一角短編集
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【海水浴】
「これが海…。」
目の前に広がるのは空の色より青い"海"と言うもの。
名前は初めて見る広大な海に圧巻された。
川とは違い、どこまでも続く水平線が海の大きさを物語っている。
名前をはじめ、複数人の護廷十三隊の死神達が現世の浜辺に降り立った。
今日は任務ではなく、慰安旅行という名目で多くの死神が現世を訪れた。
今回は大人数の慰安旅行の為、浦原商店と技術開発局が共同で用意した義骸に全員入っている。
現世の人間にも接触できるので、食事や買い物を楽しむ事が出来た。
「あんたは海、今日が初めて?」
名前に話し掛けてきたのは十番隊の松本乱菊。
男女それぞれ着替えを済ませた所だ。
「はい。あの、松本さんの水着…下着みたいなのですが…。」
「あ〜これ?ビキニって言うのよ。現世は攻めた衣装が多いわよね〜ついつい開放的になっちゃう。」
乱菊が着ている水着は胸と股しか隠れておらず、胸と臀部も大きく露出しており、
同性でも見えてしまわないかヒヤヒヤする程である。
驚く事にビキニを着ている者は、誰もが堂々としているから不思議だ。
名前は到底真似出来ないと思った。
「あんたはラッシュガードなんか着ちゃって、もう少し弾けてもいいのに。」
水着選びの際、胸を隠す事のできる上着を選んだが、これはラッシュガードと言うようだ。
胸と腕は肌を隠せていて、丈はへそが見える程の長さ。
そして何故か背中が開いているデザインで「無いよりはマシだ」と着る事にした。
下は水着の上からショートパンツを履いている。
「いえ…私は松本さんのように綺麗な体ではないですし。これで十分です。」
「そんな事ないわよ〜。ラッシュガードならいつでも脱ぎ着出来るし、
楽しくなってきたら脱いじゃいな!思いっきり楽しんでね〜!」
乱菊は人間の男の視線を集めながら、別の隊員にちょっかいを掛けに行ってしまった。
「これを着ていれば、取り敢えずは大丈夫だろう。」
ビキニを着ている者が多いが、周囲を見渡せばラッシュガードやタイツを身に付けている人間も多い。
自分だけがこの場で浮いているわけではないと名前は安堵した。
男子はとっくに着替えを終えてビーチバレーや水泳を楽しんでいる。
「やぁ名前ちゃん。」
「弓親?一瞬、誰かと思った…。」
弓親は帽子にサングラス、長袖のラッシュガードと更に足は海水パンツの下にタイツまで履いている。
名前よりも肌の露出が少ない。
「日焼け対策はバッチリ。そして美しさも兼ね備えた完璧なスタイル。僕にピッタリだ。」
「そうね…。」
饒舌に話す弓親はいつになく上機嫌だ。
名前は弓親の気合の入りぶりに驚くばかりだ。
「名前ちゃんも可愛いよ。それに、一角が喜びそうだ。」
「ありがとう…だけど別に一角は喜びはしないんじゃないかな。」
会話をしていると、二人の足元にビーチボールが転がってきた。
「あ、悪ぃ悪ぃ!」
ビーチボールを取りに来たのは一時、瀞霊廷を騒がせた黒崎一護。
名前はボールを一護に渡した。
するとバレーボールをしていた中の一人がこっちに向かって走ってくるではないか。
「名前!」
「うわ…。」
名前の名を呼ぶのは間違いなく、今まで二人が話していた人物だった。
一角は真っ先に名前に向かって声を上げる。
「名前!お前なんつー格好してるんだ!!!」
いきなり頭ごなしに怒鳴られた名前はイラッとしながら一角を見つめた。
一角に怒られるような事をした覚えはない。
「脚が丸見えではしたねぇ。弓親みたいにタイツ履いて来い!」
一角の一方的な解釈を遮るように一護が割って入ってきた。
「おいおい、お前はいつの時代の亭主関白だよ。現世では普通だっての。ショートパンツ履いてんだろうが。」
「あぁん!?一護、お前は分かってねぇ!公の場で女が肌を出してる時点で男を誘ってる様なもんだろうが!」
「そりゃ俺だって一角の言いてぇ事は分かるけどよ。この子は誰が見ても誘ってるようには見えねぇよ。
ビキニ姿の奴だろうが、アピールしてんのは。」
「そうだよ、一角。何ムキになってんのさ。」
一護を擁護するように弓親も参加する。しかし一角は納得いかないようだ。
すると一護は一角が怒る真の理由に気付き、ニヤニヤと笑みを浮かべた。
「はは〜ん、分かったぞ。一角、お前はそういうの興味ないと思ってたが、そうかそうか…へ〜この子がな〜。」
「…なっ!?馬鹿野郎!調子に乗るんじゃねぇ!」
勘づいた一護の口を止める為に一角は殴りかかった。
一護はそれを避け、名前に「コイツ(一角)の言った事は気にすんなよ〜!」と声を掛け、二人で走って行ってしまった。
「やれやれ、一角も頭が堅いんだから…。」
「……。」
イライラする名前だが、折角の慰安旅行なので取り敢えず落ち着こうと深呼吸した。
日差しがキツく、喉も渇いてきた。
「弓親、冷たいものでも飲みに行こう。」
「いいよ…一角の分は?」
「要らないよ。」
即答した名前に「怒ってるね…」と思った弓親だった。
*
「いらっしゃいませ~ご新規二名様!」
弓親と名前が入ったのはオープンテラスがあるおしゃれなカフェ。
海を一望できるテラス席は客で賑わっていた。
先客と入れ違いに空いた席に案内される二人。
「メニューが決まりましたらそちらのベルでお知らせください。」
「分かりました。」
弓親は何度も現世を訪れており、立ち振る舞いが手慣れている。
テーブルに置かれたメニューを見る二人。
「これ見て、とても美しい。僕これにするよ。」
弓親が選んだのは、ノンアルコールカクテルの『バタフライ』と書かれている飲み物。
色は上と下でグラデーションになっており、上が深い藍色で下は赤黒くなっている。
名前はそれがとても美味しそうなものだとは思えなかった。
他に載っている飲み物も尸魂界では見ないような配色だ。
「すごい色…美味しそうに見えないけど…。」
「不味くても、これだけ美しければ問題ない。実際、あの席の女の子も飲んでいるし。」
「ほんとだ…。」
二人がいる席から二番目の席に座る女子が、弓親の注文する青い飲み物を飲んでいる。
カメラで撮影した後に飲んで「美味しい」と言っている。
「味はベリーって書いてあるから、なんとなく分かるよ。」
「そっか…私は何にしよう。」
名前は自身が何を注文しようか考えたが、一番おすすめと書いてあるパイナップルフローズンにした。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
店員は迷うことなく二人が座るテーブルに来た。
「バタフライ一つとパイナップルフローズンを一つ、以上です。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
しばらく待っていると程なくして注文した飲み物が運ばれてきた。
「すごい…。」
「美しいね。」
感嘆の声を上げる二人に店員は丁寧に説明した。
「バタフライは色を楽しみながら混ぜてお飲みください。
フローズンは始めの氷のサクサクした食感と後半、氷が解けてきた時の滑らかさをお楽しみください。」
店員が去った後に手を合わせる二人。
早速飲んでみる。
「わ…初めての味だけど…すっごく美味しい!」
店員が説明した通り、細かい氷が果物とミルクと混ざり合い冷たくのど越しがいい。
パイナップルという果物を初めて食べた名前はその美味しさに驚いた。
「名前ちゃんがそこまで喜ぶのなら、きっと美味しいだろうね。僕のは甘酸っぱくて癖になるよ。」
弓親も自身の好みの味付けで嬉しそうにバタフライを飲んだ。
「お昼ご飯はバーべーキューをやるって言ってたっけ?」
「そうだね。もうそろそろ始まる頃じゃないかな?」
カフェでゆっくりした二人は、再び浜辺にいる仲間の元へ合流した。
既に肉や野菜、魚介類などが焼かれバーベキューは始まっていた。
「おい弓親、名前!二人で仲良く茶を飲んでいたのは知ってんだぞ。」
弓親と名前に声を掛けてきたのは、またもや斑目一角。
焼く係を担っているのか、肌は赤くなり、全身汗だくだ。
「こっちは暑い中、火を起こして肉まで焼いて…。」
首に手拭いを巻いているが、滝のように汗が吹き出している為、間に合っていそうにない。
「それはご苦労だったね。僕たちも参加しようか。」
「そうね。」
弓親は一角を無視してサッサと歩いていく。
名前も弓親に続こうと思ったが、それは一角によって引き留められた。
「名前、お前なんつー恰好してんだ!?」
「え、今更何?」
一角は名前の後姿を見て驚いている。
(背中…って事は…あぁ思い出した。)
背中が丸見えのラッシュガードを着ていた事を思い出した名前。
めんどくさい人物に目を付けられた、とうんざりしながら一角の表情を見ると案の定、唾が掛かるほどの勢いで怒鳴られた。
「よくこんな格好でウロウロ歩き回れるな!こんだけ男がいるのに、誘ってんのと同じだろうが!」
「だから、誘ってないって!そもそも私が用意した水着じゃないから仕方ないでしょ!?なんでそこまで言われなきゃならないのよ。大体、一角は褌一丁で自分はいいの、ねぇ?!」
「うるせぇ!いいから布でも被ってろ!」
「……っ…。」
今まで我慢していた名前だったが、あまりにもしつこい一角の説教に、堪忍袋の緒が切れた。
そこまで気に入らないなら、水着を着なけばいいだけの話。
「分かった。そんなに私が気になって仕方がないと言うのなら、海じゃない所へ行くわ。」
「…っそ、それは間違ってねぇが…って、違うんだ!気になってるってのは、お前の格好が気になってるってだけで…。」
「だから、私がここから消えれば解決するんでしょ?」
名前は一角をひと睨みして陸の方へ歩き出した。
一角がそこまで突っかかってくる意味が分からない。
怒鳴られながら海にいるくらいだったら、一人で現世を散策している方がよっぽどマシだ。
「おい、待てよ!」
後ろで一角の声が聞こえてくるが、名前は人波を縫いながら走る。
そもそも慰安旅行に来たはずなのに、何故ここまで疲れなければならない?
名前は腹の底から湧き上がる怒りに拳を強く握った。
「くそっ!」
一角は足の速い名前の跡をずっと追いかけた。
人波に飲まれ、一瞬見失ったがすぐに彼女を見つけた。
しかし彼女との距離は縮まらない。
(ちっと言い過ぎたな…。)
普段感情を出さない名前が怒りを露わにした。相当彼女を怒らせてしまったようだ。
慰安旅行で名前の水着姿が見られるのだと、一角は楽しみにしていた。
尸魂界にはない海で、しかも普段見られない彼女の可愛い姿を拝む絶好の機会。
しかしそれは俺だけではなく、他の野郎の目にも入る。それが気に喰わなかっただけだ。
一角は名前の事を想い口酸っぱく言ったのが、結果的に彼女を怒らせ、楽しみにしていた慰安旅行が台無しになりかけている。
何と言ったら機嫌を直してくれるだろうか?やはりここは正直に謝るべきだ。
しかし機嫌を直してくれるかどうか…。
人混みを抜け出した一角は名前の腕を引っ張った。
「名前!」
「……。」
視線を合わせようとしない名前。
一角は彼女に向き合い、深々と頭を下げた。
「すまない、俺が悪かった。」
「……。」
誰もいない木の下。
時折吹く風が木々の間を抜け、日陰にいる二人の脇を抜ける。
つまらない嫉妬心を彼女に押し付けた事を大いに反省している。
ずっと頭を下げ続けている一角を見て名前は怒りと共に息を吐いた。
「今は顔も見たくない。一人にさせて。」
「嫌だ。」
「はぁ?」
「俺はお前と行ける慰安旅行を楽しみにしてたんだ。」
頭を上げた一角は、浜辺で言えなかった気持ちを彼女に伝えた。
「もちろん、お前の水着姿も。」
頭の芯まで怒りに震える名前。
謝られたからと言って、簡単には収まらない。
「散々いちゃもん付けておいて、今更何言ってるの?」
「それは…他の奴に見せたくなかったんだ、お前の…。」
「別に一角には関係ないでしょ、私の事なんだから口出さないで!」
弁明しても彼女の怒りは収まらない。
慰安旅行を無下にするくらいなら、恥を承知で和解した方がいい。
(仕方ない…。)
一角は心を決めて今まで口にしなかった思いを言葉に発した。
「お前は俺にとって、本当の家族みたいに大事な存在だ。」
「……な、いきなり何言って…!?」
突然の一角の思わぬ告白に名前は目を見開いた。
「流魂街にいた時からずっとお前と一緒にいるんだ。俺もお前も家族とはほぼ無縁……お前は家族以上に身近な奴だ。」
「家族……。」
初めて言われた『家族』と言う言葉。
家族などいない名前は家族愛を知らない。
一角は十一番隊で剣八、やちる、弓親、名前、他の隊員たちと共に笑いのある生活を過ごし、それがいつしか幸せな時間だと感じた。
鍛錬を欠かさず、時に任務で負傷するもそれが刺激になり、死の隣にある者達が、毎晩のように酒を呑んでどんちゃん騒ぎ。
家族と言う物は血の繋がりだけではない、同じ志を持って毎日共に過ごせば家族同然なのではないかと。
「勝手に俺が名前を妹みたいに思ってたんだ。だからついつい身内みたいに、口うるせぇ事言っちまった。すまねぇ。」
「……。」
一角の真剣な眼差しに、それは嘘偽りのない物だと感じた。
名前の心の中に燃えていた炎は小さくなり、やがて大きなため息を吐いた。
「分かった…さっきの事は許してあげる。…お腹空いた。早く浜辺に戻ってご飯食べよう。」
微笑む名前を見た一角はニヤリと笑って彼女の肩を抱いた。
「よしっ!俺が焼いてやるから腹いっぱい食えよな!」
「暑苦しい、離れてよ。」
「嫌だね!飯食ったら泳ぐぞ!」
「はいはい…。」
浜辺に向かって歩く二人は、兄妹にしては距離が近すぎる気がしたが、名前は今まで以上に彼の存在を身近に感じる事の出来るきっかけになった。
*
バーべーキューでお腹を満たした死神一行は各自、自由行動を楽しんでいた。
多くの女性死神は現世でのウインドショッピングに出かけたため、浜辺には女性の姿はまばらだ。
男達も買い物に出かけたり、昼寝したり好きなように時間を楽しんでいた。
お洒落に目がない弓親と乱菊は浜辺に姿が無かった。
「名前、泳ぎに行こうぜ!」
一角はゴーグルを額に装着し、海に入っていく。
川で泳ぐ事が好きな名前は海の潮を舐めて驚いた。
「しょっぱい…。」
「海は、川と違うだろ?」
名前は初めての塩水に驚いた。
川の水より生ぬるく、肌触りが滑らか。ぬるい温泉に入っているような心地だ。
「塩水だから、目に入ると染みるぜ。」
一角が言う通り、涙よりしょっぱい塩水なので目に入れると痛そうだ。
今は義骸に入っているが、視覚、聴覚、味覚、触覚全ての感覚を感じることが出来る。ただの人形だと思っていたが、よく出来ていると名前は思った。
ゴーグルを装着した名前は一角同様、海の中に潜った。
(広い…!)
川とは違い目の前一面に広がる青い景色。底は白い砂の為とても明るく見える。
両手を広げても何かにぶつかることなく、自由自在に泳ぐ事が出来た。
一度名前は水面から顔を出して息を吸った。
「塩水のせいで浮くことは簡単だが、潜る時は川より力が要るぜ。」
確かに、いつもの感覚で潜ろうとしても深く沈むことが出来ない。
(不思議だ…。)
同じ水なのにこれほどまでに感覚が違うとは。
「名前、もっと沖の方まで行こうぜ。」
「分かった。」
今日は比較的波も穏やかで、少し沖に出ても良さそうだ。
足の付かない所まで出てきた二人は力を抜いて海に浮かんだ。
ゴーグルを外すと空が青い空と白い雲だけが眼前に広がる。両手を広げて波に身を任せると、時折涼しい風が吹いてとても心地よかった。
「あー最高だな。」
「尸魂界では味わえない体験ね。」
一角は横目で名前を見る。
穏やかな表情で空を眺める彼女を見て、一角は気分が良かった。
「楽しいか?」
「うん。」
「尸魂界にも海があればいいのにな。」
「大前田副隊長なら作りそう。」
「あーそうかもしれねぇな。」
財閥の長男である大前田稀千代なら海を再現する事は可能かもしれない。
しかし、現世しかない場所だからこそ意味がある。
浮いている二人の所に人間の女性が近付き、名前に話し掛けた。
「あの…すみません。」
「はい…?」
名前は人間の女性に招かれ、一角と離れた所に連れていかれた。陸とは反対側に背を向ける。
「とてもお恥ずかしいのですが、水着を流されてしまって、ラッシュガードをお借りしてもよろしいでしょうか?このままだと陸に上がれないんです!」
彼女は腕を組みながら泳いでいるので、様子がおかしいと思っていた名前だったが、事情を理解して納得した。
泣きそうな表情で頼み込む女性の姿が哀れで、名前はすぐにラッシュガードのチャックを下ろした。
「分かりました。返さなくていいです。持って行ってください。」
「本当ですか!?一体何のお礼をすればいいか…。」
「いえ、大丈夫ですよ。」
名前はラッシュガードの一枚ぐらい差し上げればいいと思った。
丁度パッドが入っているタイプだったので水着を着ていなくても、不自然には見えないだろう。
ラッシュガードを渡した名前はショートパンツも脱いで女性に渡した。
「それは上下揃って一つの衣装のようですから、これも持って行ってください。」
「えぇっ!?いいんですか?!」
「下だけ持っていても不格好ですから。」
「ありがとうございます!!」
女性は名前が着ていた水着を着て、無事に陸に上がって行った。
昼食も食べられずにいたようで、急いで海の家に走って行った。
「何があったんだよ?」
女性がいなくなると名前の元に一角が近付いてきた。
「水着を流されたから、私の水着をあげたの。」
「そりゃ災難だったな…って、じゃあお前今ビキニって事か??」
「しょうがないでしょ…さっきみたいに怒らないでよね。」
「そりゃ…仕方ねぇけど…。」
名前は牽制するようにじとりと一角を見つめた。
先程の二の舞になる訳にはいかなかったが、一角はそれよりも彼女のビキニ姿を目の前に揺らいでいた。
(名前のビキニ姿…!まさかこんな所で拝めるチャンスが来るとは…。)
「名前、潜るぞ。」
「は?」
一角は再びゴーグルを装着し、彼女の手を引っ張る。
訳も分からず、ゴーグルを付けた名前も海に潜った。
一角はひと泳ぎし、彼女に指で「ついて来い」と合図した。
潜ると彼女の全身の姿が見える。
彼女が身に着けているビキニは白色。一角はその色が砂浜よりも白く輝いて見えた。
(めっちゃ可愛いじゃねぇか!)
小ぶりな胸を覆う白い布は、控えめな谷間がしっかりと確認できる。
胸の中心はリボンが付いていて、どうしても釘付けになってしまう。
臀部が半分見えるショーツは華奢な脚が伸び、色っぽく見えた。
松本や他の女性死神が身に着けている色鮮やかで面積の小さい水着なんかより、一角は清純な白一色のビキニが好みだと思った。
名前は一角がまじまじと自身の体を見ている事に気付き、水中で蹴りを入れた。
「っぶ、ふぉっ!!げっほ、溺れさせるつもりかてめぇ!」
「いやらしい目で見てるのが悪いんでしょ!?何が"妹"よ。色目で家族を見る奴が何処にいるわけ?!」
「ビキニなのが悪りぃんだろうが!」
「スケベ、変態!」
一角は名前に抱き付き二人揃って、水中に沈めた。
じゃれ合いは二人の体力が尽きるまで続いた。
*
日は傾き、一角と名前は浜辺で水平線に沈んでいく夕陽を眺めていた。
例によって一角が持ってきたパーカーをビキニの上から羽織った名前は、彼が買ってきたお茶を飲んだ。
「流石に疲れたな。」
泳いだ後はいつも以上に疲れるのは何故だろう?
一角は欠伸をしながら、寝転ぶ。
名前は朱色に染まる空と海を見ながら息を吐いた。
「夕焼けは尸魂界も現世も同じなのね…。」
波は絶え間なく浜辺に押し寄せては引いてを繰り返す。
海で遊んでいた人が少なくなっていく。
すっかり静かになった浜辺で、二人は無言のまま陽が沈む様子を見ていた。
ザアァ...ザザン...
波が砂を飲み込む音と、時折吹く風が心地よい。
美しい夕焼けを見ながら自然が織りなす音に耳を傾けた。
「もしかして寝てる?」
目を閉じたまま動かない一角。
寝てしまったのかと思った名前は彼の顔を覗き込んだ。
「あーーー!あの二人!!」
二人の後ろで大声を上げたのは大量の買い物袋を持った、松本乱菊。
一角は何事が起きたのかと飛び起きるが、目の前にあった名前の顔に激突した。
ゴンッ!!
「痛っ!!!」
「いっつ…!!」
二人は打ち付けた額に手を当て、涙目になりながら互いに顔を見合わせた。
「アンタたち、今キスしてたでしょ?」
乱菊の指摘に一角と名前は即座に「してねぇっ!!!」「していません!!!」と反論した。
「え~絶対してると思ったのに〜。」
怪しむ乱菊を前に、二人は立ち上がって背を向け合った。
互いに痛む額を抑えながら羞恥心を鎮める。
(名前が俺の顔を覗き込んで立って事は……つまり…。)
名前が自分の顔を覗き込んでいなければ、ぶつかることは無かった。
一角は変な期待を抱いてしまう。
一方名前はと言うと、覗き込むんじゃなかった、と後悔した。
名前は額にコブが出来ていないか、手で撫でながら確かめる。
(ほんっと、石頭なんだから…腫れてなくて良かった…。)
名前は溜め息を吐いた。
そこへ、人間の女性が名前に話し掛けてきた。
「ようやく見つけました!」
名前は女の顔を見て思い出した。
昼に水着を差し上げた女性だ。
「あぁ、先程の…。」
「はい!さっきはピンチを救って頂き、大変助かりました。」
「わざわざ捜しに来てくださったのですか?」
「たまたまお見かけしたものですから、是非ともお礼をしたいと思って!」
「お気遣いなさらなくても…。」
謙遜する名前をよそに、女性はビニール袋を名前に手渡した。
「これは…?」
「手持ち花火です。もし良ければ是非!」
「ありがとうございます。」
女性は深々と名前に頭を下げて去って行った。
*
夜。慰安旅行に来ている死神一行は、海岸近くで開かれていた夏祭りに参加していた。
沢山の屋台が並び、盆踊りが開かれている。
露店で買ったイカ焼きを肴に酒を呑みながら、一角は浴衣姿の名前を見つめた。
白い生地に藍色の朝顔が描かれ、茜色の帯を締めている。帯の後ろ側はリボン型で、女性らしいシルエットだ。
名前は本当に白い生地が良く似合う。
一角の考えをよそに、名前は手持ち花火を楽しんでいた。
色とりどりに変化する花火は短くも、鮮やかな光を放って消えていく。
先程一緒に花火を楽しんでいた弓親は、いつの間にか何処かへ行ってしまい帰ってこない。
「後は線香花火だけね…。」
慰安旅行もこれで最後。
あっという間に過ぎた時間が名残惜しく感じる。
か細い線香花火の火花を見ながら、名前は息を吐いた。
「また来年も慰安旅行があるといいな。そん時は名前も来るだろ?」
「うん…そうだね。」
火を点けた最後の線香花火を一角に渡し、名前は彼の隣に座った。
火種が丸く固まり、しばらくして直ぐに火花を放ち始めた。
チリチリと火花の弾ける音と火薬の焼ける匂い。
二人はその光が消えるまで無言で見つめた。
光が無くなり、辺りが暗くなる。
名前は蝋燭を付けようと立ち上がるが、一角は彼女の左腕を引っ張った。
「……?」
「水着も、浴衣も似合ってる。綺麗だぜ。」
暗いが、彼の顔が紅潮している。
名前は気付かないフリをした。
「…ありがとう。」
*
義骸を脱ぎ、尸魂界へ向かう帰路。
「やっぱ現世はガチャガチャしてて、騒がしいぜ。」
弓親は一角の愚痴を聞いているが、彼の晴れやかな表情を見てふっと息を零した。
この様子だと、彼女と楽しい思い出が出来たに違いない。
「そうだね。」
【海水浴】...end.
「これが海…。」
目の前に広がるのは空の色より青い"海"と言うもの。
名前は初めて見る広大な海に圧巻された。
川とは違い、どこまでも続く水平線が海の大きさを物語っている。
名前をはじめ、複数人の護廷十三隊の死神達が現世の浜辺に降り立った。
今日は任務ではなく、慰安旅行という名目で多くの死神が現世を訪れた。
今回は大人数の慰安旅行の為、浦原商店と技術開発局が共同で用意した義骸に全員入っている。
現世の人間にも接触できるので、食事や買い物を楽しむ事が出来た。
「あんたは海、今日が初めて?」
名前に話し掛けてきたのは十番隊の松本乱菊。
男女それぞれ着替えを済ませた所だ。
「はい。あの、松本さんの水着…下着みたいなのですが…。」
「あ〜これ?ビキニって言うのよ。現世は攻めた衣装が多いわよね〜ついつい開放的になっちゃう。」
乱菊が着ている水着は胸と股しか隠れておらず、胸と臀部も大きく露出しており、
同性でも見えてしまわないかヒヤヒヤする程である。
驚く事にビキニを着ている者は、誰もが堂々としているから不思議だ。
名前は到底真似出来ないと思った。
「あんたはラッシュガードなんか着ちゃって、もう少し弾けてもいいのに。」
水着選びの際、胸を隠す事のできる上着を選んだが、これはラッシュガードと言うようだ。
胸と腕は肌を隠せていて、丈はへそが見える程の長さ。
そして何故か背中が開いているデザインで「無いよりはマシだ」と着る事にした。
下は水着の上からショートパンツを履いている。
「いえ…私は松本さんのように綺麗な体ではないですし。これで十分です。」
「そんな事ないわよ〜。ラッシュガードならいつでも脱ぎ着出来るし、
楽しくなってきたら脱いじゃいな!思いっきり楽しんでね〜!」
乱菊は人間の男の視線を集めながら、別の隊員にちょっかいを掛けに行ってしまった。
「これを着ていれば、取り敢えずは大丈夫だろう。」
ビキニを着ている者が多いが、周囲を見渡せばラッシュガードやタイツを身に付けている人間も多い。
自分だけがこの場で浮いているわけではないと名前は安堵した。
男子はとっくに着替えを終えてビーチバレーや水泳を楽しんでいる。
「やぁ名前ちゃん。」
「弓親?一瞬、誰かと思った…。」
弓親は帽子にサングラス、長袖のラッシュガードと更に足は海水パンツの下にタイツまで履いている。
名前よりも肌の露出が少ない。
「日焼け対策はバッチリ。そして美しさも兼ね備えた完璧なスタイル。僕にピッタリだ。」
「そうね…。」
饒舌に話す弓親はいつになく上機嫌だ。
名前は弓親の気合の入りぶりに驚くばかりだ。
「名前ちゃんも可愛いよ。それに、一角が喜びそうだ。」
「ありがとう…だけど別に一角は喜びはしないんじゃないかな。」
会話をしていると、二人の足元にビーチボールが転がってきた。
「あ、悪ぃ悪ぃ!」
ビーチボールを取りに来たのは一時、瀞霊廷を騒がせた黒崎一護。
名前はボールを一護に渡した。
するとバレーボールをしていた中の一人がこっちに向かって走ってくるではないか。
「名前!」
「うわ…。」
名前の名を呼ぶのは間違いなく、今まで二人が話していた人物だった。
一角は真っ先に名前に向かって声を上げる。
「名前!お前なんつー格好してるんだ!!!」
いきなり頭ごなしに怒鳴られた名前はイラッとしながら一角を見つめた。
一角に怒られるような事をした覚えはない。
「脚が丸見えではしたねぇ。弓親みたいにタイツ履いて来い!」
一角の一方的な解釈を遮るように一護が割って入ってきた。
「おいおい、お前はいつの時代の亭主関白だよ。現世では普通だっての。ショートパンツ履いてんだろうが。」
「あぁん!?一護、お前は分かってねぇ!公の場で女が肌を出してる時点で男を誘ってる様なもんだろうが!」
「そりゃ俺だって一角の言いてぇ事は分かるけどよ。この子は誰が見ても誘ってるようには見えねぇよ。
ビキニ姿の奴だろうが、アピールしてんのは。」
「そうだよ、一角。何ムキになってんのさ。」
一護を擁護するように弓親も参加する。しかし一角は納得いかないようだ。
すると一護は一角が怒る真の理由に気付き、ニヤニヤと笑みを浮かべた。
「はは〜ん、分かったぞ。一角、お前はそういうの興味ないと思ってたが、そうかそうか…へ〜この子がな〜。」
「…なっ!?馬鹿野郎!調子に乗るんじゃねぇ!」
勘づいた一護の口を止める為に一角は殴りかかった。
一護はそれを避け、名前に「コイツ(一角)の言った事は気にすんなよ〜!」と声を掛け、二人で走って行ってしまった。
「やれやれ、一角も頭が堅いんだから…。」
「……。」
イライラする名前だが、折角の慰安旅行なので取り敢えず落ち着こうと深呼吸した。
日差しがキツく、喉も渇いてきた。
「弓親、冷たいものでも飲みに行こう。」
「いいよ…一角の分は?」
「要らないよ。」
即答した名前に「怒ってるね…」と思った弓親だった。
*
「いらっしゃいませ~ご新規二名様!」
弓親と名前が入ったのはオープンテラスがあるおしゃれなカフェ。
海を一望できるテラス席は客で賑わっていた。
先客と入れ違いに空いた席に案内される二人。
「メニューが決まりましたらそちらのベルでお知らせください。」
「分かりました。」
弓親は何度も現世を訪れており、立ち振る舞いが手慣れている。
テーブルに置かれたメニューを見る二人。
「これ見て、とても美しい。僕これにするよ。」
弓親が選んだのは、ノンアルコールカクテルの『バタフライ』と書かれている飲み物。
色は上と下でグラデーションになっており、上が深い藍色で下は赤黒くなっている。
名前はそれがとても美味しそうなものだとは思えなかった。
他に載っている飲み物も尸魂界では見ないような配色だ。
「すごい色…美味しそうに見えないけど…。」
「不味くても、これだけ美しければ問題ない。実際、あの席の女の子も飲んでいるし。」
「ほんとだ…。」
二人がいる席から二番目の席に座る女子が、弓親の注文する青い飲み物を飲んでいる。
カメラで撮影した後に飲んで「美味しい」と言っている。
「味はベリーって書いてあるから、なんとなく分かるよ。」
「そっか…私は何にしよう。」
名前は自身が何を注文しようか考えたが、一番おすすめと書いてあるパイナップルフローズンにした。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
店員は迷うことなく二人が座るテーブルに来た。
「バタフライ一つとパイナップルフローズンを一つ、以上です。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
しばらく待っていると程なくして注文した飲み物が運ばれてきた。
「すごい…。」
「美しいね。」
感嘆の声を上げる二人に店員は丁寧に説明した。
「バタフライは色を楽しみながら混ぜてお飲みください。
フローズンは始めの氷のサクサクした食感と後半、氷が解けてきた時の滑らかさをお楽しみください。」
店員が去った後に手を合わせる二人。
早速飲んでみる。
「わ…初めての味だけど…すっごく美味しい!」
店員が説明した通り、細かい氷が果物とミルクと混ざり合い冷たくのど越しがいい。
パイナップルという果物を初めて食べた名前はその美味しさに驚いた。
「名前ちゃんがそこまで喜ぶのなら、きっと美味しいだろうね。僕のは甘酸っぱくて癖になるよ。」
弓親も自身の好みの味付けで嬉しそうにバタフライを飲んだ。
「お昼ご飯はバーべーキューをやるって言ってたっけ?」
「そうだね。もうそろそろ始まる頃じゃないかな?」
カフェでゆっくりした二人は、再び浜辺にいる仲間の元へ合流した。
既に肉や野菜、魚介類などが焼かれバーベキューは始まっていた。
「おい弓親、名前!二人で仲良く茶を飲んでいたのは知ってんだぞ。」
弓親と名前に声を掛けてきたのは、またもや斑目一角。
焼く係を担っているのか、肌は赤くなり、全身汗だくだ。
「こっちは暑い中、火を起こして肉まで焼いて…。」
首に手拭いを巻いているが、滝のように汗が吹き出している為、間に合っていそうにない。
「それはご苦労だったね。僕たちも参加しようか。」
「そうね。」
弓親は一角を無視してサッサと歩いていく。
名前も弓親に続こうと思ったが、それは一角によって引き留められた。
「名前、お前なんつー恰好してんだ!?」
「え、今更何?」
一角は名前の後姿を見て驚いている。
(背中…って事は…あぁ思い出した。)
背中が丸見えのラッシュガードを着ていた事を思い出した名前。
めんどくさい人物に目を付けられた、とうんざりしながら一角の表情を見ると案の定、唾が掛かるほどの勢いで怒鳴られた。
「よくこんな格好でウロウロ歩き回れるな!こんだけ男がいるのに、誘ってんのと同じだろうが!」
「だから、誘ってないって!そもそも私が用意した水着じゃないから仕方ないでしょ!?なんでそこまで言われなきゃならないのよ。大体、一角は褌一丁で自分はいいの、ねぇ?!」
「うるせぇ!いいから布でも被ってろ!」
「……っ…。」
今まで我慢していた名前だったが、あまりにもしつこい一角の説教に、堪忍袋の緒が切れた。
そこまで気に入らないなら、水着を着なけばいいだけの話。
「分かった。そんなに私が気になって仕方がないと言うのなら、海じゃない所へ行くわ。」
「…っそ、それは間違ってねぇが…って、違うんだ!気になってるってのは、お前の格好が気になってるってだけで…。」
「だから、私がここから消えれば解決するんでしょ?」
名前は一角をひと睨みして陸の方へ歩き出した。
一角がそこまで突っかかってくる意味が分からない。
怒鳴られながら海にいるくらいだったら、一人で現世を散策している方がよっぽどマシだ。
「おい、待てよ!」
後ろで一角の声が聞こえてくるが、名前は人波を縫いながら走る。
そもそも慰安旅行に来たはずなのに、何故ここまで疲れなければならない?
名前は腹の底から湧き上がる怒りに拳を強く握った。
「くそっ!」
一角は足の速い名前の跡をずっと追いかけた。
人波に飲まれ、一瞬見失ったがすぐに彼女を見つけた。
しかし彼女との距離は縮まらない。
(ちっと言い過ぎたな…。)
普段感情を出さない名前が怒りを露わにした。相当彼女を怒らせてしまったようだ。
慰安旅行で名前の水着姿が見られるのだと、一角は楽しみにしていた。
尸魂界にはない海で、しかも普段見られない彼女の可愛い姿を拝む絶好の機会。
しかしそれは俺だけではなく、他の野郎の目にも入る。それが気に喰わなかっただけだ。
一角は名前の事を想い口酸っぱく言ったのが、結果的に彼女を怒らせ、楽しみにしていた慰安旅行が台無しになりかけている。
何と言ったら機嫌を直してくれるだろうか?やはりここは正直に謝るべきだ。
しかし機嫌を直してくれるかどうか…。
人混みを抜け出した一角は名前の腕を引っ張った。
「名前!」
「……。」
視線を合わせようとしない名前。
一角は彼女に向き合い、深々と頭を下げた。
「すまない、俺が悪かった。」
「……。」
誰もいない木の下。
時折吹く風が木々の間を抜け、日陰にいる二人の脇を抜ける。
つまらない嫉妬心を彼女に押し付けた事を大いに反省している。
ずっと頭を下げ続けている一角を見て名前は怒りと共に息を吐いた。
「今は顔も見たくない。一人にさせて。」
「嫌だ。」
「はぁ?」
「俺はお前と行ける慰安旅行を楽しみにしてたんだ。」
頭を上げた一角は、浜辺で言えなかった気持ちを彼女に伝えた。
「もちろん、お前の水着姿も。」
頭の芯まで怒りに震える名前。
謝られたからと言って、簡単には収まらない。
「散々いちゃもん付けておいて、今更何言ってるの?」
「それは…他の奴に見せたくなかったんだ、お前の…。」
「別に一角には関係ないでしょ、私の事なんだから口出さないで!」
弁明しても彼女の怒りは収まらない。
慰安旅行を無下にするくらいなら、恥を承知で和解した方がいい。
(仕方ない…。)
一角は心を決めて今まで口にしなかった思いを言葉に発した。
「お前は俺にとって、本当の家族みたいに大事な存在だ。」
「……な、いきなり何言って…!?」
突然の一角の思わぬ告白に名前は目を見開いた。
「流魂街にいた時からずっとお前と一緒にいるんだ。俺もお前も家族とはほぼ無縁……お前は家族以上に身近な奴だ。」
「家族……。」
初めて言われた『家族』と言う言葉。
家族などいない名前は家族愛を知らない。
一角は十一番隊で剣八、やちる、弓親、名前、他の隊員たちと共に笑いのある生活を過ごし、それがいつしか幸せな時間だと感じた。
鍛錬を欠かさず、時に任務で負傷するもそれが刺激になり、死の隣にある者達が、毎晩のように酒を呑んでどんちゃん騒ぎ。
家族と言う物は血の繋がりだけではない、同じ志を持って毎日共に過ごせば家族同然なのではないかと。
「勝手に俺が名前を妹みたいに思ってたんだ。だからついつい身内みたいに、口うるせぇ事言っちまった。すまねぇ。」
「……。」
一角の真剣な眼差しに、それは嘘偽りのない物だと感じた。
名前の心の中に燃えていた炎は小さくなり、やがて大きなため息を吐いた。
「分かった…さっきの事は許してあげる。…お腹空いた。早く浜辺に戻ってご飯食べよう。」
微笑む名前を見た一角はニヤリと笑って彼女の肩を抱いた。
「よしっ!俺が焼いてやるから腹いっぱい食えよな!」
「暑苦しい、離れてよ。」
「嫌だね!飯食ったら泳ぐぞ!」
「はいはい…。」
浜辺に向かって歩く二人は、兄妹にしては距離が近すぎる気がしたが、名前は今まで以上に彼の存在を身近に感じる事の出来るきっかけになった。
*
バーべーキューでお腹を満たした死神一行は各自、自由行動を楽しんでいた。
多くの女性死神は現世でのウインドショッピングに出かけたため、浜辺には女性の姿はまばらだ。
男達も買い物に出かけたり、昼寝したり好きなように時間を楽しんでいた。
お洒落に目がない弓親と乱菊は浜辺に姿が無かった。
「名前、泳ぎに行こうぜ!」
一角はゴーグルを額に装着し、海に入っていく。
川で泳ぐ事が好きな名前は海の潮を舐めて驚いた。
「しょっぱい…。」
「海は、川と違うだろ?」
名前は初めての塩水に驚いた。
川の水より生ぬるく、肌触りが滑らか。ぬるい温泉に入っているような心地だ。
「塩水だから、目に入ると染みるぜ。」
一角が言う通り、涙よりしょっぱい塩水なので目に入れると痛そうだ。
今は義骸に入っているが、視覚、聴覚、味覚、触覚全ての感覚を感じることが出来る。ただの人形だと思っていたが、よく出来ていると名前は思った。
ゴーグルを装着した名前は一角同様、海の中に潜った。
(広い…!)
川とは違い目の前一面に広がる青い景色。底は白い砂の為とても明るく見える。
両手を広げても何かにぶつかることなく、自由自在に泳ぐ事が出来た。
一度名前は水面から顔を出して息を吸った。
「塩水のせいで浮くことは簡単だが、潜る時は川より力が要るぜ。」
確かに、いつもの感覚で潜ろうとしても深く沈むことが出来ない。
(不思議だ…。)
同じ水なのにこれほどまでに感覚が違うとは。
「名前、もっと沖の方まで行こうぜ。」
「分かった。」
今日は比較的波も穏やかで、少し沖に出ても良さそうだ。
足の付かない所まで出てきた二人は力を抜いて海に浮かんだ。
ゴーグルを外すと空が青い空と白い雲だけが眼前に広がる。両手を広げて波に身を任せると、時折涼しい風が吹いてとても心地よかった。
「あー最高だな。」
「尸魂界では味わえない体験ね。」
一角は横目で名前を見る。
穏やかな表情で空を眺める彼女を見て、一角は気分が良かった。
「楽しいか?」
「うん。」
「尸魂界にも海があればいいのにな。」
「大前田副隊長なら作りそう。」
「あーそうかもしれねぇな。」
財閥の長男である大前田稀千代なら海を再現する事は可能かもしれない。
しかし、現世しかない場所だからこそ意味がある。
浮いている二人の所に人間の女性が近付き、名前に話し掛けた。
「あの…すみません。」
「はい…?」
名前は人間の女性に招かれ、一角と離れた所に連れていかれた。陸とは反対側に背を向ける。
「とてもお恥ずかしいのですが、水着を流されてしまって、ラッシュガードをお借りしてもよろしいでしょうか?このままだと陸に上がれないんです!」
彼女は腕を組みながら泳いでいるので、様子がおかしいと思っていた名前だったが、事情を理解して納得した。
泣きそうな表情で頼み込む女性の姿が哀れで、名前はすぐにラッシュガードのチャックを下ろした。
「分かりました。返さなくていいです。持って行ってください。」
「本当ですか!?一体何のお礼をすればいいか…。」
「いえ、大丈夫ですよ。」
名前はラッシュガードの一枚ぐらい差し上げればいいと思った。
丁度パッドが入っているタイプだったので水着を着ていなくても、不自然には見えないだろう。
ラッシュガードを渡した名前はショートパンツも脱いで女性に渡した。
「それは上下揃って一つの衣装のようですから、これも持って行ってください。」
「えぇっ!?いいんですか?!」
「下だけ持っていても不格好ですから。」
「ありがとうございます!!」
女性は名前が着ていた水着を着て、無事に陸に上がって行った。
昼食も食べられずにいたようで、急いで海の家に走って行った。
「何があったんだよ?」
女性がいなくなると名前の元に一角が近付いてきた。
「水着を流されたから、私の水着をあげたの。」
「そりゃ災難だったな…って、じゃあお前今ビキニって事か??」
「しょうがないでしょ…さっきみたいに怒らないでよね。」
「そりゃ…仕方ねぇけど…。」
名前は牽制するようにじとりと一角を見つめた。
先程の二の舞になる訳にはいかなかったが、一角はそれよりも彼女のビキニ姿を目の前に揺らいでいた。
(名前のビキニ姿…!まさかこんな所で拝めるチャンスが来るとは…。)
「名前、潜るぞ。」
「は?」
一角は再びゴーグルを装着し、彼女の手を引っ張る。
訳も分からず、ゴーグルを付けた名前も海に潜った。
一角はひと泳ぎし、彼女に指で「ついて来い」と合図した。
潜ると彼女の全身の姿が見える。
彼女が身に着けているビキニは白色。一角はその色が砂浜よりも白く輝いて見えた。
(めっちゃ可愛いじゃねぇか!)
小ぶりな胸を覆う白い布は、控えめな谷間がしっかりと確認できる。
胸の中心はリボンが付いていて、どうしても釘付けになってしまう。
臀部が半分見えるショーツは華奢な脚が伸び、色っぽく見えた。
松本や他の女性死神が身に着けている色鮮やかで面積の小さい水着なんかより、一角は清純な白一色のビキニが好みだと思った。
名前は一角がまじまじと自身の体を見ている事に気付き、水中で蹴りを入れた。
「っぶ、ふぉっ!!げっほ、溺れさせるつもりかてめぇ!」
「いやらしい目で見てるのが悪いんでしょ!?何が"妹"よ。色目で家族を見る奴が何処にいるわけ?!」
「ビキニなのが悪りぃんだろうが!」
「スケベ、変態!」
一角は名前に抱き付き二人揃って、水中に沈めた。
じゃれ合いは二人の体力が尽きるまで続いた。
*
日は傾き、一角と名前は浜辺で水平線に沈んでいく夕陽を眺めていた。
例によって一角が持ってきたパーカーをビキニの上から羽織った名前は、彼が買ってきたお茶を飲んだ。
「流石に疲れたな。」
泳いだ後はいつも以上に疲れるのは何故だろう?
一角は欠伸をしながら、寝転ぶ。
名前は朱色に染まる空と海を見ながら息を吐いた。
「夕焼けは尸魂界も現世も同じなのね…。」
波は絶え間なく浜辺に押し寄せては引いてを繰り返す。
海で遊んでいた人が少なくなっていく。
すっかり静かになった浜辺で、二人は無言のまま陽が沈む様子を見ていた。
ザアァ...ザザン...
波が砂を飲み込む音と、時折吹く風が心地よい。
美しい夕焼けを見ながら自然が織りなす音に耳を傾けた。
「もしかして寝てる?」
目を閉じたまま動かない一角。
寝てしまったのかと思った名前は彼の顔を覗き込んだ。
「あーーー!あの二人!!」
二人の後ろで大声を上げたのは大量の買い物袋を持った、松本乱菊。
一角は何事が起きたのかと飛び起きるが、目の前にあった名前の顔に激突した。
ゴンッ!!
「痛っ!!!」
「いっつ…!!」
二人は打ち付けた額に手を当て、涙目になりながら互いに顔を見合わせた。
「アンタたち、今キスしてたでしょ?」
乱菊の指摘に一角と名前は即座に「してねぇっ!!!」「していません!!!」と反論した。
「え~絶対してると思ったのに〜。」
怪しむ乱菊を前に、二人は立ち上がって背を向け合った。
互いに痛む額を抑えながら羞恥心を鎮める。
(名前が俺の顔を覗き込んで立って事は……つまり…。)
名前が自分の顔を覗き込んでいなければ、ぶつかることは無かった。
一角は変な期待を抱いてしまう。
一方名前はと言うと、覗き込むんじゃなかった、と後悔した。
名前は額にコブが出来ていないか、手で撫でながら確かめる。
(ほんっと、石頭なんだから…腫れてなくて良かった…。)
名前は溜め息を吐いた。
そこへ、人間の女性が名前に話し掛けてきた。
「ようやく見つけました!」
名前は女の顔を見て思い出した。
昼に水着を差し上げた女性だ。
「あぁ、先程の…。」
「はい!さっきはピンチを救って頂き、大変助かりました。」
「わざわざ捜しに来てくださったのですか?」
「たまたまお見かけしたものですから、是非ともお礼をしたいと思って!」
「お気遣いなさらなくても…。」
謙遜する名前をよそに、女性はビニール袋を名前に手渡した。
「これは…?」
「手持ち花火です。もし良ければ是非!」
「ありがとうございます。」
女性は深々と名前に頭を下げて去って行った。
*
夜。慰安旅行に来ている死神一行は、海岸近くで開かれていた夏祭りに参加していた。
沢山の屋台が並び、盆踊りが開かれている。
露店で買ったイカ焼きを肴に酒を呑みながら、一角は浴衣姿の名前を見つめた。
白い生地に藍色の朝顔が描かれ、茜色の帯を締めている。帯の後ろ側はリボン型で、女性らしいシルエットだ。
名前は本当に白い生地が良く似合う。
一角の考えをよそに、名前は手持ち花火を楽しんでいた。
色とりどりに変化する花火は短くも、鮮やかな光を放って消えていく。
先程一緒に花火を楽しんでいた弓親は、いつの間にか何処かへ行ってしまい帰ってこない。
「後は線香花火だけね…。」
慰安旅行もこれで最後。
あっという間に過ぎた時間が名残惜しく感じる。
か細い線香花火の火花を見ながら、名前は息を吐いた。
「また来年も慰安旅行があるといいな。そん時は名前も来るだろ?」
「うん…そうだね。」
火を点けた最後の線香花火を一角に渡し、名前は彼の隣に座った。
火種が丸く固まり、しばらくして直ぐに火花を放ち始めた。
チリチリと火花の弾ける音と火薬の焼ける匂い。
二人はその光が消えるまで無言で見つめた。
光が無くなり、辺りが暗くなる。
名前は蝋燭を付けようと立ち上がるが、一角は彼女の左腕を引っ張った。
「……?」
「水着も、浴衣も似合ってる。綺麗だぜ。」
暗いが、彼の顔が紅潮している。
名前は気付かないフリをした。
「…ありがとう。」
*
義骸を脱ぎ、尸魂界へ向かう帰路。
「やっぱ現世はガチャガチャしてて、騒がしいぜ。」
弓親は一角の愚痴を聞いているが、彼の晴れやかな表情を見てふっと息を零した。
この様子だと、彼女と楽しい思い出が出来たに違いない。
「そうだね。」
【海水浴】...end.