一角短編集
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
【夜の警ら】
「はっ…はっ…はっ…。」
深夜。凄まじいスピードで走る影が一つ。
その影は白い息を吐きながら、屋根から屋根へ飛び移りながら走り続けていた。
夜も更け、静まり返っている瀞霊廷。真冬ということもあり、廷内に人影は全く見られない。夜の警らは、多くの死神が睡眠をとる夜間、緊急事態の早急な対応、防止をするために設置されている。簡単に言えば、瀞霊廷内の見回り。
二番隊第五席 苗字名前は今月、瀞霊廷内の夜間の警らに就くことになった。夜の警らに就くと普段とは違う生活を送らなければならない。日中にある鍛錬は参加できないので今、それを補っているという訳だ。もちろん、深夜なので騒々しくなるような鍛錬は禁じられる。瞬歩を使い、できるだけ霊圧は抑えた。これで名前は必要な鍛錬をこなしていた。
(今日は風があるな……。)
名前は冷たい夜風を切るように走り続けた。季節は真冬。体を動かさなければ四肢の末端から冷えてしまう。名前は邸内の様子にも注意を払いながら、鍛錬をこなした。
名前が通ったのは、彼女が死神として初めて戦いを学んだ、十一番隊隊舎だった。
(そういえば、二番隊に配属されてからあまり来ていなかったな……。)
名前は少し後悔した。いくら忙しいからと、世話になっていた恩師に顔を出さないというのは失礼なことだ。今度はいつ時間があっただろうか、と思いをめぐらせていた名前は、目に入った光景に足を止めた。
(一角の霊圧……。)
名前が立っているのは、隊舎とは少し離れた小さな家屋だった。
中からは彼女が愛する者の霊圧が感じ取れた。そういえば、名前は一角とも会えていなかった。二人は恋人同士だったが、二番隊での厳しい鍛錬や任務による日々に名前は恋人の事も考える暇がなかった。
名前は強くなりたい一身で、愛する十一番隊から二番隊に来た。一角を越えたい。もっと強くなりたい。その気持ちは愛しい彼に愛を尽くすより、圧倒的に勝っていた。
(会いたい……。)
名前は急にこみ上げてきた、熱い感情を覚えた。自分はどうして彼に勝ちたいのだろう。戦い好きの名前が流魂街で彼と戦った時、彼女は初めて戦に負けた。それからは彼のだけを追いかけて生きてきた。戦に勝つことだけを求めて。彼に自分を認めてもらう為に。
一角を追いかけるうち、その感情はいつの間にか愛に変わった。戦にしか興味がなかった彼女にしては、世界が大きく広がった。名を与えられ、生きる目標を与えられ、愛を受け、名前は成長した。
一角には悪いことをした。かれこれ、十年以上は会えていない。どうしてここまで放置していたのか、自分でも思った。恋人同士……そんなものはとっくに、自然消滅しているかもしれない。
(怖い……。)
会いたい気持ちと共に、今までなんの連絡もせず、飽きられてしまったのではないかという不安が名前を付き纏った。それに名前は最近、一角に関した妙な噂を聞いていた。
『あの十一番隊の斑目三席に、彼女ができたんだって。』
名前は、任務で一緒になった他隊の隊員の話を、偶然にも聴いてしまったのだ。彼は、自分に「傍にいてくれ」と言ってくれた。共に汗を流して鍛錬し、同じ生活を送った。危険な任務もこなし、共に強くなった。それだけ深い繋がりだっただけあり、名前の心を深く抉るような痛みを感じた。
(もう、行こう……。)
名前は胸を締め付けられるような感覚を感じながら、夜の警らの闇に消えた。
***
あれから二週間が経っていた。
特別変わったようなことはなく、普段と同じ日々。相変わらず寒い夜。これほど寒ければ、外を出歩く者もいないだろう。名前は防寒用に支給された羽織の裾を握り締めた。
いつも通り、鍛錬をしながらの警ら。名前はこの寒さに耐えるために体を動かし続けていた。すると名前はふと足を止め、耳を澄ました。
「……会いに行こう。」
足は既に、彼がいる場所へ向かっていた。夜の警らに就いてから、彼女の脳内は一角のことでいっぱいになっていた。
ただの噂であると信じたい。恐怖はあったが、このままじっとしていられなかった。
(一角……。)
十一番隊 隊舎に着き、名前は一角の霊圧がある場所に向かった。
少しずつ、気持ちが高ぶってくる。早く彼に会いたかった。
(ここね……。)
家屋はがっちりと扉が閉められており、灯りもなかった。当たり前か……と思ったが、それでも名前は諦めなかった。どこかは入れそうな場所はないだろうか?
(あそこ……。)
かすかだが、隅の扉が開いているのを見つけた名前は、迷わず中に入った。
部屋に入ると、外の寒さが少し和らいだ。名前は足音を立てないようにそっと歩いた。
(いた……。)
名前は高まる感情を抑え、彼が寝ている傍に駆け寄った。
「一角……。」
久しく目にする彼を前に、心臓が激しく脈打つ。先ほどの寒さはどこかへいき、頬から熱を発していた。
「一角、起きてる?……ふふ、ぐっすりだね。」
一角は半分口を開けたまま、寝息を立てて眠っている。彼が眠っている枕の近くには、酒を飲んだのであろう。徳利とお猪口が並べられていた。彼女が十一番隊に所属していた時と、全然変わっていない。
(変わったのは、私なのかもね……。)
名前は自嘲気味に笑った。戦い一筋の十一番隊に所属していた頃は、軍隊的な縛りはあまりなく、隊長も、副隊長も、みんな自由に過ごしていた。自分たちがただ、本能のままに戦を楽しみ、生きていた。だが今の私は命に代えてまで、隊の為に尽力している。『己』を持たないのが、軍に所属している者の宿命だった。毎日の時間は管理され、与えられた職務をこなし、任務は必ずまっとうする。いつの間にか、それが当たり前になっていた。
名前は独り言のように話し始めた。
「一角、新しい彼女が出来たんでしょ?噂で聞いたよ。ごめんなさい……。もっと早くここに来なきゃいけないって、分かってたのに……。
一角に、新しいヒトが出来たって言っても、文句は言えない……。でもっ……!」
名前は身をかがめ、彼の唇のすぐ横を口付けた。彼の肌は熱かった。
「私のことは、忘れないでほしいの……。私、一角が好きだよ。大好きだよ!!……っふ……!!」
自分で発した言葉の意味を噛みしめ、悲しみと悔しさがこみ上げてきた。
一体、どんなヒトなのだろう。きっと、いいヒトに決まっている。こんな真面目で、強い人を虜にしたんだから。一角には大切なヒトがいる。彼にはもう会えない。
そう思うと、胸の苦しさが一層強くなった。名前は一角に背を向け、初めて彼と出会った時のことを思い出していた。まだ彼女が死神になる前、名前は名もなく流魂街でたった一人、生きていた。
その時に出会ったのが、彼だった。彼はすさまじく強かった。名前は生まれて初めて戦に負け、更に名までもらった。
「今日から、お前は『名前』だ!これで、もう名前で迷うことはねーだろ。」
名前は振り返り、彼の元へ身をかがめた。
「一角、ありがとう。今まで本当にお世話になりました。名前、ありがとう。私、この名前、すごく気に入ってるの。大切に使うね。」
そして、そっと彼の唇に口付けた。一滴のしずくが、彼の頬に落ちた。名前はそれをやさしく指で拭いた。さようなら、私の愛する人。次に会う時は、恋仲でもなんでもない。私たちはただの仲間……それか敵。私は昔のように自然の定めに従い、一人で生きていく。それでいい。
名前は彼の部屋を出ようと立ち上がろうとした。
「……ざけんな……。」
ぼそり、と低く唸る声が聞こえた。だが、その時には全てが遅すぎた。
「ああっ……!!」
後ろから強い力で体を持っていかれた。抱かれたと思いきや、そのまま口付けられ、深い波に呑まれた。もう名前は、彼から逃れることができなかった。
「ん……はぁ……んんッ……。」
瞼の裏がチカチカしてきた。
息が続かなくなり、意識が朦朧としてきた時だった。彼の唇が離れた。
「はぁ……はぁ……げっほ……っ。」
涙目になりながら、名前は自分の上にいる男を見上げた。
男は彼女を見つめ、黙ったまま見下ろしていた。
「……起きてたの?」
「最初からな。」
一角は冷たく言葉を返してきた。それが名前には、心に深く突き刺さった。
「どうして……新しい彼女がいるんでしょっ!?」
一角はため息を吐き、名前に迫った。
「そんな根も葉もない噂、どうして信じた!?暫く会わないうちに、そんなことも分からなくなったか!?」
名前は黙り込んだ。じゃあ、一角に彼女は……いない?
「ごめんなさいっ!!私、勘違いして……!!」
「許してやるよ。その噂だが、多分、お前の事だ……多分。」
「えっ?」
一角は再び、ため息を吐いた。
「最近、弓親の馬鹿がそれを匂わすような事を言ったんだ。松本に……。」
(十番隊の松本さん……。)
名前はくすりと笑った。だったら、遠い二番隊にその話が流れてくるのも、無理がない話だ。自分はそんな事にも気付かず、一人で苦しんでいたのか。バカみたいだった。
「まさか、お前が本当にそれを間に受けるとはな。」
「ふふっ……ごめん。」
先ほどの胸の苦しさはすっかり消え、名前は安心した。
ここに来て良かったと思った。
一角はそっと名前を抱き、彼女の髪を優しく指ですいた。
「……一角?」
「待ちくたびれたんだぞ。全然来ねーし、俺が行っても、お前はいつもいねーしな。冷めたかと思い始めてたんだぞ。」
「違うっ!!その……行かなかったのはごめんなさい。別に、冷めたとかそんなんじゃ……。」
「分かってる。さっきお前に聞いたからな。『好きだ。大好きだ』ってな。」
名前は顔を赤くした。
「ちょっと、それはっ……!」
「だから、それが本当か確かめてやるよ。」
名前はまたもや驚かされる羽目になった。
この男……何をしようと……。
一角は名前の死覇装の帯を緩めに掛かった。名前はたまらず、一角の胸を押し返した。
「待って!!今、勤務中なんだよっ!?」
一角は目を細め、再び手を動かし始めた。
「夜の警らなんて、昼の瀞霊廷と変わりねーよ。白昼堂々ヤるよりいいだろ。」
「だからって……!!」
「待たせたのは、お前だろ?」
一角は低く唸った。確かにそうだ。これを言われてしまえば、抗えない。名前は言葉を詰まらせた。
「たっぷり愛してやる。」
鳥肌が走った。久しぶりの一角の誘いに、名前は戸惑うことしかできなかった。一角は名前の首筋に唇を這わせた。名前はくすぐったさに身をよじった。
「いい匂いだ。」
帯をほどいた指が、迷わず名前の胸を掴んだ。名前に抵抗する隙も与えず、その手を動かし続ける。
「待って……っ!」
彼女の声など全く聞き入れず、一角は名前の身体を貪るように愛撫する。身体を流れる血が、恐ろし程速く流れている。名前は声を漏らした。
あなたが好き。
私の気まぐれな態度に、文句も言わず
ずっと待っていてくれるあなたが好き。
あなたが好き。
こんなにも私を愛してくれるあなたが好き。
「一角、大好きだよ……。」
***
「……んん……。」
目を覚ますと、隣に一角が名前を抱いて横になっていた。
一角は先に目を覚ましていた。
「目ぇ、覚ましたか。」
「ん?あれ、今何時?」
「まだ日は出てねーぞ。二刻くらい寝てたな。」
一角の言う通り、扉の外はまだ薄暗かった。
「……って、うわあああぁっ!!!!!」
名前はものすごい剣幕で、布団から起き上がった。
「何だよ、朝っぱらから。驚かせんな!何があった?」
いきなり大声を上げた名前に、一角は騒がしいと言わんばかりに
大きな欠伸をした。
「もう集合の時間よ!!ちょっとでも遅れると何があったのか、事細かに聴取されるのっ!!あぁ……寒いっ!」
名前は畳んでおいた死覇装を、急いで着た。
「そりゃ、大変だな。『寝てました。』とか言っときゃいいんじゃね?」
「ばかっ!そんなの、通用するわけないでしょっ!!」
「じゃあ、正直に俺と一緒にいましたって言うか?」
「大問題になるわよっ!!」
一角は笑みを浮かべて名前を見ている。
この男……他人事だと思って……!!
「よしっ!準備できた。行ってくるね、一角。」
「おう。今晩も来ていいんだぜ?」
「絶対、嫌!」
名前は即答した。だが一角は少しもめげずに続けた。
「今度は、俺が行くか。」
「はぁっ!?来なくていいわよっ!!」
「顔、真っ赤だぜ?妄想しただろ。」
図星だった。ますます、恥ずかしくなる。
「一角のばかっ!はげーっ!!」
「んだとっ!?てめぇっ!」
名前は笑顔で扉を開けた。
「ふふふ、またね。」
部屋を出て行った名前を見届けた一角は、息を吐いた。一角は、また彼女がここに来ることを確信していた。
(心配すんな。俺が見てんのは、お前だけだ。)
瀞霊廷に、新しい一日が始まろうとしていた。白い息を吐きながら走る彼女もきっと、いい朝を迎えるだろう。
「寒みぃ……。おい、名前っ!!扉、閉めてけよっ!!」
【夜の警ら】...end.
「はっ…はっ…はっ…。」
深夜。凄まじいスピードで走る影が一つ。
その影は白い息を吐きながら、屋根から屋根へ飛び移りながら走り続けていた。
夜も更け、静まり返っている瀞霊廷。真冬ということもあり、廷内に人影は全く見られない。夜の警らは、多くの死神が睡眠をとる夜間、緊急事態の早急な対応、防止をするために設置されている。簡単に言えば、瀞霊廷内の見回り。
二番隊第五席 苗字名前は今月、瀞霊廷内の夜間の警らに就くことになった。夜の警らに就くと普段とは違う生活を送らなければならない。日中にある鍛錬は参加できないので今、それを補っているという訳だ。もちろん、深夜なので騒々しくなるような鍛錬は禁じられる。瞬歩を使い、できるだけ霊圧は抑えた。これで名前は必要な鍛錬をこなしていた。
(今日は風があるな……。)
名前は冷たい夜風を切るように走り続けた。季節は真冬。体を動かさなければ四肢の末端から冷えてしまう。名前は邸内の様子にも注意を払いながら、鍛錬をこなした。
名前が通ったのは、彼女が死神として初めて戦いを学んだ、十一番隊隊舎だった。
(そういえば、二番隊に配属されてからあまり来ていなかったな……。)
名前は少し後悔した。いくら忙しいからと、世話になっていた恩師に顔を出さないというのは失礼なことだ。今度はいつ時間があっただろうか、と思いをめぐらせていた名前は、目に入った光景に足を止めた。
(一角の霊圧……。)
名前が立っているのは、隊舎とは少し離れた小さな家屋だった。
中からは彼女が愛する者の霊圧が感じ取れた。そういえば、名前は一角とも会えていなかった。二人は恋人同士だったが、二番隊での厳しい鍛錬や任務による日々に名前は恋人の事も考える暇がなかった。
名前は強くなりたい一身で、愛する十一番隊から二番隊に来た。一角を越えたい。もっと強くなりたい。その気持ちは愛しい彼に愛を尽くすより、圧倒的に勝っていた。
(会いたい……。)
名前は急にこみ上げてきた、熱い感情を覚えた。自分はどうして彼に勝ちたいのだろう。戦い好きの名前が流魂街で彼と戦った時、彼女は初めて戦に負けた。それからは彼のだけを追いかけて生きてきた。戦に勝つことだけを求めて。彼に自分を認めてもらう為に。
一角を追いかけるうち、その感情はいつの間にか愛に変わった。戦にしか興味がなかった彼女にしては、世界が大きく広がった。名を与えられ、生きる目標を与えられ、愛を受け、名前は成長した。
一角には悪いことをした。かれこれ、十年以上は会えていない。どうしてここまで放置していたのか、自分でも思った。恋人同士……そんなものはとっくに、自然消滅しているかもしれない。
(怖い……。)
会いたい気持ちと共に、今までなんの連絡もせず、飽きられてしまったのではないかという不安が名前を付き纏った。それに名前は最近、一角に関した妙な噂を聞いていた。
『あの十一番隊の斑目三席に、彼女ができたんだって。』
名前は、任務で一緒になった他隊の隊員の話を、偶然にも聴いてしまったのだ。彼は、自分に「傍にいてくれ」と言ってくれた。共に汗を流して鍛錬し、同じ生活を送った。危険な任務もこなし、共に強くなった。それだけ深い繋がりだっただけあり、名前の心を深く抉るような痛みを感じた。
(もう、行こう……。)
名前は胸を締め付けられるような感覚を感じながら、夜の警らの闇に消えた。
***
あれから二週間が経っていた。
特別変わったようなことはなく、普段と同じ日々。相変わらず寒い夜。これほど寒ければ、外を出歩く者もいないだろう。名前は防寒用に支給された羽織の裾を握り締めた。
いつも通り、鍛錬をしながらの警ら。名前はこの寒さに耐えるために体を動かし続けていた。すると名前はふと足を止め、耳を澄ました。
「……会いに行こう。」
足は既に、彼がいる場所へ向かっていた。夜の警らに就いてから、彼女の脳内は一角のことでいっぱいになっていた。
ただの噂であると信じたい。恐怖はあったが、このままじっとしていられなかった。
(一角……。)
十一番隊 隊舎に着き、名前は一角の霊圧がある場所に向かった。
少しずつ、気持ちが高ぶってくる。早く彼に会いたかった。
(ここね……。)
家屋はがっちりと扉が閉められており、灯りもなかった。当たり前か……と思ったが、それでも名前は諦めなかった。どこかは入れそうな場所はないだろうか?
(あそこ……。)
かすかだが、隅の扉が開いているのを見つけた名前は、迷わず中に入った。
部屋に入ると、外の寒さが少し和らいだ。名前は足音を立てないようにそっと歩いた。
(いた……。)
名前は高まる感情を抑え、彼が寝ている傍に駆け寄った。
「一角……。」
久しく目にする彼を前に、心臓が激しく脈打つ。先ほどの寒さはどこかへいき、頬から熱を発していた。
「一角、起きてる?……ふふ、ぐっすりだね。」
一角は半分口を開けたまま、寝息を立てて眠っている。彼が眠っている枕の近くには、酒を飲んだのであろう。徳利とお猪口が並べられていた。彼女が十一番隊に所属していた時と、全然変わっていない。
(変わったのは、私なのかもね……。)
名前は自嘲気味に笑った。戦い一筋の十一番隊に所属していた頃は、軍隊的な縛りはあまりなく、隊長も、副隊長も、みんな自由に過ごしていた。自分たちがただ、本能のままに戦を楽しみ、生きていた。だが今の私は命に代えてまで、隊の為に尽力している。『己』を持たないのが、軍に所属している者の宿命だった。毎日の時間は管理され、与えられた職務をこなし、任務は必ずまっとうする。いつの間にか、それが当たり前になっていた。
名前は独り言のように話し始めた。
「一角、新しい彼女が出来たんでしょ?噂で聞いたよ。ごめんなさい……。もっと早くここに来なきゃいけないって、分かってたのに……。
一角に、新しいヒトが出来たって言っても、文句は言えない……。でもっ……!」
名前は身をかがめ、彼の唇のすぐ横を口付けた。彼の肌は熱かった。
「私のことは、忘れないでほしいの……。私、一角が好きだよ。大好きだよ!!……っふ……!!」
自分で発した言葉の意味を噛みしめ、悲しみと悔しさがこみ上げてきた。
一体、どんなヒトなのだろう。きっと、いいヒトに決まっている。こんな真面目で、強い人を虜にしたんだから。一角には大切なヒトがいる。彼にはもう会えない。
そう思うと、胸の苦しさが一層強くなった。名前は一角に背を向け、初めて彼と出会った時のことを思い出していた。まだ彼女が死神になる前、名前は名もなく流魂街でたった一人、生きていた。
その時に出会ったのが、彼だった。彼はすさまじく強かった。名前は生まれて初めて戦に負け、更に名までもらった。
「今日から、お前は『名前』だ!これで、もう名前で迷うことはねーだろ。」
名前は振り返り、彼の元へ身をかがめた。
「一角、ありがとう。今まで本当にお世話になりました。名前、ありがとう。私、この名前、すごく気に入ってるの。大切に使うね。」
そして、そっと彼の唇に口付けた。一滴のしずくが、彼の頬に落ちた。名前はそれをやさしく指で拭いた。さようなら、私の愛する人。次に会う時は、恋仲でもなんでもない。私たちはただの仲間……それか敵。私は昔のように自然の定めに従い、一人で生きていく。それでいい。
名前は彼の部屋を出ようと立ち上がろうとした。
「……ざけんな……。」
ぼそり、と低く唸る声が聞こえた。だが、その時には全てが遅すぎた。
「ああっ……!!」
後ろから強い力で体を持っていかれた。抱かれたと思いきや、そのまま口付けられ、深い波に呑まれた。もう名前は、彼から逃れることができなかった。
「ん……はぁ……んんッ……。」
瞼の裏がチカチカしてきた。
息が続かなくなり、意識が朦朧としてきた時だった。彼の唇が離れた。
「はぁ……はぁ……げっほ……っ。」
涙目になりながら、名前は自分の上にいる男を見上げた。
男は彼女を見つめ、黙ったまま見下ろしていた。
「……起きてたの?」
「最初からな。」
一角は冷たく言葉を返してきた。それが名前には、心に深く突き刺さった。
「どうして……新しい彼女がいるんでしょっ!?」
一角はため息を吐き、名前に迫った。
「そんな根も葉もない噂、どうして信じた!?暫く会わないうちに、そんなことも分からなくなったか!?」
名前は黙り込んだ。じゃあ、一角に彼女は……いない?
「ごめんなさいっ!!私、勘違いして……!!」
「許してやるよ。その噂だが、多分、お前の事だ……多分。」
「えっ?」
一角は再び、ため息を吐いた。
「最近、弓親の馬鹿がそれを匂わすような事を言ったんだ。松本に……。」
(十番隊の松本さん……。)
名前はくすりと笑った。だったら、遠い二番隊にその話が流れてくるのも、無理がない話だ。自分はそんな事にも気付かず、一人で苦しんでいたのか。バカみたいだった。
「まさか、お前が本当にそれを間に受けるとはな。」
「ふふっ……ごめん。」
先ほどの胸の苦しさはすっかり消え、名前は安心した。
ここに来て良かったと思った。
一角はそっと名前を抱き、彼女の髪を優しく指ですいた。
「……一角?」
「待ちくたびれたんだぞ。全然来ねーし、俺が行っても、お前はいつもいねーしな。冷めたかと思い始めてたんだぞ。」
「違うっ!!その……行かなかったのはごめんなさい。別に、冷めたとかそんなんじゃ……。」
「分かってる。さっきお前に聞いたからな。『好きだ。大好きだ』ってな。」
名前は顔を赤くした。
「ちょっと、それはっ……!」
「だから、それが本当か確かめてやるよ。」
名前はまたもや驚かされる羽目になった。
この男……何をしようと……。
一角は名前の死覇装の帯を緩めに掛かった。名前はたまらず、一角の胸を押し返した。
「待って!!今、勤務中なんだよっ!?」
一角は目を細め、再び手を動かし始めた。
「夜の警らなんて、昼の瀞霊廷と変わりねーよ。白昼堂々ヤるよりいいだろ。」
「だからって……!!」
「待たせたのは、お前だろ?」
一角は低く唸った。確かにそうだ。これを言われてしまえば、抗えない。名前は言葉を詰まらせた。
「たっぷり愛してやる。」
鳥肌が走った。久しぶりの一角の誘いに、名前は戸惑うことしかできなかった。一角は名前の首筋に唇を這わせた。名前はくすぐったさに身をよじった。
「いい匂いだ。」
帯をほどいた指が、迷わず名前の胸を掴んだ。名前に抵抗する隙も与えず、その手を動かし続ける。
「待って……っ!」
彼女の声など全く聞き入れず、一角は名前の身体を貪るように愛撫する。身体を流れる血が、恐ろし程速く流れている。名前は声を漏らした。
あなたが好き。
私の気まぐれな態度に、文句も言わず
ずっと待っていてくれるあなたが好き。
あなたが好き。
こんなにも私を愛してくれるあなたが好き。
「一角、大好きだよ……。」
***
「……んん……。」
目を覚ますと、隣に一角が名前を抱いて横になっていた。
一角は先に目を覚ましていた。
「目ぇ、覚ましたか。」
「ん?あれ、今何時?」
「まだ日は出てねーぞ。二刻くらい寝てたな。」
一角の言う通り、扉の外はまだ薄暗かった。
「……って、うわあああぁっ!!!!!」
名前はものすごい剣幕で、布団から起き上がった。
「何だよ、朝っぱらから。驚かせんな!何があった?」
いきなり大声を上げた名前に、一角は騒がしいと言わんばかりに
大きな欠伸をした。
「もう集合の時間よ!!ちょっとでも遅れると何があったのか、事細かに聴取されるのっ!!あぁ……寒いっ!」
名前は畳んでおいた死覇装を、急いで着た。
「そりゃ、大変だな。『寝てました。』とか言っときゃいいんじゃね?」
「ばかっ!そんなの、通用するわけないでしょっ!!」
「じゃあ、正直に俺と一緒にいましたって言うか?」
「大問題になるわよっ!!」
一角は笑みを浮かべて名前を見ている。
この男……他人事だと思って……!!
「よしっ!準備できた。行ってくるね、一角。」
「おう。今晩も来ていいんだぜ?」
「絶対、嫌!」
名前は即答した。だが一角は少しもめげずに続けた。
「今度は、俺が行くか。」
「はぁっ!?来なくていいわよっ!!」
「顔、真っ赤だぜ?妄想しただろ。」
図星だった。ますます、恥ずかしくなる。
「一角のばかっ!はげーっ!!」
「んだとっ!?てめぇっ!」
名前は笑顔で扉を開けた。
「ふふふ、またね。」
部屋を出て行った名前を見届けた一角は、息を吐いた。一角は、また彼女がここに来ることを確信していた。
(心配すんな。俺が見てんのは、お前だけだ。)
瀞霊廷に、新しい一日が始まろうとしていた。白い息を吐きながら走る彼女もきっと、いい朝を迎えるだろう。
「寒みぃ……。おい、名前っ!!扉、閉めてけよっ!!」
【夜の警ら】...end.