月光に毒される
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***
「……。」
名前は机で薬草、山菜の図鑑を読み込んでいた。久枝も最新の医学書を読み込み、既存の情報を更新していた。
「久枝…この薬草、全く見分けが付かない。」
「あー…これね。掘って根っこを見ればすぐ分かるわ。」
「根っこの説明まで載ってないけど。」
「その辺りは経験がモノを言うわねぇ…。」
長年山菜や薬草を採っている久枝と、勉強を始めたばかりの名前では知識の差は明白である。
「本を読んでるだけじゃ覚わらないわ。明日、山に行くわよ。」
「日が昇る前に行くんだろう?勉強ばかりで飽きていたから良かった。」
「ふふ…名前はどちらかと言うと肉体派だもんね。」
名前は図鑑で薬草を勉強していた。医学の基礎を覚え、薬の成分について学んだ。覚える事が多く、名前は体より頭が疲弊していた。十一番隊にいた頃は体ばかり鍛えていたが、これほどの勉強は霊術院ぶり。それよりか霊術院の頃より専門的な分野が多く、頭が痛かった。
「明日は薬草と山菜採り。その後採ってきた薬草の処理を教えるわ。」
「あぁ、頼んだ。」
立ち上がった久枝は、茶菓子を持ってきた。
「一服したら、畑を見に行こうか。丁度苗を植えようと思ってたから、手伝って。」
「分かった。」
***
数ヶ月後…
(何処にいらっしゃるかしら…?)
十一番隊の隊舎を覗く一人の死神がいた。
彼女の名前は須々木芽瑠 。芽瑠はある人物を探していた。
(あ…いた!)
彼女の視線の先には斑目一角。
修院生時代…芽瑠は現世で魂葬任務中に虚に襲われた。その時引率していた一角に命を救われ、芽瑠は彼に好意を抱いていた。芽瑠はここ数ヶ月、毎週のように十一番隊を訪れていた。一角は上半身半裸になり、鍛錬を始めようとしていた。
「一角、起きたの?今何時だと思ってるのさ。」
そう言ったのは弓親だった。弓親の言う通り、現在の時間は昼休憩が終わった午後。寝坊と言うには、目に有り余る。一角はめんどくさそうに「うるせぇ」と一言言った。弓親はため息を吐いて奥へと入って行った。芽瑠は心配そうに一角を見つめた。
数ヶ月前は朝早い時間から起床し、真面目に鍛錬に励んでいた。射場さんや阿散井さんが異動してから、一角のやる気はなくなってしまったのではないかと思った。
(私が一角さんを応援してあげなきゃ!あの女がいない今が、お近づきになるチャンスなのだから…!)
あの女、と言うのは現在休職中の苗字名前の事だった。
一角は事あるごとに名前を気にかけており、芽瑠の入る余地はなかった。傍から見れば二人は犬猿の仲だと思われていたが、芽瑠はそうは思わなかった。少なくとも、一角さんは無意識に彼女に対して何かしらの感情を抱いている。そうでなければ、ちょっかいなど掛ける筈がない。
(一角さんは何に悩まれているのだろう…?)
芽瑠は彼が元気を無くしている理由を考えた。射場さんに続き阿散井さんが異動、そして名前が休職。親しい人が相次いで十一番隊を離れたから、寂しいのではないかと感じた。
(大丈夫、私がその寂しさを紛らわせて差し上げます!)
芽瑠は十一番隊隊舎に足を踏み入れた。
*
「という訳で、瀞霊廷通信の特集記事に『十一番隊の日常』と言うタイトルで、私が密着取材させて頂きます。」
須々木芽瑠は瀞霊廷通信の編集者。毎月、各隊の特集記事を掲載しており遂に十一番隊の番が来たという訳だ。芽瑠は十一番隊に出入りできる絶好のチャンスという事もあり、真っ先に取材を立候補した。他に取材したいと言う編集者もおらず、芽瑠は権利を獲得したのだ。
剣八、やちる、一角、弓親の四人を前に芽瑠はど緊張しながらも説明した。一角は勿論…誰もが恐れると言う、隊長の剣八に見つめられるだけで芽瑠は汗が滲み出た。
「密着ってのは、いつまで続くんだい?」
「日常が把握出来るまで…つまり、記事のネタが穫れるまでと言っておきましょうか。一か月程期間を頂いても宜しいでしょうか?」
「一ヶ月?長くねぇか。」
剣八の言葉に芽瑠は冷や汗をかきつつ、「心配には及びません!十一番隊の皆様にご迷惑をお掛けしないよう、配慮致します。皆様は普段通りの生活を送って頂ければ結構です!」と答えた。
「成程ね…。」
弓親は顎に手を当てたまま、一角をちらりと一瞥した。一角は興味なさそうに明日の方向を見ている。
「普段通りで良いんだな。」
「はい、勿論でございます。」
「わーい!めるめる、よろしくね~!」
喜ぶやちるを前に、一角は鼻で笑った。
「子守りが増えて助かるわ。」
「こ、ここ子守りだなんて…っ!」
一角の言葉に過剰反応した芽瑠は顔を真っ赤にして「まだ早すぎます…!」と一人で赤面した。
「よろしくね、芽瑠ちゃん。」
「よろしくお願いいたします!」
剣八から他の隊員へ通達が行き、芽瑠の顔を見に来た隊員が色めき立った。
「お、結構可愛い子ちゃんじゃねぇか~!俺の事、記事に書いてくれよな!」
「お前、セクハラだぞ~。芽瑠ちゃん、コイツの事は無視してくれよな!俺が隊舎を案内するから付いて来てくれ!」
「貴様こそセクハラする気満々だろうがこの下衆!」
「なんだと~!」
隊員同士、いきなり喧嘩が勃発しそうで芽瑠はそっと二人から離れた。そんな事より、一角さんは何処へ行ったのだろう?芽瑠が隊舎を歩き回っていると、弓親と鉢合った。
「芽瑠ちゃん、何を探しているの?」
弓親は芽瑠の顔を見て意味深な表情を浮かべた。「一角さんを探していました」とは言える筈もなく、芽瑠はドキリとした。
「あ…少し、迷子になってしまいまして…。」
「そっか、じゃあ僕が案内するよ。」
「はい、お手数おかけします。」
本当は一角に案内してもらいたかった気持ちを押し殺して、芽瑠は笑顔で弓親に礼を言った。
「十一番隊の取材なんて、嫌だったでしょ?」
「いえ…!私は十一番隊の取材を楽しみにしていましたから…!」
「そうなんだ…なら、良かった。」
弓親の案内で一通り十一番隊内をぐるっと周った芽瑠。隊舎内の位置を把握することが出来た。忘れないように写真を撮り、忘れずにメモを取った。
「分からない事があったら、僕に聞いて。今はほとんど僕が切り盛りしてるからね。隊長と一角は昼まで起きてこないし…。」
「あの…斑目三席はどうされたのですか?以前は朝早くから鍛錬している姿をお見かけしたのですが…。」
弓親は顔を曇らせ「僕にも分からない」と答えた。芽瑠は一角の事が更に心配になった。何か悩みがあるのだったら、自分が聞いて差し上げたい。
「最近、夜遅くまで呑みに出かけてるから、僕も気になっててね。」
「そう…なんですね…。」
「ごめん、こんな話はするつもりはなかったんだけど…記事にはしないでね。」
「はい…!」
弓親と分かれ、一人になった芽瑠は会話を思い出していた。
(夜遅くまで一角さんは何をしているのだろう?付けるなら、飲み会がある日が狙い目かな…。)
大好きな一角さんの事を知らないままでいたくはない。尾行する事に躊躇はなかった。芽瑠は編集者だからだ。今まで沢山の取材をしてきており、時には尾行してまでネタを集めに行かされる事もあった。
(この目で確かめてみせるわ…!)
*
その日の夜、十一番隊は宴が開かれていた。酔っ払った隊員が芽瑠に酒を飲むようグイグイ進めてくる。芽瑠は酔った勢いに任せて、飲み過ぎないよう慎重に酒を頂いた。
「芽瑠ちゃんは人当たりもいいし、可愛いなぁ〜!」
「だよな!苗字七席は愛想もへったくれもないからな〜。」
「おい!いないからって言いたい放題言うなよ。」
「いいじゃねぇか。言っても気にしないだろ苗字七席は!ガハハハハ!」
酔っぱらっているからか、気が大きくなっている隊員の口車に載せられて失言しないように芽瑠は気を遣った。芽瑠は隊員達に酒を注いで回りながら、一角の様子を伺っていた。今の所、変化点は伺えない。いつものように静かに酒を呑みつつ、隊員達のくだらない話に笑ったり突っ込みを入れたりしている。芽瑠は弓親から聞いた話が気に掛かっていた。
一角が夜遅くまで飲み歩いているとすれば、出かけ先で何か情報が得られるかもしれない。目を光らせていた芽瑠だったが、この日は宴が夜遅くまで続き、一角が外出する事はなかった。
*
翌日。
日が昇る前に芽瑠が十一番隊の隊舎を訪れると、弓親が出迎えた。
「芽瑠ちゃん、昨日遅かったのに早起きだね…。」
「はい、十一番隊の日常をお伝えするのに、私が遅刻していては取材になりませんから!」
「やけに張り切ってるね…そんなに気になる?一角…いや、何でもないよ。」
弓親は言いかけた言葉を濁し、取りあえず食堂でお茶でも飲んでってよと案内してくれた。食堂では隊員による朝食作りが行われていた。芽瑠は今いる隊員の顔を全て確認したが、一角の姿は見当たらない。やはり朝には起きてこないようだ。
(地道に取材していくしかなさそうね…。)
芽瑠は早朝の十一番隊の風景を写真に収め、メモを残した。
*
それから早朝の取材は止め、午後からの取材に切り替えた。弓親は遅刻したり風紀を乱す隊員には厳しく指導したが、彼より格上の剣八、やちる、一角には世話を焼く程度で深追いはしなかった。「自分より格上だから当たり前か…」と思いつつ、やはり現在の十一番隊を主導しているのは弓親だと認識した。事務作業は勿論、隊長会議等のスケジュールも管理している。五席である彼一人がこなすには、荷が重すぎるのではないかと思った。記事には弓親を十一番隊を纏める重要な存在としつつ、一角の事はどう書こうかと悩んでいた。定刻後、一角は外で呑みに行くと聞いたので芽瑠は彼の後をコッソリついて行く事にした。霊圧探知で不審に思われないよう、距離を十分に取って尾行する事にした。
「今夜は、真実に辿り着けるかしら…?」
一軒目は弓親も一緒で、他の副隊長や席官達と普通の飲み会が行われた。この飲み会には編集部の先輩である、檜佐木修兵の姿もあった。
(檜佐木先輩、呑むと気が大きくなっちゃうんだから…。)
酔っぱらって機密情報を喋り出してしまわないか、ハラハラする。芽瑠は白い目で先輩の姿を眺めていた。
一軒目の飲み会が終わり二軒目、三軒目と飲み会は続く。三軒目の飲み会が終わる頃には、日付が変わる時間帯になってお開きとなった。弓親は二軒目で既に帰舎しており、一角は一人だ。お開きになり、帰舎するのだろうかと思った芽瑠だったが、一角は隊舎とは真逆の方向へ足を向けた。
(え…こっちの方向はまさか…?)
深夜で真っ暗な瀞霊廷だったが、この時間でも開いている店はある。そこは夜の街、風俗街だった。
(嘘でしょ…此処に来るって事は、そう言う事よね…?)
真面目な彼が出入りするとは思えない場所に入って行き、芽瑠は衝撃を受けた。しかし、よく考えてみれば一角だって立派な成人男性。女に興味がない訳がない。正直、芽瑠は行為を抱く相手のそういう現場を目撃したくはなかった。一角はある店に入店した。芽瑠は早まる鼓動をどうにか抑え、霊圧を抑えて息を整えた。ゆっくりと近づいて店名を確認する。
店前には桃色の提灯と「湯屋」と書かれた赤い暖簾が掛けられ、営業中だという事が伺えた。ここで言う『湯屋』と言うのは風呂屋の事だが銭湯とは違い、女人が一人付いて客の体を洗うサービスを行う場所だ。店前まで近づくのは危険だと判断し、芽瑠は写真だけ一枚撮り、すぐさま帰路の道に着いた。
(女遊びする人だとは思わなかった…。)
ある程度離れると、芽瑠は全速力で自身の隊舎に戻った。いけないものを見てしまった気分だ。自室に戻っても、しばらく目が冴えて眠れそうにない。シャワーを浴び、布団に入って目を瞑った芽瑠は、この時ばかりは夢であってほしいと願った。
(落ち着きなさいよ私…一角さんは普通の男性って事でしょ。檜佐木先輩だってよく行くらしいし、男性にとっては普通の事…そうでしょ。)
芽瑠は己に言い聞かせ、何とか心を静めた。
(そうよ…交際している人がいるワケではないし、風俗に行くぐらい普通の事よ。…問題なのは仕事があるのに、夜遅くまで遊び歩いている事…。)
彼が仕事関係なく昼まで寝ているのは、夜遊びのせいだという事。風俗街に通う事よりも、平然と昼勤に遅刻して来る彼の態度に芽瑠はガッカリさせられた。芽瑠が惚れているのは、臆する事無く颯爽と現れ、瞬く間に虚を倒してしまった一角の姿なのだ。
「あんなの…一角さんじゃない。」
芽瑠は歯を食いしばって、もう一度この目で確かめなければと思った。
編集者は焦ってはいけない。自身の目で見た物と聞いた事から、本質を見出さなければならない。これは瀞霊廷通信の編集長である、東仙隊長の言葉だ。東仙隊長はいつも正しい事を説いていた。真実を伝えなければならない。それは編集員であるのと同時に、大好きな人を見守る私の役目…。
(見出して見せるわ…真実を。)
*
翌の午後、芽瑠は十一番隊を訪れた。例にもよって、先程起床した一角。鍛錬もそこそこに、彼の首筋には絆創膏が貼られていた。
(きっと、キスマークだ。)
昨夜には無かった傷が付いている。芽瑠は眩暈を覚えながら、一角の様子を眺めていた。一角は気だるげな表情で鍛錬に取り組んでいる。思わず口を出してしまいそうになるが、芽瑠はグッと堪えた。
*
再び飲み会が開かれると聞いた芽瑠は、用意周到にカメラや筆記用具を用意した。
(こんな事までして、馬鹿みたい…。)
芽瑠はあくまで瀞霊廷通信の編集者だ。自分でも何故こんな事をしているのか、分からない。ただ言える事は、今のままの一角ではいて欲しくないという事。これ以上、格好悪い彼の姿は見たくなかった。
いつもと同様に飲み会が続き、二件はしごしてお開きになった。一角は再び風俗街に赴いた。今回入店したのは芸姑と酒が呑める、高級料亭だった。この店は通りの目の前にある、比較的敷居の高い店。聞いた話では貴族が使う事もあるらしく、この店は怪しくないと思った芽瑠は一安心した。一刻程すると一角が一人の芸姑を連れて店から出てきた。二人は親し気に腕を組み、密着して歩いて路地の裏側に入った。芽瑠は嫌な予感を感じつつ、その様子をカメラに収めた。そして二人は休憩の出来る宿に入って行った。
(芸姑さんをお持ち帰り…ね。)
二人が宿に入って何をするかなんて、容易に想像が付く。芽瑠は気分が悪くなるのを抑え、店の裏側に回った。窓は閉め切られているが、物音が微かに聞こえてきた。壁に耳を当て、様子を伺う。この店は壁が薄いのか、生々しい音が漏れて聞こえた。
(あぁ…最悪。)
本当はこんな事はしたくない…だがこれは仕事。そう思いながら芽瑠は黙々と証拠を集めた。
*
一角が店を出たのは空が白み始めた頃だった。芽瑠は一角の姿が見えなくなると、自身も帰舎した。今回は一角が帰舎するまで張り込む予定だった為、あらかじめ非番にしておいた。明け方に芽瑠が帰舎すると、八番隊 隊舎の前には京楽隊長が待ち構えていた。
「隊長…こんな時間に起床されて、どうかされましたか?」
京楽隊長が夜明け前の薄暗い時間に起床するとは驚きだった。芽瑠は内心、隊長に怒られるのではないかとドキドキしたが、京楽は芽瑠に優しい表情を向けている。
「芽瑠ちゃん…編集部の仕事を熱心に取り組むのはいいけど、少し頑張りすぎじゃないかい?」
京楽は他の隊員から芽瑠が無理をしていると報告を受け、様子を伺いに来たのだ。
「いえ、これは私にとって重要な案件ですので…。」
「うん、仕事だからね。でも、それにしては辛そうな顔をしているからさ…心配になっちゃってね。」
「隊長……。」
本当なら、京楽隊長に全てを打ち明けて楽になってしまいたかった。京楽隊長なら、誰にも喋らず芽瑠の気持ちに寄り添って話を聞いてくれる…。しかし、取材や張り込みで得た情報は編集部以外には絶対に漏らしてはいけない決まりになっている。
「隊長、お気遣いありがとうございます。取材が終われば、この気苦労も晴れる事でしょう!それまで、どうか見守って頂けますか?」
芽瑠の口からは何も話せない…悟った京楽はニコリと笑った。
「そうかい。じゃあ、僕は少し離れて応援してるから。だけど、体調を崩さないように…分かったね?」
辛い現実ばかり突き付けられていた芽瑠だったが、上司からの温かい言葉に励まされた。
「はい…!」
*
「一角!ちゃんと仕事してくれないと困るんだけど!」
午後になって起床してきた一角に、弓親は声を張り上げた。隊長は特例だとして、一角までだらしないとなると、部下に示しが付かないではないか。
「あ~はいはい。」
一角は気だるげに返事をして、厠に向かった。
「全く…。」
糠に釘。今の一角に何を言っても無駄だと弓親は悟った。
(一角がだらしなくなったのって…。)
鉄さんが七番隊へ異動し、恋次が六番隊へ異動…更に名前ちゃんが長期休職。今思えば、一角の様子が変わったのは三人が十一番隊を離れてからだ。今まで張り合っていた仲間がいなくなり、つまらなくなったのだろうか。しかし隊長は勿論、副隊長だっているし、喧嘩する相手はいる…一体どうしてしまったと言うのか?しかし、このままでいい筈がない。最近の一角は見ていて目に余るものがある。特に明け方に帰ってきて寝ている時は最悪だ。起こそうと一角の部屋に入ると、かなり深酒したのか部屋中に酒の匂いが充満し、副隊長ですらその匂いが嫌だと言って拒否した。
(僕の手には負えないよ…。)
仕方なく弓親が一角を起こしに行こうとした時、酒とは違う鼻の曲がりそうな甘ったるい匂いが彼から漂っていた。弓親はすぐに一角が女遊びをしていると気付いた。別に、女遊びが悪い訳ではない。
一角が誰を抱こうと勝手だが、仕事に支障が出ている以上黙っている訳にはいかない。もし、今の一角を三人が見たら黙っちゃいられないだろう。恋次は説得、名前ちゃんは問答無用で張り倒し、鉄さんに至ってはボコボコになるまで殴り続けるだろう。思い浮かべるだけでその図は面白いが、生憎三人はいないし、それぞれ忙しい為呼ぶ事も出来ない。なにより、恥さらしに近い。一角の面目を立てるためにも、それは避けたかった。
(どうすれば一角を説得できる…?)
隊長である剣八に寝坊癖がある為、隊長から一角に説教をしても意味がない。弓親が頭を悩ませていると、十一番隊隊舎を覗く一人の女性隊員が目に入った。
(この子、誰…?)
女性隊員は隊舎の生垣の隙間から誰かを見ていた。観察していると、彼女の視線の先には一角が映っている事が分かった。恍惚そうな表情から彼女は、一角に好意を持っている事が直ぐに読み取れた。
「ただの追っかけか」と思っていた弓親だったが、彼女が瀞霊廷通信を持って十一番隊を訪れた事から、彼女が編集者だと言う事を知った。一角に好意がある雑誌の編集者…彼女だったら、一角の為に動いてくれるかもしれない。
『十一番隊の日常を密着取材させて下さい!』
弓親が考えているのも束の間、彼女の方から赴いてくれた。名前は須々木芽瑠。特集記事を書く為に十一番隊の取材をするそうだ。だから僕はわざと、一角の事を彼女の小耳に入れた。一角に好意がある彼女だったら、多少無理をしてでも証拠を握って来るだろう。
最後はどうなるか分からないけど、丸く話が収まればいい。どちらにしろ、ここ数年で一番最悪な十一番隊を換えられるチャンス。
(今の十一番隊を人には見せられないし、早い所解決しないとね。)
*
午後、芽瑠はやちるの遊びに付き合っていた。
「めるめるー!今日は何して遊ぶー?」
「今日は折り紙をして遊びましょう!千代紙など沢山用意して参りましたよ。」
「わーい!」
芽瑠は一角の取材を一旦やめ、他の隊員の取材を始めた。副隊長である彼女が一番打ち解けやすく、隊長への取材も彼女を介せば、簡単に始められそうだと思ったからだ。芽瑠は得意である、小さく切った折り紙で立体の鞠を作った。これにはやちるも目を輝かせて「きれいー!」と言ってくれた。
「へぇ、手先が器用なんだな。」
「ま、斑目三席…!}
芽瑠は今しがた起床してきた一角に声を掛けられ、驚いた。それと同時に心拍が上がり顔が熱くなった。
「そうだよ、めるめるすっごい上手なんだよー!」
「チビに渡すとすぐ壊しちまうぜ?」
「燃えたり破れない限りは、すぐに修復できるので大丈夫ですよ。それに、これは簡単に作ることが出来ますから。」
「そうか。チビと付き合って、遊び疲れないようにな。」
「ありがとうございます!」
酒の匂いが漂う一角の後ろ背を見送りつつ、芽瑠はやちるの取材を続けた。
*
芽瑠は続けて更木隊長を取材したいと考えていた。剣八は会議が無い日は基本、何時に起床して来るか分からない。よくよく考えたら、隊の長がこれでよく隊員達の秩序が崩れないものだ。他の隊と比べたら素行の悪い隊員は多いが、かと言って滅茶苦茶な事をしている隊員がいるかと言えばそれはない。芽瑠が取材していて目立つ行動をしている者は、剣八と一角二人だけだった。丁度隊員達が集まって雑談をしていたので、芽瑠は話の輪に入れてもらう事にした。
「お、芽瑠ちゃんじゃねぇか~ネタは集まったか?」
「いえ、それがまだ更木隊長に取材が出来てなくて…。」
「あぁ、隊長な~!俺たちも隊長がいつ起きて来るか分からないもんな~。起きたと思ったらすぐ会議に出かけちまって、戻って来るか分からないしな~!」
「がははははは!」
隊員達は大口を開けて笑っている。
芽瑠は「それでいいのかしら…」と心配に思った。
「芽瑠ちゃん、それでいいのかよって思っただろ?」
「あ…ちょっとだけ、思いました。」
「ははは、誰もがそう思うだろうさ!だがな、あんな隊長でも隊長は護廷十三隊最強の男だから、俺たちは隊長について行くんだぜ!」
護廷十三隊で更木剣八の名を知らない者はいない。前隊長と決闘し、勝利して隊長になった剣八の話は瀞霊廷全土に知れ渡った。更に護廷十三隊では定期的に腕試しや力比べなど、運動会のような催しが開かれるのだが、その中で特に目立っているのが更木隊長だ。それもあって更木隊長は護廷十三隊でも最も恐れられている。すれ違った隊員殆どが恐怖を覚える。それが更木剣八。彼の圧倒的な存在力が十一番隊隊員を魅了しているのだろうか?
「更木隊長の写真が撮りたいのですが、鍛錬に参加する事はありますか…?更木隊長のカッコイイカットがあると、記事も映えますから…。」
「あ~隊長の気分次第だなぁ…なんせ、俺たちとは違って、鍛錬とか努力とは縁のない人だからなぁ…。」
「だが、売られた喧嘩は絶対買う人だ。隊長は喧嘩好きだから、隊長と戦ってくれる相手がいれば喜ぶだろうさ。」
「更木隊長と喧嘩できる相手…。」
*
「…という訳で隊長、よろしくお願いします!」
「えぇ~!いくら芽瑠ちゃんの頼みだとはいえ、更木隊長と手合わせって…ねぇ…。」
芽瑠は八番隊に戻り、京楽隊長に取材の協力をお願いしていた。更木隊長の映える写真を撮る為とは言え、京楽隊長に手を借りるのは申し訳なかったが他に頼める相手が見つからなかったのだ。
「須々木!いくら編集部の仕事とはいえ、少し傲慢だとは思わないのか!」
そう言ったのは八番隊 第三席の円乗寺辰房だった。あの更木隊長を相手にするのは並大抵の事ではない。京楽隊長も良い顔はしていない。
「それに、今の所僕には何も旨味も無いし…。」
痛い所を突かれた芽瑠だったが、切り札は持っていた。
「更木隊長を撮る、と言いましたが同時に京楽隊長も写真に収める事が出来ます。更に京楽隊長と更木隊長の手合わせなら、他の隊員方も気になり、見学に参ると思います。そこで京楽隊長のカッコよさをアピールするチャンスですよ!」
「なるほど、僕のファンを増やせるってワケね…。」
「京楽隊長だけではありません。円乗寺三席にもご協力をお願いしたいです!」
「吾輩もか!?」
「はい!普段京楽隊長の陰に隠れてしまいがちですが、今回は隊長戦の前の前座として大事な役割をお願いしたいです!円乗寺三席にしかお願い出来ないんです!勿論、写真も撮らせて頂きますよ!」
「ううむ…可愛い後輩の頼みとなれば、吾輩も答えないわけにはいかない…よお~し分かった!受けてたとうではないか!」
「やったー!」
芽瑠はよし、とガッツポーズで喜んだ。
「須々木さん、何故そこまで必死になっているかは知りませんが、隊長にご足労をかけないで頂けますか?」
そう言ったのは、副隊長の伊勢七緒だった。芽瑠はすかさず、七緒に返答した。
「以後、気を付けまーす!ですが、伊勢副隊長も気になりますよね…京楽隊長と更木隊長の手合わせ。京楽隊長のカッコイイ姿が見られると思いますので、是非足を運んでくださいね!」
七緒は咳ばらいをして「仕事のキリがついて時間があればお邪魔させて頂きます」と答えた。素っ気なく言っているようだが、七緒は頬を朱に染めているので必ず来るだろうと芽瑠は思った。
「七緒ちゃん!僕のカッコイイ姿、見に来てくれるよね?」
「それより隊長、提出期限間近の書類がありましたよね?アレはどうなったんですか?」
「あー…えっとどこ行ったかなぁ?」
「それを提出するまで、外出は許しませんよ!」
「えー!!!」
「当然です!」
「やや、これは一大事!円乗寺もお手伝いいたしますぞ。」
「須々木さんも、隊長にお願いをしているのなら…書類探し、手伝って頂けますよね…?」
「はいぃ…勿論です!」
七緒の霊圧に当てられ、芽瑠は冷や汗をかきながら答えた。なんにせよ、隊長のお力を借りる事が出来て心強いと思った。
.
「……。」
名前は机で薬草、山菜の図鑑を読み込んでいた。久枝も最新の医学書を読み込み、既存の情報を更新していた。
「久枝…この薬草、全く見分けが付かない。」
「あー…これね。掘って根っこを見ればすぐ分かるわ。」
「根っこの説明まで載ってないけど。」
「その辺りは経験がモノを言うわねぇ…。」
長年山菜や薬草を採っている久枝と、勉強を始めたばかりの名前では知識の差は明白である。
「本を読んでるだけじゃ覚わらないわ。明日、山に行くわよ。」
「日が昇る前に行くんだろう?勉強ばかりで飽きていたから良かった。」
「ふふ…名前はどちらかと言うと肉体派だもんね。」
名前は図鑑で薬草を勉強していた。医学の基礎を覚え、薬の成分について学んだ。覚える事が多く、名前は体より頭が疲弊していた。十一番隊にいた頃は体ばかり鍛えていたが、これほどの勉強は霊術院ぶり。それよりか霊術院の頃より専門的な分野が多く、頭が痛かった。
「明日は薬草と山菜採り。その後採ってきた薬草の処理を教えるわ。」
「あぁ、頼んだ。」
立ち上がった久枝は、茶菓子を持ってきた。
「一服したら、畑を見に行こうか。丁度苗を植えようと思ってたから、手伝って。」
「分かった。」
***
数ヶ月後…
(何処にいらっしゃるかしら…?)
十一番隊の隊舎を覗く一人の死神がいた。
彼女の名前は
(あ…いた!)
彼女の視線の先には斑目一角。
修院生時代…芽瑠は現世で魂葬任務中に虚に襲われた。その時引率していた一角に命を救われ、芽瑠は彼に好意を抱いていた。芽瑠はここ数ヶ月、毎週のように十一番隊を訪れていた。一角は上半身半裸になり、鍛錬を始めようとしていた。
「一角、起きたの?今何時だと思ってるのさ。」
そう言ったのは弓親だった。弓親の言う通り、現在の時間は昼休憩が終わった午後。寝坊と言うには、目に有り余る。一角はめんどくさそうに「うるせぇ」と一言言った。弓親はため息を吐いて奥へと入って行った。芽瑠は心配そうに一角を見つめた。
数ヶ月前は朝早い時間から起床し、真面目に鍛錬に励んでいた。射場さんや阿散井さんが異動してから、一角のやる気はなくなってしまったのではないかと思った。
(私が一角さんを応援してあげなきゃ!あの女がいない今が、お近づきになるチャンスなのだから…!)
あの女、と言うのは現在休職中の苗字名前の事だった。
一角は事あるごとに名前を気にかけており、芽瑠の入る余地はなかった。傍から見れば二人は犬猿の仲だと思われていたが、芽瑠はそうは思わなかった。少なくとも、一角さんは無意識に彼女に対して何かしらの感情を抱いている。そうでなければ、ちょっかいなど掛ける筈がない。
(一角さんは何に悩まれているのだろう…?)
芽瑠は彼が元気を無くしている理由を考えた。射場さんに続き阿散井さんが異動、そして名前が休職。親しい人が相次いで十一番隊を離れたから、寂しいのではないかと感じた。
(大丈夫、私がその寂しさを紛らわせて差し上げます!)
芽瑠は十一番隊隊舎に足を踏み入れた。
*
「という訳で、瀞霊廷通信の特集記事に『十一番隊の日常』と言うタイトルで、私が密着取材させて頂きます。」
須々木芽瑠は瀞霊廷通信の編集者。毎月、各隊の特集記事を掲載しており遂に十一番隊の番が来たという訳だ。芽瑠は十一番隊に出入りできる絶好のチャンスという事もあり、真っ先に取材を立候補した。他に取材したいと言う編集者もおらず、芽瑠は権利を獲得したのだ。
剣八、やちる、一角、弓親の四人を前に芽瑠はど緊張しながらも説明した。一角は勿論…誰もが恐れると言う、隊長の剣八に見つめられるだけで芽瑠は汗が滲み出た。
「密着ってのは、いつまで続くんだい?」
「日常が把握出来るまで…つまり、記事のネタが穫れるまでと言っておきましょうか。一か月程期間を頂いても宜しいでしょうか?」
「一ヶ月?長くねぇか。」
剣八の言葉に芽瑠は冷や汗をかきつつ、「心配には及びません!十一番隊の皆様にご迷惑をお掛けしないよう、配慮致します。皆様は普段通りの生活を送って頂ければ結構です!」と答えた。
「成程ね…。」
弓親は顎に手を当てたまま、一角をちらりと一瞥した。一角は興味なさそうに明日の方向を見ている。
「普段通りで良いんだな。」
「はい、勿論でございます。」
「わーい!めるめる、よろしくね~!」
喜ぶやちるを前に、一角は鼻で笑った。
「子守りが増えて助かるわ。」
「こ、ここ子守りだなんて…っ!」
一角の言葉に過剰反応した芽瑠は顔を真っ赤にして「まだ早すぎます…!」と一人で赤面した。
「よろしくね、芽瑠ちゃん。」
「よろしくお願いいたします!」
剣八から他の隊員へ通達が行き、芽瑠の顔を見に来た隊員が色めき立った。
「お、結構可愛い子ちゃんじゃねぇか~!俺の事、記事に書いてくれよな!」
「お前、セクハラだぞ~。芽瑠ちゃん、コイツの事は無視してくれよな!俺が隊舎を案内するから付いて来てくれ!」
「貴様こそセクハラする気満々だろうがこの下衆!」
「なんだと~!」
隊員同士、いきなり喧嘩が勃発しそうで芽瑠はそっと二人から離れた。そんな事より、一角さんは何処へ行ったのだろう?芽瑠が隊舎を歩き回っていると、弓親と鉢合った。
「芽瑠ちゃん、何を探しているの?」
弓親は芽瑠の顔を見て意味深な表情を浮かべた。「一角さんを探していました」とは言える筈もなく、芽瑠はドキリとした。
「あ…少し、迷子になってしまいまして…。」
「そっか、じゃあ僕が案内するよ。」
「はい、お手数おかけします。」
本当は一角に案内してもらいたかった気持ちを押し殺して、芽瑠は笑顔で弓親に礼を言った。
「十一番隊の取材なんて、嫌だったでしょ?」
「いえ…!私は十一番隊の取材を楽しみにしていましたから…!」
「そうなんだ…なら、良かった。」
弓親の案内で一通り十一番隊内をぐるっと周った芽瑠。隊舎内の位置を把握することが出来た。忘れないように写真を撮り、忘れずにメモを取った。
「分からない事があったら、僕に聞いて。今はほとんど僕が切り盛りしてるからね。隊長と一角は昼まで起きてこないし…。」
「あの…斑目三席はどうされたのですか?以前は朝早くから鍛錬している姿をお見かけしたのですが…。」
弓親は顔を曇らせ「僕にも分からない」と答えた。芽瑠は一角の事が更に心配になった。何か悩みがあるのだったら、自分が聞いて差し上げたい。
「最近、夜遅くまで呑みに出かけてるから、僕も気になっててね。」
「そう…なんですね…。」
「ごめん、こんな話はするつもりはなかったんだけど…記事にはしないでね。」
「はい…!」
弓親と分かれ、一人になった芽瑠は会話を思い出していた。
(夜遅くまで一角さんは何をしているのだろう?付けるなら、飲み会がある日が狙い目かな…。)
大好きな一角さんの事を知らないままでいたくはない。尾行する事に躊躇はなかった。芽瑠は編集者だからだ。今まで沢山の取材をしてきており、時には尾行してまでネタを集めに行かされる事もあった。
(この目で確かめてみせるわ…!)
*
その日の夜、十一番隊は宴が開かれていた。酔っ払った隊員が芽瑠に酒を飲むようグイグイ進めてくる。芽瑠は酔った勢いに任せて、飲み過ぎないよう慎重に酒を頂いた。
「芽瑠ちゃんは人当たりもいいし、可愛いなぁ〜!」
「だよな!苗字七席は愛想もへったくれもないからな〜。」
「おい!いないからって言いたい放題言うなよ。」
「いいじゃねぇか。言っても気にしないだろ苗字七席は!ガハハハハ!」
酔っぱらっているからか、気が大きくなっている隊員の口車に載せられて失言しないように芽瑠は気を遣った。芽瑠は隊員達に酒を注いで回りながら、一角の様子を伺っていた。今の所、変化点は伺えない。いつものように静かに酒を呑みつつ、隊員達のくだらない話に笑ったり突っ込みを入れたりしている。芽瑠は弓親から聞いた話が気に掛かっていた。
一角が夜遅くまで飲み歩いているとすれば、出かけ先で何か情報が得られるかもしれない。目を光らせていた芽瑠だったが、この日は宴が夜遅くまで続き、一角が外出する事はなかった。
*
翌日。
日が昇る前に芽瑠が十一番隊の隊舎を訪れると、弓親が出迎えた。
「芽瑠ちゃん、昨日遅かったのに早起きだね…。」
「はい、十一番隊の日常をお伝えするのに、私が遅刻していては取材になりませんから!」
「やけに張り切ってるね…そんなに気になる?一角…いや、何でもないよ。」
弓親は言いかけた言葉を濁し、取りあえず食堂でお茶でも飲んでってよと案内してくれた。食堂では隊員による朝食作りが行われていた。芽瑠は今いる隊員の顔を全て確認したが、一角の姿は見当たらない。やはり朝には起きてこないようだ。
(地道に取材していくしかなさそうね…。)
芽瑠は早朝の十一番隊の風景を写真に収め、メモを残した。
*
それから早朝の取材は止め、午後からの取材に切り替えた。弓親は遅刻したり風紀を乱す隊員には厳しく指導したが、彼より格上の剣八、やちる、一角には世話を焼く程度で深追いはしなかった。「自分より格上だから当たり前か…」と思いつつ、やはり現在の十一番隊を主導しているのは弓親だと認識した。事務作業は勿論、隊長会議等のスケジュールも管理している。五席である彼一人がこなすには、荷が重すぎるのではないかと思った。記事には弓親を十一番隊を纏める重要な存在としつつ、一角の事はどう書こうかと悩んでいた。定刻後、一角は外で呑みに行くと聞いたので芽瑠は彼の後をコッソリついて行く事にした。霊圧探知で不審に思われないよう、距離を十分に取って尾行する事にした。
「今夜は、真実に辿り着けるかしら…?」
一軒目は弓親も一緒で、他の副隊長や席官達と普通の飲み会が行われた。この飲み会には編集部の先輩である、檜佐木修兵の姿もあった。
(檜佐木先輩、呑むと気が大きくなっちゃうんだから…。)
酔っぱらって機密情報を喋り出してしまわないか、ハラハラする。芽瑠は白い目で先輩の姿を眺めていた。
一軒目の飲み会が終わり二軒目、三軒目と飲み会は続く。三軒目の飲み会が終わる頃には、日付が変わる時間帯になってお開きとなった。弓親は二軒目で既に帰舎しており、一角は一人だ。お開きになり、帰舎するのだろうかと思った芽瑠だったが、一角は隊舎とは真逆の方向へ足を向けた。
(え…こっちの方向はまさか…?)
深夜で真っ暗な瀞霊廷だったが、この時間でも開いている店はある。そこは夜の街、風俗街だった。
(嘘でしょ…此処に来るって事は、そう言う事よね…?)
真面目な彼が出入りするとは思えない場所に入って行き、芽瑠は衝撃を受けた。しかし、よく考えてみれば一角だって立派な成人男性。女に興味がない訳がない。正直、芽瑠は行為を抱く相手のそういう現場を目撃したくはなかった。一角はある店に入店した。芽瑠は早まる鼓動をどうにか抑え、霊圧を抑えて息を整えた。ゆっくりと近づいて店名を確認する。
店前には桃色の提灯と「湯屋」と書かれた赤い暖簾が掛けられ、営業中だという事が伺えた。ここで言う『湯屋』と言うのは風呂屋の事だが銭湯とは違い、女人が一人付いて客の体を洗うサービスを行う場所だ。店前まで近づくのは危険だと判断し、芽瑠は写真だけ一枚撮り、すぐさま帰路の道に着いた。
(女遊びする人だとは思わなかった…。)
ある程度離れると、芽瑠は全速力で自身の隊舎に戻った。いけないものを見てしまった気分だ。自室に戻っても、しばらく目が冴えて眠れそうにない。シャワーを浴び、布団に入って目を瞑った芽瑠は、この時ばかりは夢であってほしいと願った。
(落ち着きなさいよ私…一角さんは普通の男性って事でしょ。檜佐木先輩だってよく行くらしいし、男性にとっては普通の事…そうでしょ。)
芽瑠は己に言い聞かせ、何とか心を静めた。
(そうよ…交際している人がいるワケではないし、風俗に行くぐらい普通の事よ。…問題なのは仕事があるのに、夜遅くまで遊び歩いている事…。)
彼が仕事関係なく昼まで寝ているのは、夜遊びのせいだという事。風俗街に通う事よりも、平然と昼勤に遅刻して来る彼の態度に芽瑠はガッカリさせられた。芽瑠が惚れているのは、臆する事無く颯爽と現れ、瞬く間に虚を倒してしまった一角の姿なのだ。
「あんなの…一角さんじゃない。」
芽瑠は歯を食いしばって、もう一度この目で確かめなければと思った。
編集者は焦ってはいけない。自身の目で見た物と聞いた事から、本質を見出さなければならない。これは瀞霊廷通信の編集長である、東仙隊長の言葉だ。東仙隊長はいつも正しい事を説いていた。真実を伝えなければならない。それは編集員であるのと同時に、大好きな人を見守る私の役目…。
(見出して見せるわ…真実を。)
*
翌の午後、芽瑠は十一番隊を訪れた。例にもよって、先程起床した一角。鍛錬もそこそこに、彼の首筋には絆創膏が貼られていた。
(きっと、キスマークだ。)
昨夜には無かった傷が付いている。芽瑠は眩暈を覚えながら、一角の様子を眺めていた。一角は気だるげな表情で鍛錬に取り組んでいる。思わず口を出してしまいそうになるが、芽瑠はグッと堪えた。
*
再び飲み会が開かれると聞いた芽瑠は、用意周到にカメラや筆記用具を用意した。
(こんな事までして、馬鹿みたい…。)
芽瑠はあくまで瀞霊廷通信の編集者だ。自分でも何故こんな事をしているのか、分からない。ただ言える事は、今のままの一角ではいて欲しくないという事。これ以上、格好悪い彼の姿は見たくなかった。
いつもと同様に飲み会が続き、二件はしごしてお開きになった。一角は再び風俗街に赴いた。今回入店したのは芸姑と酒が呑める、高級料亭だった。この店は通りの目の前にある、比較的敷居の高い店。聞いた話では貴族が使う事もあるらしく、この店は怪しくないと思った芽瑠は一安心した。一刻程すると一角が一人の芸姑を連れて店から出てきた。二人は親し気に腕を組み、密着して歩いて路地の裏側に入った。芽瑠は嫌な予感を感じつつ、その様子をカメラに収めた。そして二人は休憩の出来る宿に入って行った。
(芸姑さんをお持ち帰り…ね。)
二人が宿に入って何をするかなんて、容易に想像が付く。芽瑠は気分が悪くなるのを抑え、店の裏側に回った。窓は閉め切られているが、物音が微かに聞こえてきた。壁に耳を当て、様子を伺う。この店は壁が薄いのか、生々しい音が漏れて聞こえた。
(あぁ…最悪。)
本当はこんな事はしたくない…だがこれは仕事。そう思いながら芽瑠は黙々と証拠を集めた。
*
一角が店を出たのは空が白み始めた頃だった。芽瑠は一角の姿が見えなくなると、自身も帰舎した。今回は一角が帰舎するまで張り込む予定だった為、あらかじめ非番にしておいた。明け方に芽瑠が帰舎すると、八番隊 隊舎の前には京楽隊長が待ち構えていた。
「隊長…こんな時間に起床されて、どうかされましたか?」
京楽隊長が夜明け前の薄暗い時間に起床するとは驚きだった。芽瑠は内心、隊長に怒られるのではないかとドキドキしたが、京楽は芽瑠に優しい表情を向けている。
「芽瑠ちゃん…編集部の仕事を熱心に取り組むのはいいけど、少し頑張りすぎじゃないかい?」
京楽は他の隊員から芽瑠が無理をしていると報告を受け、様子を伺いに来たのだ。
「いえ、これは私にとって重要な案件ですので…。」
「うん、仕事だからね。でも、それにしては辛そうな顔をしているからさ…心配になっちゃってね。」
「隊長……。」
本当なら、京楽隊長に全てを打ち明けて楽になってしまいたかった。京楽隊長なら、誰にも喋らず芽瑠の気持ちに寄り添って話を聞いてくれる…。しかし、取材や張り込みで得た情報は編集部以外には絶対に漏らしてはいけない決まりになっている。
「隊長、お気遣いありがとうございます。取材が終われば、この気苦労も晴れる事でしょう!それまで、どうか見守って頂けますか?」
芽瑠の口からは何も話せない…悟った京楽はニコリと笑った。
「そうかい。じゃあ、僕は少し離れて応援してるから。だけど、体調を崩さないように…分かったね?」
辛い現実ばかり突き付けられていた芽瑠だったが、上司からの温かい言葉に励まされた。
「はい…!」
*
「一角!ちゃんと仕事してくれないと困るんだけど!」
午後になって起床してきた一角に、弓親は声を張り上げた。隊長は特例だとして、一角までだらしないとなると、部下に示しが付かないではないか。
「あ~はいはい。」
一角は気だるげに返事をして、厠に向かった。
「全く…。」
糠に釘。今の一角に何を言っても無駄だと弓親は悟った。
(一角がだらしなくなったのって…。)
鉄さんが七番隊へ異動し、恋次が六番隊へ異動…更に名前ちゃんが長期休職。今思えば、一角の様子が変わったのは三人が十一番隊を離れてからだ。今まで張り合っていた仲間がいなくなり、つまらなくなったのだろうか。しかし隊長は勿論、副隊長だっているし、喧嘩する相手はいる…一体どうしてしまったと言うのか?しかし、このままでいい筈がない。最近の一角は見ていて目に余るものがある。特に明け方に帰ってきて寝ている時は最悪だ。起こそうと一角の部屋に入ると、かなり深酒したのか部屋中に酒の匂いが充満し、副隊長ですらその匂いが嫌だと言って拒否した。
(僕の手には負えないよ…。)
仕方なく弓親が一角を起こしに行こうとした時、酒とは違う鼻の曲がりそうな甘ったるい匂いが彼から漂っていた。弓親はすぐに一角が女遊びをしていると気付いた。別に、女遊びが悪い訳ではない。
一角が誰を抱こうと勝手だが、仕事に支障が出ている以上黙っている訳にはいかない。もし、今の一角を三人が見たら黙っちゃいられないだろう。恋次は説得、名前ちゃんは問答無用で張り倒し、鉄さんに至ってはボコボコになるまで殴り続けるだろう。思い浮かべるだけでその図は面白いが、生憎三人はいないし、それぞれ忙しい為呼ぶ事も出来ない。なにより、恥さらしに近い。一角の面目を立てるためにも、それは避けたかった。
(どうすれば一角を説得できる…?)
隊長である剣八に寝坊癖がある為、隊長から一角に説教をしても意味がない。弓親が頭を悩ませていると、十一番隊隊舎を覗く一人の女性隊員が目に入った。
(この子、誰…?)
女性隊員は隊舎の生垣の隙間から誰かを見ていた。観察していると、彼女の視線の先には一角が映っている事が分かった。恍惚そうな表情から彼女は、一角に好意を持っている事が直ぐに読み取れた。
「ただの追っかけか」と思っていた弓親だったが、彼女が瀞霊廷通信を持って十一番隊を訪れた事から、彼女が編集者だと言う事を知った。一角に好意がある雑誌の編集者…彼女だったら、一角の為に動いてくれるかもしれない。
『十一番隊の日常を密着取材させて下さい!』
弓親が考えているのも束の間、彼女の方から赴いてくれた。名前は須々木芽瑠。特集記事を書く為に十一番隊の取材をするそうだ。だから僕はわざと、一角の事を彼女の小耳に入れた。一角に好意がある彼女だったら、多少無理をしてでも証拠を握って来るだろう。
最後はどうなるか分からないけど、丸く話が収まればいい。どちらにしろ、ここ数年で一番最悪な十一番隊を換えられるチャンス。
(今の十一番隊を人には見せられないし、早い所解決しないとね。)
*
午後、芽瑠はやちるの遊びに付き合っていた。
「めるめるー!今日は何して遊ぶー?」
「今日は折り紙をして遊びましょう!千代紙など沢山用意して参りましたよ。」
「わーい!」
芽瑠は一角の取材を一旦やめ、他の隊員の取材を始めた。副隊長である彼女が一番打ち解けやすく、隊長への取材も彼女を介せば、簡単に始められそうだと思ったからだ。芽瑠は得意である、小さく切った折り紙で立体の鞠を作った。これにはやちるも目を輝かせて「きれいー!」と言ってくれた。
「へぇ、手先が器用なんだな。」
「ま、斑目三席…!}
芽瑠は今しがた起床してきた一角に声を掛けられ、驚いた。それと同時に心拍が上がり顔が熱くなった。
「そうだよ、めるめるすっごい上手なんだよー!」
「チビに渡すとすぐ壊しちまうぜ?」
「燃えたり破れない限りは、すぐに修復できるので大丈夫ですよ。それに、これは簡単に作ることが出来ますから。」
「そうか。チビと付き合って、遊び疲れないようにな。」
「ありがとうございます!」
酒の匂いが漂う一角の後ろ背を見送りつつ、芽瑠はやちるの取材を続けた。
*
芽瑠は続けて更木隊長を取材したいと考えていた。剣八は会議が無い日は基本、何時に起床して来るか分からない。よくよく考えたら、隊の長がこれでよく隊員達の秩序が崩れないものだ。他の隊と比べたら素行の悪い隊員は多いが、かと言って滅茶苦茶な事をしている隊員がいるかと言えばそれはない。芽瑠が取材していて目立つ行動をしている者は、剣八と一角二人だけだった。丁度隊員達が集まって雑談をしていたので、芽瑠は話の輪に入れてもらう事にした。
「お、芽瑠ちゃんじゃねぇか~ネタは集まったか?」
「いえ、それがまだ更木隊長に取材が出来てなくて…。」
「あぁ、隊長な~!俺たちも隊長がいつ起きて来るか分からないもんな~。起きたと思ったらすぐ会議に出かけちまって、戻って来るか分からないしな~!」
「がははははは!」
隊員達は大口を開けて笑っている。
芽瑠は「それでいいのかしら…」と心配に思った。
「芽瑠ちゃん、それでいいのかよって思っただろ?」
「あ…ちょっとだけ、思いました。」
「ははは、誰もがそう思うだろうさ!だがな、あんな隊長でも隊長は護廷十三隊最強の男だから、俺たちは隊長について行くんだぜ!」
護廷十三隊で更木剣八の名を知らない者はいない。前隊長と決闘し、勝利して隊長になった剣八の話は瀞霊廷全土に知れ渡った。更に護廷十三隊では定期的に腕試しや力比べなど、運動会のような催しが開かれるのだが、その中で特に目立っているのが更木隊長だ。それもあって更木隊長は護廷十三隊でも最も恐れられている。すれ違った隊員殆どが恐怖を覚える。それが更木剣八。彼の圧倒的な存在力が十一番隊隊員を魅了しているのだろうか?
「更木隊長の写真が撮りたいのですが、鍛錬に参加する事はありますか…?更木隊長のカッコイイカットがあると、記事も映えますから…。」
「あ~隊長の気分次第だなぁ…なんせ、俺たちとは違って、鍛錬とか努力とは縁のない人だからなぁ…。」
「だが、売られた喧嘩は絶対買う人だ。隊長は喧嘩好きだから、隊長と戦ってくれる相手がいれば喜ぶだろうさ。」
「更木隊長と喧嘩できる相手…。」
*
「…という訳で隊長、よろしくお願いします!」
「えぇ~!いくら芽瑠ちゃんの頼みだとはいえ、更木隊長と手合わせって…ねぇ…。」
芽瑠は八番隊に戻り、京楽隊長に取材の協力をお願いしていた。更木隊長の映える写真を撮る為とは言え、京楽隊長に手を借りるのは申し訳なかったが他に頼める相手が見つからなかったのだ。
「須々木!いくら編集部の仕事とはいえ、少し傲慢だとは思わないのか!」
そう言ったのは八番隊 第三席の円乗寺辰房だった。あの更木隊長を相手にするのは並大抵の事ではない。京楽隊長も良い顔はしていない。
「それに、今の所僕には何も旨味も無いし…。」
痛い所を突かれた芽瑠だったが、切り札は持っていた。
「更木隊長を撮る、と言いましたが同時に京楽隊長も写真に収める事が出来ます。更に京楽隊長と更木隊長の手合わせなら、他の隊員方も気になり、見学に参ると思います。そこで京楽隊長のカッコよさをアピールするチャンスですよ!」
「なるほど、僕のファンを増やせるってワケね…。」
「京楽隊長だけではありません。円乗寺三席にもご協力をお願いしたいです!」
「吾輩もか!?」
「はい!普段京楽隊長の陰に隠れてしまいがちですが、今回は隊長戦の前の前座として大事な役割をお願いしたいです!円乗寺三席にしかお願い出来ないんです!勿論、写真も撮らせて頂きますよ!」
「ううむ…可愛い後輩の頼みとなれば、吾輩も答えないわけにはいかない…よお~し分かった!受けてたとうではないか!」
「やったー!」
芽瑠はよし、とガッツポーズで喜んだ。
「須々木さん、何故そこまで必死になっているかは知りませんが、隊長にご足労をかけないで頂けますか?」
そう言ったのは、副隊長の伊勢七緒だった。芽瑠はすかさず、七緒に返答した。
「以後、気を付けまーす!ですが、伊勢副隊長も気になりますよね…京楽隊長と更木隊長の手合わせ。京楽隊長のカッコイイ姿が見られると思いますので、是非足を運んでくださいね!」
七緒は咳ばらいをして「仕事のキリがついて時間があればお邪魔させて頂きます」と答えた。素っ気なく言っているようだが、七緒は頬を朱に染めているので必ず来るだろうと芽瑠は思った。
「七緒ちゃん!僕のカッコイイ姿、見に来てくれるよね?」
「それより隊長、提出期限間近の書類がありましたよね?アレはどうなったんですか?」
「あー…えっとどこ行ったかなぁ?」
「それを提出するまで、外出は許しませんよ!」
「えー!!!」
「当然です!」
「やや、これは一大事!円乗寺もお手伝いいたしますぞ。」
「須々木さんも、隊長にお願いをしているのなら…書類探し、手伝って頂けますよね…?」
「はいぃ…勿論です!」
七緒の霊圧に当てられ、芽瑠は冷や汗をかきながら答えた。なんにせよ、隊長のお力を借りる事が出来て心強いと思った。
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