月光に毒される(短編集)
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【夏の十一番隊】
「あっつ~。」
日陰になった縁側でうちわを仰ぎながら、寝転んでいるのは斑目一角。
午前の鍛錬が終わり、休憩している。
今年の暑さは並ではない。
汗が止まらないほど湿度が高く、脱水症状を起こして救護詰所に駆け込む隊員も多い。
十一番隊も決して例外ではなく、毎日のように誰かが体調不良で休む為、それを見かねた総隊長が午前午後で休息を摂るよう義務付けた。
「これだけ暑いと仕方がないよね。」
弓親は水浴びをしてきたみたいだ。鍛錬後だというのに埃一つ付いていない死覇装を纏っている。
「お前、何回着替えるんだよ。」
「ここ数日は最低三回だね。」
「ってことは毎日四反も洗ってんのか?貴族じゃあるまいし。」
「ふん、こうして生活を送ることが出来るぐらいには裕福だからいいじゃないか。」
瀞霊廷には衣装や布団を洗う専門の業者、洗濯屋がいる。
食事や家賃、諸費用などと一緒で、月単位で給料から差し引かれる形となっているが、個別で金さえ払えば何枚でも洗濯してくれる。
一角は弓親の美意識には理解出来ずにいた。
所でいつも騒がしい十一番隊が、珍しく静まり返っている。
「隊長と副隊長はどっか出かけたのか?」
「あー二人は十番隊に行ったよ。この暑さだから、涼を求めて毎日のように十番隊は人が押し寄せてくるらしいよ。」
「だろうな。」
氷雪系の斬魄刀を持つ日番谷冬獅郎の能力で、十番隊は毎年夏場の暑さに困ることはない。
しかしそのせいで他隊からも隊員が押し寄せるため、業務に支障が出ていた。
人混みの中にいたら、涼しくても気分は暑苦しいままだ。一角はしばらく十番隊には近づくまいと思った。
襖の向こうで隊員が一角を呼んだ。
「三席!来客です。」
一角と弓親が客間兼執務室に向かうと、待っていたのは六番隊の阿散井恋次だった。
「ちわーっす一角さん、弓親さん!」
「おう、昼間っからどうしたんだ?」
恋次は風呂敷をほどき、木の箱のふたを開けた。
「お、素麺じゃねぇか!」
「キミのセンスにしては良すぎるんじゃないかい?」
「傷つくこと言わないでくださいよ。これは朽木隊長から協力してくれ、と頼まれたものですよ。」
「協力?」
「はい。朽木隊長は貴族の付き合いが多いから、この時期は大量に乾麺を貰うそうで。
とても消費しきれないから隊員たちに配ってるんですよ。」
「流石、朽木隊長。」
「俺ら十一番隊では考えられない振る舞いだな。」
恋次は一角に木の箱を渡した。
「ありがとうな。一応中元ってことで受け取っておくぜ!そうだな…うち(十一番隊)からは…。」
「持ってきたよ、はい。」
弓親は酒たるを台車に乗せて持ってきた。
「ありがとうございます!」
「十一番隊は酒だけは沢山あるからな。」
「んじゃ、俺は六番隊に戻ります。」
「おう。朽木隊長に礼を伝えてもらえるか?」
「了解っす!」
*
一角は麺つゆを買いに外を歩いていた。
部下に買い出しを任せても良かったが、経費を渡すと無駄遣いする為、一角と弓親が管理していた。
「あーあっちぃ…。」
避暑の為に竹林の歩道に入る。日陰になっているので少しは暑さが和らぐだろう。
この竹林の途中の畑から人の声が聞こえてきた。
「今日も沢山採れましたね!」
身長が高く、トウモロコシの幹からでも見えたのは四番隊の虎徹勇音。
姿は見えないが、途切れない話し声が聞こえてくる事を考えると、妹の清音も一緒にいるのだろう。
「暑いけど、新鮮なお野菜が食べられるならへっちゃらよね!浮竹隊長も喜んでくれるし。」
トウモロコシ畑から出てきた人影を見ると五人はいるだろうか。
頭には笠を被り、アームカバーに手袋をしている。見ているだけでも暑そうだ。
「竹林で水分補給をしましょうか。」
畑で作業していた虎徹姉妹たちは荷物を持って竹林に入ってきた。
「あれ?斑目三席じゃないですか!」
「おう、こんな暑いのに精が出るな。」
「はい、本当は朝一に採りたかったんですけど、今朝は忙しくてこんな時間に。」
笠を取ると皆の顔が見えたが、一人向こうを向いて水を飲んでいる。
誰だ?と思い見ていると勇音が声を掛けた。
「苗字さん、挨拶したらどうですか?」
一角は苗字と言う名前を聞き、即座に反応した。彼女は元十一番隊に所属していた一角の部下だ。
「あ?名前かよ!何で黙ってんだよ?」
「話すだけでも暑苦しいからでしょ。」
一角は名前の正面に立った。
うんざりした顔で名前は一角を見上げる。生意気な口を利く所は相変わらず変わっていない。
「んだと?コラぁ!」
一角はその場に座る込むが、名前は一角から顔を逸らして水を飲んだ。
名前の竹かごには畑で採れたばかりのトマトやキュウリ、トウモロコシが沢山入っている。
「うまそうだな、名前が畑やってるなんて初めて知ったぜ。」
「今年から始めたばかりだけど…楽しいよ。」
普段感情を表に出さない名前だが、汗で濡れた髪をかき上げた彼女は、
畑作業の楽しさが表情から滲み出ていた。
「今晩、十一番隊で素麺食べるんだけどよ、名前も来るか?つか、素麺って知ってるか?」
流魂街で育った名前はきっと素麺を知らないだろう。食べたらその美味しさに驚くに違いない。
「あぁ…素麺なら去年初めて食べた。細くてツルツルしている美味しい麺だったね。」
素麺は瀞霊廷でも貴重な代物で、主に貴族が食している。
町中で麺と言えばうどんと蕎麦が主流だ。
一角は「そう言えば二番隊は成金の大前田稀千代がいたな」と思い出した。
彼の下で働いていれば、貴族が食べるような物にありつけるのは納得がいく。
「…私も頂いてもいいの?」
「当たり前だろ、十一番隊で待ってるぜ。」
「…楽しみにしてる。」
名前と共に素麺を食べられる。
一角は胸に高揚感を感じ、買い出しに向かった。
*
「名前さん、良かったですね。」
一角の姿が見えなくなった後、畑の片づけに戻ろうとした名前に声を掛けたのは勇音だった。
「…はい?」
「苗字さんは今でも、十一番隊の一員だと認識されているようですね。」
「…そうみたいです。」
勇音は四番隊の副隊長。十一番隊がいつも迷惑を掛けているので、頭が上がらない名前だったが、勇音はそんな事は気にしていないようだ。
二番隊に異動し、更に隠密機動にも入団したら普通、前隊との付き合いはなくなる。
隠密機動は護廷十三隊にも言わないような秘密裏の仕事をこなす。
隠密機動に入団した者の交友関係が変わったというのはよく聞く話だ。
勇音は名前と一角が他愛のない会話している姿を見て「今までと変わらず信頼関係が続いていて良かった」と思った。
特に名前は口数も少なく、畑作業も一人で黙々と行っている為気に掛けていたのだ。
(でも、安心しました。)
彼女は一人じゃない。帰る場所があるのだと。
「今日採れたお野菜、十一番隊にも持って行ってください。」
「えっ…宜しいのですか?」
「はい、勿論です。沢山採れたので十一番隊の方々にも食べてもらって下さい。」
「あ…ありがとうございます。」
勇音の発案に名前は珍しく驚いた顔を見せ、深々と頭を下げた。
嬉しそうに口角が上げた彼女の表情を見て勇音も笑顔になった。
*
「そっち、しっかり麻ひもで縛っとけよ。」
買い出しを終えた一角は部下と半分に割った竹をつなぎ合わせ、流しそうめんの準備に取り掛かっていた。
隊員の人数が多い為、何機もの流しそうめん台を作る。
「お湯の準備は出来たよ。」
「あとは隊長と副隊長の帰りを待つだけか…。」
二人は出かけたっきりまだ戻ってきていない。
「一角。」
「名前!早かったな。」
台車を引いてやってきた名前はゆっくりと台車を止めた。
「虎徹副隊長が、十一番隊に野菜を食べてほしいと沢山分けて貰った。」
「お、マジかよ!最高じゃねーか。」
「すごい量の野菜、どうやって食べる?」
弓親も合流し、三人で話し合っていると「ただいまー!」といつもの明るい声が聞こえてきた。
「あー!たのしそー!何やってるのー?」
流しそうめんの準備を見たやちるは目を輝かせた。後に続いて入ってきた剣八もそれを見て「ほぉ、」と声を漏らした。
「楽しそうな事やってんじゃねーか。」
「隊長、おかえりなさいっす!」
やちる以外の、その場にいた隊員全員が剣八に向かって頭を下げる。
それは名前も同じで片膝を地面に付き、かつての上司への恩恵は忘れていない。
「隊長、朽木隊長から素麺を貰ったんで、流しそうめんをやる所っす!」
「素麺?っは、久しぶりだな。」
「じゃあ、アレが役に立つねー!」
やちるが指差した先に隊士たちが台車で何かを運んできた。
「氷!?まさか…。」
「ひっずーにもらったんだよー!お山ぐらい大きなかき氷が食べられるよー!」
そう言えば昨日からかき氷が食べたいと言っていたなと一角と弓親は思い出した。
二人が遅くなったのは、多忙な日番谷冬獅郎に氷を貰うための交渉だったのだ。
その光景を思い浮かべた隊員は冷や汗を浮かべたが、名前は笑いをこらえきれずに小さく声を漏らした。
「ぷっくく…っ!」
珍しく声を出して笑う名前に一角は驚いた。彼女がこんなに笑う姿を初めて見たからだ。
「むくりん、ひっさしぶりー!」
やちるは名前の姿を見つけるとすぐさま彼女に向かって飛びついた。
やちるを抱き締めた名前は「お邪魔しております」と挨拶した。
「苗字も来てたのか。」
「隊長、ご無沙汰しております。お誘いを受け、この場に身を置かせて頂いております。」
「構わねぇ、その野菜は苗字が育てたのか?」
「はい!」
「うまそうだな、腹が減った。さっさと飯にするぞ。」
『はい!』
剣八の合図と共に隊員が声を上げた。
急ピッチで食事の準備が進む。
「名前ちゃん、とりあえずきゅうりは味噌を付けて、トウモロコシは茹でようか。」
「そうだね。トマトも生でいいけど、酢で和えるのはどうかな?」
「いいね、素麺つゆに入れても美味しそう。」
「じゃあすぐに炊事場に持ってくぞ。」
一角は部下に合図すると「了解しました!」と台車を運びに行った。氷は砕いて冷水にする。
隊員の働きにより、あっという間に宴は始まった。
「素麺流すぞー!」
『おーう!』
上流で水と素麺が流され、それを隊員たちが我先にと箸を構える。取れた素麺を氷を浮かべた麺つゆにくぐらせ、一気に啜る。
「かー!!冷たくてうまい!」
「茹でたトウモロコシも旨いが、こっちの焼きトウモロコシは酒が進むぜ。」
いつの間にか焼き台が置かれ、トウモロコシや誰かが持ってきた肉を焼き始めていた。
剣八たちは隊舎の軒下の縁側に腰かけて食事を楽しんでいた。
「そうめんおいしいね、剣ちゃん!」
「あぁ。」
「剣ちゃん、そうめんとってくるね!」
「おう。」
やちるは木のたらいを持って隊員が流している素麺を取りに走って行った。
「すんません隊長、手間の掛かる飯になってしまって…。」
一角は煩わしさを感じる食事が嫌いな剣八が、機嫌を損ねていないか伺った。
しかし剣八は野菜をつまみながら酒を呑み、夏の風情を楽しんでいるようだった。
「悪かねぇ。」
楽しそうにはしゃいでいるやちるとそれに付き合い慌てている隊員たちの姿に、その場にいる者全てが笑顔になった。
「ふふ…相変わらず十一番隊 は騒がしいね。」
そう言いつつも、名前は穏やかな表情で素麺を食べた。
酒を呑みながら一角は彼女が育てたきゅうりを齧った。
「うめぇ。」
「採れたてだからね。」
弓親は自身で味付けたトマトのマリネを一角と名前に食べさせた。
「酒が進む酢漬けだな。」
「これは現世でマリネっていう料理。お酒と一緒に食べるんだよ。」
「美味しい…。」
二人から高評価をもらった弓親は満足げにトマトを頬張った。
「夏は暑苦しいだけだと思っていたが、野菜が旨いし、結構いいな。」
「僕は断固拒否。肌の手入れが大変なんだから。」
「おめー冬も肌の手入れがどうとかって言ってただろ。」
「季節ごとに肌の手入れは怠らない。それが僕の美意識。」
「それは鍛錬に力注げよな…。」
呆れながら突っ込む一角は名前の顔を見た。
「私は夏が一番好き。生き物が、一番活き活きしているから。」
夏は暑くて汗も出るし、外に出れば蚊に食われる。昼に成長した積乱雲が突然、夕立を起こして大雨になる。名前はそれ全てが夏の良い所だと思っていた。
「蝉が五月蠅くて騒がしいし暑いけれど、私は嫌いじゃない。夏が好き。」
一角はふと昼間に言われた言葉を思い出した。
「名前、俺の事暑苦しいっつったろ。あれはどうなんだよ?」
「ふっ…。」
名前は息を吐いて立ち上がった。一角の言葉に返答せずに、素麺を取りに歩いて行ってしまった。
「鼻で笑いやがったな。」
「名前ちゃん、あぁ言う所が可愛いよね。」
「あぁ?どこがだよ。」
流しそうめんの後はやちるが望んでいたかき氷を十一番隊皆でたらふく食べた。
一角のかき氷をやちるが全て食べてしまい、鬼のように怒る一角とやちる、二人の鬼ごっこが始まった。
それはほとんどの隊員が予測していた事だが。
「ったく、あのどチビ、俺のだけ食っちまいやがって確信犯だろ!」
「すぐに食べない一角が悪いんだろ?」
「名前だってまだ食ってんだろうが!」
「うるさいなぁ、はい。」
唐突に差し出された匙には抹茶蜜が掛かったかき氷。
一角は名前が差し出した匙を凝視する。
いわゆる、お口あーんと言うやつだ。
「名前ちゃん、なんて大胆な…」と弓親は思った。
隊員達も二人を凝視している。
一角は早まる鼓動を感じながら、その匙を口に入れようとした…その瞬間…。
「もーらった!」
またもや、やちるに妨害された一角はついに刀を抜いた。
「こんのクソガキゃああああぁ!!!」
暑苦しくて騒がしい十一番隊の夏。
宴は夜が更けるまで続いたのだった。
【夏の十一番隊】...end.
「あっつ~。」
日陰になった縁側でうちわを仰ぎながら、寝転んでいるのは斑目一角。
午前の鍛錬が終わり、休憩している。
今年の暑さは並ではない。
汗が止まらないほど湿度が高く、脱水症状を起こして救護詰所に駆け込む隊員も多い。
十一番隊も決して例外ではなく、毎日のように誰かが体調不良で休む為、それを見かねた総隊長が午前午後で休息を摂るよう義務付けた。
「これだけ暑いと仕方がないよね。」
弓親は水浴びをしてきたみたいだ。鍛錬後だというのに埃一つ付いていない死覇装を纏っている。
「お前、何回着替えるんだよ。」
「ここ数日は最低三回だね。」
「ってことは毎日四反も洗ってんのか?貴族じゃあるまいし。」
「ふん、こうして生活を送ることが出来るぐらいには裕福だからいいじゃないか。」
瀞霊廷には衣装や布団を洗う専門の業者、洗濯屋がいる。
食事や家賃、諸費用などと一緒で、月単位で給料から差し引かれる形となっているが、個別で金さえ払えば何枚でも洗濯してくれる。
一角は弓親の美意識には理解出来ずにいた。
所でいつも騒がしい十一番隊が、珍しく静まり返っている。
「隊長と副隊長はどっか出かけたのか?」
「あー二人は十番隊に行ったよ。この暑さだから、涼を求めて毎日のように十番隊は人が押し寄せてくるらしいよ。」
「だろうな。」
氷雪系の斬魄刀を持つ日番谷冬獅郎の能力で、十番隊は毎年夏場の暑さに困ることはない。
しかしそのせいで他隊からも隊員が押し寄せるため、業務に支障が出ていた。
人混みの中にいたら、涼しくても気分は暑苦しいままだ。一角はしばらく十番隊には近づくまいと思った。
襖の向こうで隊員が一角を呼んだ。
「三席!来客です。」
一角と弓親が客間兼執務室に向かうと、待っていたのは六番隊の阿散井恋次だった。
「ちわーっす一角さん、弓親さん!」
「おう、昼間っからどうしたんだ?」
恋次は風呂敷をほどき、木の箱のふたを開けた。
「お、素麺じゃねぇか!」
「キミのセンスにしては良すぎるんじゃないかい?」
「傷つくこと言わないでくださいよ。これは朽木隊長から協力してくれ、と頼まれたものですよ。」
「協力?」
「はい。朽木隊長は貴族の付き合いが多いから、この時期は大量に乾麺を貰うそうで。
とても消費しきれないから隊員たちに配ってるんですよ。」
「流石、朽木隊長。」
「俺ら十一番隊では考えられない振る舞いだな。」
恋次は一角に木の箱を渡した。
「ありがとうな。一応中元ってことで受け取っておくぜ!そうだな…うち(十一番隊)からは…。」
「持ってきたよ、はい。」
弓親は酒たるを台車に乗せて持ってきた。
「ありがとうございます!」
「十一番隊は酒だけは沢山あるからな。」
「んじゃ、俺は六番隊に戻ります。」
「おう。朽木隊長に礼を伝えてもらえるか?」
「了解っす!」
*
一角は麺つゆを買いに外を歩いていた。
部下に買い出しを任せても良かったが、経費を渡すと無駄遣いする為、一角と弓親が管理していた。
「あーあっちぃ…。」
避暑の為に竹林の歩道に入る。日陰になっているので少しは暑さが和らぐだろう。
この竹林の途中の畑から人の声が聞こえてきた。
「今日も沢山採れましたね!」
身長が高く、トウモロコシの幹からでも見えたのは四番隊の虎徹勇音。
姿は見えないが、途切れない話し声が聞こえてくる事を考えると、妹の清音も一緒にいるのだろう。
「暑いけど、新鮮なお野菜が食べられるならへっちゃらよね!浮竹隊長も喜んでくれるし。」
トウモロコシ畑から出てきた人影を見ると五人はいるだろうか。
頭には笠を被り、アームカバーに手袋をしている。見ているだけでも暑そうだ。
「竹林で水分補給をしましょうか。」
畑で作業していた虎徹姉妹たちは荷物を持って竹林に入ってきた。
「あれ?斑目三席じゃないですか!」
「おう、こんな暑いのに精が出るな。」
「はい、本当は朝一に採りたかったんですけど、今朝は忙しくてこんな時間に。」
笠を取ると皆の顔が見えたが、一人向こうを向いて水を飲んでいる。
誰だ?と思い見ていると勇音が声を掛けた。
「苗字さん、挨拶したらどうですか?」
一角は苗字と言う名前を聞き、即座に反応した。彼女は元十一番隊に所属していた一角の部下だ。
「あ?名前かよ!何で黙ってんだよ?」
「話すだけでも暑苦しいからでしょ。」
一角は名前の正面に立った。
うんざりした顔で名前は一角を見上げる。生意気な口を利く所は相変わらず変わっていない。
「んだと?コラぁ!」
一角はその場に座る込むが、名前は一角から顔を逸らして水を飲んだ。
名前の竹かごには畑で採れたばかりのトマトやキュウリ、トウモロコシが沢山入っている。
「うまそうだな、名前が畑やってるなんて初めて知ったぜ。」
「今年から始めたばかりだけど…楽しいよ。」
普段感情を表に出さない名前だが、汗で濡れた髪をかき上げた彼女は、
畑作業の楽しさが表情から滲み出ていた。
「今晩、十一番隊で素麺食べるんだけどよ、名前も来るか?つか、素麺って知ってるか?」
流魂街で育った名前はきっと素麺を知らないだろう。食べたらその美味しさに驚くに違いない。
「あぁ…素麺なら去年初めて食べた。細くてツルツルしている美味しい麺だったね。」
素麺は瀞霊廷でも貴重な代物で、主に貴族が食している。
町中で麺と言えばうどんと蕎麦が主流だ。
一角は「そう言えば二番隊は成金の大前田稀千代がいたな」と思い出した。
彼の下で働いていれば、貴族が食べるような物にありつけるのは納得がいく。
「…私も頂いてもいいの?」
「当たり前だろ、十一番隊で待ってるぜ。」
「…楽しみにしてる。」
名前と共に素麺を食べられる。
一角は胸に高揚感を感じ、買い出しに向かった。
*
「名前さん、良かったですね。」
一角の姿が見えなくなった後、畑の片づけに戻ろうとした名前に声を掛けたのは勇音だった。
「…はい?」
「苗字さんは今でも、十一番隊の一員だと認識されているようですね。」
「…そうみたいです。」
勇音は四番隊の副隊長。十一番隊がいつも迷惑を掛けているので、頭が上がらない名前だったが、勇音はそんな事は気にしていないようだ。
二番隊に異動し、更に隠密機動にも入団したら普通、前隊との付き合いはなくなる。
隠密機動は護廷十三隊にも言わないような秘密裏の仕事をこなす。
隠密機動に入団した者の交友関係が変わったというのはよく聞く話だ。
勇音は名前と一角が他愛のない会話している姿を見て「今までと変わらず信頼関係が続いていて良かった」と思った。
特に名前は口数も少なく、畑作業も一人で黙々と行っている為気に掛けていたのだ。
(でも、安心しました。)
彼女は一人じゃない。帰る場所があるのだと。
「今日採れたお野菜、十一番隊にも持って行ってください。」
「えっ…宜しいのですか?」
「はい、勿論です。沢山採れたので十一番隊の方々にも食べてもらって下さい。」
「あ…ありがとうございます。」
勇音の発案に名前は珍しく驚いた顔を見せ、深々と頭を下げた。
嬉しそうに口角が上げた彼女の表情を見て勇音も笑顔になった。
*
「そっち、しっかり麻ひもで縛っとけよ。」
買い出しを終えた一角は部下と半分に割った竹をつなぎ合わせ、流しそうめんの準備に取り掛かっていた。
隊員の人数が多い為、何機もの流しそうめん台を作る。
「お湯の準備は出来たよ。」
「あとは隊長と副隊長の帰りを待つだけか…。」
二人は出かけたっきりまだ戻ってきていない。
「一角。」
「名前!早かったな。」
台車を引いてやってきた名前はゆっくりと台車を止めた。
「虎徹副隊長が、十一番隊に野菜を食べてほしいと沢山分けて貰った。」
「お、マジかよ!最高じゃねーか。」
「すごい量の野菜、どうやって食べる?」
弓親も合流し、三人で話し合っていると「ただいまー!」といつもの明るい声が聞こえてきた。
「あー!たのしそー!何やってるのー?」
流しそうめんの準備を見たやちるは目を輝かせた。後に続いて入ってきた剣八もそれを見て「ほぉ、」と声を漏らした。
「楽しそうな事やってんじゃねーか。」
「隊長、おかえりなさいっす!」
やちる以外の、その場にいた隊員全員が剣八に向かって頭を下げる。
それは名前も同じで片膝を地面に付き、かつての上司への恩恵は忘れていない。
「隊長、朽木隊長から素麺を貰ったんで、流しそうめんをやる所っす!」
「素麺?っは、久しぶりだな。」
「じゃあ、アレが役に立つねー!」
やちるが指差した先に隊士たちが台車で何かを運んできた。
「氷!?まさか…。」
「ひっずーにもらったんだよー!お山ぐらい大きなかき氷が食べられるよー!」
そう言えば昨日からかき氷が食べたいと言っていたなと一角と弓親は思い出した。
二人が遅くなったのは、多忙な日番谷冬獅郎に氷を貰うための交渉だったのだ。
その光景を思い浮かべた隊員は冷や汗を浮かべたが、名前は笑いをこらえきれずに小さく声を漏らした。
「ぷっくく…っ!」
珍しく声を出して笑う名前に一角は驚いた。彼女がこんなに笑う姿を初めて見たからだ。
「むくりん、ひっさしぶりー!」
やちるは名前の姿を見つけるとすぐさま彼女に向かって飛びついた。
やちるを抱き締めた名前は「お邪魔しております」と挨拶した。
「苗字も来てたのか。」
「隊長、ご無沙汰しております。お誘いを受け、この場に身を置かせて頂いております。」
「構わねぇ、その野菜は苗字が育てたのか?」
「はい!」
「うまそうだな、腹が減った。さっさと飯にするぞ。」
『はい!』
剣八の合図と共に隊員が声を上げた。
急ピッチで食事の準備が進む。
「名前ちゃん、とりあえずきゅうりは味噌を付けて、トウモロコシは茹でようか。」
「そうだね。トマトも生でいいけど、酢で和えるのはどうかな?」
「いいね、素麺つゆに入れても美味しそう。」
「じゃあすぐに炊事場に持ってくぞ。」
一角は部下に合図すると「了解しました!」と台車を運びに行った。氷は砕いて冷水にする。
隊員の働きにより、あっという間に宴は始まった。
「素麺流すぞー!」
『おーう!』
上流で水と素麺が流され、それを隊員たちが我先にと箸を構える。取れた素麺を氷を浮かべた麺つゆにくぐらせ、一気に啜る。
「かー!!冷たくてうまい!」
「茹でたトウモロコシも旨いが、こっちの焼きトウモロコシは酒が進むぜ。」
いつの間にか焼き台が置かれ、トウモロコシや誰かが持ってきた肉を焼き始めていた。
剣八たちは隊舎の軒下の縁側に腰かけて食事を楽しんでいた。
「そうめんおいしいね、剣ちゃん!」
「あぁ。」
「剣ちゃん、そうめんとってくるね!」
「おう。」
やちるは木のたらいを持って隊員が流している素麺を取りに走って行った。
「すんません隊長、手間の掛かる飯になってしまって…。」
一角は煩わしさを感じる食事が嫌いな剣八が、機嫌を損ねていないか伺った。
しかし剣八は野菜をつまみながら酒を呑み、夏の風情を楽しんでいるようだった。
「悪かねぇ。」
楽しそうにはしゃいでいるやちるとそれに付き合い慌てている隊員たちの姿に、その場にいる者全てが笑顔になった。
「ふふ…相変わらず
そう言いつつも、名前は穏やかな表情で素麺を食べた。
酒を呑みながら一角は彼女が育てたきゅうりを齧った。
「うめぇ。」
「採れたてだからね。」
弓親は自身で味付けたトマトのマリネを一角と名前に食べさせた。
「酒が進む酢漬けだな。」
「これは現世でマリネっていう料理。お酒と一緒に食べるんだよ。」
「美味しい…。」
二人から高評価をもらった弓親は満足げにトマトを頬張った。
「夏は暑苦しいだけだと思っていたが、野菜が旨いし、結構いいな。」
「僕は断固拒否。肌の手入れが大変なんだから。」
「おめー冬も肌の手入れがどうとかって言ってただろ。」
「季節ごとに肌の手入れは怠らない。それが僕の美意識。」
「それは鍛錬に力注げよな…。」
呆れながら突っ込む一角は名前の顔を見た。
「私は夏が一番好き。生き物が、一番活き活きしているから。」
夏は暑くて汗も出るし、外に出れば蚊に食われる。昼に成長した積乱雲が突然、夕立を起こして大雨になる。名前はそれ全てが夏の良い所だと思っていた。
「蝉が五月蠅くて騒がしいし暑いけれど、私は嫌いじゃない。夏が好き。」
一角はふと昼間に言われた言葉を思い出した。
「名前、俺の事暑苦しいっつったろ。あれはどうなんだよ?」
「ふっ…。」
名前は息を吐いて立ち上がった。一角の言葉に返答せずに、素麺を取りに歩いて行ってしまった。
「鼻で笑いやがったな。」
「名前ちゃん、あぁ言う所が可愛いよね。」
「あぁ?どこがだよ。」
流しそうめんの後はやちるが望んでいたかき氷を十一番隊皆でたらふく食べた。
一角のかき氷をやちるが全て食べてしまい、鬼のように怒る一角とやちる、二人の鬼ごっこが始まった。
それはほとんどの隊員が予測していた事だが。
「ったく、あのどチビ、俺のだけ食っちまいやがって確信犯だろ!」
「すぐに食べない一角が悪いんだろ?」
「名前だってまだ食ってんだろうが!」
「うるさいなぁ、はい。」
唐突に差し出された匙には抹茶蜜が掛かったかき氷。
一角は名前が差し出した匙を凝視する。
いわゆる、お口あーんと言うやつだ。
「名前ちゃん、なんて大胆な…」と弓親は思った。
隊員達も二人を凝視している。
一角は早まる鼓動を感じながら、その匙を口に入れようとした…その瞬間…。
「もーらった!」
またもや、やちるに妨害された一角はついに刀を抜いた。
「こんのクソガキゃああああぁ!!!」
暑苦しくて騒がしい十一番隊の夏。
宴は夜が更けるまで続いたのだった。
【夏の十一番隊】...end.