月光に毒される
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*
二日後、京楽隊長たちは十一番隊を訪れた。
「たのもーう!」
「しゅんしゅん、待ってたよ~!」
いの一番に出迎えたのは、草鹿やちるだった。
「剣ちゃんが待ちきれないって!はやく、はやく~!」
「フフフ…十一番隊は賑やかでいいねぇ。」
京楽は隣を歩く七緒に顔を向けるが、七緒は「ウチも似たようなモノですよ」と冷静に答えた。なんだかんだ言って七緒は京楽隊長の傍にいる。それがなんだか可愛いと芽瑠は思った。四人は十一番隊の隊舎裏にある修練場に案内された。予め芽瑠が説明していた事もあり、剣八と一角はやる気に満ち溢れていた。
「よぉ…まさかアンタと戦えるとはな…。」
「可愛い部下の頼みとなっちゃ、断れないよ…観客も多いし、カッコイイ所見せないとね。」
他所の隊員が寄り付かない十一番隊舎は珍しく見物客で賑わっていた。京楽隊長とあの更木剣八が戦うと言う話が流れると、それは一気に瀞霊廷中に知れ渡った。皆、どちらが勝つのだろうか興味深々。芽瑠もこれほどまでに盛り上がるとは思っておらず、慌てて編集部の方に応援を依頼した。撮り逃しのないよう、カメラ三台での撮影になる。
「まず、三席同士の一騎打ちをお願いします。」
芽瑠の合図で十一番隊の斑目一角、八番隊の円乗寺辰房が向かい合った。
「三席の実力を示すいい機会…。全力で行かせて頂きますぞ。」
「はっ、そうこなくっちゃな。」
二人は斬魄刀を持ち、構えた。
「始め!」
いいショットを撮り逃さないよう、芽瑠はカメラを構えた。辰房は一角を見つめ、口を開いた。
「ウチの芽瑠が十一番隊にお邪魔しているそうで…ご迷惑をお掛けしていませぬか?」
「別に迷惑とは思ってねーよ。ウチの副隊長の子守りもしてくれるし、助かってる。」
一角の返答に、芽瑠は頬を赤らめ、喜んだ。
「そうか…それは良かった!」
辰房は巨体をもろともしない走りで一角に接近し、パンチを繰り出した。一角の足元にあった地面が砕ける。一角は後ろに退き、砂煙にまみえる辰房に斬りかかった。辰房は斬魄刀でそれを防ぎ、力で一角ごと弾き飛ばした。
「力だけは強ぇのな。」
一角は首を鳴らしながら立ち上がった。辰房はニヤリと不敵に笑い、必殺技を繰り出そうと斬魄刀を構えた。
「芽瑠、吾輩の雄姿を収めるのだ!剣技…崩山剣舞 !」
辰房が剣を振り回そうと動く直前に一角は彼の懐に入り込んだ。
「何ぃっ!!?」
辰房は思いもよらぬ攻撃にたじろぎ、一角の攻撃を受けそうになった。
「貴様っ!吾輩の大技を前に攻撃するなど、卑怯だぞ!!!」
「あぁ?戦いに卑怯もクソもあるかよ。」
「ふぬぬぬ…吾輩を馬鹿にしおって…!手加減はせぬぞ!」
辰房は先程までの余裕を打ち払い、霊圧を高めた。一角は気を引き締め、再び辰房に斬りかかった。しかし、辰房の力は強く一角は吹き飛ばされた。
「乱舞せよ、崩山!」
辰房は始解し、斬魄刀は大きな羽子板のような形状になった。崩山を扇のように仰ぐと強風が巻き起こり、修練場中に吹き荒れた。もう一振りして風の斬撃を一角に浴びせる。
「うおっ!」
一角はもろに斬撃を喰らい、死覇装や肌に切れ目が入った。
「どうだ?崩山の凄さが分かっただろう?」
「へっ…そうだなぁっ!」
辰房が再び斬魄刀を仰ごうと天に振りかざした瞬間、一角は鬼灯丸を解放した。
「延びろ!鬼灯丸!」
隙のある横から攻撃を仕掛けた一角だったが、その攻撃は通らなかった。辰房は片手で鬼灯丸を掴み、持ち前の馬鹿力で鬼灯丸ごと一角を放り投げた。一角は吹き飛び、地面に叩き付けられる。崩山で起こした風で砂煙を払い、一角を見つけ出した辰房は引っ張り上げた。
「斑目三席!!」
芽瑠はカメラから顔を上げ、一角の名前を叫んだ。辰房は芽瑠に声を掛けられるほど余裕を持ち合わせていた。
「須々木!今がシャッターチャンスだぞ。」
「ぐうぅぅっ!!」
一角は辰房に首根っこから持ち上げられ、苦しそうに暴れている。所々から出血もしており、芽瑠は気が気ではなかった。
「斑目三席、思っていたほど手ごたえの無い男だな…。」
「ハッ!何言ってんだ、まだこれからだろうが…。」
「強がりは止した方がいいぞ…今の貴公はこれが限界のようだ。」
辰房から逃れようと暴れる一角だったが、彼の力は凄まじく、振りほどく事が出来なかった。
「ふんっ!」
辰房は一角に頭突きをして地面に叩き付けた。一角は立て続けに攻撃を受けてフラフラだった。
「もう勝負はつきましたね。」
七緒の言葉に一角は「まだまだ…」と這い上がった。芽瑠ですら「もうやめた方がいいです…!」と声を掛ける。しかし、一角は諦めなかった。
「須々木、取れ高は十分あるのだろう?吾輩に動けない者を痛めつける趣味はないのだ…。」
「斑目三席、お疲れさまでした…カッコよかったですよ…!」
「まだだっつってんだよ…。」
「やれやれ…戦士であるからには完全に敗北を認めるまで戦うしかない…仕方のない。吾輩が力の差を見せつけてやろうじゃないか。」
辰房は再び崩山を振り強風を起こした。砂埃が舞い上がり、目を開けていられない一角の隙を突いて瞬歩で近づく。一角を蹴り上げ、崩山の扇のような刀身で彼の体を地面に叩きつけた。
「がはっ…!」
ざわめく隊士。これ以上の戦闘は危険だと判断した芽瑠は周りに目を向けた。誰もが決着はついただろうと頷いている。
「これにて終了!円乗寺三席の勝利…!」
試合を見ていた隊員からは拍手と歓声が巻き起こった。辰房は鼻高々と佇み、カメラにその雄姿を収めてもらっていた。芽瑠は辰房に目もくれず、倒れている一角に駆け寄った。既に弓親によって支えられており、怪我の手当てに向かう所だった。
「班目三席、大丈夫ですか!?」
涙目で一角の顔を覗き込む芽瑠に弓親は「大丈夫」と声を掛けた。
「一角の事は僕に任せて。芽瑠ちゃんは進行があるだろう?」
「いいえ、私も行きます…!少しですが、回道が使えるんです!」
芽瑠の真剣な眼差しに弓親は「本当に一角に惚れ込んでいるんだな」と思った。
「分かったよ。手当て、手伝ってくれる?」
「はい…!」
「執務室に救急箱があるから行こう。」
三人は隊舎の執務室へ向かった。後ろ姿を見ながら、剣八は呟いた。
「なんだ…一角の野郎、あっけなくやられちまったじゃねぇか。」
「ねぼけてたんじゃな〜い?」
「いつもの半分も力を出せてなかった所を見ると、やちるの言う通りだな。」
京楽はやれやれ、と息を吐いた。
「主催者はどっか行っちゃったし、こっちは勝手に始めるとしますか。」
剣八は京楽と視線を合わせ、ニマリと笑った。ようやくこの時が来たか…剣八は目が輝いている。
「さぁ、始めようかい。」
二人は向かい合い、火蓋が切られようとしていた。斬魄刀を構えた剣八は、手に何も持たない京楽を見て尋ねた。
「おい、斬魄刀はどうした?」
「あぁ…隊舎に置いてきたよ。」
「はあっ!?どういう事だ。」
「だってさ、物騒じゃない?幾ら見世物だとしても、隊長同士が斬魄刀持って戦ってたら山爺に怒られちゃうでしょ。だから置いてきたの。」
「ふざけてんのか。一騎打ちだって言ったから来たんだろうが。戦わねえのか?」
「戦わないとは言ってないさ。更木隊長はいつも通り斬魄刀を持って戦えばいい。僕は素手で戦う。それでいいだろう?」
京楽隊長の提案に、周りはざわついた。いくら京楽隊長が強いとはいえ、相手は平隊士ではなく更木剣八。怪我だけでは済まないと、特に八番隊の隊員は自身の隊長の身を心配した。
「隊長…!流石にそれでは分が悪すぎます…!」
「心配してくれるの?七緒ちゃん。」
「違います…!これでは公正な決着が着けられないじゃないですか。」
「公正さ。更木隊長は鬼道が使えない。僕は鬼道を使う。でも、斬魄刀は使わない…どうだい?これで十分公平になってると思うんだけど。いいよね?更木隊長。」
「ふんっ、俺は戦えりゃあなんだっていい。始めるぞ。」
「オーケィ、じゃあ始めよう!七緒ちゃん、合図よろしく。」
「全く…須々木さんには後で説教が必要ですね。」
修練場の盛り上がりはピークだった。いよいよ隊長同士の一騎打ちが始まる。
「お待たせしました!それでは十一番隊 更木剣八と八番隊 京楽春水の一騎打ちを始めます。観客の皆さんはくれぐれも戦いに巻き込まれないよう、十分気を付けてください!それでは、始め!!!」
*
十一番隊執務室———...
怪我をした一角に手当てをするのは芽瑠。弓親は彼女の献身的な治療を見て「心底一角が好きなんだな」と思った。一角は意識があり、介助は必要なかった。怪我の程度も軽いので後には響かなそうだ。しかし一角の機嫌はかなり悪く、苦虫を噛み潰したような険しい表情をしている。
「なぁ…お前は何で十一番隊に取材に来た?」
一角の言葉には怒気が含まれており、それは明確に芽瑠に向けられていた。
「十一番隊の魅力を瀞霊廷中に広める為です。ただの荒くれ者の集まりと言う誤解を解く為に、私は全力で取材させて頂いています。」
「はっ…こんな姿を写しても笑い者にされるだけだろうさ。」
一方的に負けたと言われても仕方のない戦いだった。これで十一番隊の魅力など伝わる筈も無い。しかし、芽瑠は一角を励ますように言った。
「いいえ…!斑目三席はとてもカッコ良かったです!私の目に狂いはありません!」
芽瑠の言葉が一角の着火点に火を点けた。声を荒げて芽瑠に食って掛かる。
「あぁん!?俺のどこを見てそう言ってんだ?普段のだらけた俺の姿を見て、裏では笑ってるんだろうが?」
「笑ってなどいません!斑目三席にも事情があると思います…悩みがあるのでしたら一度、お話し頂けないですか?私で良ければお聞き致します…私は、斑目三席のお力になりたいです!」
芽瑠も負けじと声を張り上げ、一角を見つめる。声は僅かに震えていた。
しかし一角は疑い深く芽瑠を一瞥した。
「雑誌のネタには持って来いだよな。腹黒い女だぜ…甘い言葉で絞れるだけネタを出そうっての、流石編集者だな。」
「斑目三席…。」
芽瑠は肩を震わせて言葉を飲み込んだ。気が立っているとは言え、一角は感情的になりすぎている。震える芽瑠を見て「マズい」と思った弓親は割って入ろうと試みた。しかし芽瑠は無言で、撮影機材が入った鞄から複数枚の写真を机に叩き付けた。
「なっ……っ!!?」
写真には一角が夜の街で女性と歩く姿が写し出されていた。一角の腕に寄り掛かるようにしている女の姿が生々しい。休憩所に入って行く所もバッチリ収められていた。
「これは…っ。」
これには弓親も驚きが隠せなかった。一角の尾行を誘導したとはいえ、これ程ハッキリした証拠を握って来るとは思っていなかったからだ。羞恥と怒りに燃えた一角の眼は芽瑠に向けた。
「てめぇ…どういう了見だコラァっ!!?こんな事しやがって、ただで済むと思ってんのか!!」
「それはこっちの台詞ですよ斑目三席!!!」
芽瑠は声を張り上げ、一角を見つめた。あまりの威勢に、一角は押し黙ってしまった。芽瑠は静かに怒りを燃やしているようで、霊圧が高まっているのが分かる。
「斑目三席が夜遊びしているのは綾瀬川五席から聞いて知っておりました。成人の男性であれば、夜遊びする事自体は何も問題はありません。
問題なのは、仕事に支障が出る程のめり込んでいる事です!泥酔する程酒を呑み続け、明け方まで帰舎しないなんて遊びにも程があります!席官として恥ずかしくないんですか!?非番前夜ならまだしも、勤務がある平日ですら飲み歩いているなど、普通ではありません!」
芽瑠は今まで我慢していた言葉を一角にぶつけた。彼の為を想う、芽瑠の真っすぐな気持ちを届けたかった。
「斑目三席は覚えていないかもしれませんが、私が修院生時代の頃です。私は現世での魂葬実習時に虚に襲われました。その時、私の命を救ってくださったのは斑目三席、貴方です!」
芽瑠は拳を握り、涙を浮かべた。
「斑目三席は巨大な虚を前に、臆することなく飛び掛かりました。あっという間に虚を倒し、その姿が勇敢でとてもカッコ良かったのを覚えています。私の中の斑目三席は、強くてカッコイイ斑目三席です!!!あの頃の斑目三席に戻ってください!これ以上、今の貴方を見ていられません!」
芽瑠は全てを吐き出すと、泣きながら執務室から飛び出した。残された二人は言葉を発する事もなく、黙り込む。一角は机上の写真を見つめ、思いに耽った。
(俺は何やってんだろーな…芽瑠 の言う通りじゃねーか…。)
今までの一角だったら、円乗寺ぐらい敵ではなかった。頭で敵の動きが理解出来ていたものの、体がついて行かなかった。それはここ数か月の不摂生のせいだという事は、言わずもがなである。恋次が異動してからと言うもの、急に全てがどうでも良くなった。目指している筈の更木隊長は俺が見ている限り、気の赴くままに暮らしている。好きな時に起きて戦って、昼寝して、酒を呑んでいた。他の隊員のように真面目に鍛錬をするワケでもないのに、あの人は恐ろしく強かった。誰もが恐れる更木剣八。一角が隊長の真似事をした所で、強くなる訳ではない。先程の戦闘で嫌と言う程思い知らされた。隊長が特別な存在なのであって、一角や他の大勢の隊員は努力する他に強くなる術はないのだ。
『私の中の斑目三席は強くて、カッコイイ斑目三席です!!!』
こんなに一角を応援してくれている後輩がいるってのに、いつまでもぐずついているワケにはいかない。
「ちっ…他隊の隊員に目を覚ましてもらうたぁ、示しがつかねぇな。」
一角の呟きに、弓親は口元を緩めた。芽瑠の言葉が一角の耳に届いたようだ。
(良かった…。)
一角は先程より生気のある顔色をしている。弓親は安堵した。一時はどうなる事かと思ったが、彼女の言葉が一角に響いたようだ。芽瑠は泣きながら部屋を飛び出してしまった。彼女の霊圧を探ると、もうだいぶ遠くまで行ってしまっている。
「一角、芽瑠ちゃんはどうするの?」
「あぁ…後で必ず礼を言いに行く。取り敢えず着替えてくるわ。」
応急処置はしたものの、一角は全身砂埃だらけで着替えもしていなかった。礼を言いに行くのは、汚れた物を全て洗い流してからにしたい。
「分かった。僕は隊長の戦い観に行くから。のんびりしてると、終わっちゃうよ。」
「わーってる。それより、隊長…しそうにやってんな。」
「そうだね、ビンビン伝わってくる。」
*
十一番隊の修練場はかなり盛り上がっていた。どちらも一歩も引かぬ接戦。剣八は眼帯を取り、莫大な霊圧を解放した。それには観戦していた隊員が複数名卒倒して対応に追われる程だ。
「更木隊長、そんな興奮しちゃあ周りに被害が出ちゃうでしょ?と言うか、もう出てるか…。」
「知った事か!そんな事より戦いを愉しませろ!」
「ったく…話に聞いていた通りの餓鬼だねぇ。」
京楽は詠唱破棄で剣八に縛道を施すものの、彼の圧倒的な霊圧によりそれは無に等しい。剣八の斬撃を瞬歩で躱すも、反応の速い剣八の動きに予断は許さない。近距離戦になり、素手で剣八の腕を取るも頭突きを食らいそうになった京楽は即座に瞬歩で逃れた。
「ふ~~危ない危ない。痛い思いはしたくないからね。」
剣八はその間にも京楽に迫って斬魄刀を振るう。底なしの体力と霊圧に、流石の京楽も息が上がってくる。
「これ、いつまで続くんだろうねぇ…。」
*
「はっ…はっ…。」
十一番隊を飛び出してがむしゃらに走った芽瑠。気付けば八番隊の隊舎まで戻ってきていた。芽瑠は泣きながら走ったので、顔は誰にも見せられない程ぐしゃぐしゃだった。
(絶対、斑目三席に嫌われた…!)
一角には酷い事を言ってしまった。無我夢中だったばかりに自分が何を言ったのか、正直覚えていない。しかし芽瑠の中に残ったのは後悔の念だった。あれ程怒った一角の顔を初めて見た。芽瑠は思い出して身を震わせた。怖くて、一角と顔を合わせる事も出来ない。尾行して隠し撮りした事も今、冷静に考えれば許される行為ではない。ここまでしておいて、許されるとは到底思えなかった。
(どうしよう…なんて謝ろう。もう二度と口も聞いて貰えないかもしれない…それは嫌!どうしよう、どうしよう…。)
大好きな一角に嫌われるなんて、芽瑠にとっては死ぬ事と同等だ。
芽瑠は自己嫌悪に苛まれていた。
ピリリリリリ...
その時、芽瑠の持っていた伝令神機が鳴った。慌てて応答すると、それは上司の伊勢七緒からだった。
「須々木さん、今何処にいるのですか!?」
「は…八番隊隊舎です…。」
「主催者が帰るとはどういう了見ですか!?」
「すみません!!!自分でも何で此処にいるか分からないんです!」
「はぁっ!?まぁ、いいでしょう…丁度良かったです。須々木さん、八番隊に貯蔵してあるお酒を出来るだけ沢山持ってこれますか?」
「え…どういう事ですか?」
「今、隊長と更木隊長が酒の飲み比べ対決をしているんです。十一番隊の酒が底を尽きる前に持ってきて下さいね!」
「は、はい…!」
いつの間にそんな展開になっていたとは…芽瑠は目が覚める思いで自身が大会の主催者だった事を思い出した。いつまでも泣いているワケにはいかない。七緒との通話を終えると芽瑠は涙を拭き取り、急いで隊舎に入った。
*
戦況は五分五分。ちっとも決着が着かず平行線だった。それでも剣八は目をギラギラと輝かせ、京楽に立ち向かってくる。
(撮れ高も十分だろうし、そろそろ終わりにしたいんだけどなぁ…。)
京楽がカメラマンに視線を向けると、仕事を終えたと言わんばかりに他の隊員と雑談に花を咲かせていた。
「やれやれ…七緒ちゃーん、そろそろ終わりにしてもいいんじゃない?」
「まだ決着は着いていませんよ。」
「えーそうは言うけど、どうなったら決着になるのさ…。」
「それは…うーん、確かに…。」
言葉に詰まる七緒の言葉に覆いかぶせるように剣八が割って入った。
「そんなの戦えなくなったらに決まってんだろうが。よそ見ばかりしてねぇで、さっさと掛かって来い!」
「う~ん…僕はもう十分満足したんだけど…観客もなんか飽きてるし…。」
京楽はどうにかいい方法で決着が着けられないか思案した。観客に目を向けると雑談する隊員の中に酒を呑んでいる者すらいる。
「あ、良い事を思いついた!更木隊長、このまま戦ってても決着が着きそうにないし、酒の飲み比べ対決なんてどうだい?」
「はぁ?どういう事だ。」
「更木隊長も酒は嗜むだろう?僕も酒に関しては酔い潰れない自信がある。どうだい?ここは趣向を変えて勝負するというのは。それとも…呑み比べ対決は勝つ自信がないとか?」
勝負と聞いたら真っ先に食らいつく男が、売られた喧嘩を買わないワケがない。案の定、剣八はすぐに京楽の案に乗った。
「おい、お前ら隊舎にある酒を全部持って来い!!!」
『承知しましたー!!!』
十一番隊の隊員達はあっという間に対決に相応しい会場を用意した。京楽と剣八はござの上に置いた座布団に腰を下ろし、大きな盃に注がれた酒を勢いよく呑み干した。
「剣ちゃん、しゅんしゅん、がんばれー!」
「隊長ー!いい飲みっぷりでございます!」
双方の隊員が声援を送る中、会場に戻ってきた弓親は七緒に声を掛けた。
「いつの間にか、宴になってますね…。」
「京楽隊長の案により、この方法で決着を着ける事になりました。ところで綾瀬川五席、ウチの須々木を見かけませんでしたか?」
「あー…用事があるとかで何処かに行ってしまって…。」
泣いて何処かへ行ってしまったとは言えず、弓親は適当に誤魔化した。七緒は大きなため息を吐き、伝令神機を取り出した。芽瑠を呼び出すようだ。そこへ十一番隊の隊員が弓親に近付いてきた。
「綾瀬川五席!!!早くも十一番隊の酒が底をつきそうです。」
「二人共どんなペースで呑んでるのさ…急いで買い足しに行かないと。」
「それには及びません。」
七緒は伝令神機に向かって話し掛けた。
「須々木さん、八番隊に貯蔵してあるお酒を出来るだけ沢山持ってこれますか?」
やはり彼女を呼び出したようだ。七緒の話し方から、心配する程芽瑠は落ち込んではいないようで弓親は安堵した。通話を終えた七緒は「今から八番隊の酒を持って来るよう手配しましたからご安心を」と言った。
それ程経たずして、芽瑠が率いる八番隊の隊員達が酒の樽を乗せた台車を引いてやってきた。現れた芽瑠を見た七緒は犬一番に彼女に説教を始めた。
「八番隊 だけならまだしも、他隊にも協力してもらってるのに、面目が立たないでしょう!?主催者なのですから、責任感を持って下さい!」
「ごめんなさい、ごめんなさーい!」
七緒から解放された芽瑠は、大きく息を吐きながら肩を落とした。弓親は「芽瑠ちゃん、大丈夫かい?」と声を掛けた。
「あ…綾瀬川五席…先ほどは申し訳ありませんでした。」
「いやいや、何で謝るのさ。芽瑠ちゃんには僕からもお礼を言わないといけないね…本当にありがとう。」
弓親は芽瑠に深々と頭を下げた。
「綾瀬川五席、顔を上げてください!!」
周囲から「何があったんだ?」と視線を向けられ、芽瑠は慌てふためく。
「あの…斑目三席は…。」
「あぁ、一角ね。その内戻ってくるよ。」
「私、斑目三席に酷い事を言ってしまいました…もう、顔を合わせることも出来ません…!!」
「そんな事ないよ。あれぐらい強く言わなかったら、一角には響かなかっただろうし…まぁ、後で一角と二人で話すといいよ。」
「そ、それは…。」
芽瑠としては今日に今日、一角と面と向かって話せる心の余裕など無かった。今日一日で色々な事が起きすぎている。そしてまだ芽瑠には仕事が残っていた。
「須々木さん、決着が着きそうです!司会をお願いします!」
「は、はい…!」
剣八と京楽は浴びるように酒を呑み続け既に泥酔状態だったが、決して酔い潰れる事はなく相手の姿を見据えていた。
「更木隊長…そろそろ限界なんじゃないの…?」
「あぁん?てめぇこそ…フラフラじゃねぇか。」
芽瑠の目に映ったのは空になった大量の酒樽と、酔っぱらった二人の隊長の姿だった。頭頂部まで真っ赤になった二人の隊長は焦点が合っておらず、立って歩く事すら難しいだろう。
「隊長…!」
「んあぁ?芽瑠ちゃんじゃないか…どうだい?僕の雄姿、写真に収めたかい?」
「はい…勿論です!ご協力、感謝致します…!」
芽瑠は零れそうになった京楽の盃を支えた。
「おい…司会者が手を貸すたぁ、違反じゃねぇのか?」
剣八は芽瑠を指差し、盃の酒を煽った。
「隊長、こっちは僕が付きます。さ、続けましょう。」
剣八の傍に寄り添ったのは弓親だった。弓親は芽瑠にウインクして、微笑んだ。芽瑠は弓親の計らいに感謝して、二人の対決を見守った。程なくして二人の隊長は同時に夢の中へ旅立ったので、結果引き分けになった。幸せそうに眠る京楽隊長の表情を見つめるのは七緒だった。
「全く、この様子だと明日の業務はまともに取り組めそうにありませんね…。」
「申し訳ありません…代わりに…とはいきませんが、私がお手伝い出来ることがあればお申し付けください!」
芽瑠は七緒に向かって言った。七緒はふっ…と息を零し「勿論ですよ」と言った。隊員達の片づけにより撤収作業が完了した。その頃には日はすっかり傾き、芽瑠は編集部へ戻ろうと機材を持ち上げた。
「須々木…。」
「ま…斑目三席っ!?」
「須々木さん、僕たち先に戻ってます。」
同じ編集部の仲間は話が長くなると悟り、足早に編集部へ戻った。その場に残ったのは一角と芽瑠二人きりだった。
「あ、ああああの…先ほどは申し訳ございませんでした!!!」
芽瑠は深く頭を下げ、まとも一角と目を合わせることが出来ずに自身の足元を見つめた。
「いや、いい。お前には礼を言わなきゃならねぇからな…取り敢えず顔上げろよ。」
芽瑠は一角に言われ、恐る恐る顔を上げた。自身が憧れた大好きな彼が真っすぐ自分を見つめていた。
(ち…近い…!)
芽瑠はいつになく真剣な眼差しで自身を見つめる一角を見つめ、ドキリと心拍が跳ね上がった。
「ガツンと言ってくれたお陰で、目を覚ましたぜ…ありがとな。」
「いえ…私はただ斑目三席が元気でいてくれさえすればそれで、良いんです。出過ぎた真似をして、申し訳ありませんでした。」
「ハハっ…優しいだけのお嬢ちゃんかと思ってたが、意外と大胆なんだな。そういや…頼みがあるんだが…。」
「何でしょうか?」
「あの写真のネガ…それだけは俺にくれないか?いや、タダでとは言わねぇ…金は払うから…。」
「あぁ…アレですね。」
芽瑠は撮影資材の入った鞄から、カメラを取り出した。カバーを外し、ネガを取り出すと芽瑠は一角の前でそれを破壊した。鬼道の炎で燃えるネガ…焦臭い不快な臭いが立ち込めたが、風によってそれは直ぐに払拭された。
「これで、もうネガは残っておりません。他のカメラでは撮っておりませんので、ご安心下さい。」
「すまねぇな…。」
一角は笑顔を見せた。その笑顔は清々しさすら感じる。今までの彼の表情に戻ったと感じることが出来、芽瑠は心の底から嬉しかった。
「良かったら、飯食いに行かねぇか?世話になったしよ。」
「えぇっ!?よろしいのですか?」
「あぁ。勿論、俺の驕りだぜ!」
「嬉しいです…!あ、ですがお酒の呑みすぎはいけませんよ。食事が終わったら必ず帰舎して下さいね!」
「ハハハっ!わーってるって、今日は真っすぐ帰るさ。そうしねぇと、またお前に撮られちまうからな。」
「もう、斑目三席ったら~!」
笑顔で歩く二人。一角はもう迷わないだろう。
全てが丸く収まった……と思われた。
*
「ああああああぁぁああーーー!!!」
一角との食事を終え、編集部に戻った芽瑠の叫び声が編集室中に響き渡った。
「一体何があった!?」
隣の部屋で編集作業をしていた檜佐木修兵が芽瑠の元へ飛んできた。
「これまで取材した写真のネガ…全部燃やしちゃったー!!!」
「何故そうなる!?と言うか、何で燃やした???」
修兵のツッコミに芽瑠は「色々あったんですぅ~」と言う事しか出来なかった。今日撮った一角と円乗寺の対決、そして更木隊長と京楽隊長の対決は他の編集員も撮影していたのでまだ救われた。
*
「…という訳で、もう一度取材させて下さい!」
芽瑠は再び十一番隊で深々と頭を下げた。経緯を知っている一角も更木隊長に掛け合ってくれた為、芽瑠は再び十一番隊の密着取材を始める事が出来た。
「カメラを壊しちゃうなんて、芽瑠ちゃんもおっちょこちょいだな~!」
「すみません~!」
再び芽瑠が十一番隊の取材に訪れると十一番隊の隊員は歓迎じてくれた。
「おい、お前達…まだ元気そうじゃねぇか!とっとと木刀構えろ!」
「ひえええぇ!ご勘弁くだせぇ!!!」
一角は以前と同様に早朝から木刀を持ち、鍛錬に励んでいた。元気よく木刀を振るう一角の姿を撮影し、芽瑠は満面の笑みを浮かべた。
(良かった…いつもの一角さんだ…。)
以前のように騒がしい十一番隊が戻ってきた。
.
二日後、京楽隊長たちは十一番隊を訪れた。
「たのもーう!」
「しゅんしゅん、待ってたよ~!」
いの一番に出迎えたのは、草鹿やちるだった。
「剣ちゃんが待ちきれないって!はやく、はやく~!」
「フフフ…十一番隊は賑やかでいいねぇ。」
京楽は隣を歩く七緒に顔を向けるが、七緒は「ウチも似たようなモノですよ」と冷静に答えた。なんだかんだ言って七緒は京楽隊長の傍にいる。それがなんだか可愛いと芽瑠は思った。四人は十一番隊の隊舎裏にある修練場に案内された。予め芽瑠が説明していた事もあり、剣八と一角はやる気に満ち溢れていた。
「よぉ…まさかアンタと戦えるとはな…。」
「可愛い部下の頼みとなっちゃ、断れないよ…観客も多いし、カッコイイ所見せないとね。」
他所の隊員が寄り付かない十一番隊舎は珍しく見物客で賑わっていた。京楽隊長とあの更木剣八が戦うと言う話が流れると、それは一気に瀞霊廷中に知れ渡った。皆、どちらが勝つのだろうか興味深々。芽瑠もこれほどまでに盛り上がるとは思っておらず、慌てて編集部の方に応援を依頼した。撮り逃しのないよう、カメラ三台での撮影になる。
「まず、三席同士の一騎打ちをお願いします。」
芽瑠の合図で十一番隊の斑目一角、八番隊の円乗寺辰房が向かい合った。
「三席の実力を示すいい機会…。全力で行かせて頂きますぞ。」
「はっ、そうこなくっちゃな。」
二人は斬魄刀を持ち、構えた。
「始め!」
いいショットを撮り逃さないよう、芽瑠はカメラを構えた。辰房は一角を見つめ、口を開いた。
「ウチの芽瑠が十一番隊にお邪魔しているそうで…ご迷惑をお掛けしていませぬか?」
「別に迷惑とは思ってねーよ。ウチの副隊長の子守りもしてくれるし、助かってる。」
一角の返答に、芽瑠は頬を赤らめ、喜んだ。
「そうか…それは良かった!」
辰房は巨体をもろともしない走りで一角に接近し、パンチを繰り出した。一角の足元にあった地面が砕ける。一角は後ろに退き、砂煙にまみえる辰房に斬りかかった。辰房は斬魄刀でそれを防ぎ、力で一角ごと弾き飛ばした。
「力だけは強ぇのな。」
一角は首を鳴らしながら立ち上がった。辰房はニヤリと不敵に笑い、必殺技を繰り出そうと斬魄刀を構えた。
「芽瑠、吾輩の雄姿を収めるのだ!剣技…
辰房が剣を振り回そうと動く直前に一角は彼の懐に入り込んだ。
「何ぃっ!!?」
辰房は思いもよらぬ攻撃にたじろぎ、一角の攻撃を受けそうになった。
「貴様っ!吾輩の大技を前に攻撃するなど、卑怯だぞ!!!」
「あぁ?戦いに卑怯もクソもあるかよ。」
「ふぬぬぬ…吾輩を馬鹿にしおって…!手加減はせぬぞ!」
辰房は先程までの余裕を打ち払い、霊圧を高めた。一角は気を引き締め、再び辰房に斬りかかった。しかし、辰房の力は強く一角は吹き飛ばされた。
「乱舞せよ、崩山!」
辰房は始解し、斬魄刀は大きな羽子板のような形状になった。崩山を扇のように仰ぐと強風が巻き起こり、修練場中に吹き荒れた。もう一振りして風の斬撃を一角に浴びせる。
「うおっ!」
一角はもろに斬撃を喰らい、死覇装や肌に切れ目が入った。
「どうだ?崩山の凄さが分かっただろう?」
「へっ…そうだなぁっ!」
辰房が再び斬魄刀を仰ごうと天に振りかざした瞬間、一角は鬼灯丸を解放した。
「延びろ!鬼灯丸!」
隙のある横から攻撃を仕掛けた一角だったが、その攻撃は通らなかった。辰房は片手で鬼灯丸を掴み、持ち前の馬鹿力で鬼灯丸ごと一角を放り投げた。一角は吹き飛び、地面に叩き付けられる。崩山で起こした風で砂煙を払い、一角を見つけ出した辰房は引っ張り上げた。
「斑目三席!!」
芽瑠はカメラから顔を上げ、一角の名前を叫んだ。辰房は芽瑠に声を掛けられるほど余裕を持ち合わせていた。
「須々木!今がシャッターチャンスだぞ。」
「ぐうぅぅっ!!」
一角は辰房に首根っこから持ち上げられ、苦しそうに暴れている。所々から出血もしており、芽瑠は気が気ではなかった。
「斑目三席、思っていたほど手ごたえの無い男だな…。」
「ハッ!何言ってんだ、まだこれからだろうが…。」
「強がりは止した方がいいぞ…今の貴公はこれが限界のようだ。」
辰房から逃れようと暴れる一角だったが、彼の力は凄まじく、振りほどく事が出来なかった。
「ふんっ!」
辰房は一角に頭突きをして地面に叩き付けた。一角は立て続けに攻撃を受けてフラフラだった。
「もう勝負はつきましたね。」
七緒の言葉に一角は「まだまだ…」と這い上がった。芽瑠ですら「もうやめた方がいいです…!」と声を掛ける。しかし、一角は諦めなかった。
「須々木、取れ高は十分あるのだろう?吾輩に動けない者を痛めつける趣味はないのだ…。」
「斑目三席、お疲れさまでした…カッコよかったですよ…!」
「まだだっつってんだよ…。」
「やれやれ…戦士であるからには完全に敗北を認めるまで戦うしかない…仕方のない。吾輩が力の差を見せつけてやろうじゃないか。」
辰房は再び崩山を振り強風を起こした。砂埃が舞い上がり、目を開けていられない一角の隙を突いて瞬歩で近づく。一角を蹴り上げ、崩山の扇のような刀身で彼の体を地面に叩きつけた。
「がはっ…!」
ざわめく隊士。これ以上の戦闘は危険だと判断した芽瑠は周りに目を向けた。誰もが決着はついただろうと頷いている。
「これにて終了!円乗寺三席の勝利…!」
試合を見ていた隊員からは拍手と歓声が巻き起こった。辰房は鼻高々と佇み、カメラにその雄姿を収めてもらっていた。芽瑠は辰房に目もくれず、倒れている一角に駆け寄った。既に弓親によって支えられており、怪我の手当てに向かう所だった。
「班目三席、大丈夫ですか!?」
涙目で一角の顔を覗き込む芽瑠に弓親は「大丈夫」と声を掛けた。
「一角の事は僕に任せて。芽瑠ちゃんは進行があるだろう?」
「いいえ、私も行きます…!少しですが、回道が使えるんです!」
芽瑠の真剣な眼差しに弓親は「本当に一角に惚れ込んでいるんだな」と思った。
「分かったよ。手当て、手伝ってくれる?」
「はい…!」
「執務室に救急箱があるから行こう。」
三人は隊舎の執務室へ向かった。後ろ姿を見ながら、剣八は呟いた。
「なんだ…一角の野郎、あっけなくやられちまったじゃねぇか。」
「ねぼけてたんじゃな〜い?」
「いつもの半分も力を出せてなかった所を見ると、やちるの言う通りだな。」
京楽はやれやれ、と息を吐いた。
「主催者はどっか行っちゃったし、こっちは勝手に始めるとしますか。」
剣八は京楽と視線を合わせ、ニマリと笑った。ようやくこの時が来たか…剣八は目が輝いている。
「さぁ、始めようかい。」
二人は向かい合い、火蓋が切られようとしていた。斬魄刀を構えた剣八は、手に何も持たない京楽を見て尋ねた。
「おい、斬魄刀はどうした?」
「あぁ…隊舎に置いてきたよ。」
「はあっ!?どういう事だ。」
「だってさ、物騒じゃない?幾ら見世物だとしても、隊長同士が斬魄刀持って戦ってたら山爺に怒られちゃうでしょ。だから置いてきたの。」
「ふざけてんのか。一騎打ちだって言ったから来たんだろうが。戦わねえのか?」
「戦わないとは言ってないさ。更木隊長はいつも通り斬魄刀を持って戦えばいい。僕は素手で戦う。それでいいだろう?」
京楽隊長の提案に、周りはざわついた。いくら京楽隊長が強いとはいえ、相手は平隊士ではなく更木剣八。怪我だけでは済まないと、特に八番隊の隊員は自身の隊長の身を心配した。
「隊長…!流石にそれでは分が悪すぎます…!」
「心配してくれるの?七緒ちゃん。」
「違います…!これでは公正な決着が着けられないじゃないですか。」
「公正さ。更木隊長は鬼道が使えない。僕は鬼道を使う。でも、斬魄刀は使わない…どうだい?これで十分公平になってると思うんだけど。いいよね?更木隊長。」
「ふんっ、俺は戦えりゃあなんだっていい。始めるぞ。」
「オーケィ、じゃあ始めよう!七緒ちゃん、合図よろしく。」
「全く…須々木さんには後で説教が必要ですね。」
修練場の盛り上がりはピークだった。いよいよ隊長同士の一騎打ちが始まる。
「お待たせしました!それでは十一番隊 更木剣八と八番隊 京楽春水の一騎打ちを始めます。観客の皆さんはくれぐれも戦いに巻き込まれないよう、十分気を付けてください!それでは、始め!!!」
*
十一番隊執務室———...
怪我をした一角に手当てをするのは芽瑠。弓親は彼女の献身的な治療を見て「心底一角が好きなんだな」と思った。一角は意識があり、介助は必要なかった。怪我の程度も軽いので後には響かなそうだ。しかし一角の機嫌はかなり悪く、苦虫を噛み潰したような険しい表情をしている。
「なぁ…お前は何で十一番隊に取材に来た?」
一角の言葉には怒気が含まれており、それは明確に芽瑠に向けられていた。
「十一番隊の魅力を瀞霊廷中に広める為です。ただの荒くれ者の集まりと言う誤解を解く為に、私は全力で取材させて頂いています。」
「はっ…こんな姿を写しても笑い者にされるだけだろうさ。」
一方的に負けたと言われても仕方のない戦いだった。これで十一番隊の魅力など伝わる筈も無い。しかし、芽瑠は一角を励ますように言った。
「いいえ…!斑目三席はとてもカッコ良かったです!私の目に狂いはありません!」
芽瑠の言葉が一角の着火点に火を点けた。声を荒げて芽瑠に食って掛かる。
「あぁん!?俺のどこを見てそう言ってんだ?普段のだらけた俺の姿を見て、裏では笑ってるんだろうが?」
「笑ってなどいません!斑目三席にも事情があると思います…悩みがあるのでしたら一度、お話し頂けないですか?私で良ければお聞き致します…私は、斑目三席のお力になりたいです!」
芽瑠も負けじと声を張り上げ、一角を見つめる。声は僅かに震えていた。
しかし一角は疑い深く芽瑠を一瞥した。
「雑誌のネタには持って来いだよな。腹黒い女だぜ…甘い言葉で絞れるだけネタを出そうっての、流石編集者だな。」
「斑目三席…。」
芽瑠は肩を震わせて言葉を飲み込んだ。気が立っているとは言え、一角は感情的になりすぎている。震える芽瑠を見て「マズい」と思った弓親は割って入ろうと試みた。しかし芽瑠は無言で、撮影機材が入った鞄から複数枚の写真を机に叩き付けた。
「なっ……っ!!?」
写真には一角が夜の街で女性と歩く姿が写し出されていた。一角の腕に寄り掛かるようにしている女の姿が生々しい。休憩所に入って行く所もバッチリ収められていた。
「これは…っ。」
これには弓親も驚きが隠せなかった。一角の尾行を誘導したとはいえ、これ程ハッキリした証拠を握って来るとは思っていなかったからだ。羞恥と怒りに燃えた一角の眼は芽瑠に向けた。
「てめぇ…どういう了見だコラァっ!!?こんな事しやがって、ただで済むと思ってんのか!!」
「それはこっちの台詞ですよ斑目三席!!!」
芽瑠は声を張り上げ、一角を見つめた。あまりの威勢に、一角は押し黙ってしまった。芽瑠は静かに怒りを燃やしているようで、霊圧が高まっているのが分かる。
「斑目三席が夜遊びしているのは綾瀬川五席から聞いて知っておりました。成人の男性であれば、夜遊びする事自体は何も問題はありません。
問題なのは、仕事に支障が出る程のめり込んでいる事です!泥酔する程酒を呑み続け、明け方まで帰舎しないなんて遊びにも程があります!席官として恥ずかしくないんですか!?非番前夜ならまだしも、勤務がある平日ですら飲み歩いているなど、普通ではありません!」
芽瑠は今まで我慢していた言葉を一角にぶつけた。彼の為を想う、芽瑠の真っすぐな気持ちを届けたかった。
「斑目三席は覚えていないかもしれませんが、私が修院生時代の頃です。私は現世での魂葬実習時に虚に襲われました。その時、私の命を救ってくださったのは斑目三席、貴方です!」
芽瑠は拳を握り、涙を浮かべた。
「斑目三席は巨大な虚を前に、臆することなく飛び掛かりました。あっという間に虚を倒し、その姿が勇敢でとてもカッコ良かったのを覚えています。私の中の斑目三席は、強くてカッコイイ斑目三席です!!!あの頃の斑目三席に戻ってください!これ以上、今の貴方を見ていられません!」
芽瑠は全てを吐き出すと、泣きながら執務室から飛び出した。残された二人は言葉を発する事もなく、黙り込む。一角は机上の写真を見つめ、思いに耽った。
(俺は何やってんだろーな…
今までの一角だったら、円乗寺ぐらい敵ではなかった。頭で敵の動きが理解出来ていたものの、体がついて行かなかった。それはここ数か月の不摂生のせいだという事は、言わずもがなである。恋次が異動してからと言うもの、急に全てがどうでも良くなった。目指している筈の更木隊長は俺が見ている限り、気の赴くままに暮らしている。好きな時に起きて戦って、昼寝して、酒を呑んでいた。他の隊員のように真面目に鍛錬をするワケでもないのに、あの人は恐ろしく強かった。誰もが恐れる更木剣八。一角が隊長の真似事をした所で、強くなる訳ではない。先程の戦闘で嫌と言う程思い知らされた。隊長が特別な存在なのであって、一角や他の大勢の隊員は努力する他に強くなる術はないのだ。
『私の中の斑目三席は強くて、カッコイイ斑目三席です!!!』
こんなに一角を応援してくれている後輩がいるってのに、いつまでもぐずついているワケにはいかない。
「ちっ…他隊の隊員に目を覚ましてもらうたぁ、示しがつかねぇな。」
一角の呟きに、弓親は口元を緩めた。芽瑠の言葉が一角の耳に届いたようだ。
(良かった…。)
一角は先程より生気のある顔色をしている。弓親は安堵した。一時はどうなる事かと思ったが、彼女の言葉が一角に響いたようだ。芽瑠は泣きながら部屋を飛び出してしまった。彼女の霊圧を探ると、もうだいぶ遠くまで行ってしまっている。
「一角、芽瑠ちゃんはどうするの?」
「あぁ…後で必ず礼を言いに行く。取り敢えず着替えてくるわ。」
応急処置はしたものの、一角は全身砂埃だらけで着替えもしていなかった。礼を言いに行くのは、汚れた物を全て洗い流してからにしたい。
「分かった。僕は隊長の戦い観に行くから。のんびりしてると、終わっちゃうよ。」
「わーってる。それより、隊長…しそうにやってんな。」
「そうだね、ビンビン伝わってくる。」
*
十一番隊の修練場はかなり盛り上がっていた。どちらも一歩も引かぬ接戦。剣八は眼帯を取り、莫大な霊圧を解放した。それには観戦していた隊員が複数名卒倒して対応に追われる程だ。
「更木隊長、そんな興奮しちゃあ周りに被害が出ちゃうでしょ?と言うか、もう出てるか…。」
「知った事か!そんな事より戦いを愉しませろ!」
「ったく…話に聞いていた通りの餓鬼だねぇ。」
京楽は詠唱破棄で剣八に縛道を施すものの、彼の圧倒的な霊圧によりそれは無に等しい。剣八の斬撃を瞬歩で躱すも、反応の速い剣八の動きに予断は許さない。近距離戦になり、素手で剣八の腕を取るも頭突きを食らいそうになった京楽は即座に瞬歩で逃れた。
「ふ~~危ない危ない。痛い思いはしたくないからね。」
剣八はその間にも京楽に迫って斬魄刀を振るう。底なしの体力と霊圧に、流石の京楽も息が上がってくる。
「これ、いつまで続くんだろうねぇ…。」
*
「はっ…はっ…。」
十一番隊を飛び出してがむしゃらに走った芽瑠。気付けば八番隊の隊舎まで戻ってきていた。芽瑠は泣きながら走ったので、顔は誰にも見せられない程ぐしゃぐしゃだった。
(絶対、斑目三席に嫌われた…!)
一角には酷い事を言ってしまった。無我夢中だったばかりに自分が何を言ったのか、正直覚えていない。しかし芽瑠の中に残ったのは後悔の念だった。あれ程怒った一角の顔を初めて見た。芽瑠は思い出して身を震わせた。怖くて、一角と顔を合わせる事も出来ない。尾行して隠し撮りした事も今、冷静に考えれば許される行為ではない。ここまでしておいて、許されるとは到底思えなかった。
(どうしよう…なんて謝ろう。もう二度と口も聞いて貰えないかもしれない…それは嫌!どうしよう、どうしよう…。)
大好きな一角に嫌われるなんて、芽瑠にとっては死ぬ事と同等だ。
芽瑠は自己嫌悪に苛まれていた。
ピリリリリリ...
その時、芽瑠の持っていた伝令神機が鳴った。慌てて応答すると、それは上司の伊勢七緒からだった。
「須々木さん、今何処にいるのですか!?」
「は…八番隊隊舎です…。」
「主催者が帰るとはどういう了見ですか!?」
「すみません!!!自分でも何で此処にいるか分からないんです!」
「はぁっ!?まぁ、いいでしょう…丁度良かったです。須々木さん、八番隊に貯蔵してあるお酒を出来るだけ沢山持ってこれますか?」
「え…どういう事ですか?」
「今、隊長と更木隊長が酒の飲み比べ対決をしているんです。十一番隊の酒が底を尽きる前に持ってきて下さいね!」
「は、はい…!」
いつの間にそんな展開になっていたとは…芽瑠は目が覚める思いで自身が大会の主催者だった事を思い出した。いつまでも泣いているワケにはいかない。七緒との通話を終えると芽瑠は涙を拭き取り、急いで隊舎に入った。
*
戦況は五分五分。ちっとも決着が着かず平行線だった。それでも剣八は目をギラギラと輝かせ、京楽に立ち向かってくる。
(撮れ高も十分だろうし、そろそろ終わりにしたいんだけどなぁ…。)
京楽がカメラマンに視線を向けると、仕事を終えたと言わんばかりに他の隊員と雑談に花を咲かせていた。
「やれやれ…七緒ちゃーん、そろそろ終わりにしてもいいんじゃない?」
「まだ決着は着いていませんよ。」
「えーそうは言うけど、どうなったら決着になるのさ…。」
「それは…うーん、確かに…。」
言葉に詰まる七緒の言葉に覆いかぶせるように剣八が割って入った。
「そんなの戦えなくなったらに決まってんだろうが。よそ見ばかりしてねぇで、さっさと掛かって来い!」
「う~ん…僕はもう十分満足したんだけど…観客もなんか飽きてるし…。」
京楽はどうにかいい方法で決着が着けられないか思案した。観客に目を向けると雑談する隊員の中に酒を呑んでいる者すらいる。
「あ、良い事を思いついた!更木隊長、このまま戦ってても決着が着きそうにないし、酒の飲み比べ対決なんてどうだい?」
「はぁ?どういう事だ。」
「更木隊長も酒は嗜むだろう?僕も酒に関しては酔い潰れない自信がある。どうだい?ここは趣向を変えて勝負するというのは。それとも…呑み比べ対決は勝つ自信がないとか?」
勝負と聞いたら真っ先に食らいつく男が、売られた喧嘩を買わないワケがない。案の定、剣八はすぐに京楽の案に乗った。
「おい、お前ら隊舎にある酒を全部持って来い!!!」
『承知しましたー!!!』
十一番隊の隊員達はあっという間に対決に相応しい会場を用意した。京楽と剣八はござの上に置いた座布団に腰を下ろし、大きな盃に注がれた酒を勢いよく呑み干した。
「剣ちゃん、しゅんしゅん、がんばれー!」
「隊長ー!いい飲みっぷりでございます!」
双方の隊員が声援を送る中、会場に戻ってきた弓親は七緒に声を掛けた。
「いつの間にか、宴になってますね…。」
「京楽隊長の案により、この方法で決着を着ける事になりました。ところで綾瀬川五席、ウチの須々木を見かけませんでしたか?」
「あー…用事があるとかで何処かに行ってしまって…。」
泣いて何処かへ行ってしまったとは言えず、弓親は適当に誤魔化した。七緒は大きなため息を吐き、伝令神機を取り出した。芽瑠を呼び出すようだ。そこへ十一番隊の隊員が弓親に近付いてきた。
「綾瀬川五席!!!早くも十一番隊の酒が底をつきそうです。」
「二人共どんなペースで呑んでるのさ…急いで買い足しに行かないと。」
「それには及びません。」
七緒は伝令神機に向かって話し掛けた。
「須々木さん、八番隊に貯蔵してあるお酒を出来るだけ沢山持ってこれますか?」
やはり彼女を呼び出したようだ。七緒の話し方から、心配する程芽瑠は落ち込んではいないようで弓親は安堵した。通話を終えた七緒は「今から八番隊の酒を持って来るよう手配しましたからご安心を」と言った。
それ程経たずして、芽瑠が率いる八番隊の隊員達が酒の樽を乗せた台車を引いてやってきた。現れた芽瑠を見た七緒は犬一番に彼女に説教を始めた。
「
「ごめんなさい、ごめんなさーい!」
七緒から解放された芽瑠は、大きく息を吐きながら肩を落とした。弓親は「芽瑠ちゃん、大丈夫かい?」と声を掛けた。
「あ…綾瀬川五席…先ほどは申し訳ありませんでした。」
「いやいや、何で謝るのさ。芽瑠ちゃんには僕からもお礼を言わないといけないね…本当にありがとう。」
弓親は芽瑠に深々と頭を下げた。
「綾瀬川五席、顔を上げてください!!」
周囲から「何があったんだ?」と視線を向けられ、芽瑠は慌てふためく。
「あの…斑目三席は…。」
「あぁ、一角ね。その内戻ってくるよ。」
「私、斑目三席に酷い事を言ってしまいました…もう、顔を合わせることも出来ません…!!」
「そんな事ないよ。あれぐらい強く言わなかったら、一角には響かなかっただろうし…まぁ、後で一角と二人で話すといいよ。」
「そ、それは…。」
芽瑠としては今日に今日、一角と面と向かって話せる心の余裕など無かった。今日一日で色々な事が起きすぎている。そしてまだ芽瑠には仕事が残っていた。
「須々木さん、決着が着きそうです!司会をお願いします!」
「は、はい…!」
剣八と京楽は浴びるように酒を呑み続け既に泥酔状態だったが、決して酔い潰れる事はなく相手の姿を見据えていた。
「更木隊長…そろそろ限界なんじゃないの…?」
「あぁん?てめぇこそ…フラフラじゃねぇか。」
芽瑠の目に映ったのは空になった大量の酒樽と、酔っぱらった二人の隊長の姿だった。頭頂部まで真っ赤になった二人の隊長は焦点が合っておらず、立って歩く事すら難しいだろう。
「隊長…!」
「んあぁ?芽瑠ちゃんじゃないか…どうだい?僕の雄姿、写真に収めたかい?」
「はい…勿論です!ご協力、感謝致します…!」
芽瑠は零れそうになった京楽の盃を支えた。
「おい…司会者が手を貸すたぁ、違反じゃねぇのか?」
剣八は芽瑠を指差し、盃の酒を煽った。
「隊長、こっちは僕が付きます。さ、続けましょう。」
剣八の傍に寄り添ったのは弓親だった。弓親は芽瑠にウインクして、微笑んだ。芽瑠は弓親の計らいに感謝して、二人の対決を見守った。程なくして二人の隊長は同時に夢の中へ旅立ったので、結果引き分けになった。幸せそうに眠る京楽隊長の表情を見つめるのは七緒だった。
「全く、この様子だと明日の業務はまともに取り組めそうにありませんね…。」
「申し訳ありません…代わりに…とはいきませんが、私がお手伝い出来ることがあればお申し付けください!」
芽瑠は七緒に向かって言った。七緒はふっ…と息を零し「勿論ですよ」と言った。隊員達の片づけにより撤収作業が完了した。その頃には日はすっかり傾き、芽瑠は編集部へ戻ろうと機材を持ち上げた。
「須々木…。」
「ま…斑目三席っ!?」
「須々木さん、僕たち先に戻ってます。」
同じ編集部の仲間は話が長くなると悟り、足早に編集部へ戻った。その場に残ったのは一角と芽瑠二人きりだった。
「あ、ああああの…先ほどは申し訳ございませんでした!!!」
芽瑠は深く頭を下げ、まとも一角と目を合わせることが出来ずに自身の足元を見つめた。
「いや、いい。お前には礼を言わなきゃならねぇからな…取り敢えず顔上げろよ。」
芽瑠は一角に言われ、恐る恐る顔を上げた。自身が憧れた大好きな彼が真っすぐ自分を見つめていた。
(ち…近い…!)
芽瑠はいつになく真剣な眼差しで自身を見つめる一角を見つめ、ドキリと心拍が跳ね上がった。
「ガツンと言ってくれたお陰で、目を覚ましたぜ…ありがとな。」
「いえ…私はただ斑目三席が元気でいてくれさえすればそれで、良いんです。出過ぎた真似をして、申し訳ありませんでした。」
「ハハっ…優しいだけのお嬢ちゃんかと思ってたが、意外と大胆なんだな。そういや…頼みがあるんだが…。」
「何でしょうか?」
「あの写真のネガ…それだけは俺にくれないか?いや、タダでとは言わねぇ…金は払うから…。」
「あぁ…アレですね。」
芽瑠は撮影資材の入った鞄から、カメラを取り出した。カバーを外し、ネガを取り出すと芽瑠は一角の前でそれを破壊した。鬼道の炎で燃えるネガ…焦臭い不快な臭いが立ち込めたが、風によってそれは直ぐに払拭された。
「これで、もうネガは残っておりません。他のカメラでは撮っておりませんので、ご安心下さい。」
「すまねぇな…。」
一角は笑顔を見せた。その笑顔は清々しさすら感じる。今までの彼の表情に戻ったと感じることが出来、芽瑠は心の底から嬉しかった。
「良かったら、飯食いに行かねぇか?世話になったしよ。」
「えぇっ!?よろしいのですか?」
「あぁ。勿論、俺の驕りだぜ!」
「嬉しいです…!あ、ですがお酒の呑みすぎはいけませんよ。食事が終わったら必ず帰舎して下さいね!」
「ハハハっ!わーってるって、今日は真っすぐ帰るさ。そうしねぇと、またお前に撮られちまうからな。」
「もう、斑目三席ったら~!」
笑顔で歩く二人。一角はもう迷わないだろう。
全てが丸く収まった……と思われた。
*
「ああああああぁぁああーーー!!!」
一角との食事を終え、編集部に戻った芽瑠の叫び声が編集室中に響き渡った。
「一体何があった!?」
隣の部屋で編集作業をしていた檜佐木修兵が芽瑠の元へ飛んできた。
「これまで取材した写真のネガ…全部燃やしちゃったー!!!」
「何故そうなる!?と言うか、何で燃やした???」
修兵のツッコミに芽瑠は「色々あったんですぅ~」と言う事しか出来なかった。今日撮った一角と円乗寺の対決、そして更木隊長と京楽隊長の対決は他の編集員も撮影していたのでまだ救われた。
*
「…という訳で、もう一度取材させて下さい!」
芽瑠は再び十一番隊で深々と頭を下げた。経緯を知っている一角も更木隊長に掛け合ってくれた為、芽瑠は再び十一番隊の密着取材を始める事が出来た。
「カメラを壊しちゃうなんて、芽瑠ちゃんもおっちょこちょいだな~!」
「すみません~!」
再び芽瑠が十一番隊の取材に訪れると十一番隊の隊員は歓迎じてくれた。
「おい、お前達…まだ元気そうじゃねぇか!とっとと木刀構えろ!」
「ひえええぇ!ご勘弁くだせぇ!!!」
一角は以前と同様に早朝から木刀を持ち、鍛錬に励んでいた。元気よく木刀を振るう一角の姿を撮影し、芽瑠は満面の笑みを浮かべた。
(良かった…いつもの一角さんだ…。)
以前のように騒がしい十一番隊が戻ってきた。
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