一角短編集
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【片想い】
「あぁ~やっぱ、斑目三席カッコイイなぁ~!」
十一番隊の隊舎で鍛錬をする隊員たちを見つめるのは、十一番隊に書類を届けに来た八番隊の女隊士、須々木芽瑠-すすきめる-。
八番隊の仲間からは『品がない』と彼の印象はあまり良くなかったが、周囲に何と言われようとも芽瑠にとって一角は恋焦がれる存在だった。
その出会いは芽瑠が霊術院にいた頃。虚討伐訓練にて臨時講師になったのが斑目一角だった。
隙を突かれ、虚に襲われそうになった所を一角に救われた。彼の圧倒的強さを目の当たりにした芽瑠は一目惚れしたのだ。
死神になった今、機会を見つけては彼の姿を追いかけた。毎年彼の誕生日には贈り物を送った。
しかし、彼は芽瑠に振り向く事はなかった。
(あの女のせいで……。)
鍛錬に打ち込む隊士に指導する一角だが、時折ちょっかいを掛けている者がいた。それは現在の十一番隊で七席を務める苗字名前だった。
彼は名前に目を掛けているようで、彼女が霊術院を卒業するのと同時に一角の推薦で十一番隊に配属された。
(あの女、彼とは一体どういう関係なの…?)
彼女に話し掛ける一角の笑顔を見る度に、胸が張り裂けそうになる。
彼の気さくな呼びかけに応じない反抗的な仕草、自分よりも上位に位置する席官に対する態度ではない。
一角が何故そんな女の事を気に掛けているのだろうか?一見して彼らに男女の関係があるように思えない。
こんなに彼の事を想っているのに、何故振り向いてもらえないのだろう。
怒りの感情が沸々と湧き上がってくる。こんな思いをしなければならないのは、全てあの女のせいだ。
今までと同じように彼にアピールしていては、一向に状況は変わらない。どうにかしてあの二人を引き離さなければ。
(そうだ…彼女に接触してみよう。)
敵の本性を知らなければ何も始まらない。
芽瑠は実行に移す事にした。
***
女性死神協会 調理室ーーー...
「きょうは、げんせの『おむらいす』を作るよ!」
女性死神協会会長を務める草鹿やちるの提案で、現世の料理を作る講座第六回目。
料理講座は女性死神に人気な講座の一つだ。参加費用はかかるが、受けて損はない。
料理講座に参加した芽瑠は早速、やちるの横で材料の配布を行う苗字名前の手伝いに入った。
「初めまして!八番隊の須々木芽瑠と言います。今日はよろしくお願いします。」
「十一番隊の苗字名前。よろしく。」
感情の込っていない目と言葉。化粧もしておらず、近くで見れば見るほど、この女の魅力を感じない。彼はこの女のどこがいいのだろうか?
卵の入ったザルを各机に配布し、調理が始まった。今度は盛り付けの食器を配布する。
二人きりになった。話し掛けるチャンスだ。
「苗字七席~少しお伺いしたい事がありまして。」
「何ですか。」
ついにこの時がやってきた。手に汗握りながら、芽瑠は名前に向き合った。
「斑目三席の事なんですが…正直、どう思っていますか?」
感情の読めない名前が一瞬目を細めた。しばらく考えていたが、やがて口を開いた。
「熱心に指導してくださるが、正直暑苦しいし、面倒だ。」
「そうなんですね~…斑目三席は面倒見のいい方ですから、部下の皆様方には世話を焼きたくなるのでしょうね。
苗字七席は斑目三席が苦手なのですか?」
「どちらかと言うと、そうだな。」
彼女の言葉を聞いて芽瑠は安堵した。こんなにも直接的な心境を聞くことが出来るとは。彼女に好意がないなら、芽瑠の思い通りだ。
「あの…実は私、苗字七席と斑目三席はお付き合いされていると思っていたのですが…まさか真逆だなんて。」
「驚きだ。そんな風に見える事はしていないが。」
「あの、思ったのですが…苗字七席の本心、斑目三席にお伝えした方がいいと思います。迷惑されてるなら、尚の事その旨をお伝えしないと、苗字七席のご苦労が絶えないと思います。」
「言って聞く男ではない。それに今まで散々言ってきた。」
「では、代わりに私が苗字七席の本心をお伝えすると言うのはどうでしょう?第三者から言われたら、きっと斑目三席も考え直すと思います。」
名前は初めて芽瑠と目を合わせた。名前に無表情で目を見つめられ、芽瑠はドキリとした。
あからさまな会話の真意に気付いてしまったのだろうか?内心焦って冷や汗が流れた。
「須々木さんは、彼が好きなのですか?」
「……!!」
気付かれてしまった。つい、熱が入って本心をサラリと聞き出すつもりが、彼女に自分の彼へ対する想いに勘づかれてしまった。
ここまで来てしまったのなら、本音を話した方がいいに決まっている。
「そうです。私は斑目三席が好きなんです。でも、斑目三席はいつもあなたを見ています。」
名前はフッと笑みを零した。それは今まで彼女が見せたことがない表情だった。
「それはあなたの勘違いだ。もうこの話はいいだろう。」
名前は食器を持って行ってしまった。
最後の笑みは一体どういう心情なのだろう?ううん、そんな事どうだっていい。
これで堂々と彼と向き合うことが出来るのだから。
(少し予定が狂ったけど、これで邪魔者はいなくなった。斑目三席に告白できる!)
***
後日、芽瑠は一角の非番に合わせて彼の元へ訪れた。ついに想いを伝える決心がついた。
「斑目三席…お話したいことがあります!」
「ん…なんだ?」
彼の非番の貴重な時間を割いて頂いたのは申し訳ないが、邪魔なくゆっくりと話す事が出来るのはこの日しかない。
誰もいない木の下で二人は向き合った。
「私…霊術院生の頃から、斑目三席が…す、好きでした…!私の気持ち、受け取ってください!」
一角はしばらく目を閉じて沈黙し、深々と頭を下げた。席官、ましてや好きな相手から頭を下げられた芽瑠は慌てて一角を制止した。
「あ、あの…斑目三席!」
「すまねぇ…あんたの気持ちは痛いほど嬉しいが、受け取れねぇ。」
「……うそ…っ。」
無意識なのに、視線が滲んでぼやける。一番聞きたくなかった答えに、芽瑠は涙を抑えることが出来なかった。
一角は黙って芽瑠の言葉を待ってくれている。芽瑠は言葉を振り絞った。
「斑目三席には……好きな人がいるのですか?」
「……あぁ。」
芽瑠の頭にはすぐにあの女が思い浮かんだ。ずっと一角を見てきたが、ちょっかいを掛けているのは彼女しかいない。間違いなく苗字名前だ。
「知っています。苗字七席ですよね?」
一角は無言で芽瑠を見つめる。
好きな人が自分を見つめる瞳が嬉しさと共に、痛く芽瑠を射抜いた。
「先日、苗字七席とお話しました。斑目三席をどう思っているのかって。」
「…で、あいつはなんて?」
「『正直、苦手だ』と。」
一角は腕を組んで「だろうな。」と呟いた。
「知ってて、気を引いているんですか?苗字七席はそれが面倒だと仰っていました。それはつまり、斑目三席が嫌いだという事ですよ!」
言ってから気付いた。『嫌い』だなんて、芽瑠の勝手な解釈だ。しかし、彼女の話を聞いていれば嫌いと言っているようなものだ。
「あいつはそんな事思ってないと思うぜ。」
芽瑠は一角の返答が理解できなかった。無表情の彼女の何が分かるというのだろうか?
「私はいつも見ていました。斑目三席が苗字七席にあしらわれているのを。あの人はいつも斑目三席と向き合っていないじゃないですか!嫌い以外の何だと言うんですか?」
「いいや、向き合ってくれてるぜ…あいつなりにな。自分で言うのもアレだが、俺の事…嫌いとは思ってねーと思う。」
芽瑠は直接名前に本心を聞いたのだ。何故、一角さんは自身の考えを曲げないのだろう?彼女に一角さんに対しての気持ちは微塵も無い筈。
「まぁ、あいつとは付き合いが長いからな。分かんだよ。」
胸の中に怒りの感情が芽生えた。一角が彼女に対する想いが鎖のように太く、羨望と嫉妬が渦巻いた。
私が大好きな一角さんはいつも苗字名前を見ていて、芽瑠を振り返りもしない。
「こんな状態でお前さんと付き合うことは出来ない、すまねぇな。
あと、あいつに当たらないでくれよな。俺が一方的にあいつを想ってんだからよ。」
俯いていた芽瑠はようやく顔を上げた。
今の彼の言葉は芽瑠の心を動かした。
(一角さんも私と同じ、ずっと片想いなんだ…。)
八番隊の仲間が、一角さんの事を快く思っていなかったとしても、私はずっとあなたが好きだった。
命を助けてもらったあの日から…。
「……分かりました。今回は身を引きますが、斑目三席……誰が何と言おうと、私はずっとあなたを想っていますから…!!」
一気に言葉を吐き出して、芽瑠は彼に深く頭を下げた。それから振り返る事なくその場から走り去った。
涙はすぐに収まりそうにない。胸に抱いた想いは簡単には収まらない。
だが、芽瑠はようやく笑顔で一角さんに向き合えた。涙で顔はぐちゃぐちゃだと自身が一番分かっていた。
だが、全ての想いを彼に打ち明けることが出来て芽瑠は嬉しかった。
***
数日後ーーー...
十一番隊隊舎、道場。
「うおらあぁ!!!」
いつもの日課で隊員に鍛錬を施す一角。次から次へと指導をしていく。しかし一角が思う程長く続かず、すぐ隊員は伸びてしまう。
「ちっ、どんどんかかって来いや!」
その瞬間、木刀で一角に斬り掛かったのは名前。一角はニヤリと口元を引き上げた。ようやく彼女を相手にできる。
「今日も愉しもうぜェ、名前!」
「その調子に乗った口を閉ざして差し上げます。」
「やれるもんならやってみな!!!」
二人の争いが始まった途端、隊員たちは肩の力を抜いた。
(やれやれ、今日も始まった…。)
声色からして一角が楽しんでいるに違いない。この場に居る者全員、手に取る様に分かった。
二人の対峙を眺めながら、隊員たちは水分補給や柔軟、筋トレを各々始めた。
*
(書類を届けに来たけど…。)
十一番隊を訪れた須々木芽瑠。
あの日から彼を目にするのは初めてだ。
緊張するが、道場の方から大きな物音が聞こえてくるのでそれも徐々に和らいだ。
(いつもと同じだ…。)
「やぁ、今日も書類を持ってきてくれたのかい?」
芽瑠に声を掛けたのは、綾瀬川弓親。
「おはようございます、綾瀬川五席!今日は以前お渡しした提案書の提出日でもありますので、取りに伺いに参りました。」
「あ、そうだったね!あの書類、隊長に読んでおくように言っといたけど、どうしたかな…ちょっと待っててね。」
「綾瀬川五席、柔道場に顔を出してもよろしいでしょうか?」
「いいよ、適当にくつろいでって。」
弓親に許可を貰った芽瑠は騒々しい道場へ向かった。
開いている扉から顔を出すと、隊員が囲む中心で二人が対峙している。
(うわっ…!)
タイミングが良いのか悪いのか、対戦しているのは一角と名前だった。
一角は上半身半裸で、その隆々とした肉体美が眩しい。
激しい二人の駆け引きに、目が離せない。相手は女だが一角は本気だ。
相変わらず名前は無表情だが、真剣な眼差しで一角と取り組んでいる。
ただの鍛錬だが、芽瑠は一角が笑っている様に思えた。彼の本音を知ったからだろうか?
(楽しそう…。)
戦い好きな彼だが、他の隊員たちに向けるその顔と彼女に向ける表情は明らかに違う。芽瑠はチクリと胸が痛んだ。
(私も一角さんのお相手がしたい。)
何度もそう思った。同じ十一番隊に配属されたら、どんなに幸せな毎日になるだろうか?
その時、名前が足を滑らせ、倒れそうになったが堪えた。その一瞬の隙を見逃さなかった一角は、彼女の木刀を持つ腕を叩いた。
バシッ...!
木刀を落とした名前目がけて刀を振り下ろすが、彼女は瞬時に身を低くして一角の足を脚で引っかけた。不安定になった一角は右側に倒れた。
「ってぇ!今の反則だろうが!」
「正当防衛だ。」
「んだとこらぁ!!!」
芽瑠は本気の取り組みに身を震わせた。
一角の打撃をもろに食らっていたら打撲では済まないだろう。
好きな相手とはいえ、容赦なく本気で戦う一角の姿に芽瑠は手に汗を握った。
(一角さんと取り組みするのは怖いかも…。)
そう思うと体格差をもろともせず、対等に彼と戦う名前が恐ろしいと思った。
怒る一角を他の隊員がなだめ、名前は水分を補給する。
楽しそうな彼の表情を見て芽瑠は口元を緩めた。
(やっぱり私は、一角さんが大好き。)
【片思い】...end.
「あぁ~やっぱ、斑目三席カッコイイなぁ~!」
十一番隊の隊舎で鍛錬をする隊員たちを見つめるのは、十一番隊に書類を届けに来た八番隊の女隊士、須々木芽瑠-すすきめる-。
八番隊の仲間からは『品がない』と彼の印象はあまり良くなかったが、周囲に何と言われようとも芽瑠にとって一角は恋焦がれる存在だった。
その出会いは芽瑠が霊術院にいた頃。虚討伐訓練にて臨時講師になったのが斑目一角だった。
隙を突かれ、虚に襲われそうになった所を一角に救われた。彼の圧倒的強さを目の当たりにした芽瑠は一目惚れしたのだ。
死神になった今、機会を見つけては彼の姿を追いかけた。毎年彼の誕生日には贈り物を送った。
しかし、彼は芽瑠に振り向く事はなかった。
(あの女のせいで……。)
鍛錬に打ち込む隊士に指導する一角だが、時折ちょっかいを掛けている者がいた。それは現在の十一番隊で七席を務める苗字名前だった。
彼は名前に目を掛けているようで、彼女が霊術院を卒業するのと同時に一角の推薦で十一番隊に配属された。
(あの女、彼とは一体どういう関係なの…?)
彼女に話し掛ける一角の笑顔を見る度に、胸が張り裂けそうになる。
彼の気さくな呼びかけに応じない反抗的な仕草、自分よりも上位に位置する席官に対する態度ではない。
一角が何故そんな女の事を気に掛けているのだろうか?一見して彼らに男女の関係があるように思えない。
こんなに彼の事を想っているのに、何故振り向いてもらえないのだろう。
怒りの感情が沸々と湧き上がってくる。こんな思いをしなければならないのは、全てあの女のせいだ。
今までと同じように彼にアピールしていては、一向に状況は変わらない。どうにかしてあの二人を引き離さなければ。
(そうだ…彼女に接触してみよう。)
敵の本性を知らなければ何も始まらない。
芽瑠は実行に移す事にした。
***
女性死神協会 調理室ーーー...
「きょうは、げんせの『おむらいす』を作るよ!」
女性死神協会会長を務める草鹿やちるの提案で、現世の料理を作る講座第六回目。
料理講座は女性死神に人気な講座の一つだ。参加費用はかかるが、受けて損はない。
料理講座に参加した芽瑠は早速、やちるの横で材料の配布を行う苗字名前の手伝いに入った。
「初めまして!八番隊の須々木芽瑠と言います。今日はよろしくお願いします。」
「十一番隊の苗字名前。よろしく。」
感情の込っていない目と言葉。化粧もしておらず、近くで見れば見るほど、この女の魅力を感じない。彼はこの女のどこがいいのだろうか?
卵の入ったザルを各机に配布し、調理が始まった。今度は盛り付けの食器を配布する。
二人きりになった。話し掛けるチャンスだ。
「苗字七席~少しお伺いしたい事がありまして。」
「何ですか。」
ついにこの時がやってきた。手に汗握りながら、芽瑠は名前に向き合った。
「斑目三席の事なんですが…正直、どう思っていますか?」
感情の読めない名前が一瞬目を細めた。しばらく考えていたが、やがて口を開いた。
「熱心に指導してくださるが、正直暑苦しいし、面倒だ。」
「そうなんですね~…斑目三席は面倒見のいい方ですから、部下の皆様方には世話を焼きたくなるのでしょうね。
苗字七席は斑目三席が苦手なのですか?」
「どちらかと言うと、そうだな。」
彼女の言葉を聞いて芽瑠は安堵した。こんなにも直接的な心境を聞くことが出来るとは。彼女に好意がないなら、芽瑠の思い通りだ。
「あの…実は私、苗字七席と斑目三席はお付き合いされていると思っていたのですが…まさか真逆だなんて。」
「驚きだ。そんな風に見える事はしていないが。」
「あの、思ったのですが…苗字七席の本心、斑目三席にお伝えした方がいいと思います。迷惑されてるなら、尚の事その旨をお伝えしないと、苗字七席のご苦労が絶えないと思います。」
「言って聞く男ではない。それに今まで散々言ってきた。」
「では、代わりに私が苗字七席の本心をお伝えすると言うのはどうでしょう?第三者から言われたら、きっと斑目三席も考え直すと思います。」
名前は初めて芽瑠と目を合わせた。名前に無表情で目を見つめられ、芽瑠はドキリとした。
あからさまな会話の真意に気付いてしまったのだろうか?内心焦って冷や汗が流れた。
「須々木さんは、彼が好きなのですか?」
「……!!」
気付かれてしまった。つい、熱が入って本心をサラリと聞き出すつもりが、彼女に自分の彼へ対する想いに勘づかれてしまった。
ここまで来てしまったのなら、本音を話した方がいいに決まっている。
「そうです。私は斑目三席が好きなんです。でも、斑目三席はいつもあなたを見ています。」
名前はフッと笑みを零した。それは今まで彼女が見せたことがない表情だった。
「それはあなたの勘違いだ。もうこの話はいいだろう。」
名前は食器を持って行ってしまった。
最後の笑みは一体どういう心情なのだろう?ううん、そんな事どうだっていい。
これで堂々と彼と向き合うことが出来るのだから。
(少し予定が狂ったけど、これで邪魔者はいなくなった。斑目三席に告白できる!)
***
後日、芽瑠は一角の非番に合わせて彼の元へ訪れた。ついに想いを伝える決心がついた。
「斑目三席…お話したいことがあります!」
「ん…なんだ?」
彼の非番の貴重な時間を割いて頂いたのは申し訳ないが、邪魔なくゆっくりと話す事が出来るのはこの日しかない。
誰もいない木の下で二人は向き合った。
「私…霊術院生の頃から、斑目三席が…す、好きでした…!私の気持ち、受け取ってください!」
一角はしばらく目を閉じて沈黙し、深々と頭を下げた。席官、ましてや好きな相手から頭を下げられた芽瑠は慌てて一角を制止した。
「あ、あの…斑目三席!」
「すまねぇ…あんたの気持ちは痛いほど嬉しいが、受け取れねぇ。」
「……うそ…っ。」
無意識なのに、視線が滲んでぼやける。一番聞きたくなかった答えに、芽瑠は涙を抑えることが出来なかった。
一角は黙って芽瑠の言葉を待ってくれている。芽瑠は言葉を振り絞った。
「斑目三席には……好きな人がいるのですか?」
「……あぁ。」
芽瑠の頭にはすぐにあの女が思い浮かんだ。ずっと一角を見てきたが、ちょっかいを掛けているのは彼女しかいない。間違いなく苗字名前だ。
「知っています。苗字七席ですよね?」
一角は無言で芽瑠を見つめる。
好きな人が自分を見つめる瞳が嬉しさと共に、痛く芽瑠を射抜いた。
「先日、苗字七席とお話しました。斑目三席をどう思っているのかって。」
「…で、あいつはなんて?」
「『正直、苦手だ』と。」
一角は腕を組んで「だろうな。」と呟いた。
「知ってて、気を引いているんですか?苗字七席はそれが面倒だと仰っていました。それはつまり、斑目三席が嫌いだという事ですよ!」
言ってから気付いた。『嫌い』だなんて、芽瑠の勝手な解釈だ。しかし、彼女の話を聞いていれば嫌いと言っているようなものだ。
「あいつはそんな事思ってないと思うぜ。」
芽瑠は一角の返答が理解できなかった。無表情の彼女の何が分かるというのだろうか?
「私はいつも見ていました。斑目三席が苗字七席にあしらわれているのを。あの人はいつも斑目三席と向き合っていないじゃないですか!嫌い以外の何だと言うんですか?」
「いいや、向き合ってくれてるぜ…あいつなりにな。自分で言うのもアレだが、俺の事…嫌いとは思ってねーと思う。」
芽瑠は直接名前に本心を聞いたのだ。何故、一角さんは自身の考えを曲げないのだろう?彼女に一角さんに対しての気持ちは微塵も無い筈。
「まぁ、あいつとは付き合いが長いからな。分かんだよ。」
胸の中に怒りの感情が芽生えた。一角が彼女に対する想いが鎖のように太く、羨望と嫉妬が渦巻いた。
私が大好きな一角さんはいつも苗字名前を見ていて、芽瑠を振り返りもしない。
「こんな状態でお前さんと付き合うことは出来ない、すまねぇな。
あと、あいつに当たらないでくれよな。俺が一方的にあいつを想ってんだからよ。」
俯いていた芽瑠はようやく顔を上げた。
今の彼の言葉は芽瑠の心を動かした。
(一角さんも私と同じ、ずっと片想いなんだ…。)
八番隊の仲間が、一角さんの事を快く思っていなかったとしても、私はずっとあなたが好きだった。
命を助けてもらったあの日から…。
「……分かりました。今回は身を引きますが、斑目三席……誰が何と言おうと、私はずっとあなたを想っていますから…!!」
一気に言葉を吐き出して、芽瑠は彼に深く頭を下げた。それから振り返る事なくその場から走り去った。
涙はすぐに収まりそうにない。胸に抱いた想いは簡単には収まらない。
だが、芽瑠はようやく笑顔で一角さんに向き合えた。涙で顔はぐちゃぐちゃだと自身が一番分かっていた。
だが、全ての想いを彼に打ち明けることが出来て芽瑠は嬉しかった。
***
数日後ーーー...
十一番隊隊舎、道場。
「うおらあぁ!!!」
いつもの日課で隊員に鍛錬を施す一角。次から次へと指導をしていく。しかし一角が思う程長く続かず、すぐ隊員は伸びてしまう。
「ちっ、どんどんかかって来いや!」
その瞬間、木刀で一角に斬り掛かったのは名前。一角はニヤリと口元を引き上げた。ようやく彼女を相手にできる。
「今日も愉しもうぜェ、名前!」
「その調子に乗った口を閉ざして差し上げます。」
「やれるもんならやってみな!!!」
二人の争いが始まった途端、隊員たちは肩の力を抜いた。
(やれやれ、今日も始まった…。)
声色からして一角が楽しんでいるに違いない。この場に居る者全員、手に取る様に分かった。
二人の対峙を眺めながら、隊員たちは水分補給や柔軟、筋トレを各々始めた。
*
(書類を届けに来たけど…。)
十一番隊を訪れた須々木芽瑠。
あの日から彼を目にするのは初めてだ。
緊張するが、道場の方から大きな物音が聞こえてくるのでそれも徐々に和らいだ。
(いつもと同じだ…。)
「やぁ、今日も書類を持ってきてくれたのかい?」
芽瑠に声を掛けたのは、綾瀬川弓親。
「おはようございます、綾瀬川五席!今日は以前お渡しした提案書の提出日でもありますので、取りに伺いに参りました。」
「あ、そうだったね!あの書類、隊長に読んでおくように言っといたけど、どうしたかな…ちょっと待っててね。」
「綾瀬川五席、柔道場に顔を出してもよろしいでしょうか?」
「いいよ、適当にくつろいでって。」
弓親に許可を貰った芽瑠は騒々しい道場へ向かった。
開いている扉から顔を出すと、隊員が囲む中心で二人が対峙している。
(うわっ…!)
タイミングが良いのか悪いのか、対戦しているのは一角と名前だった。
一角は上半身半裸で、その隆々とした肉体美が眩しい。
激しい二人の駆け引きに、目が離せない。相手は女だが一角は本気だ。
相変わらず名前は無表情だが、真剣な眼差しで一角と取り組んでいる。
ただの鍛錬だが、芽瑠は一角が笑っている様に思えた。彼の本音を知ったからだろうか?
(楽しそう…。)
戦い好きな彼だが、他の隊員たちに向けるその顔と彼女に向ける表情は明らかに違う。芽瑠はチクリと胸が痛んだ。
(私も一角さんのお相手がしたい。)
何度もそう思った。同じ十一番隊に配属されたら、どんなに幸せな毎日になるだろうか?
その時、名前が足を滑らせ、倒れそうになったが堪えた。その一瞬の隙を見逃さなかった一角は、彼女の木刀を持つ腕を叩いた。
バシッ...!
木刀を落とした名前目がけて刀を振り下ろすが、彼女は瞬時に身を低くして一角の足を脚で引っかけた。不安定になった一角は右側に倒れた。
「ってぇ!今の反則だろうが!」
「正当防衛だ。」
「んだとこらぁ!!!」
芽瑠は本気の取り組みに身を震わせた。
一角の打撃をもろに食らっていたら打撲では済まないだろう。
好きな相手とはいえ、容赦なく本気で戦う一角の姿に芽瑠は手に汗を握った。
(一角さんと取り組みするのは怖いかも…。)
そう思うと体格差をもろともせず、対等に彼と戦う名前が恐ろしいと思った。
怒る一角を他の隊員がなだめ、名前は水分を補給する。
楽しそうな彼の表情を見て芽瑠は口元を緩めた。
(やっぱり私は、一角さんが大好き。)
【片思い】...end.