月光に毒される(短編集)
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【俺が迎えに行く】
隊員を率いる一角の目の前に現れた敵。
敵は大量の水を自由自在に扱い、相手を溺死させる。
敵の戦術を見ていた私は咄嗟に一角の前に出た。
彼はこの先にいる更木剣八の元へ行かなければならない。ここで足止めを受けている場合ではないのだ。
「名前、余計な事するんじゃねぇ!!」
背中から彼の怒声が聞こえる。
戦いで死ぬなら本望。そんな彼の事だから、私の援護は喜ばない筈だ。
だが、私にとってむしろそれは好都合。
今まで彼に負け続けていた仇が返せると言う事だ。
「黙って。一角の我儘でここにいる隊員、全員を殺す気?」
「俺たちは命張って戦場に来てんだ、水を差すんじゃねぇ!」
敵の能力を見て、自分達と相性が悪い事は一目瞭然、分かっている筈だ。ここで戦っても多くの隊員が死ぬ事を。
今、敵は大量の水を寄せ集めている。この隙を逃す訳にはいかない。
「ここは私が引き受ける。隊長に宜しく伝えて。」
「……。」
私は一瞬だけ、彼の方を振り返った。
覚悟を決めた私の表情を見た一角は、それ以上何も言わなかった。
斬魄刀を解放した私は毒糸を操り、敵の水を貫いた。浮遊していた水は地面に落ちる。
「ちっ、小癪な真似を!」
敵は水を操り、襲いかかってきた。私は斬魄刀を握り締め、敵に向かった。水で出来た竜を毒糸で縛り上げる。
「お前たち、行くぞ!」
一角は隊員を引き連れ、先へと走り出した。
「女一人に手こずってたまるか!!!」
敵は毒糸を避けながら高圧の水流を隊員に向かって放ったが、私は毒糸を束ねた障壁で防いだ。
「相手は私だ!」
私はすかさず敵の懐に潜り込み、急所のツボを的確に打撃した。硬いが、効いているようだ。
動きが止まった敵に続け様に攻撃を仕掛ける。
水の竜が消滅し、毒糸を敵に向かって放った。敵は雄叫びを上げながら粉砕した。
「勝ったと思うな!!!」
敵は死の間際、水を霧状にして名前を包み込んだ。
*
夕暮れ。太陽は木に隠れて見えない。空は重たい雲が浮かぶ、完全な冬空。うっすらと星が見えている。
吐く息が白い。
地面は霜が降りて凍っている。ここにある草木は枯れているか霜で灰色になっている。
何故私はここにいる?
動物の気配はない。
物音一つしない空の下、私は空に浮かんだ。
上から森を見下ろす。一面草木しか見当たらず、人工物は一切ない。
遠くまで霊圧を探るが、なんの反応も感じられない。
何故ここに迷い込んでしまったのか?
それにしても寒い…。
死魄装姿だが、綿の着物に防寒性はない。足袋の先から冷えてくる。
せめてこの寒さを凌げる場所はないだろうか?
「火を起こそう。」
地面に降り立った名前は枯葉や木を集め、鬼道で火を…しかし点かない。何度試しても火が点く事はなかった。
(何故?)
霜で濡れているからだろうか?
濡れていない草木を集めてきたつもりだが、それでも火は点かなかった。
(精神世界か?)
ここは現実ではない、意識上の空間なのかもしれない。
名前は周囲の草木、地面、空に向かって鬼道を放った。鬼道は傷跡を付けることなく吸収された。
間違いない、意識化の中だ。しかし分かったところでどうする?
凍える寒さに名前は体を震わせた。
(どうにかして覚醒しなければ…。)
名前は斬魄刀を解放した。
***
名前がまだ戻っていない。
敵は殲滅にまで追いやった。
負傷した隊員や後始末に追われる中、一角は後を追ってこない名前の事を考えていた。
どこかの部隊と合流しているといいが…。しかし一角の胸の奥に広がるざわつきは収まる事は無かった。
「おい一角、何してやがる。戻るぞ。」
俺は心を決めた。
「隊長、先に戻っててくだせぇ。」
「あん?なんかあんのか?」
「ちょっと忘れもんしてきたみたいで…。」
「早く戻ってこいよ。」
剣八は深く追求する事なく言った。一角はそれを聞いて嬉しく思った。
(さすが俺達の隊長だ。)
「了解!」
*
名前は満点の星空の下、浅く息を繰り返していた。
出来る限りの事はやり尽くした。
全ての力を込めてこの精神世界から抜け出す為の手立てを試した。しかし、何も変化は見受けられない。
あとは自害するだけ…。
果たして自害して目が覚めるものなのだろうか?
自らの手で自分を殺める。
恐ろしい選択だ。
しかし凍りつくような寒さの中、このままずっとこの世界に囚われていては、いずれ発狂してしまうだろう。
拷問に等しい苦しみから解放されたい。
(ここから抜け出す。)
名前は斬魄刀を自身の喉元に突きつけた。
*
(こんな霧が深かったか?)
一角は名前と別れた場所に戻ってきた。霧がかかっており、見通しが悪く彼女を捜せない。
(霊圧も感じねぇ…。何処に行きやがった?)
伝令神機の連絡によるとやはり名前はまだ仲間と合流していなかった。消息不明…彼女の身に何かあったに違いない。
(アイツは命を賭けて俺たちを…。)
最悪の事態を想定した。胸に広がる喪失感は拭えない。しかし、この目で見るまでは彼女の死を認めたくなかった。
(ちっ、何処だ…!)
完全に手探りの状態で辺りを捜索する。
目印はないか、と周囲を見ていると戦闘の跡が残っていた。
足跡や草木が裂けた跡…それを辿る。
霧が更に濃くなり、肌寒さを感じた。
(何だこりゃ…。)
霧深い場所は地面や木々、丸々氷漬けにされていた。
直感的に一角はこの中に彼女がいると感じ、迷わず踏み込んだ。
(敵の能力か?)
気配は感じない。周囲に敵はいないようだ。倒したのか、立ち去った後なのかは分からない。
氷漬けにされた草木を割りながら一角は奥に進んだ。
(一角…。)
声が聞こえた気がした。
「名前ー!何処だ!?」
声は返って来ない。
しかし今の声は紛れもなく…。
幻聴か?
一角は目を閉じて意識を集中させた。
本当に微かだが、微弱な霊圧を感じる。
(名前…っ!!)
一角はその霊圧を辿って走り出した。
木丸ごと一本が氷柱となった障壁を鬼灯丸で砕いていく。
「待ってろよ…!!」
氷が分厚く、思うように進めない。一角は汗をかきながら氷を砕いた。
しかしこの先も分厚い氷で行き先を阻んでいる。
「埒があかねぇ…誰もいねぇし、ここならいいだろ…。」
一角は斬魄刀を握り、息を吐いた。
「龍紋鬼灯丸…。」
卍解した一角は目の前の氷柱を次々と切り崩していく。
斬る度に龍の刻印が紅く染まっていく。
だが、彼女の姿はまだ見えない。
(名前…待ってやがれ、必ず見つけ出す!)
家族のように可愛がっていた名前。
表情をあまり変えない彼女の、怒った顔と笑った顔も知っている。
知らないのは、彼女が人を頼る姿。
弱音は吐かず、愚痴も零さない。
全て自分で抱え込んで、誰にも苦労している姿は見せない奴だ。
死なせねぇ。
アイツの面倒を見られるのは俺しかいねぇからな。
「名前!!」
斬魄刀に刻まれた龍は紅く染まった。
その打撃は冷たい氷を砕いた。
崩れ落ちた氷の先に見えたのは、凍った名前の姿。一角は側に駆け寄り、拳で氷を破壊した。
「名前!」
冷たくなった彼女の身体を抱き締める。
脈は打っているか止まっているかの瀬戸際。息は浅くかろうじてしている状態だ。
「待ってろよ。」
意識のない彼女を背負い、一角は凍った林を駆け抜けた。霧は深く、出口が見えない。
「ちっ、さっきの道が消えた。幻覚か?」
いくら走っても霧が晴れる事は無かった。
「どうする…?」
背中から名前を下ろし、彼女を抱きしめて温めてやる。
体の芯から冷え切っている。彼女の体は脂肪が付いておらず冷え性なのだが、今はその限度を超えている。
(名前…頑張れ。)
彼女の指を握り、自身の熱を彼女に与える。すると、冷え切ってきた身体に少しずつ血が通うようになってきた。
「いい調子だ」と思った瞬間、名前は血を吐いた。
「おい…!」
一角は咳き込む名前の背中をさすり、意識を取り戻した彼女に声を掛ける。
「もう一度…。」
うわ言のように呟き、自身の舌を噛み切ろうとする名前の口に一角は自身の指を突っ込んだ。
「馬鹿な事するんじゃねぇ!!目を覚ませ、名前!!」
はっと目を見開き、一角の顔を見上げる名前。覚醒した事を認識するまでに少し時間がかかったが、目が覚めた事を理解した途端、彼女の目には涙が溢れ出した。
「いっ…かく…。」
「ツイてたな、名前。」
一角は胸にしがみついて体を震わせる名前をぎゅっと抱きしめた。彼女がボロボロと涙を流す姿を初めて見た。
良かった…一角は安堵して抱きしめる腕に力を込めた。
彼女が覚醒して術が解けたのか、周囲の霧が晴れてきた。氷だけが残ったが、それもじきに溶けるだろう。
(温かい、迎えに来てくれたんだ……。)
凍える寒さの中、精神世界を彷徨い続けた名前。
彼が来なければ、今頃死んでいただろう。
今までお節介だと嫌煙していた名前だったが、彼の姿を見た瞬間、とてつもない安心感に包まれた。
かつては一人で生きていたが、一角と出会ってから人との関わりが、無くてはならない事を知った。そして人と接する事で生まれる心身のぬくもりを知った。
彼が全てを教えてくれたのだ。
「凍傷か…他に怪我は?戻ったらすぐ救護詰所に連れてくぞ。」
「うん」と頷くと一角は名前を解放し、背中を見せた。
「ほら、乗れよ。」
「……。」
凍傷で体が動かない為、一角は名前を背負ってくれるようだ。気恥ずかしさを覚えたが、一人で歩く事はできないし、ここは素直に彼に従った方がいい。
「ありがとう。」
大きくて温かい彼の背中。彼の匂いが心地よくて、名前は睡魔に襲われた。
(まだ寝ちゃ駄目だ…。)
うつらうつらと眠気を我慢していると、一角が笑った。
「眠いのか?寝てもいいぜ、名前ちゃんよ。」
「バカ…。」
背中に頰を寄せると、先ほどよりも
温かくて、彼をもっと近くに感じた。
*
一角に体を預ける名前は眠りについたようだ。
子どもだと思っていた彼女はいつの間にか、先陣を切って仲間に背中を向けるようになった。
(死ぬな、生きろ。)
育ての親なら誰しも思う事だ。
本当の事を言えば、それ以外の感情がない訳ではない。だが、口にしても気まずくなるだけ。互いに今、この距離間がいいのだ。
(お前が死にかけても、必ず迎えに来てやる。)
戦闘狂 は死ぬまで戦いの中で生きる。
生きてたら運が良かったのだから、死ぬまで踊り狂えばいい。
【俺が迎えに行く】...end.
隊員を率いる一角の目の前に現れた敵。
敵は大量の水を自由自在に扱い、相手を溺死させる。
敵の戦術を見ていた私は咄嗟に一角の前に出た。
彼はこの先にいる更木剣八の元へ行かなければならない。ここで足止めを受けている場合ではないのだ。
「名前、余計な事するんじゃねぇ!!」
背中から彼の怒声が聞こえる。
戦いで死ぬなら本望。そんな彼の事だから、私の援護は喜ばない筈だ。
だが、私にとってむしろそれは好都合。
今まで彼に負け続けていた仇が返せると言う事だ。
「黙って。一角の我儘でここにいる隊員、全員を殺す気?」
「俺たちは命張って戦場に来てんだ、水を差すんじゃねぇ!」
敵の能力を見て、自分達と相性が悪い事は一目瞭然、分かっている筈だ。ここで戦っても多くの隊員が死ぬ事を。
今、敵は大量の水を寄せ集めている。この隙を逃す訳にはいかない。
「ここは私が引き受ける。隊長に宜しく伝えて。」
「……。」
私は一瞬だけ、彼の方を振り返った。
覚悟を決めた私の表情を見た一角は、それ以上何も言わなかった。
斬魄刀を解放した私は毒糸を操り、敵の水を貫いた。浮遊していた水は地面に落ちる。
「ちっ、小癪な真似を!」
敵は水を操り、襲いかかってきた。私は斬魄刀を握り締め、敵に向かった。水で出来た竜を毒糸で縛り上げる。
「お前たち、行くぞ!」
一角は隊員を引き連れ、先へと走り出した。
「女一人に手こずってたまるか!!!」
敵は毒糸を避けながら高圧の水流を隊員に向かって放ったが、私は毒糸を束ねた障壁で防いだ。
「相手は私だ!」
私はすかさず敵の懐に潜り込み、急所のツボを的確に打撃した。硬いが、効いているようだ。
動きが止まった敵に続け様に攻撃を仕掛ける。
水の竜が消滅し、毒糸を敵に向かって放った。敵は雄叫びを上げながら粉砕した。
「勝ったと思うな!!!」
敵は死の間際、水を霧状にして名前を包み込んだ。
*
夕暮れ。太陽は木に隠れて見えない。空は重たい雲が浮かぶ、完全な冬空。うっすらと星が見えている。
吐く息が白い。
地面は霜が降りて凍っている。ここにある草木は枯れているか霜で灰色になっている。
何故私はここにいる?
動物の気配はない。
物音一つしない空の下、私は空に浮かんだ。
上から森を見下ろす。一面草木しか見当たらず、人工物は一切ない。
遠くまで霊圧を探るが、なんの反応も感じられない。
何故ここに迷い込んでしまったのか?
それにしても寒い…。
死魄装姿だが、綿の着物に防寒性はない。足袋の先から冷えてくる。
せめてこの寒さを凌げる場所はないだろうか?
「火を起こそう。」
地面に降り立った名前は枯葉や木を集め、鬼道で火を…しかし点かない。何度試しても火が点く事はなかった。
(何故?)
霜で濡れているからだろうか?
濡れていない草木を集めてきたつもりだが、それでも火は点かなかった。
(精神世界か?)
ここは現実ではない、意識上の空間なのかもしれない。
名前は周囲の草木、地面、空に向かって鬼道を放った。鬼道は傷跡を付けることなく吸収された。
間違いない、意識化の中だ。しかし分かったところでどうする?
凍える寒さに名前は体を震わせた。
(どうにかして覚醒しなければ…。)
名前は斬魄刀を解放した。
***
名前がまだ戻っていない。
敵は殲滅にまで追いやった。
負傷した隊員や後始末に追われる中、一角は後を追ってこない名前の事を考えていた。
どこかの部隊と合流しているといいが…。しかし一角の胸の奥に広がるざわつきは収まる事は無かった。
「おい一角、何してやがる。戻るぞ。」
俺は心を決めた。
「隊長、先に戻っててくだせぇ。」
「あん?なんかあんのか?」
「ちょっと忘れもんしてきたみたいで…。」
「早く戻ってこいよ。」
剣八は深く追求する事なく言った。一角はそれを聞いて嬉しく思った。
(さすが俺達の隊長だ。)
「了解!」
*
名前は満点の星空の下、浅く息を繰り返していた。
出来る限りの事はやり尽くした。
全ての力を込めてこの精神世界から抜け出す為の手立てを試した。しかし、何も変化は見受けられない。
あとは自害するだけ…。
果たして自害して目が覚めるものなのだろうか?
自らの手で自分を殺める。
恐ろしい選択だ。
しかし凍りつくような寒さの中、このままずっとこの世界に囚われていては、いずれ発狂してしまうだろう。
拷問に等しい苦しみから解放されたい。
(ここから抜け出す。)
名前は斬魄刀を自身の喉元に突きつけた。
*
(こんな霧が深かったか?)
一角は名前と別れた場所に戻ってきた。霧がかかっており、見通しが悪く彼女を捜せない。
(霊圧も感じねぇ…。何処に行きやがった?)
伝令神機の連絡によるとやはり名前はまだ仲間と合流していなかった。消息不明…彼女の身に何かあったに違いない。
(アイツは命を賭けて俺たちを…。)
最悪の事態を想定した。胸に広がる喪失感は拭えない。しかし、この目で見るまでは彼女の死を認めたくなかった。
(ちっ、何処だ…!)
完全に手探りの状態で辺りを捜索する。
目印はないか、と周囲を見ていると戦闘の跡が残っていた。
足跡や草木が裂けた跡…それを辿る。
霧が更に濃くなり、肌寒さを感じた。
(何だこりゃ…。)
霧深い場所は地面や木々、丸々氷漬けにされていた。
直感的に一角はこの中に彼女がいると感じ、迷わず踏み込んだ。
(敵の能力か?)
気配は感じない。周囲に敵はいないようだ。倒したのか、立ち去った後なのかは分からない。
氷漬けにされた草木を割りながら一角は奥に進んだ。
(一角…。)
声が聞こえた気がした。
「名前ー!何処だ!?」
声は返って来ない。
しかし今の声は紛れもなく…。
幻聴か?
一角は目を閉じて意識を集中させた。
本当に微かだが、微弱な霊圧を感じる。
(名前…っ!!)
一角はその霊圧を辿って走り出した。
木丸ごと一本が氷柱となった障壁を鬼灯丸で砕いていく。
「待ってろよ…!!」
氷が分厚く、思うように進めない。一角は汗をかきながら氷を砕いた。
しかしこの先も分厚い氷で行き先を阻んでいる。
「埒があかねぇ…誰もいねぇし、ここならいいだろ…。」
一角は斬魄刀を握り、息を吐いた。
「龍紋鬼灯丸…。」
卍解した一角は目の前の氷柱を次々と切り崩していく。
斬る度に龍の刻印が紅く染まっていく。
だが、彼女の姿はまだ見えない。
(名前…待ってやがれ、必ず見つけ出す!)
家族のように可愛がっていた名前。
表情をあまり変えない彼女の、怒った顔と笑った顔も知っている。
知らないのは、彼女が人を頼る姿。
弱音は吐かず、愚痴も零さない。
全て自分で抱え込んで、誰にも苦労している姿は見せない奴だ。
死なせねぇ。
アイツの面倒を見られるのは俺しかいねぇからな。
「名前!!」
斬魄刀に刻まれた龍は紅く染まった。
その打撃は冷たい氷を砕いた。
崩れ落ちた氷の先に見えたのは、凍った名前の姿。一角は側に駆け寄り、拳で氷を破壊した。
「名前!」
冷たくなった彼女の身体を抱き締める。
脈は打っているか止まっているかの瀬戸際。息は浅くかろうじてしている状態だ。
「待ってろよ。」
意識のない彼女を背負い、一角は凍った林を駆け抜けた。霧は深く、出口が見えない。
「ちっ、さっきの道が消えた。幻覚か?」
いくら走っても霧が晴れる事は無かった。
「どうする…?」
背中から名前を下ろし、彼女を抱きしめて温めてやる。
体の芯から冷え切っている。彼女の体は脂肪が付いておらず冷え性なのだが、今はその限度を超えている。
(名前…頑張れ。)
彼女の指を握り、自身の熱を彼女に与える。すると、冷え切ってきた身体に少しずつ血が通うようになってきた。
「いい調子だ」と思った瞬間、名前は血を吐いた。
「おい…!」
一角は咳き込む名前の背中をさすり、意識を取り戻した彼女に声を掛ける。
「もう一度…。」
うわ言のように呟き、自身の舌を噛み切ろうとする名前の口に一角は自身の指を突っ込んだ。
「馬鹿な事するんじゃねぇ!!目を覚ませ、名前!!」
はっと目を見開き、一角の顔を見上げる名前。覚醒した事を認識するまでに少し時間がかかったが、目が覚めた事を理解した途端、彼女の目には涙が溢れ出した。
「いっ…かく…。」
「ツイてたな、名前。」
一角は胸にしがみついて体を震わせる名前をぎゅっと抱きしめた。彼女がボロボロと涙を流す姿を初めて見た。
良かった…一角は安堵して抱きしめる腕に力を込めた。
彼女が覚醒して術が解けたのか、周囲の霧が晴れてきた。氷だけが残ったが、それもじきに溶けるだろう。
(温かい、迎えに来てくれたんだ……。)
凍える寒さの中、精神世界を彷徨い続けた名前。
彼が来なければ、今頃死んでいただろう。
今までお節介だと嫌煙していた名前だったが、彼の姿を見た瞬間、とてつもない安心感に包まれた。
かつては一人で生きていたが、一角と出会ってから人との関わりが、無くてはならない事を知った。そして人と接する事で生まれる心身のぬくもりを知った。
彼が全てを教えてくれたのだ。
「凍傷か…他に怪我は?戻ったらすぐ救護詰所に連れてくぞ。」
「うん」と頷くと一角は名前を解放し、背中を見せた。
「ほら、乗れよ。」
「……。」
凍傷で体が動かない為、一角は名前を背負ってくれるようだ。気恥ずかしさを覚えたが、一人で歩く事はできないし、ここは素直に彼に従った方がいい。
「ありがとう。」
大きくて温かい彼の背中。彼の匂いが心地よくて、名前は睡魔に襲われた。
(まだ寝ちゃ駄目だ…。)
うつらうつらと眠気を我慢していると、一角が笑った。
「眠いのか?寝てもいいぜ、名前ちゃんよ。」
「バカ…。」
背中に頰を寄せると、先ほどよりも
温かくて、彼をもっと近くに感じた。
*
一角に体を預ける名前は眠りについたようだ。
子どもだと思っていた彼女はいつの間にか、先陣を切って仲間に背中を向けるようになった。
(死ぬな、生きろ。)
育ての親なら誰しも思う事だ。
本当の事を言えば、それ以外の感情がない訳ではない。だが、口にしても気まずくなるだけ。互いに今、この距離間がいいのだ。
(お前が死にかけても、必ず迎えに来てやる。)
生きてたら運が良かったのだから、死ぬまで踊り狂えばいい。
【俺が迎えに行く】...end.