字です。」
名前は弓親の自室の前で声を上げた。
しばらく待っていたが、出て来る気配が感じられない。
もしかしたら体調が悪いのでは…心配に思った名前はもう一度声を掛けた。
「弓親さん、ご体調が悪いのでしょうか…中に入りますね、失礼いたしま…。」
名前が襖を開けようとした瞬間、弓親の声が聞こえてきた。
「名前ちゃん…ちょっと今日は会えない。また後日にしてくれないかな。」
「ご体調が悪いのですか?一度お顔を拝見させては頂けないでしょうか?」
日は浅いが恋仲と言うものの、相手が体調不良と聞けば放ってはおけないもの。
今日は非番なので、傍に居る事が出来る。
「体調が悪い訳じゃないんだ…でも今日は会えない。ごめん、帰ってくれる?」
「……はい、分かりました。」
体調不良ではないという事で一先ず安心した名前。
だが会えない理由がなんなのか分からず、名前は気を落とした。
とぼとぼと歩く名前の姿を見かけた一角が声を掛けてきた。
「弓親に会えたか?」
「いえ、今日はご気分が悪いそうです。」
「体調が悪いってか?」
「いえ、そうではないみたいです。」
「はぁ?どういう了見だあのヤロー。俺が引っ張り出してくるわ。」
名前は一角の腕を引き留め、首を横に振った。
「斑目三席。お気持ちは嬉しいのですが、今はそっとしてあげてください。また出直します。」
「出来た彼女だ。俺だったら、手ぶらで追い返すような事はしねーけどな。」
「ふふふ…失礼いたします。」
一角は腕を組んでしばらく考え込んでいたが「よし!」と声を上げた。
「今日は非番なんだろ?俺も作業がひと段落したし、一緒に茶でも飲みに行かねぇか?」
「えっ…。」
「せっかく来てくれたのに、茶の一杯もご馳走しないなんて失礼だろうが。」
「あの、お気遣いなく…。」
「俺も気分転換したいしよ、一人で甘味処に行ったら寂しいだろ?ちょっとでいい。付き合ってくれねぇか、名前ちゃんよ。」
弓親さんにも事情がある。
分かってはいるが、名前も朝早く起きて料理したにも関わらず、何もせず帰路に着くには味気なかった。
帰宅して一人で燻っているより、名前自身も気分転換した方が良いと思った。
「では、斑目三席のお言葉に甘えさせて頂こうと思います。」
「よし、決まりだな!名前ちゃんは何が好きなんだ?」
「私はですね…。」
*
外は正にお出かけ日和。
もうすぐ桜が咲く季節という事もあり、花の良い香りが町を漂っていた。
本当は弓親さんと歩きたかったんだけどな…と思った。
甘味処に入った二人はお菓子とお抹茶のセットを注文した。
「気にせず食えよ。わざわざ付き合って貰った礼だ。」
「そんな、それではいけません!」
「いいって。そんなに気になるってんなら、後で弓親に請求しとくからよ。」
「っぷ、ははは…!斑目三席は面白い方ですね。」
一角は気落ちしていた名前の笑顔を見ると安堵した。
大好きな恋人に会いに来た筈なのに、泣き出しそうな顔する名前を見て黙ってはいられなかった。
一角から見て名前は出来過ぎた彼女だ。
弓親が恋をする事など毛頭ないと思っていたが、いざ実際に彼女に会うと惚れるのもおかしくはないと思った。
今日はきっとアイツに弁当でも作って持ってきたのだろう。大事そうに風呂敷に包んだ荷物を持ち歩いている。
名前ちゃんは気遣いが出来て優しい。無意識にも心の距離を理解していて、近すぎず離れすぎない位置に自然と合わせられる。
神経質な弓親の傍にいられるのも、彼女の気遣いのお陰なのだと思った。
談笑しつつ、美味しい茶菓子を頂いた名前はすっかり笑顔を取り戻していた。
一角は「近くまで送る」と言ってくれたが、名前はここで大丈夫だと告げた。
この後は買い物でもして帰ろうかと思っていると、突然一角に襲い掛かる人物がいた。
「僕がいない所で何してるの、一角。」
「きゃっ…!?」
名前は突然現れ、一角を襲撃した弓親を見て驚いた。
「遅えじゃねぇか。」
一角はニヤリと口元を引き上げ、弓親に反撃した。殴る蹴るの戦いに砂埃が舞い上がる。
素手での戦いだが、下手をすればどちらも怪我をしてしまう。
名前は声を張り上げた。
「お二人共、やめてください!」
ピタリと止まった一角と弓親は名前の顔を振り返った。
そしてお互い距離を取り、肩をならした。
「可愛い子ちゃん置いて、随分おざなりじゃねぇか。お前それでも男か?」
一角はわざと弓親を煽るように言った。
弓親は青筋を浮かべながら、一角を睨みつけた。
「あぁ、そうだよ。恥ずかしい程に僕は男だ。だから名前を迎えに来た。」
「可愛い子を泣かせやがって、俺が貰ってもいいんだぜ?」
「泣いてはいないのですが…」と思った名前だったが、一角の言葉に思わずドキリとしてしまう。
一角さんは気遣いのできる素敵な男性だと先程知ったからだ。
「はぁ?それ聞いて、僕が許すと思ってるの?」
弓親は普段では聞くことのできない低い声で一角を威嚇した。
かなり怒っている…見た事のない彼の姿を見て名前は怖くなった。
斑目三席の気遣いに甘えて二人で出掛けてしまったが、結果的に弓親さんを裏切ることになってしまった。
謝っても許してもらえるだろうか…。
「おい、名前ちゃん怖がってんだろうが。」
「名前、後でちゃんと話すから…今はこの剥げ頭を殴らせてくれる?」
「今日はよく喋るじゃねぇか、弓親!」
一角は弓親に殴り掛かり、再び二人の戦いが始まった。
どうしたら二人を止められるだろうか、怪我はしないだろうかと心配していた名前だったが、じきに二人が愉しそうな表情で戦っている事に気付き、終わるまで見守ることにした。
戦って話を決める…これが十一番隊流のやり方なのだと名前は悟った。
「はぁはぁ…今日の所はこれで済ましてあげるよ。」
「ハっ…どの口が言ってんだ。」
弓親と一角は汗をかき、全身は砂だらけ。
打撃を受けた部分は内出血を起こして赤黒くなっている。
「二人共、お疲れさまでした…!」
頭を下げる名前を見て二人は豆鉄砲を喰らった顔をして、すぐに笑った。
「ちっ…お前には勿体ない彼女だな。」
「いいかい?名前は僕の大事な彼女なんだ。指一本でも触れてみるならその指、斬り落とすからね。」
「なら、せいぜい名前ちゃんの手をしっかり握ってるんだな。あとは二人でしっかり話し合えよ。」
「斑目三席、ありがとうございました!そしてご馳走様です!」
名前は一角に頭を下げた。
一角は後ろ背で右手を挙げ、ひらひらと振りながらその場を後にした。
「名前…ごめん、その…。」
「弓親さん、まずはお風呂に行きましょうか!」
綺麗好きな彼が真っ先に気にする事だ。
特に手入れに力を入れている髪が乱れてしまっている。
「待って。それよりも、先に名前に言わなきゃいけない事がある。」
「なんでしょうか…。」
弓親は名前に深々と頭を下げた。
名前は慌てて「顔を上げてください!」と言った。
「いや、これぐらいしなきゃ名前に示しが付かないんだ…折角来てくれたのに、変な見栄を張ってしまったから。」
「……?」
「さっき、君に会えなかった理由…子供みたいに幼稚な理由で恥ずかしいんだけど、聞いてくれる?」
「はい。」
「昨日、美容院に行ったんだ…いつもは指名の人にしか僕の髪を触らせないんだけど、その人が体調不良でね…仕方なく違う人に切って貰ったんだ。」
「そうしたら気に入らなかったと…。」
「その通り。でも僕は直ぐに後悔した…変な見栄を張って君を追い返した事をね。
君は一角と何処かに出かけてしまうし、髪が乱れる事よりも、名前を取られる事の方が耐えられなかったんだ。」
「弓親さん…。」
名前は目頭が熱くなり、潤んだ。
弓親の真摯な言葉を聞き、名前を大切に想ってくれている事を知った。
それが嬉しくて名前は一筋の涙を零した。
「名前っ!?本当にごめん…僕…。」
「いいえ、謝らないで下さい。この涙は、うれし涙です。弓親さんに、愛されているのだと感じる事が出来て…嬉しいのです。」
「……っ!」
弓親はそっと名前の体を抱き締めた。
「名前…もう絶対放さないから。」
「はい…私も、弓親さんの手を放しません。」
春の温かい風が吹き、二人の髪と死覇装の袖や裾が揺らめく。
先程の戦いで切れた弓親の唇を気にする事無く、名前は触れ合わせた。
初めて感じる血の味の口付けは特別な味だった。
「弓親さん。私、お弁当を作ってきたんです。召し上がられますか?」
「うん、頂くとするよ。でも先に、着替えてきていい?」
「はい、勿論です!」
【僕の髪より大事なもの】...end.
非番の日。名前は手作りの弁当を持参し、弓親が所属する十一番隊を訪れた。
晴れて想いが通じ合ってからそれ程日の経っていない二人は、まだよそよそしさを感じつつも良好な関係を築いている最中だった。
「あ~貴女っち!」
「草鹿副隊長、お邪魔させて頂いております。」
名前はやちるの姿を見て嬉しく思った。
子どもが好きな名前は弓親の次に、彼女に会いに来るのが密かな楽しみであった。
「今日もお菓子を持ってきましたので、ご賞味ください。」
「やった~!貴女っちのおかし、だいすき~!」
「お喜び頂けたようで嬉しいです。」
持ってきたお菓子はクッキー。お弁当に取り掛かる前に作ったものだ。
丸形、星形、ハート型のクッキーをプレーンとカカオ味で計六種類作った。
やちるは受け取るが早いかお菓子の袋を開け、全て大きな口の中に放り込んで平らげた。
ボリボリと音を立てて一瞬で消えたそれは、調理の手間や時間など何事もなかったかのように消え去った。
拍子抜けしたかと思えば、名前は大きな声で笑った。
「あはははは!!!草鹿副隊長、かわいい~!」
名前はやちるを抱き締め、笑った。
口いっぱいになって咀嚼する彼女の姿が可愛すぎる。
「おいしかった~!貴女っち、またおかし作ってね!」
「はい、勿論でございます!」
「またねー」と手を振るやちるの後ろ背中を見送り、名前は弓親がいると思われる執務室に向かった。
「失礼いたします。」
名前は声を掛けて執務室に入った。
「お、今日も来たんだな。」
名前に声を掛けたのは斑目一角だった。
席に座って書類を捌いていた。
「お邪魔させて頂きます。」
「あぁ、弓親の野郎に用事だろ?そういや、朝から姿見てねぇな…今日は非番じゃねぇ筈だからどっかにいる筈なんだが…。」
「私、探してみますね!ありがとうございます。」
「一緒に探してやりたい所だけどすまねぇな、手が離せなくてよ。」
「いえいえ、お気遣いありがとうございます。お仕事頑張ってください!」
執務室から出た名前は霊圧探知で弓親の居場所を探した。
すると自室にいるようだったのでそちらに向かった。
時刻は昼に近い。
今日は天気もいいので、景色を楽しみながらお弁当が食べられると名前は浮足立っていた。
「弓親さん、失礼致します。苗字です。」
名前は弓親の自室の前で声を上げた。
しばらく待っていたが、出て来る気配が感じられない。
もしかしたら体調が悪いのでは…心配に思った名前はもう一度声を掛けた。
「弓親さん、ご体調が悪いのでしょうか…中に入りますね、失礼いたしま…。」
名前が襖を開けようとした瞬間、弓親の声が聞こえてきた。
「名前ちゃん…ちょっと今日は会えない。また後日にしてくれないかな。」
「ご体調が悪いのですか?一度お顔を拝見させては頂けないでしょうか?」
日は浅いが恋仲と言うものの、相手が体調不良と聞けば放ってはおけないもの。
今日は非番なので、傍に居る事が出来る。
「体調が悪い訳じゃないんだ…でも今日は会えない。ごめん、帰ってくれる?」
「……はい、分かりました。」
体調不良ではないという事で一先ず安心した名前。
だが会えない理由がなんなのか分からず、名前は気を落とした。
とぼとぼと歩く名前の姿を見かけた一角が声を掛けてきた。
「弓親に会えたか?」
「いえ、今日はご気分が悪いそうです。」
「体調が悪いってか?」
「いえ、そうではないみたいです。」
「はぁ?どういう了見だあのヤロー。俺が引っ張り出してくるわ。」
名前は一角の腕を引き留め、首を横に振った。
「斑目三席。お気持ちは嬉しいのですが、今はそっとしてあげてください。また出直します。」
「出来た彼女だ。俺だったら、手ぶらで追い返すような事はしねーけどな。」
「ふふふ…失礼いたします。」
一角は腕を組んでしばらく考え込んでいたが「よし!」と声を上げた。
「今日は非番なんだろ?俺も作業がひと段落したし、一緒に茶でも飲みに行かねぇか?」
「えっ…。」
「せっかく来てくれたのに、茶の一杯もご馳走しないなんて失礼だろうが。」
「あの、お気遣いなく…。」
「俺も気分転換したいしよ、一人で甘味処に行ったら寂しいだろ?ちょっとでいい。付き合ってくれねぇか、名前ちゃんよ。」
弓親さんにも事情がある。
分かってはいるが、名前も朝早く起きて料理したにも関わらず、何もせず帰路に着くには味気なかった。
帰宅して一人で燻っているより、名前自身も気分転換した方が良いと思った。
「では、斑目三席のお言葉に甘えさせて頂こうと思います。」
「よし、決まりだな!名前ちゃんは何が好きなんだ?」
「私はですね…。」
*
外は正にお出かけ日和。
もうすぐ桜が咲く季節という事もあり、花の良い香りが町を漂っていた。
本当は弓親さんと歩きたかったんだけどな…と思った。
甘味処に入った二人はお菓子とお抹茶のセットを注文した。
「気にせず食えよ。わざわざ付き合って貰った礼だ。」
「そんな、それではいけません!」
「いいって。そんなに気になるってんなら、後で弓親に請求しとくからよ。」
「っぷ、ははは…!斑目三席は面白い方ですね。」
一角は気落ちしていた名前の笑顔を見ると安堵した。
大好きな恋人に会いに来た筈なのに、泣き出しそうな顔する名前を見て黙ってはいられなかった。
一角から見て名前は出来過ぎた彼女だ。
弓親が恋をする事など毛頭ないと思っていたが、いざ実際に彼女に会うと惚れるのもおかしくはないと思った。
今日はきっとアイツに弁当でも作って持ってきたのだろう。大事そうに風呂敷に包んだ荷物を持ち歩いている。
名前ちゃんは気遣いが出来て優しい。無意識にも心の距離を理解していて、近すぎず離れすぎない位置に自然と合わせられる。
神経質な弓親の傍にいられるのも、彼女の気遣いのお陰なのだと思った。
談笑しつつ、美味しい茶菓子を頂いた名前はすっかり笑顔を取り戻していた。
一角は「近くまで送る」と言ってくれたが、名前はここで大丈夫だと告げた。
この後は買い物でもして帰ろうかと思っていると、突然一角に襲い掛かる人物がいた。
「僕がいない所で何してるの、一角。」
「きゃっ…!?」
名前は突然現れ、一角を襲撃した弓親を見て驚いた。
「遅えじゃねぇか。」
一角はニヤリと口元を引き上げ、弓親に反撃した。殴る蹴るの戦いに砂埃が舞い上がる。
素手での戦いだが、下手をすればどちらも怪我をしてしまう。
名前は声を張り上げた。
「お二人共、やめてください!」
ピタリと止まった一角と弓親は名前の顔を振り返った。
そしてお互い距離を取り、肩をならした。
「可愛い子ちゃん置いて、随分おざなりじゃねぇか。お前それでも男か?」
一角はわざと弓親を煽るように言った。
弓親は青筋を浮かべながら、一角を睨みつけた。
「あぁ、そうだよ。恥ずかしい程に僕は男だ。だから名前を迎えに来た。」
「可愛い子を泣かせやがって、俺が貰ってもいいんだぜ?」
「泣いてはいないのですが…」と思った名前だったが、一角の言葉に思わずドキリとしてしまう。
一角さんは気遣いのできる素敵な男性だと先程知ったからだ。
「はぁ?それ聞いて、僕が許すと思ってるの?」
弓親は普段では聞くことのできない低い声で一角を威嚇した。
かなり怒っている…見た事のない彼の姿を見て名前は怖くなった。
斑目三席の気遣いに甘えて二人で出掛けてしまったが、結果的に弓親さんを裏切ることになってしまった。
謝っても許してもらえるだろうか…。
「おい、名前ちゃん怖がってんだろうが。」
「名前、後でちゃんと話すから…今はこの剥げ頭を殴らせてくれる?」
「今日はよく喋るじゃねぇか、弓親!」
一角は弓親に殴り掛かり、再び二人の戦いが始まった。
どうしたら二人を止められるだろうか、怪我はしないだろうかと心配していた名前だったが、じきに二人が愉しそうな表情で戦っている事に気付き、終わるまで見守ることにした。
戦って話を決める…これが十一番隊流のやり方なのだと名前は悟った。
「はぁはぁ…今日の所はこれで済ましてあげるよ。」
「ハっ…どの口が言ってんだ。」
弓親と一角は汗をかき、全身は砂だらけ。
打撃を受けた部分は内出血を起こして赤黒くなっている。
「二人共、お疲れさまでした…!」
頭を下げる名前を見て二人は豆鉄砲を喰らった顔をして、すぐに笑った。
「ちっ…お前には勿体ない彼女だな。」
「いいかい?名前は僕の大事な彼女なんだ。指一本でも触れてみるならその指、斬り落とすからね。」
「なら、せいぜい名前ちゃんの手をしっかり握ってるんだな。あとは二人でしっかり話し合えよ。」
「斑目三席、ありがとうございました!そしてご馳走様です!」
名前は一角に頭を下げた。
一角は後ろ背で右手を挙げ、ひらひらと振りながらその場を後にした。
「名前…ごめん、その…。」
「弓親さん、まずはお風呂に行きましょうか!」
綺麗好きな彼が真っ先に気にする事だ。
特に手入れに力を入れている髪が乱れてしまっている。
「待って。それよりも、先に名前に言わなきゃいけない事がある。」
「なんでしょうか…。」
弓親は名前に深々と頭を下げた。
名前は慌てて「顔を上げてください!」と言った。
「いや、これぐらいしなきゃ名前に示しが付かないんだ…折角来てくれたのに、変な見栄を張ってしまったから。」
「……?」
「さっき、君に会えなかった理由…子供みたいに幼稚な理由で恥ずかしいんだけど、聞いてくれる?」
「はい。」
「昨日、美容院に行ったんだ…いつもは指名の人にしか僕の髪を触らせないんだけど、その人が体調不良でね…仕方なく違う人に切って貰ったんだ。」
「そうしたら気に入らなかったと…。」
「その通り。でも僕は直ぐに後悔した…変な見栄を張って君を追い返した事をね。
君は一角と何処かに出かけてしまうし、髪が乱れる事よりも、名前を取られる事の方が耐えられなかったんだ。」
「弓親さん…。」
名前は目頭が熱くなり、潤んだ。
弓親の真摯な言葉を聞き、名前を大切に想ってくれている事を知った。
それが嬉しくて名前は一筋の涙を零した。
「名前っ!?本当にごめん…僕…。」
「いいえ、謝らないで下さい。この涙は、うれし涙です。弓親さんに、愛されているのだと感じる事が出来て…嬉しいのです。」
「……っ!」
弓親はそっと名前の体を抱き締めた。
「名前…もう絶対放さないから。」
「はい…私も、弓親さんの手を放しません。」
春の温かい風が吹き、二人の髪と死覇装の袖や裾が揺らめく。
先程の戦いで切れた弓親の唇を気にする事無く、名前は触れ合わせた。
初めて感じる血の味の口付けは特別な味だった。
「弓親さん。私、お弁当を作ってきたんです。召し上がられますか?」
「うん、頂くとするよ。でも先に、着替えてきていい?」
「はい、勿論です!」
【僕の髪より大事なもの】...end.
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