月光に毒される
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***
「名前!鬼道の練習に付き合ってくれよ。」
鉄座衛門により定期的に行われていた鬼道の練習会がなくなり、鍛錬が疎かになっていた。始めから乗り気ではなかった弓親は解放され、都合がいいと思っているようだったが恋次はそうは思わなかった。
鬼道以外の鍛錬は専ら一角から施して貰っていたが、鬼道は彼から教わることは出来ない。そこで恋次は名前と共に鍛錬する事を思いついた。
「恋次は強くなることに貪欲ね…目標があるの?」
名前は積極的に鍛錬に励む恋次の姿を見ていた。寝坊する事無く毎日鍛錬に励み、十一番隊だけではなく他所の隊の情報収集や任務など積極的に取り組んでいる。彼は何の為に強くなろうとしているのか?
「ん?あぁ…まぁな。越えたい人がいるんだ。俺はその人より強くなんなきゃならねぇ。」
恋次の目は真っすぐ何処かを向いていた。"超えたい人"を思い浮かべているに違いない。恋次はグッと拳を握り、気合の入った声を上げた。
「よし!鍛錬を始めるぞ。まずは鬼道から。」
そんな二人の鍛錬の様子をコッソリ覗く人影があった。
***
「先に戻ってろ。」
「はい。」
更木隊長と二人で会議に出席した名前。帰舎すると隊舎の前にいる人物を見つけた。門の前でウロウロと行ったり来たりを繰り返している。
「どうやって呼び出そうか…渡したいものがある、と言えば冷やかされるに決まってるし…。」
「何か御用ですか?」
「うひゃあ!ああああの…。」
隊舎の前で十一番隊の様子を伺っていたのは女性死神だった。十一番隊に女性死神が訪れる事は滅多にないので、名前は不思議に思った。
「私は…十三番隊の朽木ルキアと申します。苗字七席にお尋ねしたい事があるのですが…。」
「私に…何でしょうか?」
ルキアはもじもじと言葉を詰まらせていたが、すぐに意を決して口を開いた。
「恋次と…二人でどういう鍛錬をしているんですか?」
鬼道の鍛錬を見られていたのか…鬼道を嫌っている十一番隊の隊員達の目は気にしていたが、他隊の隊員なら気にする必要はない。名前はルキアに説明した。
「鬼道の鍛錬です。朽木さんも興味があるのでしたら、ご一緒に如何ですか?」
「わ…私は結構です!」
名前は何故、彼女がそんな事を聞いてくるのかが分からなかった。
「つかぬ事を伺うのですが、朽木さんは彼とどういった関係で…?」
「えっ…えっと…幼馴染です。」
「そうなんですね。尚更、共に鍛錬をした方が良いと思うのですが。」
恋次と二人だけの鍛錬だとマンネリ化して刺激が少ない。人数が多い方が鍛錬のバリエーションも増えると名前は思った。
「では…タイミングが合ったら、参加させてください。」
ルキアは嬉しそうに微笑んだ。
「分かりました。用件はそれだけですか?」
「あと…恋次に渡したいものがあって…。」
「では呼んでくるので、どうぞお上がりください。」
「いや、あのっ…!申し訳ないですが、渡して貰えないでしょうか?」
「は?」
「では、お願いします!」
ルキアは半ば強引に名前に包みを押し付け、走り去って行った。何故あんなに慌てていたのだろうかと疑問に思いながら、名前は隊舎に入った。早速、名前は柔道場で筋トレしていた恋次を捕まえ、頼まれた包みを手渡した。
「朽木ルキアさんって人が恋次にって。」
「うおおぉっ!?マジかよ…。今日は何の日だ…?二月十四日ってバレンタイン…って事は、チョコか?」
「何それ?」
「なんだ、知らねーのかよ。現世の催し物なんだぜ?」
「そうなの…。」
興味なさそうに答える名前の返答をよそに、恋次は嬉しそうに包みを握り締めた。
「彼女が言ってたのだけど、幼馴染なんだって?」
「おう、流魂街にいた頃から一緒だぜ!乱暴で気が強くてなぁ。」
「そんな風には見えなかったけど…。」
名前に話し掛けて来た彼女は健気で恥ずかしがり屋…と言った所だ。しかし、恋次の前では違うのだろう。幼馴染で仲が良いのなら直接渡せばいいのに…と名前は思った。
「ありがとな!今度会ったら礼を言わないとなぁ…お返しも用意しなきゃならねぇし…。」
恋次はぶつぶつ言いながら部屋に戻って行った。
***
名前は黙々と鍛錬をこなし、確実に実力を身につけていた。今は繰り出せる技を極めるために激しい鍛錬に挑んでいた。体力ギリギリまで自分を追い込み、鍛錬に明け暮れた。
「しぶとくなってきたじゃねぇか。」
肩で息をする一角は鬼灯丸を握り締めた。名前は休む暇もなく攻撃を続ける。始解状態を維持し、強度を上げる修行に取り組んでいた。
一角は飛んでくる糸の刃を斬りながら彼女の蹴りを受け止めた。
「軽ぃ。」
一角が反撃する前に名前は瞬歩で距離を取る。走ってきて槍を振るう一角の攻撃を避けながら、名前は白打で応戦した。皎我蜘蛛の糸の刃を扱うには苦戦を要した。近距離で使うには扱いが難しい。一角はその隙をついて執拗に攻撃を続けた。
「おら、そんなもんじゃねぇだろうが!」
上達するためには実践を重ね、慣れるしかない。今までは体力と力の差で一角に勝つ事は難しかったが、機転の応用で対等に戦うことが出来た。一角と距離を取ることが出来た名前はすかさず皎我蜘蛛を振るう。今度は強度のある糸で一角を斬ろうと試みた。
「はっ、甘ぇ!」
一角は皎我蜘蛛の糸を鬼灯丸で掻き斬ろうとするも、糸は切れない。名前は糸に手を添え、更に強度を上げた。「斬れる」名前がそう思った瞬間、直感で「ヤバい」と感じた一角は刀を引き、身を翻した。
危うく名前の斬撃を受ける所だった一角は、ヒヤリと汗を流した。確実に強くなってきている…一角がそう思っていたのもつかの間、名前は次の攻撃を繰り出して来ていた。一瞬の隙を見逃さず、名前は白打で一角を攻撃する。持ち前の速さと的確な攻撃に一角は押されていた。
(攻撃力もだが、体力がついてきて厄介になってきたな。)
速さと的確な攻撃に特化している名前だが、攻撃力と体力も付いて来ると数倍以上に強くなる。どんどん強くなってくる後輩に、一角は「おちおちしてられねぇな」と思った。
名前が再び皎我蜘蛛の糸を張ろうと試みた瞬間、異変が起きた。突如眩暈が起き、視界が真っ暗になった。名前は体に力が入らなくなり、その場に倒れた。
「おい、どうした!?」
一角は卒倒した名前に駆け寄り、状態を確認する。真っ青になった唇と肌。目が回った時と同じように焦点は揺らぎ、体は細かく痙攣していた。
「名前、分かるか?」
「何が…起きてる…?」
体に力が入らず、動くことが出来ない。下手に触らない方がいいと判断した一角は「担架持って来い!!」と叫んだ。
先程まで体調を崩す前兆などなかった筈だ。名前自身も一体何が起きたのか、全く分からないでいた。隊員達が持ってきた担架に乗せられ、名前救護詰所に運ばれた。
「斑目三席、当時の状況を教えてください。」
「鍛錬中に、突然倒れて今の状態に。その前は調子が良くて、体調不良なんかには見えなかった。コイツの方が圧してたんだ…。」
認めたくなかったがあの時、名前が優位だったと一角は思った。致命傷は受けておらず、外傷のせいだとは考えられなかった。思いつくとすれば病気しかない。
「分かりました。今検査をしているので、原因が分かり次第お伝えします。」
「お願いします。」
*
翌日、目を覚ました名前は救護詰所で点滴の管が通されていた。
記憶を思い返すと一角と鍛錬をしていた筈だが、何故意識を失ったか覚えていない。
「目を覚まされましたか?」
名前に声を掛けたのは四番隊副隊長、虎徹勇音だった。
「あの…。」
「苗字さん、起き上がっちゃ駄目ですよ。横になっててください。採血しますね。」
勇音になだめられ、名前は天井を見つめていた。採血されている間、自身に何が起きたのか尋ねた。
「私は今、どういう状況なんですか?訳が分からなくて…。」
「検査した所、体内のホルモンバランスがかなり崩れていました。栄養失調だと思われます。」
「栄養失調…?」
食べ物がろくに手に入らない流魂街と違い、瀞霊廷では決まった時間にバランスの取れた食事が食べられる。十一番隊の食堂で他の隊員達と同じ食事を摂っているのに、栄養失調になる筈がないと思った。
「栄養失調だなんて、驚きますよね?稀に特定の栄養だけ体が吸収しなかったり、作られる筈の成分が体で作られなかったり、色々あるんですよ。苗字さんの体も多分それと同じような現象が起きているのだと思います。原因を調査していますので、苗字さんはこのまま休んでいてくださいね。」
勇音が去った後、名前は右手を目の前に挙げて眺めた。昨日よりは思うように体が動かせたので安堵した。力はまだ上手く入れられないが、じきに回復するような気がする。
*
名前はその日のうちに退院し、十一番隊舎に戻った。栄養剤を処方され、様子を見て欲しいと言われた。隊長に報告すると「そうか、気を付けろよ」と言葉を頂いた。両手いっぱいの栄養剤を持つ名前を見た一角は大爆笑した。
「聞いたぜ、栄養失調だって?おかしな話だな。」
「五月蠅い。」
名前は背中を叩く一角の手を払いのけた。一角は払われた腕を眺めながら「まだ全快ではないな」と思った。
*
なるべく激しい鍛錬はしないように、と釘を刺されていた。しかし、十一番隊にいて体を動かさない日などない。ウォーミングアップの筋トレから徐々に参加して数日間、問題は起きなかった。なので恋次から鍛錬の名前誘いに乗った。
「誰か来てくれー!名前が倒れたんだ!」
名前は再び真っ青な顔色になり、全身を痙攣させていた。
嘔吐までしており、ただ事ではない。
「恋次、苗字ちゃんが万全じゃない事知ってたよね?なんでこうなったのさ。」
弓親の問いに、恋次は「名前自身が『大丈夫だ』って言うもんだから…」と言い肩を落とした。控えめにやれば大丈夫、とは言え相打ちしていれば自然と本気になってしまうものだ。名前自身も今の限界がどのくらいまで確認したかったのかもしれない。
*
「こりゃ、しばらく戻ってこれないだろうな。」
一角の読み通り、名前は救護詰所で検査入院する事になった。
今回はより細かい精密検査を行う事になった。栄養剤を服用しても改善されなかった為、体質改善が要された。
「発症条件としては鍛錬等で全力を出し切ると起きている状態ですね。一時的な栄養剤は効かない。体質改善をして、体力をもっと付けなければなりません。」
卯ノ花隊長を前に、名前はどうしたらいいのか尋ねた。
「そうですね…まずは自身の体の事を良く知る事ですね。
調べましたが、貴方は他の人には作れない成分を生成する事が出来る特異体質。全力になった時、何かの成分が過剰に生成されてそれが悪さをしているのかもしれません。全てを特定するのは時間が掛かりますが、地道にもやっていかなければ死神としての業務は全う出来ません。」
日常生活を送る分には支障のない症状だ。しかし名前は力を付け、強くなるために死神になった。目標を達成するためには、今の問題を解決しなければならない。それが生きる理由だからだ。
「知識を付ける事ですね。」
専門的な知識である為、学ぶのは並大抵の苦労ではない。医学的に精通している者から教授してもらう必要がある。
「瀞霊廷に医学部がありますが、そこに行ってみますか?」
卯ノ花隊長からの提案。少しでも早く解決する道があるなら、答えは一つだった。
「はい。」
医学部は主に新薬の開発や病気、回道の研究をしている。四番隊とつながりの深い機関。医学に詳しい専門家達が多く在籍していた。沢山の医学書、漢方などが棚に所狭しと並べられている。学生と思しき研修生達も勤勉に講義を受けていた。
「入院中はここの書物を読んで知識を深めるとよいでしょう。話は私の方からしておきます。」
「ありがとうございます。」
名前は卯ノ花隊長に頭をさげた。
*
院内に戻った名前はベッドの上で考え込んでいた。不安定な為、任務に出る事は出来ない。しかし、延々と事務作業をしていても体質改善が出来るかと言えば、無理な気がした。適度な運動が出来て、薬学の知識も得られる環境……。
『時には此処に顔を出すんだよ』
(久枝…。)
そう言えば流魂街で出会った久枝も薬学部出身だと言ってた。彼女と一緒にいれば、医学の知識も得られや自給自足の生活で適度な運動も出来る。
名前は筆と紙を用意し、手紙をしたためた。
*
ニヶ月後、名前は剣八に休職届を提出した。剣八は「戻ってくる気はあるのか?」と聞いた。
「勿論です。ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願い致します。」
治療に何年かかるか分からない。しかし剣八は何も言わず、速やかに受理してくれた。
『必ず戻って来る』
名前は強く胸に誓っていた。休職すると聞いた他の隊員達は口々に「達者でな」と名前を応援してくれた。荷物を持ち、隊舎を出発する準備が整った。
「私が戻るまで、野垂れ死なないでよね。」
「はっ、誰にモノを言ってんだ?」
名前が更に強くなるためには、治療が必要だ。一角は試練に直面している名前を素直に応援していた。名前は必ず戻って来る、そう確信して彼女を見送った。
*
通行許可証を持ち、瀞霊廷の門をくぐった名前は死魄装の姿で流魂街の町を歩いていた。綺麗な街並みは徐々に寂しい景色に変わっていく。以前はチンピラ共に絡まれていた名前だったが、死魄装を纏っているからなのか、絡まれる事は無かった。流魂街の人々はチラリと名前を見たが、興味なさそうに一瞥しただけだった。
今回は医学部から拝借した本を数冊持ってきたので、荷物が重い。日頃の鍛錬も兼ねて名前は一歩ずつ歩んだ。久枝に手紙を出し、返信が返ってきてから名前すぐに荷物を纏め、休職届けを提出した。久枝に頼んだのは、名前の体質改善の講師として、医学の勉強を教授してくれるようお願いした。久枝は名前の頼みを快く引き受けてくれた。ついでに彼女が挙げた品物を数点購入したが、これはお礼としてプレゼントする事に決めた。
(久枝の家はどうなっているだろうか?)
虚によって破壊された彼女の家は、名前が修繕の援助を出しており、改築されている筈だ。死神になると決めた時、久枝の家で生活する事は叶わないと思っていた名前。再び彼女と一緒に山奥で生活出来る事を楽しみに思った。彼女の家まで歩いて数日かかる為、日が傾いた頃に近くの宿で一泊する事にした。比較的設備が整っている宿で、シャワー室も付いていた。もしかしたら大丸組合の傘下だろうか…?と思っていると宿の主人から声を掛けられた。
「苗字さん、ちょっと来てくれ!虚が出たんだ!」
名前は斬魄刀を持ち、急いで部屋を出た。宿の主人に案内してもらうと、一体の虚が町の一角で暴れていた。背丈は平屋の家屋程度の大きさで、過去に斬った虚に比べれば小柄だ。名前は柄に手を当て、引き抜くと同時に虚に斬りかかった。虚は呆気なく倒され、流魂街の住人達に感謝された。
「ありがとう!苗字さんがいてくれて助かったよ。」
「礼には及ばない…ゴホッゴホッ、失礼。」
名前は舞い上がった砂埃を吸い込み、軽く咳き込んだ。
「時たま虚が出現するけど、俺たちにはどうすることもできないから困ったもんだよ。」
流魂街には現世と同様、在中している死神がいる。しかし広域な為、距離によっては駆け付けるまでに時間が掛かる事もある。虚が出現すれば即座に伝令神機に通達されて居場所は分かるが、今回伝令神機から連絡が来る事はなかった。
(きっと連絡が来る前に倒してしまったからだな…。)
虚が出現しても連絡が遅れたり、来なかったり…時たまそういう事があり、名前は気にも留めなかった。名前は宿の主人に言葉を掛けた。
「私達も出来るだけ早く現場に到着するよう努力する。」
「あぁ、頼んだよ。」
*
数日掛けて久枝の家に到着した名前は、彼女から熱烈な歓迎を受けた。
「名前!久しぶりだねぇ、待ってたよ!死魄装が様になってるねぇ…顔色さえ悪くなかったら、文句の付け所は無かったけどね!」
久枝は変わらず、元気そうに見えた。
「一応、病気療養中だからな…。」
「外で話すのもアレだし、取り敢えず中に入りな!」
以前、久枝の家は茅葺屋根の古くて大きな家だったが、ログハウス風の現代風チックな家に変わっていた。茅葺屋根は離れにある蔵に使われていた。
「母屋も蔵も綺麗になったな。」
「そうだよ!アンタのお陰さ。」
名前は死神になってからの給料の半分を、久枝の家の修繕に送っていた。瀞霊廷にいる大工にも声を掛け、半壊になっていた家を建て直したのだ。
「私が弱いせいで家が壊れた。久枝には世話になったし、今回も世話になる。これくらい当然の事だ。」
「相変わらず、真面目なのねぇ…。」
久枝は嬉しそうに笑い、名前の荷物を持った。
「重た~!アンタ、こんな重い荷物持って山を登ってきたの?」
「鍛錬ではもっと重い物を運んでいる。だから普通だ。」
大きなダイニングテーブルに今回の荷物の半分以上を占める医学書を広げ、久枝は本を手に取った。
「わぁ…だいぶ新しくなってんじゃないの。」
久枝は薬学部に在籍していただけあり、数項見ただけで内容が理解出来るみたいだ。名前には内容はさっぱり分からなかったが、久枝なら分かり易く教えてくれるだろう。その為、重くなるのを承知で持ってきたのだ。
「手紙で送った通り、医学…得に薬学の知識を教えて欲しい。これを見ながら体質を理解しなければならない。」
久枝は名前の精密検査の結果を見ながら、考え込んだ。
「確かに…一般なら有り得ない数値が出てるわ。」
「何年掛かってもいい…これは鍛錬の一種だから。」
療養が長くなる事は承知している。休職届を出す時に説明してきた。復帰するまで無給だが、ここは自給自足の生活がメインなのでお金に困る事はほとんどない。
「分かったよ…まぁ、余り張り切りすぎずにさ、一個ずつやってこう。
医学は思ってる以上に難しいから。」
「覚悟している。」
***
「一角さん、お願いします!」
恋次は鍛錬に励んでいた。二人は斬魄刀を持ち、本戦同様に戦っていた。一角は恋次の攻撃を受け止め、弾き返した。その間に恋次との距離を詰めて鬼灯丸を振るう。
「隙だらけだぞ!」
「そうでもないっスよ。」
恋次は不敵に笑い、蛇尾丸を握った。蛇尾丸は伸縮し、一角に襲い掛かる。一角は腕に食い込む蛇尾丸の刃を左手で掴んだ。血が滴り落ちるのも気にせず、鬼灯丸を振った。
「裂けろ、鬼灯丸!」
三節根になった鬼灯丸の刃が恋次の顔に飛ぶ。恋次は慌てて避けるも、右の頬を掠めて出血した。一角は恋次がよろけた瞬間、腹に蹴りを入れた。
「うおぉっ!」
吹き飛ばされ、転がり込む恋次に一角は「続けるか?」と言った。
「当たり前じゃないっスか!」
近頃、毎日恋次との鍛錬に付き合っている一角だったが、彼の底なしのやる気は何処から溢れてくるのだろうか?
「毎日毎日食らいついてきやがって…やけに必死じゃねぇか。」
「俺には、越えなきゃいけない人がいるんですよ…。」
初めて語り出す恋次の話に、一角は攻撃を止めて耳を傾けた。
「へぇ……誰なんだ…?」
「朽木白哉!」
一角は内心驚いた。懸命になって鍛錬に打ち込む姿を見て普通じゃないと思っていたが、目指している相手が四大貴族の当主となれば、決して大袈裟な話ではないのかもしれない。一角は腕を組み、笑った。恋次は鼻で笑われムッと眉間に皺を寄せた。
「俺は本気なんです!馬鹿にするなら、いくら一角さんでも許さないっスよ!!!」
「あぁ、笑ったさ。出来るもんならやってみな!」
恋次はこめかみに青筋を浮かべて叫んだ。
「うおおおおぉぉ!」
恋次は再び斬魄刀を振るい、一角に突撃した。
(真っ直ぐな目だ…昔の俺もこんな目をしていたんだろうな。)
恋次は六番隊 隊長の朽木白哉を倒すために、人一倍努力している。一角は恋次の目を見て、ひと昔前を思い出した。
(俺はどうした…?何の為に戦っている?)
一角は更木剣八の背中を追って護廷十三隊に入隊した。
『更木剣八!俺はアンタを倒す男だ!』
『ハッ…あの時の野郎か。強くなったんだよなぁ?』
入隊直後、更木剣八は目を輝かせて一角を見据えた。決闘を申し込んだが、流魂街で初めて刃を交えた時同様、圧倒的な力でねじ伏せられた。
それから何度も何度も剣八に挑むも、ことごとく敗れた。
『俺と戦ってくれ!!!』
『断る、つまらねぇ…。』
吐き捨てるように言われた言葉が、今でも一角の脳裏に張り付く。何度戦っても、この人を越える事は出来ない。いつからか、一角は剣八に執着しているのではなく、魅せられているのだと気が付いた。
それから一角は更木剣八に付き従う事を決めた。今、自分が戦う理由は一つ。一角はこの人の力になり、一生付いて行くと誓った。
「俺を倒さなきゃ、朽木白哉には勝てねぇぞ。」
「畜生…。」
地面に這いつくばる恋次を見ながら、一角は息を吐いた。
(俺が言える立場なのか?)
燻って仕方がない。地面に伏している恋次の目が、一角にはとても眩しく見えた。強くなるために誰しも努力している。恋次も…名前も。一角はどうするべきなのか。それは自分自身ですら分からなくなっていた。
*
それから数か月後。
六番隊が副隊長の成り手を探しているとの話が舞い込んできた。恋次は真っ先にこの話に飛びついた。まずは六番隊へ異動し、副隊長昇格の試験を行う。最終的に朽木隊長が判断し、副隊長を選ぶのだ。恋次は十一番隊でも鍛錬や任務に真面目に取り組み、昇格試験に臨むだけの資格はあった。
目指していた六番隊…。恋次は六番隊への異動を即決した。
「お世話になりました!」
数日後、異動の準備が整った恋次は門出を迎えた。十一番隊の隊員皆が集まる中、恋次は深々と頭を下げた。隊員達は「頑張ってくだせぇ!」と応援の言葉を掛けた。
「恋次らしいね…朽木隊長を倒すために副隊長を目指すなんてさ。一角、寂しいんじゃない?」
「別に、寂しかねぇよ…。」
打倒、朽木白哉。恋次の熱い意志を聞いている一角は、異動に反対する事はなかった。むしろ、全力で応援するべきだ。
「れんれん、いつでも遊びに来てねー!」
手を振るやちる。恋次は腹の底から声を出して挨拶した。
「ありがとうございます!行ってきまーす!!!」
.
「名前!鬼道の練習に付き合ってくれよ。」
鉄座衛門により定期的に行われていた鬼道の練習会がなくなり、鍛錬が疎かになっていた。始めから乗り気ではなかった弓親は解放され、都合がいいと思っているようだったが恋次はそうは思わなかった。
鬼道以外の鍛錬は専ら一角から施して貰っていたが、鬼道は彼から教わることは出来ない。そこで恋次は名前と共に鍛錬する事を思いついた。
「恋次は強くなることに貪欲ね…目標があるの?」
名前は積極的に鍛錬に励む恋次の姿を見ていた。寝坊する事無く毎日鍛錬に励み、十一番隊だけではなく他所の隊の情報収集や任務など積極的に取り組んでいる。彼は何の為に強くなろうとしているのか?
「ん?あぁ…まぁな。越えたい人がいるんだ。俺はその人より強くなんなきゃならねぇ。」
恋次の目は真っすぐ何処かを向いていた。"超えたい人"を思い浮かべているに違いない。恋次はグッと拳を握り、気合の入った声を上げた。
「よし!鍛錬を始めるぞ。まずは鬼道から。」
そんな二人の鍛錬の様子をコッソリ覗く人影があった。
***
「先に戻ってろ。」
「はい。」
更木隊長と二人で会議に出席した名前。帰舎すると隊舎の前にいる人物を見つけた。門の前でウロウロと行ったり来たりを繰り返している。
「どうやって呼び出そうか…渡したいものがある、と言えば冷やかされるに決まってるし…。」
「何か御用ですか?」
「うひゃあ!ああああの…。」
隊舎の前で十一番隊の様子を伺っていたのは女性死神だった。十一番隊に女性死神が訪れる事は滅多にないので、名前は不思議に思った。
「私は…十三番隊の朽木ルキアと申します。苗字七席にお尋ねしたい事があるのですが…。」
「私に…何でしょうか?」
ルキアはもじもじと言葉を詰まらせていたが、すぐに意を決して口を開いた。
「恋次と…二人でどういう鍛錬をしているんですか?」
鬼道の鍛錬を見られていたのか…鬼道を嫌っている十一番隊の隊員達の目は気にしていたが、他隊の隊員なら気にする必要はない。名前はルキアに説明した。
「鬼道の鍛錬です。朽木さんも興味があるのでしたら、ご一緒に如何ですか?」
「わ…私は結構です!」
名前は何故、彼女がそんな事を聞いてくるのかが分からなかった。
「つかぬ事を伺うのですが、朽木さんは彼とどういった関係で…?」
「えっ…えっと…幼馴染です。」
「そうなんですね。尚更、共に鍛錬をした方が良いと思うのですが。」
恋次と二人だけの鍛錬だとマンネリ化して刺激が少ない。人数が多い方が鍛錬のバリエーションも増えると名前は思った。
「では…タイミングが合ったら、参加させてください。」
ルキアは嬉しそうに微笑んだ。
「分かりました。用件はそれだけですか?」
「あと…恋次に渡したいものがあって…。」
「では呼んでくるので、どうぞお上がりください。」
「いや、あのっ…!申し訳ないですが、渡して貰えないでしょうか?」
「は?」
「では、お願いします!」
ルキアは半ば強引に名前に包みを押し付け、走り去って行った。何故あんなに慌てていたのだろうかと疑問に思いながら、名前は隊舎に入った。早速、名前は柔道場で筋トレしていた恋次を捕まえ、頼まれた包みを手渡した。
「朽木ルキアさんって人が恋次にって。」
「うおおぉっ!?マジかよ…。今日は何の日だ…?二月十四日ってバレンタイン…って事は、チョコか?」
「何それ?」
「なんだ、知らねーのかよ。現世の催し物なんだぜ?」
「そうなの…。」
興味なさそうに答える名前の返答をよそに、恋次は嬉しそうに包みを握り締めた。
「彼女が言ってたのだけど、幼馴染なんだって?」
「おう、流魂街にいた頃から一緒だぜ!乱暴で気が強くてなぁ。」
「そんな風には見えなかったけど…。」
名前に話し掛けて来た彼女は健気で恥ずかしがり屋…と言った所だ。しかし、恋次の前では違うのだろう。幼馴染で仲が良いのなら直接渡せばいいのに…と名前は思った。
「ありがとな!今度会ったら礼を言わないとなぁ…お返しも用意しなきゃならねぇし…。」
恋次はぶつぶつ言いながら部屋に戻って行った。
***
名前は黙々と鍛錬をこなし、確実に実力を身につけていた。今は繰り出せる技を極めるために激しい鍛錬に挑んでいた。体力ギリギリまで自分を追い込み、鍛錬に明け暮れた。
「しぶとくなってきたじゃねぇか。」
肩で息をする一角は鬼灯丸を握り締めた。名前は休む暇もなく攻撃を続ける。始解状態を維持し、強度を上げる修行に取り組んでいた。
一角は飛んでくる糸の刃を斬りながら彼女の蹴りを受け止めた。
「軽ぃ。」
一角が反撃する前に名前は瞬歩で距離を取る。走ってきて槍を振るう一角の攻撃を避けながら、名前は白打で応戦した。皎我蜘蛛の糸の刃を扱うには苦戦を要した。近距離で使うには扱いが難しい。一角はその隙をついて執拗に攻撃を続けた。
「おら、そんなもんじゃねぇだろうが!」
上達するためには実践を重ね、慣れるしかない。今までは体力と力の差で一角に勝つ事は難しかったが、機転の応用で対等に戦うことが出来た。一角と距離を取ることが出来た名前はすかさず皎我蜘蛛を振るう。今度は強度のある糸で一角を斬ろうと試みた。
「はっ、甘ぇ!」
一角は皎我蜘蛛の糸を鬼灯丸で掻き斬ろうとするも、糸は切れない。名前は糸に手を添え、更に強度を上げた。「斬れる」名前がそう思った瞬間、直感で「ヤバい」と感じた一角は刀を引き、身を翻した。
危うく名前の斬撃を受ける所だった一角は、ヒヤリと汗を流した。確実に強くなってきている…一角がそう思っていたのもつかの間、名前は次の攻撃を繰り出して来ていた。一瞬の隙を見逃さず、名前は白打で一角を攻撃する。持ち前の速さと的確な攻撃に一角は押されていた。
(攻撃力もだが、体力がついてきて厄介になってきたな。)
速さと的確な攻撃に特化している名前だが、攻撃力と体力も付いて来ると数倍以上に強くなる。どんどん強くなってくる後輩に、一角は「おちおちしてられねぇな」と思った。
名前が再び皎我蜘蛛の糸を張ろうと試みた瞬間、異変が起きた。突如眩暈が起き、視界が真っ暗になった。名前は体に力が入らなくなり、その場に倒れた。
「おい、どうした!?」
一角は卒倒した名前に駆け寄り、状態を確認する。真っ青になった唇と肌。目が回った時と同じように焦点は揺らぎ、体は細かく痙攣していた。
「名前、分かるか?」
「何が…起きてる…?」
体に力が入らず、動くことが出来ない。下手に触らない方がいいと判断した一角は「担架持って来い!!」と叫んだ。
先程まで体調を崩す前兆などなかった筈だ。名前自身も一体何が起きたのか、全く分からないでいた。隊員達が持ってきた担架に乗せられ、名前救護詰所に運ばれた。
「斑目三席、当時の状況を教えてください。」
「鍛錬中に、突然倒れて今の状態に。その前は調子が良くて、体調不良なんかには見えなかった。コイツの方が圧してたんだ…。」
認めたくなかったがあの時、名前が優位だったと一角は思った。致命傷は受けておらず、外傷のせいだとは考えられなかった。思いつくとすれば病気しかない。
「分かりました。今検査をしているので、原因が分かり次第お伝えします。」
「お願いします。」
*
翌日、目を覚ました名前は救護詰所で点滴の管が通されていた。
記憶を思い返すと一角と鍛錬をしていた筈だが、何故意識を失ったか覚えていない。
「目を覚まされましたか?」
名前に声を掛けたのは四番隊副隊長、虎徹勇音だった。
「あの…。」
「苗字さん、起き上がっちゃ駄目ですよ。横になっててください。採血しますね。」
勇音になだめられ、名前は天井を見つめていた。採血されている間、自身に何が起きたのか尋ねた。
「私は今、どういう状況なんですか?訳が分からなくて…。」
「検査した所、体内のホルモンバランスがかなり崩れていました。栄養失調だと思われます。」
「栄養失調…?」
食べ物がろくに手に入らない流魂街と違い、瀞霊廷では決まった時間にバランスの取れた食事が食べられる。十一番隊の食堂で他の隊員達と同じ食事を摂っているのに、栄養失調になる筈がないと思った。
「栄養失調だなんて、驚きますよね?稀に特定の栄養だけ体が吸収しなかったり、作られる筈の成分が体で作られなかったり、色々あるんですよ。苗字さんの体も多分それと同じような現象が起きているのだと思います。原因を調査していますので、苗字さんはこのまま休んでいてくださいね。」
勇音が去った後、名前は右手を目の前に挙げて眺めた。昨日よりは思うように体が動かせたので安堵した。力はまだ上手く入れられないが、じきに回復するような気がする。
*
名前はその日のうちに退院し、十一番隊舎に戻った。栄養剤を処方され、様子を見て欲しいと言われた。隊長に報告すると「そうか、気を付けろよ」と言葉を頂いた。両手いっぱいの栄養剤を持つ名前を見た一角は大爆笑した。
「聞いたぜ、栄養失調だって?おかしな話だな。」
「五月蠅い。」
名前は背中を叩く一角の手を払いのけた。一角は払われた腕を眺めながら「まだ全快ではないな」と思った。
*
なるべく激しい鍛錬はしないように、と釘を刺されていた。しかし、十一番隊にいて体を動かさない日などない。ウォーミングアップの筋トレから徐々に参加して数日間、問題は起きなかった。なので恋次から鍛錬の名前誘いに乗った。
「誰か来てくれー!名前が倒れたんだ!」
名前は再び真っ青な顔色になり、全身を痙攣させていた。
嘔吐までしており、ただ事ではない。
「恋次、苗字ちゃんが万全じゃない事知ってたよね?なんでこうなったのさ。」
弓親の問いに、恋次は「名前自身が『大丈夫だ』って言うもんだから…」と言い肩を落とした。控えめにやれば大丈夫、とは言え相打ちしていれば自然と本気になってしまうものだ。名前自身も今の限界がどのくらいまで確認したかったのかもしれない。
*
「こりゃ、しばらく戻ってこれないだろうな。」
一角の読み通り、名前は救護詰所で検査入院する事になった。
今回はより細かい精密検査を行う事になった。栄養剤を服用しても改善されなかった為、体質改善が要された。
「発症条件としては鍛錬等で全力を出し切ると起きている状態ですね。一時的な栄養剤は効かない。体質改善をして、体力をもっと付けなければなりません。」
卯ノ花隊長を前に、名前はどうしたらいいのか尋ねた。
「そうですね…まずは自身の体の事を良く知る事ですね。
調べましたが、貴方は他の人には作れない成分を生成する事が出来る特異体質。全力になった時、何かの成分が過剰に生成されてそれが悪さをしているのかもしれません。全てを特定するのは時間が掛かりますが、地道にもやっていかなければ死神としての業務は全う出来ません。」
日常生活を送る分には支障のない症状だ。しかし名前は力を付け、強くなるために死神になった。目標を達成するためには、今の問題を解決しなければならない。それが生きる理由だからだ。
「知識を付ける事ですね。」
専門的な知識である為、学ぶのは並大抵の苦労ではない。医学的に精通している者から教授してもらう必要がある。
「瀞霊廷に医学部がありますが、そこに行ってみますか?」
卯ノ花隊長からの提案。少しでも早く解決する道があるなら、答えは一つだった。
「はい。」
医学部は主に新薬の開発や病気、回道の研究をしている。四番隊とつながりの深い機関。医学に詳しい専門家達が多く在籍していた。沢山の医学書、漢方などが棚に所狭しと並べられている。学生と思しき研修生達も勤勉に講義を受けていた。
「入院中はここの書物を読んで知識を深めるとよいでしょう。話は私の方からしておきます。」
「ありがとうございます。」
名前は卯ノ花隊長に頭をさげた。
*
院内に戻った名前はベッドの上で考え込んでいた。不安定な為、任務に出る事は出来ない。しかし、延々と事務作業をしていても体質改善が出来るかと言えば、無理な気がした。適度な運動が出来て、薬学の知識も得られる環境……。
『時には此処に顔を出すんだよ』
(久枝…。)
そう言えば流魂街で出会った久枝も薬学部出身だと言ってた。彼女と一緒にいれば、医学の知識も得られや自給自足の生活で適度な運動も出来る。
名前は筆と紙を用意し、手紙をしたためた。
*
ニヶ月後、名前は剣八に休職届を提出した。剣八は「戻ってくる気はあるのか?」と聞いた。
「勿論です。ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願い致します。」
治療に何年かかるか分からない。しかし剣八は何も言わず、速やかに受理してくれた。
『必ず戻って来る』
名前は強く胸に誓っていた。休職すると聞いた他の隊員達は口々に「達者でな」と名前を応援してくれた。荷物を持ち、隊舎を出発する準備が整った。
「私が戻るまで、野垂れ死なないでよね。」
「はっ、誰にモノを言ってんだ?」
名前が更に強くなるためには、治療が必要だ。一角は試練に直面している名前を素直に応援していた。名前は必ず戻って来る、そう確信して彼女を見送った。
*
通行許可証を持ち、瀞霊廷の門をくぐった名前は死魄装の姿で流魂街の町を歩いていた。綺麗な街並みは徐々に寂しい景色に変わっていく。以前はチンピラ共に絡まれていた名前だったが、死魄装を纏っているからなのか、絡まれる事は無かった。流魂街の人々はチラリと名前を見たが、興味なさそうに一瞥しただけだった。
今回は医学部から拝借した本を数冊持ってきたので、荷物が重い。日頃の鍛錬も兼ねて名前は一歩ずつ歩んだ。久枝に手紙を出し、返信が返ってきてから名前すぐに荷物を纏め、休職届けを提出した。久枝に頼んだのは、名前の体質改善の講師として、医学の勉強を教授してくれるようお願いした。久枝は名前の頼みを快く引き受けてくれた。ついでに彼女が挙げた品物を数点購入したが、これはお礼としてプレゼントする事に決めた。
(久枝の家はどうなっているだろうか?)
虚によって破壊された彼女の家は、名前が修繕の援助を出しており、改築されている筈だ。死神になると決めた時、久枝の家で生活する事は叶わないと思っていた名前。再び彼女と一緒に山奥で生活出来る事を楽しみに思った。彼女の家まで歩いて数日かかる為、日が傾いた頃に近くの宿で一泊する事にした。比較的設備が整っている宿で、シャワー室も付いていた。もしかしたら大丸組合の傘下だろうか…?と思っていると宿の主人から声を掛けられた。
「苗字さん、ちょっと来てくれ!虚が出たんだ!」
名前は斬魄刀を持ち、急いで部屋を出た。宿の主人に案内してもらうと、一体の虚が町の一角で暴れていた。背丈は平屋の家屋程度の大きさで、過去に斬った虚に比べれば小柄だ。名前は柄に手を当て、引き抜くと同時に虚に斬りかかった。虚は呆気なく倒され、流魂街の住人達に感謝された。
「ありがとう!苗字さんがいてくれて助かったよ。」
「礼には及ばない…ゴホッゴホッ、失礼。」
名前は舞い上がった砂埃を吸い込み、軽く咳き込んだ。
「時たま虚が出現するけど、俺たちにはどうすることもできないから困ったもんだよ。」
流魂街には現世と同様、在中している死神がいる。しかし広域な為、距離によっては駆け付けるまでに時間が掛かる事もある。虚が出現すれば即座に伝令神機に通達されて居場所は分かるが、今回伝令神機から連絡が来る事はなかった。
(きっと連絡が来る前に倒してしまったからだな…。)
虚が出現しても連絡が遅れたり、来なかったり…時たまそういう事があり、名前は気にも留めなかった。名前は宿の主人に言葉を掛けた。
「私達も出来るだけ早く現場に到着するよう努力する。」
「あぁ、頼んだよ。」
*
数日掛けて久枝の家に到着した名前は、彼女から熱烈な歓迎を受けた。
「名前!久しぶりだねぇ、待ってたよ!死魄装が様になってるねぇ…顔色さえ悪くなかったら、文句の付け所は無かったけどね!」
久枝は変わらず、元気そうに見えた。
「一応、病気療養中だからな…。」
「外で話すのもアレだし、取り敢えず中に入りな!」
以前、久枝の家は茅葺屋根の古くて大きな家だったが、ログハウス風の現代風チックな家に変わっていた。茅葺屋根は離れにある蔵に使われていた。
「母屋も蔵も綺麗になったな。」
「そうだよ!アンタのお陰さ。」
名前は死神になってからの給料の半分を、久枝の家の修繕に送っていた。瀞霊廷にいる大工にも声を掛け、半壊になっていた家を建て直したのだ。
「私が弱いせいで家が壊れた。久枝には世話になったし、今回も世話になる。これくらい当然の事だ。」
「相変わらず、真面目なのねぇ…。」
久枝は嬉しそうに笑い、名前の荷物を持った。
「重た~!アンタ、こんな重い荷物持って山を登ってきたの?」
「鍛錬ではもっと重い物を運んでいる。だから普通だ。」
大きなダイニングテーブルに今回の荷物の半分以上を占める医学書を広げ、久枝は本を手に取った。
「わぁ…だいぶ新しくなってんじゃないの。」
久枝は薬学部に在籍していただけあり、数項見ただけで内容が理解出来るみたいだ。名前には内容はさっぱり分からなかったが、久枝なら分かり易く教えてくれるだろう。その為、重くなるのを承知で持ってきたのだ。
「手紙で送った通り、医学…得に薬学の知識を教えて欲しい。これを見ながら体質を理解しなければならない。」
久枝は名前の精密検査の結果を見ながら、考え込んだ。
「確かに…一般なら有り得ない数値が出てるわ。」
「何年掛かってもいい…これは鍛錬の一種だから。」
療養が長くなる事は承知している。休職届を出す時に説明してきた。復帰するまで無給だが、ここは自給自足の生活がメインなのでお金に困る事はほとんどない。
「分かったよ…まぁ、余り張り切りすぎずにさ、一個ずつやってこう。
医学は思ってる以上に難しいから。」
「覚悟している。」
***
「一角さん、お願いします!」
恋次は鍛錬に励んでいた。二人は斬魄刀を持ち、本戦同様に戦っていた。一角は恋次の攻撃を受け止め、弾き返した。その間に恋次との距離を詰めて鬼灯丸を振るう。
「隙だらけだぞ!」
「そうでもないっスよ。」
恋次は不敵に笑い、蛇尾丸を握った。蛇尾丸は伸縮し、一角に襲い掛かる。一角は腕に食い込む蛇尾丸の刃を左手で掴んだ。血が滴り落ちるのも気にせず、鬼灯丸を振った。
「裂けろ、鬼灯丸!」
三節根になった鬼灯丸の刃が恋次の顔に飛ぶ。恋次は慌てて避けるも、右の頬を掠めて出血した。一角は恋次がよろけた瞬間、腹に蹴りを入れた。
「うおぉっ!」
吹き飛ばされ、転がり込む恋次に一角は「続けるか?」と言った。
「当たり前じゃないっスか!」
近頃、毎日恋次との鍛錬に付き合っている一角だったが、彼の底なしのやる気は何処から溢れてくるのだろうか?
「毎日毎日食らいついてきやがって…やけに必死じゃねぇか。」
「俺には、越えなきゃいけない人がいるんですよ…。」
初めて語り出す恋次の話に、一角は攻撃を止めて耳を傾けた。
「へぇ……誰なんだ…?」
「朽木白哉!」
一角は内心驚いた。懸命になって鍛錬に打ち込む姿を見て普通じゃないと思っていたが、目指している相手が四大貴族の当主となれば、決して大袈裟な話ではないのかもしれない。一角は腕を組み、笑った。恋次は鼻で笑われムッと眉間に皺を寄せた。
「俺は本気なんです!馬鹿にするなら、いくら一角さんでも許さないっスよ!!!」
「あぁ、笑ったさ。出来るもんならやってみな!」
恋次はこめかみに青筋を浮かべて叫んだ。
「うおおおおぉぉ!」
恋次は再び斬魄刀を振るい、一角に突撃した。
(真っ直ぐな目だ…昔の俺もこんな目をしていたんだろうな。)
恋次は六番隊 隊長の朽木白哉を倒すために、人一倍努力している。一角は恋次の目を見て、ひと昔前を思い出した。
(俺はどうした…?何の為に戦っている?)
一角は更木剣八の背中を追って護廷十三隊に入隊した。
『更木剣八!俺はアンタを倒す男だ!』
『ハッ…あの時の野郎か。強くなったんだよなぁ?』
入隊直後、更木剣八は目を輝かせて一角を見据えた。決闘を申し込んだが、流魂街で初めて刃を交えた時同様、圧倒的な力でねじ伏せられた。
それから何度も何度も剣八に挑むも、ことごとく敗れた。
『俺と戦ってくれ!!!』
『断る、つまらねぇ…。』
吐き捨てるように言われた言葉が、今でも一角の脳裏に張り付く。何度戦っても、この人を越える事は出来ない。いつからか、一角は剣八に執着しているのではなく、魅せられているのだと気が付いた。
それから一角は更木剣八に付き従う事を決めた。今、自分が戦う理由は一つ。一角はこの人の力になり、一生付いて行くと誓った。
「俺を倒さなきゃ、朽木白哉には勝てねぇぞ。」
「畜生…。」
地面に這いつくばる恋次を見ながら、一角は息を吐いた。
(俺が言える立場なのか?)
燻って仕方がない。地面に伏している恋次の目が、一角にはとても眩しく見えた。強くなるために誰しも努力している。恋次も…名前も。一角はどうするべきなのか。それは自分自身ですら分からなくなっていた。
*
それから数か月後。
六番隊が副隊長の成り手を探しているとの話が舞い込んできた。恋次は真っ先にこの話に飛びついた。まずは六番隊へ異動し、副隊長昇格の試験を行う。最終的に朽木隊長が判断し、副隊長を選ぶのだ。恋次は十一番隊でも鍛錬や任務に真面目に取り組み、昇格試験に臨むだけの資格はあった。
目指していた六番隊…。恋次は六番隊への異動を即決した。
「お世話になりました!」
数日後、異動の準備が整った恋次は門出を迎えた。十一番隊の隊員皆が集まる中、恋次は深々と頭を下げた。隊員達は「頑張ってくだせぇ!」と応援の言葉を掛けた。
「恋次らしいね…朽木隊長を倒すために副隊長を目指すなんてさ。一角、寂しいんじゃない?」
「別に、寂しかねぇよ…。」
打倒、朽木白哉。恋次の熱い意志を聞いている一角は、異動に反対する事はなかった。むしろ、全力で応援するべきだ。
「れんれん、いつでも遊びに来てねー!」
手を振るやちる。恋次は腹の底から声を出して挨拶した。
「ありがとうございます!行ってきまーす!!!」
.