一角短編集
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
【バレンタイン】
「今日は現世の行事ごとで"ばれんたいん"という日だそうだ。何やら、日頃お世話になっている人に感謝の贈り物を渡す風習らしい。」
二番隊の食堂で昼食を摂っていた名前は、聞こえてきた会話を小耳に挟んだ。
「現世では婦女子が気になる男性に"ちょこれいと"なるものを渡すのが主流だそうだ。」
「知ってますよ!チョコレートって甘味の事ですよね。去年、姉からチョコレートは用意できなかったからって大福を貰いました。」
(十一番隊のみんなに日頃のお礼…。)
名前は十一番隊の皆の顔を思い浮かべた。
("チョコレート"と言うものは甘味。午後は演習がある。もし、渡すとしたら夜しかないか…。)
しかし、何を渡せばいいのか?
甘味と言えば、草鹿副隊長の大好物である。更木隊長はまんべんなく何でも食べる。弓親も同じ。
一角は…甘味は好まなかった気がする。
食事を終えた名前は席を立ち上がった。
***
(やっぱりこの時間……。)
名前が演習を終えた時間は19時。ギリギリ店が開いている時間だ。更に雨も降り始めていた。
名前は慌てて店内に入り、商品を見渡した。しかし目ぼしい物が見当たらず煮魚の瓶詰めだけ買い、店を出た。
(皆が喜ぶもの……。)
次に酒屋に入った。酒なら必ず喜んでくれるはずだ。
「いらっしゃい…。」
年配の店主が出てきて「何かお探しですか?」と声を掛けてきた。
「今日は、現世で日頃の感謝と贈り物を渡す日なんだそうです。なので、皆が好きなお酒にしようと思って…。」
店主はにっこりと微笑み、棚に置いてある木箱を持ってきた。
「これは酒飲みなら、大方の人が喜ぶ物ですよ。」
名前は勧められた酒を購入する事にした。銘柄は詳しくないが、品のある文字からして美味しい酒である事に間違い無いと思った。
「あと、これもください。」
可愛らしい和柄の包みに入った金平糖を店主に渡して、名前は会計をした。
「あの、これは?」
包みの中に購入した覚えのない小さな瓶に入った酒が入っている。店主は優しく笑みを浮かべた。
「それは、おまけですよ。特別な人と呑んでください。」
「あ、ありがとうございます。」
***
名前が十一番隊に着いた頃には、雨は本降りに変わっていた。相変わらず毎日のように宴会が繰り広げられている十一番隊の様子を見て、名前は安堵した。
既に夕食を終えた剣八たちは執務室にいた。
「苗字か、珍しいな。」
名前の姿を目にした剣八は、目を開いた。
「ご無沙汰しております隊長。今日はこれを。」
風呂敷を広げ、木箱を見た剣八は声を漏らした。
「こんな高ぇ酒くれても、勿体ねぇだけだぞ。」
「そんなことはありません。普段通り呑んでいただけたら。日頃の感謝の気持ちです。」
「ありがとよ。」
剣八の微笑む表情を見て、名前は嬉しく思った。
「いらっしゃい。」
そこへ草鹿やちると弓親が執務室に入ってきた。
「いつもお世話になっております、副隊長。」
名前が金平糖を手渡すと、やちるは飛び跳ねた。
「わーい!ありがとう!!!」
「もしかして、バレンタイン?」
流行に敏感な弓親はバレンタインを知っているようだ。名前が来た理由がすぐに分かったみたいだ。
「一角は自室にいるよ。」
弓親に心を読まれているようで、名前は恥ずかしくなった。
(弓親には敵わない…。)
***
名前は一角の部屋の前で立ち止まった。いざここまで来ると、なんと声を掛ければいいのか分からなくなる。
私たちは はっきりと付き合っている訳ではなく、あの時お互いが言葉も交わさず抱きしめ合っただけ。
流れでそうなったのだ。そう思う事で、混乱と不安から逃げていた。
(でも、確かめたい。)
あの時、一角は何を考えていたのか。
息を整え、名前は襖越しに声を掛けた。
「一角……?」
「入れよ。」
襖の向こうから一角の声が返ってきた。名前はゆっくりと足を踏み入れた。部屋は灯りが付いておらず、一角は縁側に向かい晩酌していた。
「こっち来いよ。」
言われるまま、一角の隣に座った。
名前は先日の事を思い出し、一角と目を合わせられずにいた。一角もしばらく黙り込んだままだ。きっと彼も名前と同じように、どう切り出せばよいか考えているのだろう。
「……これ…。」
名前が差し出した瓶を一角は受け取った。
「日本酒か。お前にしちゃあ、珍しいな。」
名前は決して酒に強くなかった。以前、勧められるまま飲酒した際、収集がつかなくなるまで道場内で大暴れした。そこで大量の酒を彼女に無理に呑ませてはいけないと、一角は思ったのだった。
「その、一緒に…呑もう。」
名前は目を合わせないが、彼女の気持ちを読み取った一角は快くそれを受け入れた。
「あぁ、呑もうぜ!」
一角は立ち上がり、部屋の奥からもう一つお猪口を持ってきた。
「日本酒なら、お前も吞みやすいだろうしな。」
名前は一角のお猪口に、持ってきた日本酒を注いだ。
酒を注いだお猪口を持った一角は、自身を見つめる名前の目を見つめた。
「んだよ、呑まねーのか?」
「一角、全部呑んでもいいよ。」
「それだとつまんねーだろ。」
酒はその場にいる者と共に楽しむものだ。一角はもう一つのお猪口に日本酒を注ぎ、名前に渡した。
「ほら。」
一角は乾杯するようにお猪口を名前の目の前に掲げた。
「早くしろよ」と、促されるので名前はゆっくりと一角の持つお猪口に自らのお猪口の淵を合わせた。
「意外と飲みやすい。」
普段酒を呑まない名前だが、この酒はさらりとした飲み口でキツさがなく、すんなりと飲み込める。名前は美味しい酒だと思った。
「俺には勿体ねぇ酒だなぁ。」
普段から焼酎を呑んでいる一角には物足りないようだ。
「ごめん、気に入らなかったよね。」
一角は「はっ!」と鼻で笑った。
「普段呑まねぇお前が、わざわざ酒持って俺と呑んでんだ。嬉しくない訳ねーだろ。」
満面の笑みを浮かべる一角の表情に、名前は小恥ずかしく感じた。
「今日は、現世では感謝の日なんだって。」
「知ってるぜ。数年前からこの日になると他隊の女子から甘いもん貰うからな。」
「そ、そうなんだ……!」
一角の言葉に名前は驚愕した。バレンタインという行事があること事態、名前は今日初めて知ったと言うのに、彼は数年前から他の女子から甘味を貰っていた。
名前は驚きと共に、甘味を持ってこなかった事を後悔した。
そして何より驚いたのが、一角が他隊の女子から人気だという事だ。
「へへっ!その顔、驚いてんのか?俺ぁ、意外とモテるんだぜ?」
今まで名前が知らなかっただけで、バレンタインはそれほど浸透している行事だったのだ。名前は恥ずかしく思った。
「甘い物を持ってこれば良かったね。」
「あぁ?真に受けてんのか?お前、俺が甘い菓子を食ってる姿、見たことあんのかよ。」
「ないけど…じゃあ貰ったお菓子はどうしてる…あ。」
「分かんだろ?全部あのチビが食べてんだよ。」
「…っはは。」
お菓子をあっという間に平らげるやちるの姿が目に浮かび、名前は笑った。一角は酒を煽り呟いた。
「俺は酒(これ)が一番だ。」
一角が彼女の目を見つめると、名前も酒を呑むと微笑み返した。
「名前…。」
言葉を濁らせた一角に、再び名前は緊張で身体をこわばらせた。
今度は本当に気持ちを伝える時だ。
「お前に出会った頃はこの月を眺めながら酒を呑むなんて、考えられなかったな」
一角に出会い、名前の運命は大きく変わった。
「色々あったけど、感謝…してる。」
顔が紅潮しているのは、酒のせいだ。
伝えよう、感謝の気持ち。
「ありがとう。」
互いの目を見つめる。ほんの一瞬の事だったが、とても長く感じられた。
(恥ずかしい…。)
先に視線を外したのは名前だったが、それより先に一角の腕が彼女の身体を引き寄せた。
大きく厚い胸板が目の前にある。あの時と同じ状況。だが、以前より頭の中は冷静だった。彼の心音が大きく聞こえる。
「ずっと考えてたんだ…俺にとってお前はどういう存在なのか。」
「……。」
一角の腕に力がこもった。
「俺の傍に居てくれ。」
胸に広がる熱。名前はこの言葉を無意識に待ち侘びていたのかもしれない。
この瞬間、友達以上恋人未満の関係に終止符が打たれた。
「…嫌か…?」
一角が名前の目を見つめる。
名前はニコリと微笑んだ。
「こちらこそよろしくお願いします。」
***
翌日。
「ねーねーつるりん!このおかし、また来年もたべたいなぁ!」
十一番隊に届いた菓子を食べるやちるは、一角に届いた高級チョコレートを指差した。
「あぁ?来年は貰わねーぞ。」
「えー?なんでぇ???」
「毎年毎年返すのが面倒くさいんだよ!今年で最後だ!そんなに食いたかったら、日番谷隊長の所に行って来い!俺よりももっと沢山食えるぜ?」
「今からひっずーのところに行ってくるーーー!!!」
やちるはそう言うと十番隊へ向かって行った。
残された一角は腕を組んだまま、やちるが出て行った外を眺めていた。
「…まぁ、日番谷隊長んとこは菓子で部屋がつぶれるくらい大量に貰うから大丈夫だろうな。」
それを近くで見ていた弓親はクスリと、微笑んだ。
一角が来年からチョコを貰わないと言う事は、二人の想いが通じたのだと。
「良かったね。一角、名前ちゃん…。」
【バレンタイン】...end.
【ホワイトデー】
桃の節句が済んだ瀞霊廷ーーーーー.
「…で、一角は名前ちゃんにお返しは考えているのかい?」
瀞霊廷通信を読んでいた弓親は、寝転んで昼寝をしている一角に尋ねた。
「…あ?お返しって何が?」
弓親は予測通りの返答にため息を吐いた。
「先月、名前ちゃんから何か貰ったんでしょ、覚えてないの?」
一角は脳裏の記憶を思い返し、彼女と晩酌したことを思い出した。
「あー…ホワイトデーな!そういや、そんな時期だったな。」
寝転んでいた一角は起き上がり、腕を組んで考えた。
毎年大量のプレゼントを貰う日番谷隊長は、確か全員に同じ菓子を返していた。
値段と内容の違う女子一人ひとりに合わせた品物を返す時間と人出が足りないのと、誰もが不公平にならないようにしている冬獅郎なりの気遣いだ。
しかし、一角が今年貰ったのは五人。居酒屋で貰ったお軽い菓子と和菓子屋の高級羊羹を同一の物で返すのは気が引ける。そして何より、彼女である名前から酒を貰っている。
(面倒だが、一個ずつ考えるか…。)
「なぁ、お前は毎年何返してんだ?」
弓親はニコリと微笑んだ。
「それは勿論、毎年流行になっている品物さ。」
「例えばどんな物だよ?」
今弓親が読んでいる瀞霊廷通信にも、瀞霊廷や流魂街で流行っている品物や歌、ファッション等が特集されている。
「一昨年は手染めのスカーフ、去年は花が流行ったから香水。ちなみに、スカーフと香水は僕のオリジナルだよ。一つずつ全部違うんだ。」
「俺には手が出せねぇ分野だわ。」
「まぁ、僕の趣味の範囲でもあるからね。」
同性の趣味とは思えないような内容で、一角は軽く引いた。
「去年まで一角は何を返していたのさ?」
「副隊長に選んでもらった物をそのまま返してたぜ。俺が貰った菓子は副隊長が食べてるからな。」
「なるほどね。…で、今年はどうするんだい?」
「今年は貰ったもんが明らかに値段に差があるから、一人ずつ考えようかと思ってる。」
「そうだね、それがいいと思うよ。」
笑みを浮かべる弓親は如実に一角へプレッシャーを送っているようだった。
*
とりあえず店が立ち並ぶ通りに来た一角はざっと店を見渡した。
甘味処に婦人服、宝飾品など色々あるが女の趣味に疎い一角はどれがいいか決めかねていた。
「あ、一角さん。珍しいっすね!」
一角に声を掛けたのは九番隊の檜佐木修兵だった。瀞霊廷通信の編集長を務めている彼だったら、参考になりそうだと一角は思った。
「おう。そういうお前こそ、こんな所にいるって事は女子の贈答品でも探してるのか?」
「…ちょっといいか?」
周囲の視線を気にする修兵は一角と共に店の横隅に移動した。
「実は、こないだ乱菊さんにチョコを貰ったんだ。」
「松本から?あいつ皆に同じチョコ配ってただろ。」
「…俺のだけに、キスマークが付いていたんだ。」
一角は「間違いなく松本の策略だろ」と思ったが、顔を紅潮して喜んでいる修兵の姿を見たので口を挟むことをやめた。
松本(あいつ)の事だ、自分に惚れていることを良い事に高価な贈答品を所望しているに違いない。
「そりゃ良かったな。」
「で、一角さんに何かいいアドバイスを貰えないかと思って!」
修兵は普段では感じられないような熱気で一角に迫った。買い物まで付き合われそうな勢いだったので、さっさと逃げなければと一角は思った。
「チョコ貰う時、あいつに何言われたか思い出せるか?」
「はっ…!そういやあの時の言葉が…。」
『皆が持ってないような物が嬉しいわ。あんたのプレゼント、期待してるからね!』
「他には?」
「そう言えば、こないだ『新しい洋服が欲しい』と言っていたな。」
皆が持っていない洋服が手に入るのはこの瀞霊廷で数軒しかない。しかもオーダーメイドで作っている老舗の高級店が殆ど。
そこを踏まえて修兵を誘導するなんて、計算高い女だ、と一角は思った。
「洋服か!」
修兵は目を輝かせて、懐を確認した。
「じゃ、買うもん決まったろ。俺は行くぜ。」
修兵の返答を待たずに一角はその場から離れた。
*
「…っちぇ、無駄な時間を食ったな。」
非番だとは言え、貴重な休日だ。自分の為に有意義に使いたい。
「…あいつは。」
次に一角が目にしたのは恋次だった。部下の理吉を連れて甘味処であんみつを食べている。
「あ、一角さん!」
「奇遇ですね!一角さんもどうっすか?」
「あぁ、俺は茶だけでいい。」
一角は恋次たちが座る向かいの椅子に座った。
「一角さんがこの通りを歩いているなんて珍しいっスね!」
「あぁ、檜佐木の野郎にも言われたが、女子が喜ぶ物って何だか知ってるか?」
「あぁ、ホワイトデーっスね!」
恋次には仲のいい異性がいるので参考になりそうだ。
湯呑を受け取った一角は湯気の立つ茶を一口啜った。
「食べ物は無難ですけど、物って嬉しいんですよね。気持ちが込められてるって言うか。」
「具体的にどういう物がいいんだ?」
「うーん、俺だったらその人が思入れのある関連の物にしますね。例えば茶華道が好きだったら茶道具とか生花とか…。」
「なるほど、参考になるな。」
一角は恋次の言う通りに女子の顔を思い浮かべ、それぞれが好みそうな物を考えた。
***
色々と考えた一角はそれぞれが好みそうな品物を用意した。ホワイトデー当日は一角が通常勤務で忙しい為、名前以外の四人の女子には事前に品物を渡しておいた。
先月まで忙しかった隠密機動はようやく落ち着いたようだ。一角は連絡を取り、彼女が借りている住まいに足を運んだ。
「おかえり。」
ぎこちない挨拶で一角を迎え入れた名前は緊張しているようだ。
あの日から特に変わった事はしていないが、彼女は意識しているようだった。
「なんか、こっちまで調子が狂うな。今まで通りでいいぜ。」
「……そうね。」
部屋に入ると夕食を用意してくれたみたいだ。いい香りが部屋を満たしている。
「腹減ったんだよな~。」
「沢山食べてね。」
「おぉ~こりゃまたすげぇな。」
手を洗う一角はちゃぶ台に並べられた料理を見て、思わず声を上げた。美味しそうな肉魚料理や野菜の煮物、漬物が並んでいる。
いつの間にこれほどの料理を作れるまでに腕を上げたのだろうか?
「初めて作った料理もあるから、味は保証しないよ。」
恋人になってから、初めての手作り料理。彼女なりに気を遣ってくれたようだ。その気持ちが素直に嬉しく感じた。
「誰から教わったんだ?」
「女性死神協会が定期的に料理教室を開いているからそこで覚えた。あとは図書館に行ったり、お店で聞いたり。」
口数の少ない彼女の事だから、人と関わる事が苦手だろうと思っていたが、彼女の努力を惜しまない性格がこうして料理に表れているのだと、一角は思った。
一角は腰を下ろし、荷物を傍らに置いた。名前も彼の隣に座り、茶を注いだ。
「んじゃ、いただきまーす!」
「どうぞ。」
一角はまず先に汁物に口を付けた。蛤と三つ葉が入った吸い物だ。
「旨めぇ。」
程よい塩味と蛤の良い出汁が口の中に広がる。
「料亭みたいだな。」
「久しぶりに連休を取ったから頑張った。」
任務が続いたのでこの連休は咎められないだろう。名前は心置きなく羽を伸ばせられると微笑んだ。
「んじゃ、お前が休みの間毎日、来っかなぁ。」
「お好きにどうぞ。」
鱈の西京焼きを白米に乗せ、一角は頬張った。その他に菜の花の酢味噌和え、ほうれん草の白和え、里芋の煮物など彼女が腕によりを掛けて作った料理を全て堪能した。
「あー旨かった。こりゃ、生きてる限り飯に困らねぇな。」
「それは良かった。」
満足げな一角に、名前は嬉しそうに答えた。
「そうだ、これ使ってくれよ。」
一角は持ってきた包みを名前に渡した。
「何?」
包みには木箱が入っていて、少し重い。
「いいから見てみろよ。」
「?」
食器を洗い終えた名前は木箱を開けると、紙で丁寧にくるまれた物を取り出した。
「わ、綺麗…!」
「へへっ、いいだろ?」
一角が買ったのは酒を呑む為のガラスで出来たグラスだった。うっすらと色味がかっているグラスは、濃淡のついた擦りガラス状で幾つもの花の模様が彫られている。
光に透かすと綺麗に模様が浮かび上がった。
「これ、睡蓮工房の?高かったでしょ…。」
「よく分かったな。まぁ、これは今後使ってくもんだし、買って損はないと思った。」
睡蓮工房は職人がガラスを使い、食器や作品を作っている。全て手作りの品しか作っていない、いわば高級品だ。
「こないだのお返しさ。」
「…嬉しい。」
普段表情をあまり表に出さない名前だが、今は嬉しそうに目元を緩めてグラスを眺めている。
「酒、これに注いでくれよ。」
「うん。」
軽く流水で洗い流し、手拭いでグラスを拭くと名前は冷やしていた酒を注いだ。
名前は酒とグラスを乗せたお盆を持ち、胡坐をかいて座っている一角の隣に座った。
グラスを月に向かってかざしてみると、花模様が更に輝いて見えた。
「ほんとに綺麗。」
「こりゃ、酒が何倍にも旨く感じるな。」
一角は彼女の前にグラスを掲げた。名前はゆっくりとグラスを合わせ、二人は酒を煽った。
「…うま……。」
酒の熱を感じながら、名前は呟いた。
「ありがとう。とても嬉しい。」
「こっちこそ、旨い飯が食えて幸せだ。」
一角はこれを選んで本当に良かったと感じた。
こうして月の光に照らされながら、二人はゆっくりと晩酌を楽しんだのだった。
酒の酔いが回ってきた頃、一角は呑んでいた一升瓶を見ながら、呟いた。
「そういや、この酒どうしたんだ?」
「更木隊長から貰ったの。こないだのお返しだって。」
「ははっ、あの人らしいや。」
【ホワイトデー】...end.
「今日は現世の行事ごとで"ばれんたいん"という日だそうだ。何やら、日頃お世話になっている人に感謝の贈り物を渡す風習らしい。」
二番隊の食堂で昼食を摂っていた名前は、聞こえてきた会話を小耳に挟んだ。
「現世では婦女子が気になる男性に"ちょこれいと"なるものを渡すのが主流だそうだ。」
「知ってますよ!チョコレートって甘味の事ですよね。去年、姉からチョコレートは用意できなかったからって大福を貰いました。」
(十一番隊のみんなに日頃のお礼…。)
名前は十一番隊の皆の顔を思い浮かべた。
("チョコレート"と言うものは甘味。午後は演習がある。もし、渡すとしたら夜しかないか…。)
しかし、何を渡せばいいのか?
甘味と言えば、草鹿副隊長の大好物である。更木隊長はまんべんなく何でも食べる。弓親も同じ。
一角は…甘味は好まなかった気がする。
食事を終えた名前は席を立ち上がった。
***
(やっぱりこの時間……。)
名前が演習を終えた時間は19時。ギリギリ店が開いている時間だ。更に雨も降り始めていた。
名前は慌てて店内に入り、商品を見渡した。しかし目ぼしい物が見当たらず煮魚の瓶詰めだけ買い、店を出た。
(皆が喜ぶもの……。)
次に酒屋に入った。酒なら必ず喜んでくれるはずだ。
「いらっしゃい…。」
年配の店主が出てきて「何かお探しですか?」と声を掛けてきた。
「今日は、現世で日頃の感謝と贈り物を渡す日なんだそうです。なので、皆が好きなお酒にしようと思って…。」
店主はにっこりと微笑み、棚に置いてある木箱を持ってきた。
「これは酒飲みなら、大方の人が喜ぶ物ですよ。」
名前は勧められた酒を購入する事にした。銘柄は詳しくないが、品のある文字からして美味しい酒である事に間違い無いと思った。
「あと、これもください。」
可愛らしい和柄の包みに入った金平糖を店主に渡して、名前は会計をした。
「あの、これは?」
包みの中に購入した覚えのない小さな瓶に入った酒が入っている。店主は優しく笑みを浮かべた。
「それは、おまけですよ。特別な人と呑んでください。」
「あ、ありがとうございます。」
***
名前が十一番隊に着いた頃には、雨は本降りに変わっていた。相変わらず毎日のように宴会が繰り広げられている十一番隊の様子を見て、名前は安堵した。
既に夕食を終えた剣八たちは執務室にいた。
「苗字か、珍しいな。」
名前の姿を目にした剣八は、目を開いた。
「ご無沙汰しております隊長。今日はこれを。」
風呂敷を広げ、木箱を見た剣八は声を漏らした。
「こんな高ぇ酒くれても、勿体ねぇだけだぞ。」
「そんなことはありません。普段通り呑んでいただけたら。日頃の感謝の気持ちです。」
「ありがとよ。」
剣八の微笑む表情を見て、名前は嬉しく思った。
「いらっしゃい。」
そこへ草鹿やちると弓親が執務室に入ってきた。
「いつもお世話になっております、副隊長。」
名前が金平糖を手渡すと、やちるは飛び跳ねた。
「わーい!ありがとう!!!」
「もしかして、バレンタイン?」
流行に敏感な弓親はバレンタインを知っているようだ。名前が来た理由がすぐに分かったみたいだ。
「一角は自室にいるよ。」
弓親に心を読まれているようで、名前は恥ずかしくなった。
(弓親には敵わない…。)
***
名前は一角の部屋の前で立ち止まった。いざここまで来ると、なんと声を掛ければいいのか分からなくなる。
私たちは はっきりと付き合っている訳ではなく、あの時お互いが言葉も交わさず抱きしめ合っただけ。
流れでそうなったのだ。そう思う事で、混乱と不安から逃げていた。
(でも、確かめたい。)
あの時、一角は何を考えていたのか。
息を整え、名前は襖越しに声を掛けた。
「一角……?」
「入れよ。」
襖の向こうから一角の声が返ってきた。名前はゆっくりと足を踏み入れた。部屋は灯りが付いておらず、一角は縁側に向かい晩酌していた。
「こっち来いよ。」
言われるまま、一角の隣に座った。
名前は先日の事を思い出し、一角と目を合わせられずにいた。一角もしばらく黙り込んだままだ。きっと彼も名前と同じように、どう切り出せばよいか考えているのだろう。
「……これ…。」
名前が差し出した瓶を一角は受け取った。
「日本酒か。お前にしちゃあ、珍しいな。」
名前は決して酒に強くなかった。以前、勧められるまま飲酒した際、収集がつかなくなるまで道場内で大暴れした。そこで大量の酒を彼女に無理に呑ませてはいけないと、一角は思ったのだった。
「その、一緒に…呑もう。」
名前は目を合わせないが、彼女の気持ちを読み取った一角は快くそれを受け入れた。
「あぁ、呑もうぜ!」
一角は立ち上がり、部屋の奥からもう一つお猪口を持ってきた。
「日本酒なら、お前も吞みやすいだろうしな。」
名前は一角のお猪口に、持ってきた日本酒を注いだ。
酒を注いだお猪口を持った一角は、自身を見つめる名前の目を見つめた。
「んだよ、呑まねーのか?」
「一角、全部呑んでもいいよ。」
「それだとつまんねーだろ。」
酒はその場にいる者と共に楽しむものだ。一角はもう一つのお猪口に日本酒を注ぎ、名前に渡した。
「ほら。」
一角は乾杯するようにお猪口を名前の目の前に掲げた。
「早くしろよ」と、促されるので名前はゆっくりと一角の持つお猪口に自らのお猪口の淵を合わせた。
「意外と飲みやすい。」
普段酒を呑まない名前だが、この酒はさらりとした飲み口でキツさがなく、すんなりと飲み込める。名前は美味しい酒だと思った。
「俺には勿体ねぇ酒だなぁ。」
普段から焼酎を呑んでいる一角には物足りないようだ。
「ごめん、気に入らなかったよね。」
一角は「はっ!」と鼻で笑った。
「普段呑まねぇお前が、わざわざ酒持って俺と呑んでんだ。嬉しくない訳ねーだろ。」
満面の笑みを浮かべる一角の表情に、名前は小恥ずかしく感じた。
「今日は、現世では感謝の日なんだって。」
「知ってるぜ。数年前からこの日になると他隊の女子から甘いもん貰うからな。」
「そ、そうなんだ……!」
一角の言葉に名前は驚愕した。バレンタインという行事があること事態、名前は今日初めて知ったと言うのに、彼は数年前から他の女子から甘味を貰っていた。
名前は驚きと共に、甘味を持ってこなかった事を後悔した。
そして何より驚いたのが、一角が他隊の女子から人気だという事だ。
「へへっ!その顔、驚いてんのか?俺ぁ、意外とモテるんだぜ?」
今まで名前が知らなかっただけで、バレンタインはそれほど浸透している行事だったのだ。名前は恥ずかしく思った。
「甘い物を持ってこれば良かったね。」
「あぁ?真に受けてんのか?お前、俺が甘い菓子を食ってる姿、見たことあんのかよ。」
「ないけど…じゃあ貰ったお菓子はどうしてる…あ。」
「分かんだろ?全部あのチビが食べてんだよ。」
「…っはは。」
お菓子をあっという間に平らげるやちるの姿が目に浮かび、名前は笑った。一角は酒を煽り呟いた。
「俺は酒(これ)が一番だ。」
一角が彼女の目を見つめると、名前も酒を呑むと微笑み返した。
「名前…。」
言葉を濁らせた一角に、再び名前は緊張で身体をこわばらせた。
今度は本当に気持ちを伝える時だ。
「お前に出会った頃はこの月を眺めながら酒を呑むなんて、考えられなかったな」
一角に出会い、名前の運命は大きく変わった。
「色々あったけど、感謝…してる。」
顔が紅潮しているのは、酒のせいだ。
伝えよう、感謝の気持ち。
「ありがとう。」
互いの目を見つめる。ほんの一瞬の事だったが、とても長く感じられた。
(恥ずかしい…。)
先に視線を外したのは名前だったが、それより先に一角の腕が彼女の身体を引き寄せた。
大きく厚い胸板が目の前にある。あの時と同じ状況。だが、以前より頭の中は冷静だった。彼の心音が大きく聞こえる。
「ずっと考えてたんだ…俺にとってお前はどういう存在なのか。」
「……。」
一角の腕に力がこもった。
「俺の傍に居てくれ。」
胸に広がる熱。名前はこの言葉を無意識に待ち侘びていたのかもしれない。
この瞬間、友達以上恋人未満の関係に終止符が打たれた。
「…嫌か…?」
一角が名前の目を見つめる。
名前はニコリと微笑んだ。
「こちらこそよろしくお願いします。」
***
翌日。
「ねーねーつるりん!このおかし、また来年もたべたいなぁ!」
十一番隊に届いた菓子を食べるやちるは、一角に届いた高級チョコレートを指差した。
「あぁ?来年は貰わねーぞ。」
「えー?なんでぇ???」
「毎年毎年返すのが面倒くさいんだよ!今年で最後だ!そんなに食いたかったら、日番谷隊長の所に行って来い!俺よりももっと沢山食えるぜ?」
「今からひっずーのところに行ってくるーーー!!!」
やちるはそう言うと十番隊へ向かって行った。
残された一角は腕を組んだまま、やちるが出て行った外を眺めていた。
「…まぁ、日番谷隊長んとこは菓子で部屋がつぶれるくらい大量に貰うから大丈夫だろうな。」
それを近くで見ていた弓親はクスリと、微笑んだ。
一角が来年からチョコを貰わないと言う事は、二人の想いが通じたのだと。
「良かったね。一角、名前ちゃん…。」
【バレンタイン】...end.
【ホワイトデー】
桃の節句が済んだ瀞霊廷ーーーーー.
「…で、一角は名前ちゃんにお返しは考えているのかい?」
瀞霊廷通信を読んでいた弓親は、寝転んで昼寝をしている一角に尋ねた。
「…あ?お返しって何が?」
弓親は予測通りの返答にため息を吐いた。
「先月、名前ちゃんから何か貰ったんでしょ、覚えてないの?」
一角は脳裏の記憶を思い返し、彼女と晩酌したことを思い出した。
「あー…ホワイトデーな!そういや、そんな時期だったな。」
寝転んでいた一角は起き上がり、腕を組んで考えた。
毎年大量のプレゼントを貰う日番谷隊長は、確か全員に同じ菓子を返していた。
値段と内容の違う女子一人ひとりに合わせた品物を返す時間と人出が足りないのと、誰もが不公平にならないようにしている冬獅郎なりの気遣いだ。
しかし、一角が今年貰ったのは五人。居酒屋で貰ったお軽い菓子と和菓子屋の高級羊羹を同一の物で返すのは気が引ける。そして何より、彼女である名前から酒を貰っている。
(面倒だが、一個ずつ考えるか…。)
「なぁ、お前は毎年何返してんだ?」
弓親はニコリと微笑んだ。
「それは勿論、毎年流行になっている品物さ。」
「例えばどんな物だよ?」
今弓親が読んでいる瀞霊廷通信にも、瀞霊廷や流魂街で流行っている品物や歌、ファッション等が特集されている。
「一昨年は手染めのスカーフ、去年は花が流行ったから香水。ちなみに、スカーフと香水は僕のオリジナルだよ。一つずつ全部違うんだ。」
「俺には手が出せねぇ分野だわ。」
「まぁ、僕の趣味の範囲でもあるからね。」
同性の趣味とは思えないような内容で、一角は軽く引いた。
「去年まで一角は何を返していたのさ?」
「副隊長に選んでもらった物をそのまま返してたぜ。俺が貰った菓子は副隊長が食べてるからな。」
「なるほどね。…で、今年はどうするんだい?」
「今年は貰ったもんが明らかに値段に差があるから、一人ずつ考えようかと思ってる。」
「そうだね、それがいいと思うよ。」
笑みを浮かべる弓親は如実に一角へプレッシャーを送っているようだった。
*
とりあえず店が立ち並ぶ通りに来た一角はざっと店を見渡した。
甘味処に婦人服、宝飾品など色々あるが女の趣味に疎い一角はどれがいいか決めかねていた。
「あ、一角さん。珍しいっすね!」
一角に声を掛けたのは九番隊の檜佐木修兵だった。瀞霊廷通信の編集長を務めている彼だったら、参考になりそうだと一角は思った。
「おう。そういうお前こそ、こんな所にいるって事は女子の贈答品でも探してるのか?」
「…ちょっといいか?」
周囲の視線を気にする修兵は一角と共に店の横隅に移動した。
「実は、こないだ乱菊さんにチョコを貰ったんだ。」
「松本から?あいつ皆に同じチョコ配ってただろ。」
「…俺のだけに、キスマークが付いていたんだ。」
一角は「間違いなく松本の策略だろ」と思ったが、顔を紅潮して喜んでいる修兵の姿を見たので口を挟むことをやめた。
松本(あいつ)の事だ、自分に惚れていることを良い事に高価な贈答品を所望しているに違いない。
「そりゃ良かったな。」
「で、一角さんに何かいいアドバイスを貰えないかと思って!」
修兵は普段では感じられないような熱気で一角に迫った。買い物まで付き合われそうな勢いだったので、さっさと逃げなければと一角は思った。
「チョコ貰う時、あいつに何言われたか思い出せるか?」
「はっ…!そういやあの時の言葉が…。」
『皆が持ってないような物が嬉しいわ。あんたのプレゼント、期待してるからね!』
「他には?」
「そう言えば、こないだ『新しい洋服が欲しい』と言っていたな。」
皆が持っていない洋服が手に入るのはこの瀞霊廷で数軒しかない。しかもオーダーメイドで作っている老舗の高級店が殆ど。
そこを踏まえて修兵を誘導するなんて、計算高い女だ、と一角は思った。
「洋服か!」
修兵は目を輝かせて、懐を確認した。
「じゃ、買うもん決まったろ。俺は行くぜ。」
修兵の返答を待たずに一角はその場から離れた。
*
「…っちぇ、無駄な時間を食ったな。」
非番だとは言え、貴重な休日だ。自分の為に有意義に使いたい。
「…あいつは。」
次に一角が目にしたのは恋次だった。部下の理吉を連れて甘味処であんみつを食べている。
「あ、一角さん!」
「奇遇ですね!一角さんもどうっすか?」
「あぁ、俺は茶だけでいい。」
一角は恋次たちが座る向かいの椅子に座った。
「一角さんがこの通りを歩いているなんて珍しいっスね!」
「あぁ、檜佐木の野郎にも言われたが、女子が喜ぶ物って何だか知ってるか?」
「あぁ、ホワイトデーっスね!」
恋次には仲のいい異性がいるので参考になりそうだ。
湯呑を受け取った一角は湯気の立つ茶を一口啜った。
「食べ物は無難ですけど、物って嬉しいんですよね。気持ちが込められてるって言うか。」
「具体的にどういう物がいいんだ?」
「うーん、俺だったらその人が思入れのある関連の物にしますね。例えば茶華道が好きだったら茶道具とか生花とか…。」
「なるほど、参考になるな。」
一角は恋次の言う通りに女子の顔を思い浮かべ、それぞれが好みそうな物を考えた。
***
色々と考えた一角はそれぞれが好みそうな品物を用意した。ホワイトデー当日は一角が通常勤務で忙しい為、名前以外の四人の女子には事前に品物を渡しておいた。
先月まで忙しかった隠密機動はようやく落ち着いたようだ。一角は連絡を取り、彼女が借りている住まいに足を運んだ。
「おかえり。」
ぎこちない挨拶で一角を迎え入れた名前は緊張しているようだ。
あの日から特に変わった事はしていないが、彼女は意識しているようだった。
「なんか、こっちまで調子が狂うな。今まで通りでいいぜ。」
「……そうね。」
部屋に入ると夕食を用意してくれたみたいだ。いい香りが部屋を満たしている。
「腹減ったんだよな~。」
「沢山食べてね。」
「おぉ~こりゃまたすげぇな。」
手を洗う一角はちゃぶ台に並べられた料理を見て、思わず声を上げた。美味しそうな肉魚料理や野菜の煮物、漬物が並んでいる。
いつの間にこれほどの料理を作れるまでに腕を上げたのだろうか?
「初めて作った料理もあるから、味は保証しないよ。」
恋人になってから、初めての手作り料理。彼女なりに気を遣ってくれたようだ。その気持ちが素直に嬉しく感じた。
「誰から教わったんだ?」
「女性死神協会が定期的に料理教室を開いているからそこで覚えた。あとは図書館に行ったり、お店で聞いたり。」
口数の少ない彼女の事だから、人と関わる事が苦手だろうと思っていたが、彼女の努力を惜しまない性格がこうして料理に表れているのだと、一角は思った。
一角は腰を下ろし、荷物を傍らに置いた。名前も彼の隣に座り、茶を注いだ。
「んじゃ、いただきまーす!」
「どうぞ。」
一角はまず先に汁物に口を付けた。蛤と三つ葉が入った吸い物だ。
「旨めぇ。」
程よい塩味と蛤の良い出汁が口の中に広がる。
「料亭みたいだな。」
「久しぶりに連休を取ったから頑張った。」
任務が続いたのでこの連休は咎められないだろう。名前は心置きなく羽を伸ばせられると微笑んだ。
「んじゃ、お前が休みの間毎日、来っかなぁ。」
「お好きにどうぞ。」
鱈の西京焼きを白米に乗せ、一角は頬張った。その他に菜の花の酢味噌和え、ほうれん草の白和え、里芋の煮物など彼女が腕によりを掛けて作った料理を全て堪能した。
「あー旨かった。こりゃ、生きてる限り飯に困らねぇな。」
「それは良かった。」
満足げな一角に、名前は嬉しそうに答えた。
「そうだ、これ使ってくれよ。」
一角は持ってきた包みを名前に渡した。
「何?」
包みには木箱が入っていて、少し重い。
「いいから見てみろよ。」
「?」
食器を洗い終えた名前は木箱を開けると、紙で丁寧にくるまれた物を取り出した。
「わ、綺麗…!」
「へへっ、いいだろ?」
一角が買ったのは酒を呑む為のガラスで出来たグラスだった。うっすらと色味がかっているグラスは、濃淡のついた擦りガラス状で幾つもの花の模様が彫られている。
光に透かすと綺麗に模様が浮かび上がった。
「これ、睡蓮工房の?高かったでしょ…。」
「よく分かったな。まぁ、これは今後使ってくもんだし、買って損はないと思った。」
睡蓮工房は職人がガラスを使い、食器や作品を作っている。全て手作りの品しか作っていない、いわば高級品だ。
「こないだのお返しさ。」
「…嬉しい。」
普段表情をあまり表に出さない名前だが、今は嬉しそうに目元を緩めてグラスを眺めている。
「酒、これに注いでくれよ。」
「うん。」
軽く流水で洗い流し、手拭いでグラスを拭くと名前は冷やしていた酒を注いだ。
名前は酒とグラスを乗せたお盆を持ち、胡坐をかいて座っている一角の隣に座った。
グラスを月に向かってかざしてみると、花模様が更に輝いて見えた。
「ほんとに綺麗。」
「こりゃ、酒が何倍にも旨く感じるな。」
一角は彼女の前にグラスを掲げた。名前はゆっくりとグラスを合わせ、二人は酒を煽った。
「…うま……。」
酒の熱を感じながら、名前は呟いた。
「ありがとう。とても嬉しい。」
「こっちこそ、旨い飯が食えて幸せだ。」
一角はこれを選んで本当に良かったと感じた。
こうして月の光に照らされながら、二人はゆっくりと晩酌を楽しんだのだった。
酒の酔いが回ってきた頃、一角は呑んでいた一升瓶を見ながら、呟いた。
「そういや、この酒どうしたんだ?」
「更木隊長から貰ったの。こないだのお返しだって。」
「ははっ、あの人らしいや。」
【ホワイトデー】...end.