◇かぜのまち古本屋店主(夢幻の歯車)
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手紙は灰となりて気付かれず
ただの犯罪者のくせに義賊だとか持ち上げられてるヤツなんて殺した方が良いと思わないか。新聞紙を捲っていた指に思わず力が入る。
何が大盗賊再びひかりのまちに現る!だ。バレてるようじゃ三流だ、三流。いやまあ、噂によればバレた訳でなく自ら名乗りを上げているらしいが。なんでそんな馬鹿なことを……わざわざ余計なリスクを背負う必要なんて無いだろうに……
あー、はいはい。よほど逃げ切る自信があるんですね、クソが。見たこともない盗賊の高笑いを想像して再び腹がたった。
紙面に良く載っている、証拠ひとつ残さず誰一人傷付けないという鮮やかな犯行手口を見るに、これは組織的な犯行なのだろう。一人で完全犯罪はまず無理だ。大方、事前に味方を屋敷に潜り込ませているか、関係者に金を握らせてある程度融通を利かせているのだろう。手下に権力者がいて証拠を揉み消してもらってる可能性もあるか。
まぁ俺は計画も犯行も後処理も全部一人でやってついぞバレる事は無かったけどな!!
いま世間で義賊だなんだと盗賊を持ち上げてる全てのヤツの眼前に人差し指を突きつけてやりたい。最初に巷を騒がせた大どろぼうは俺だ!そう、ひかりのまちの鼻につく貴族ども相手に一人でな!!あ、正確には怪盗だけど。
自身の過去の栄光ばかり長々と並べて、結局お前は何が言いたいのかって?今騒がれてる大盗賊なんかより、元祖の俺の方が凄いって事だよ。なのに、なんで俺のときより盛り上がってるんだ。盗賊より怪盗の方がカッコイイだろ……どう考えても……
不快な気持ちでコーヒーを啜る。うむ、流石あの食い意地の張った社長のオススメだけあってなかなか美味い。が、その美味いコーヒーでもこの煮えに煮え切った苛立ちは流し切ってくれそうにない。胸に巣食うモヤをどうにか追いやりたくて大きく息を吐いた。
「お待ちどおさま。……あれ、コーヒーは口に合いませんでしたか?」
マズい。溜息吐いてるのを見られたか。思っていたよりランチが来るのが早かった。ここの店長は、はたらき者と言うのを忘れていた。
いや、まだ間に合う。急いで表情を取り繕って困ったような顔を作った。俺は真正穏やかな古本屋の店主。今日は、相変わらず閑古鳥の鳴いている自店を早々に閉め、日頃の息抜きにカフェに訪れた。
「あぁ店長。いや、コーヒーじゃなくて今日の新聞にさ。また出たんだってよ。盗賊が」
「へぇ、またですか。最近よく聞きますよね」
テーブルに静かにプレートを置いた店主が穏やかに返す。良かった。自然な流れに見えたようだ。
「まったく、参るよな。早く取っ捕まっちまえばいいのに」
「……それは言い過ぎじゃないですかね。噂だと彼は義賊らしいですよ」
おや。普段は客の意見に同調するか、柔らかく別意見を提示する店長にハッキリと咎められ、一瞬呆気にとられた。発せられた声には僅かな憤りと悲しみが浮かんでいる。なんというか、彼が否定意見を出した事もだが、物腰柔らかな真面目好青年という印象の店長が盗賊の肩を持つのはかなり意外だった。
「店長は件の盗賊のファンだったのか。そりゃ悪い事言ったナ。けど俺は義賊だろうがなんだろうが、どろぼうは嫌いなんだ」
「それはまた……理由はお有りで?」
「ああ。そうか、店長は最近ダイヤモンド・タウンに来たから知らないんだっけ」
「……ええ。最近こちらに店を開いたばかりですが」
ひとつ間をおいて店長は答えた。別に新参者だと冷笑したいわけでないのだからそう構えないでほしい。少し、昔話がしたくなっただけだ。頼んでいたモーニングのサンドイッチを一口、かじった。
「昔のダイヤモンド・タウンでも似たようなどろぼう騒ぎがあってナ。頻繁にひかりのまちから金目の物を盗んで回ってたんだ。ある日、そのどろぼうが東地区を拠点にしてる事を貴族どもが嗅ぎつけて、区の一角に火を放ちやがってさ。」
「そのどろぼうに関係のない人たちは……?」
「当然巻き込まれたけど、アイツらは一般人が犠牲になる事なんてなんとも思っちゃいないよ。どろぼうが捕まりさえすればいいのさ。大人しく暮らしてた俺らからしたら迷惑な話だ」
怪盗を名乗ってはいたが、世間一般ではただのどろぼう扱いだったのでそれに合わせる。俺自身の事を客観的に悪様に言うのも、もう慣れたものだった。あの頃の行動を反省しているなんて、微塵も思っていないが、自身が怪盗だと疑われないように生きていく中で出来た癖だ。
「ナマエさんが盗賊を嫌うのも仕方のないことかもしれませんね。すみません、まさかそんな物騒な事件があったとは知らず不躾に……」
「いや、いいよ」
申し訳なさそうに縮こまる店長に笑って言った。平和なこのまちで火難があったなんて普通思わんわな。余所から来たなら尚のこと。
「今じゃ考えられないけど、かぜのまちは昔治安が悪くてナ。ほとんどスラムみたいなモンだったんだよ。特に俺の住んでた東地区は酷かった」
「へえ。ナマエさん、東地区に住んでたんですね」
確認するように店長が復唱して返した。このまちの昔の様子については驚かないんだな。既に他の誰かに聞いていたのかもしれない。彼の驚く顔は正直見たかったのでちょっと残念だ。いつもどこか飄々として、掴みどころのない彼が、間の抜けた表情をする様子はきっと面白かったろうに。
「金も身寄りも無いガキがひとつの家に寄せ集まって家族のように支え合ってさ。毎日必死にその日の食い物を探してたな」
その辺彷徨いてるガキ共を引き取って全部世話してた近所のガラクタ売りのじいさんは元気だろうか。俺がそんな無茶してたらすぐあの世から迎えが来るぞ、と再三言っているのに全く聞かねぇんだからあの頑固オヤジ。……今度会いに行くか。あんな慈善行動、しようとは到底思わないけど尊敬はしてるから。一応。
どうせお互い暇なんだからいつ行ってもいいだろう、と明日にでも行く算段を付けていると、店長が少々緊張したような声で尋ねた。
「ナマエさんにもいたんですか?家族」
「……ああ。いたよ。血は繋がっていないが弟がひとり。先の火事で死んじまったけどナ」
やたらに目つきの悪い痩せっぽちのチビだった。路地裏で一人彷徨い歩いていた姿はボロボロで、このまま放っておいたら死ぬと思ったから気まぐれに連れて帰った。その鋭い目つきから分かる通り気骨のあるやつで、こちらの言う事は聞かない生意気なぼうずだった。
助けてやって世話もしてやってるというのに、噛み付いて引っ掻いて懐かない様子は俯瞰的に見て全く可愛げがない。
それでも追い出さなかったのは、これ以上じいさんに負担をかけたくなかったのと、このガキが意地を張っているだけだと分かってしまったからだった。
コイツ、甘え方を知らないんだ。分かってしまえば、反抗的な態度も面白くて仕方なかった。
俺の作る料理に文句をつけて罵るクセ、絶対に残すような事はせず、ただいまと言えばおかえりと返してくる、撫でれば止めろと顔を歪めるのに本気で振り払うことはしない、生意気でかわいい、俺のただ一人の弟だった。もう、会えはしないが。
「案外、火事になる前に家を出ているかもしれませんよ」
「まさか」
一貫して、“穏やかな古本屋店主”として振る舞う事を努めていたが、彼のノーテンキな仮説には思わず鼻で笑ってしまった。俺を慰めようとしてくれたのかもしれないが、そんなことはあり得ない。
全てはあの日に決したのだ。一緒に過ごした家も、台所も、俺の誕生日に贈ってくれた手作りであろうフォトフレームも、なにもかも全部、焦げて焼けて消し炭になって消えてしまった。
いつもと同じように、ひかりのまちの屋敷に忍び込みに行った俺をいつも通りには迎えてくれなかった。ただいま、と言う夢はもう何百回も見て、起きる度に二度と叶うことは無いのだと思い知る。黒く煤けてほんとうに何一つ残らなかったそれを俺は何年もかけて受け入れたんだ。
実は生きているだなんて今更まさか。そんなこと、あるはずが無い。暗い空気を切り替えるために意識して明るい方に話題を変えた。
「それにしても社長が工場建ててからだいぶ平和になったモンだ。あの人のお陰で泣いてるガキがいなくなったよ」
「へぇ。デデデのだんなのお陰で?」
「それとカービィもナ。社長さんだけだと彼の身勝手に俺たちが振り回されるだけになってただろうから助かってる。部下のワドルディくんだけじゃ制御出来ないだろうし……これでも感謝してんだ」
持ち合わせてる善性の所為もあるだろうけど、アイツら、自分の目的や安寧を妨げるものは全部薙ぎ払っていくからまちの秩序が全体的に回復したんだよな。あの二人がこのまちに定住してくれたのはダイヤモンド・タウンにおける数少ない良かったことだと思う。居るだけで強制的に治安維持されるからな。
得られる平和と引き換えに原っぱに飛行機が落ちるようになったが、まぁそれは些細な問題である。
「ごちそうさま。美味かったよ」
昔話だけでランチを終えるなんて、俺も年をとったのかもしれない。店長にはつまらない話に付き合わせてしまった。
「ありがとうございます。……きっとまた、来てくださいね」
「おう。また、近いうちナ〜」
カランコロンと扉の開閉を知らせるベルが鳴る。店長の手前ああは言ったが残念ながら次来るのは大分先になりそうだ。自身の懐事情を顧みて憂鬱な気分になった。
このダイヤモンド・タウンのかぜのまちでは本に対して極端に需要が無いせいか、俺の店には滅多に来客がない。おかげで昼間は気楽に過ごせるが、その分やっぱり実入りが少ないのが辛いところだ。
自分で選んだ道ではあるが、もう少し儲けられる仕事にすれば良かったかもしれない、と次いつ買えるか分からないサンドイッチとコーヒーに想いを馳せた。美味かったなぁ……もっと値段のするメニューはもっと美味いんだろうなぁ……
閉まったドアと未だ揺れるドアベルを見つめていた。ドロッチェにはあの男と共に過ごした記憶がある。お節介にも人を雨風凌げる家に連れ込み、甲斐甲斐しく治療をし、二人分の料理を用意して、夜には二人分の寝床を整えたあのナマエという男を、ドロッチェは確かに慕っていた。
怪盗として貴族の屋敷に忍び込んではどこか怪しいツテに流して、生活費を稼いでいたのを知っている。
ナマエが出掛ける準備をする度に連れて行けとせがんだが、当時背が低く痩せていたドロッチェは、ナマエの目には相当幼く見えたらしく、危ないからと決して聞こうとはしなかった。
実際には年はそう変わらないはずなのだが、それがバレればもう大事にされることはないかもしれないと思うと、結局最後まで言い出すことはできなかった。
ナマエの見る世界に憧れ、辛抱ならずに手紙だけ置いて去ったあの日に、ナマエと住んでいた東地区の一角が燃えてしまったのだと知ったのは、盗賊として活動し始めた後のことである。
よお、クソチビ。と目が合い次第、ニヤニヤと不名誉なあだ名で呼ぶあの声が。鬱陶しがるコチラのことなど気にもせず、力任せに頭を撫でるあの腕が。調理過程は正しいはずなのに、なぜだか水っぽい手作りの料理が。恋しいなどと思うような日が、まさか来るとは。
早く訪ねてナマエの無事を確認せねば。そう思うのにもし死んでいたら、と考えると動けなくなる。そうして東地区へ足を運ばないまま、表の顔である喫茶店の店長として過ごしていたある日、ベルの音と共に来店した男を見て驚いた。
「デデデ社長の紹介で来たんですけど……オススメあります?」
記憶の中のナマエは敬語を使うこともいい人そうな顔もしないが、そこに立っていたのは間違いなくナマエであった。
生きていた。ナマエが、生きている!
ナマエはオレがあのチビであるということに気が付いていない様子で何故固まっているのか、不思議そうに首を傾げた。気が動転してその日は何を話したのか覚えていないが、とにかく次も来て貰えるように金がないと言うナマエに初の来店だからと理由をつけて店の割引券を無理やり渡した。
それからナマエはカフェに常連とは言えないまでも、そこそこの頻度で来店するようになった。他愛ない世間話を交わすようになって、ナマエの敬語も無くなった今日、ついにあの日の話が出た。
心臓が早鐘を打つようだった。ドロッチェはもう、痩せっぽちのチビではないのでナマエは気付かないかもしれない。でも、もしかしたらと夢想せずにはいられなかった。
お前まさか、チビか!と驚いたナマエに気付くのが遅いんだと笑ってやる。それがついに叶うかもしれない。緊張で口の中が乾く。大事な事を間違えてしまわないように慎重に言葉を重ねた。
「まさか」
嘲るような酷く空っぽな声を思い出す。積み上げた期待はいとも容易く裏切られた。弟が、オレが、生きていたら喜ぶだろうというのは、思い違いだったのだろうか。ナマエにとってオレはもう、必要のない過去のものとなってしまったのだろうか。
「俺はお前が大好きだからな」
否、この世のなにより愛されていたはずだ。記憶の底から幸せな思い出を無理やり引っ張り出して塗り潰す。大丈夫だ。ナマエは、また来てくれるって言った。もう一回。今度はもっと上手く話して思い出して貰おう。そしたら驚くナマエをからかってやるんだ。大丈夫。次はきっと上手くいくさ。
胸の内で泣き叫ぶ子供の声は、両手で無理やりおさえ込んで聞こえないフリをした。
ただの犯罪者のくせに義賊だとか持ち上げられてるヤツなんて殺した方が良いと思わないか。新聞紙を捲っていた指に思わず力が入る。
何が大盗賊再びひかりのまちに現る!だ。バレてるようじゃ三流だ、三流。いやまあ、噂によればバレた訳でなく自ら名乗りを上げているらしいが。なんでそんな馬鹿なことを……わざわざ余計なリスクを背負う必要なんて無いだろうに……
あー、はいはい。よほど逃げ切る自信があるんですね、クソが。見たこともない盗賊の高笑いを想像して再び腹がたった。
紙面に良く載っている、証拠ひとつ残さず誰一人傷付けないという鮮やかな犯行手口を見るに、これは組織的な犯行なのだろう。一人で完全犯罪はまず無理だ。大方、事前に味方を屋敷に潜り込ませているか、関係者に金を握らせてある程度融通を利かせているのだろう。手下に権力者がいて証拠を揉み消してもらってる可能性もあるか。
まぁ俺は計画も犯行も後処理も全部一人でやってついぞバレる事は無かったけどな!!
いま世間で義賊だなんだと盗賊を持ち上げてる全てのヤツの眼前に人差し指を突きつけてやりたい。最初に巷を騒がせた大どろぼうは俺だ!そう、ひかりのまちの鼻につく貴族ども相手に一人でな!!あ、正確には怪盗だけど。
自身の過去の栄光ばかり長々と並べて、結局お前は何が言いたいのかって?今騒がれてる大盗賊なんかより、元祖の俺の方が凄いって事だよ。なのに、なんで俺のときより盛り上がってるんだ。盗賊より怪盗の方がカッコイイだろ……どう考えても……
不快な気持ちでコーヒーを啜る。うむ、流石あの食い意地の張った社長のオススメだけあってなかなか美味い。が、その美味いコーヒーでもこの煮えに煮え切った苛立ちは流し切ってくれそうにない。胸に巣食うモヤをどうにか追いやりたくて大きく息を吐いた。
「お待ちどおさま。……あれ、コーヒーは口に合いませんでしたか?」
マズい。溜息吐いてるのを見られたか。思っていたよりランチが来るのが早かった。ここの店長は、はたらき者と言うのを忘れていた。
いや、まだ間に合う。急いで表情を取り繕って困ったような顔を作った。俺は真正穏やかな古本屋の店主。今日は、相変わらず閑古鳥の鳴いている自店を早々に閉め、日頃の息抜きにカフェに訪れた。
「あぁ店長。いや、コーヒーじゃなくて今日の新聞にさ。また出たんだってよ。盗賊が」
「へぇ、またですか。最近よく聞きますよね」
テーブルに静かにプレートを置いた店主が穏やかに返す。良かった。自然な流れに見えたようだ。
「まったく、参るよな。早く取っ捕まっちまえばいいのに」
「……それは言い過ぎじゃないですかね。噂だと彼は義賊らしいですよ」
おや。普段は客の意見に同調するか、柔らかく別意見を提示する店長にハッキリと咎められ、一瞬呆気にとられた。発せられた声には僅かな憤りと悲しみが浮かんでいる。なんというか、彼が否定意見を出した事もだが、物腰柔らかな真面目好青年という印象の店長が盗賊の肩を持つのはかなり意外だった。
「店長は件の盗賊のファンだったのか。そりゃ悪い事言ったナ。けど俺は義賊だろうがなんだろうが、どろぼうは嫌いなんだ」
「それはまた……理由はお有りで?」
「ああ。そうか、店長は最近ダイヤモンド・タウンに来たから知らないんだっけ」
「……ええ。最近こちらに店を開いたばかりですが」
ひとつ間をおいて店長は答えた。別に新参者だと冷笑したいわけでないのだからそう構えないでほしい。少し、昔話がしたくなっただけだ。頼んでいたモーニングのサンドイッチを一口、かじった。
「昔のダイヤモンド・タウンでも似たようなどろぼう騒ぎがあってナ。頻繁にひかりのまちから金目の物を盗んで回ってたんだ。ある日、そのどろぼうが東地区を拠点にしてる事を貴族どもが嗅ぎつけて、区の一角に火を放ちやがってさ。」
「そのどろぼうに関係のない人たちは……?」
「当然巻き込まれたけど、アイツらは一般人が犠牲になる事なんてなんとも思っちゃいないよ。どろぼうが捕まりさえすればいいのさ。大人しく暮らしてた俺らからしたら迷惑な話だ」
怪盗を名乗ってはいたが、世間一般ではただのどろぼう扱いだったのでそれに合わせる。俺自身の事を客観的に悪様に言うのも、もう慣れたものだった。あの頃の行動を反省しているなんて、微塵も思っていないが、自身が怪盗だと疑われないように生きていく中で出来た癖だ。
「ナマエさんが盗賊を嫌うのも仕方のないことかもしれませんね。すみません、まさかそんな物騒な事件があったとは知らず不躾に……」
「いや、いいよ」
申し訳なさそうに縮こまる店長に笑って言った。平和なこのまちで火難があったなんて普通思わんわな。余所から来たなら尚のこと。
「今じゃ考えられないけど、かぜのまちは昔治安が悪くてナ。ほとんどスラムみたいなモンだったんだよ。特に俺の住んでた東地区は酷かった」
「へえ。ナマエさん、東地区に住んでたんですね」
確認するように店長が復唱して返した。このまちの昔の様子については驚かないんだな。既に他の誰かに聞いていたのかもしれない。彼の驚く顔は正直見たかったのでちょっと残念だ。いつもどこか飄々として、掴みどころのない彼が、間の抜けた表情をする様子はきっと面白かったろうに。
「金も身寄りも無いガキがひとつの家に寄せ集まって家族のように支え合ってさ。毎日必死にその日の食い物を探してたな」
その辺彷徨いてるガキ共を引き取って全部世話してた近所のガラクタ売りのじいさんは元気だろうか。俺がそんな無茶してたらすぐあの世から迎えが来るぞ、と再三言っているのに全く聞かねぇんだからあの頑固オヤジ。……今度会いに行くか。あんな慈善行動、しようとは到底思わないけど尊敬はしてるから。一応。
どうせお互い暇なんだからいつ行ってもいいだろう、と明日にでも行く算段を付けていると、店長が少々緊張したような声で尋ねた。
「ナマエさんにもいたんですか?家族」
「……ああ。いたよ。血は繋がっていないが弟がひとり。先の火事で死んじまったけどナ」
やたらに目つきの悪い痩せっぽちのチビだった。路地裏で一人彷徨い歩いていた姿はボロボロで、このまま放っておいたら死ぬと思ったから気まぐれに連れて帰った。その鋭い目つきから分かる通り気骨のあるやつで、こちらの言う事は聞かない生意気なぼうずだった。
助けてやって世話もしてやってるというのに、噛み付いて引っ掻いて懐かない様子は俯瞰的に見て全く可愛げがない。
それでも追い出さなかったのは、これ以上じいさんに負担をかけたくなかったのと、このガキが意地を張っているだけだと分かってしまったからだった。
コイツ、甘え方を知らないんだ。分かってしまえば、反抗的な態度も面白くて仕方なかった。
俺の作る料理に文句をつけて罵るクセ、絶対に残すような事はせず、ただいまと言えばおかえりと返してくる、撫でれば止めろと顔を歪めるのに本気で振り払うことはしない、生意気でかわいい、俺のただ一人の弟だった。もう、会えはしないが。
「案外、火事になる前に家を出ているかもしれませんよ」
「まさか」
一貫して、“穏やかな古本屋店主”として振る舞う事を努めていたが、彼のノーテンキな仮説には思わず鼻で笑ってしまった。俺を慰めようとしてくれたのかもしれないが、そんなことはあり得ない。
全てはあの日に決したのだ。一緒に過ごした家も、台所も、俺の誕生日に贈ってくれた手作りであろうフォトフレームも、なにもかも全部、焦げて焼けて消し炭になって消えてしまった。
いつもと同じように、ひかりのまちの屋敷に忍び込みに行った俺をいつも通りには迎えてくれなかった。ただいま、と言う夢はもう何百回も見て、起きる度に二度と叶うことは無いのだと思い知る。黒く煤けてほんとうに何一つ残らなかったそれを俺は何年もかけて受け入れたんだ。
実は生きているだなんて今更まさか。そんなこと、あるはずが無い。暗い空気を切り替えるために意識して明るい方に話題を変えた。
「それにしても社長が工場建ててからだいぶ平和になったモンだ。あの人のお陰で泣いてるガキがいなくなったよ」
「へぇ。デデデのだんなのお陰で?」
「それとカービィもナ。社長さんだけだと彼の身勝手に俺たちが振り回されるだけになってただろうから助かってる。部下のワドルディくんだけじゃ制御出来ないだろうし……これでも感謝してんだ」
持ち合わせてる善性の所為もあるだろうけど、アイツら、自分の目的や安寧を妨げるものは全部薙ぎ払っていくからまちの秩序が全体的に回復したんだよな。あの二人がこのまちに定住してくれたのはダイヤモンド・タウンにおける数少ない良かったことだと思う。居るだけで強制的に治安維持されるからな。
得られる平和と引き換えに原っぱに飛行機が落ちるようになったが、まぁそれは些細な問題である。
「ごちそうさま。美味かったよ」
昔話だけでランチを終えるなんて、俺も年をとったのかもしれない。店長にはつまらない話に付き合わせてしまった。
「ありがとうございます。……きっとまた、来てくださいね」
「おう。また、近いうちナ〜」
カランコロンと扉の開閉を知らせるベルが鳴る。店長の手前ああは言ったが残念ながら次来るのは大分先になりそうだ。自身の懐事情を顧みて憂鬱な気分になった。
このダイヤモンド・タウンのかぜのまちでは本に対して極端に需要が無いせいか、俺の店には滅多に来客がない。おかげで昼間は気楽に過ごせるが、その分やっぱり実入りが少ないのが辛いところだ。
自分で選んだ道ではあるが、もう少し儲けられる仕事にすれば良かったかもしれない、と次いつ買えるか分からないサンドイッチとコーヒーに想いを馳せた。美味かったなぁ……もっと値段のするメニューはもっと美味いんだろうなぁ……
閉まったドアと未だ揺れるドアベルを見つめていた。ドロッチェにはあの男と共に過ごした記憶がある。お節介にも人を雨風凌げる家に連れ込み、甲斐甲斐しく治療をし、二人分の料理を用意して、夜には二人分の寝床を整えたあのナマエという男を、ドロッチェは確かに慕っていた。
怪盗として貴族の屋敷に忍び込んではどこか怪しいツテに流して、生活費を稼いでいたのを知っている。
ナマエが出掛ける準備をする度に連れて行けとせがんだが、当時背が低く痩せていたドロッチェは、ナマエの目には相当幼く見えたらしく、危ないからと決して聞こうとはしなかった。
実際には年はそう変わらないはずなのだが、それがバレればもう大事にされることはないかもしれないと思うと、結局最後まで言い出すことはできなかった。
ナマエの見る世界に憧れ、辛抱ならずに手紙だけ置いて去ったあの日に、ナマエと住んでいた東地区の一角が燃えてしまったのだと知ったのは、盗賊として活動し始めた後のことである。
よお、クソチビ。と目が合い次第、ニヤニヤと不名誉なあだ名で呼ぶあの声が。鬱陶しがるコチラのことなど気にもせず、力任せに頭を撫でるあの腕が。調理過程は正しいはずなのに、なぜだか水っぽい手作りの料理が。恋しいなどと思うような日が、まさか来るとは。
早く訪ねてナマエの無事を確認せねば。そう思うのにもし死んでいたら、と考えると動けなくなる。そうして東地区へ足を運ばないまま、表の顔である喫茶店の店長として過ごしていたある日、ベルの音と共に来店した男を見て驚いた。
「デデデ社長の紹介で来たんですけど……オススメあります?」
記憶の中のナマエは敬語を使うこともいい人そうな顔もしないが、そこに立っていたのは間違いなくナマエであった。
生きていた。ナマエが、生きている!
ナマエはオレがあのチビであるということに気が付いていない様子で何故固まっているのか、不思議そうに首を傾げた。気が動転してその日は何を話したのか覚えていないが、とにかく次も来て貰えるように金がないと言うナマエに初の来店だからと理由をつけて店の割引券を無理やり渡した。
それからナマエはカフェに常連とは言えないまでも、そこそこの頻度で来店するようになった。他愛ない世間話を交わすようになって、ナマエの敬語も無くなった今日、ついにあの日の話が出た。
心臓が早鐘を打つようだった。ドロッチェはもう、痩せっぽちのチビではないのでナマエは気付かないかもしれない。でも、もしかしたらと夢想せずにはいられなかった。
お前まさか、チビか!と驚いたナマエに気付くのが遅いんだと笑ってやる。それがついに叶うかもしれない。緊張で口の中が乾く。大事な事を間違えてしまわないように慎重に言葉を重ねた。
「まさか」
嘲るような酷く空っぽな声を思い出す。積み上げた期待はいとも容易く裏切られた。弟が、オレが、生きていたら喜ぶだろうというのは、思い違いだったのだろうか。ナマエにとってオレはもう、必要のない過去のものとなってしまったのだろうか。
「俺はお前が大好きだからな」
否、この世のなにより愛されていたはずだ。記憶の底から幸せな思い出を無理やり引っ張り出して塗り潰す。大丈夫だ。ナマエは、また来てくれるって言った。もう一回。今度はもっと上手く話して思い出して貰おう。そしたら驚くナマエをからかってやるんだ。大丈夫。次はきっと上手くいくさ。
胸の内で泣き叫ぶ子供の声は、両手で無理やりおさえ込んで聞こえないフリをした。
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