◇かぜのまち古本屋店主(夢幻の歯車)
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方舟二人でどんぶらこ
「相変わらずボロい店ダナァ」
「帰れ」
珍しく平日の昼間に客が来たと思ったらクソタマゴだった。俺に歓迎されていないのが不服らしくブーブー言っているが、わざわざ出迎えた客が一銭も寄越すハズの無いアホロアだったら当然機嫌も悪くはなるだろう。こっちはせっかく食べようと思ってた出来立ての昼飯をわざわざ置いてまで出たのだからこれは理不尽な癇癪などではなく、正当な怒りだ。
「お邪魔しマ〜ス。ヨイショ」
「帰れってんだよ。……押し入るな!」
いつもの事ではあるが、アホロアはこちらの言う事などまるで聞かずに勝手知ったる他人の家、という感じで図々しく上がり込む。こいつ……地味に力が強い。薬売りのフィジカルじゃないだろ。マジで。
「お、今日は和食ダ」
「……ふふん、美味そうだろ。お前も食うか?」
「ヤダヨォ。ナマエの作る料理ナポリタン以外全部なんか水っぽいンだモン」
「そんなことはないだろ」
確かに店で出せるような味ではないけど、水っぽいとか変な評価されるような物じゃないだろ、俺の料理は。ナポリタンしか食えたモンじゃないなんて事は……
そういえば俺の飯にいつも文句付けてたチビもナポリタンのときだけは嬉々として食べてたな……いや、まさか。アホロアの言う事なんて気にする必要無いだろ。うん。そんなことより、要らないってんなら一人で食おう。親切心で誘ったというのに無碍にしたコイツのために飯を冷ますなんて勿体無い。
「ゲェッごはんにみそ汁かけてル……貧乏クサァ〜……」
「よし表出ろカス。戦争だ」
「口がワルいヨォ〜」
金がなくて美味いもん食べれないから味変でやってる訳じゃねぇよ!美味いと思ってるからやってんだ!!……なに笑ってやがる……みそ汁かけご飯美味いだろうが!!
「と言うかお前、どうやって俺の居場所知ったんだ。最後に会ったとき何も言ってないはずだが」
「マァ……企業秘密?」
「……じいさんか」
昔からガラクタ売りのじいさんから、目利きのいいマホロアは目ぼしい物を、値切れるだけ値切って本来の半額以下で購入していた。あの人はなんだかんだ俺の事を心配してくれているようだから、自分の客であり俺の知り合いであるマホロアにならと良かれと思って教えたに違いない。お節介ジジイめ、と溜息を吐いた。
俺が昼食を食べ終わっても居座るアホに、渋々なんの用だと訊ねると良くぞ聞いてくれたと言わんばかりに両手をモミモミ、顔をニヤニヤさせながら声を弾ませた。暫く会っていなかったが、胡散臭さは微塵も変わらないな。
「ビジネスの話ダヨォ。キミだって、そろそろまとまったおカネ欲しいデショ?」
「それは助かる。店の本全部売ってやるよ、定価で」
「古本屋なのニ……?」
お前だけの特別価格だ。喜べよ。一つの棚35万ポイントスターは堅いからざっと700万くらいの収入が入るな……何しようか……じいさんには世話になったから何か買ってやらんでもない。湯呑みとかでいいだろうか。それとも日用品の方が喜ぶかな。
「イヤイヤ、そうじゃなくっテ!怪盗としてのハナシ!」
暫し呆気にとられていたマホロアが本当に売り付けられそうになった気配を感じたのか、慌てて言った。
「こんな店、しばらく留守にしたって困らないデショ?オトートくんだってモウいないしサ」
本当にこのアホロアは人の神経を逆撫でするような事しか言えないのだろうか。怒りは簡単に人の視界を狭める。そうして俺に癇癪を起こさせることこそ、コイツの思う壺なのだろう。激昂しそうになるのを抑えて大きく溜息を吐いた。誘い方に色々思うところはあるが、断る理由もない。
「……まあ、お前にはたった一回だけ借りがあるしな」
「一回なんてコト無いデショ。危険も恐れず複数回に渡ッテ取引してあげた訳ダシ」
「それは単純にさっさと退場して欲しかったからだが」
逆になんで死んでないんだ、コイツ。俺の盗品引き取ったのもそうだけどこのペテン師が他に恨み買ってないわけないんだからもっと追われて然るべきだろ。
怪盗の仕事に長いブランクはあるが、準備の仕方は忘れていない。確かカードは二番目の引き出しだ。引っ張り出したそれを見てマホロアが言った。どこか冷たい声だった。
「そんな予告状とかサ、出さなくてもイイと思うヨ。今更正々堂々とか言うツモリないデショ?」
「……まあ、そうか。そうだな」
予告した上で盗み出した方が格好いいから書けよ、と言った誰かはもういない。カードを引き出しにしまい直すとマホロアはなぜだか嬉しそうにニヤニヤと笑った。顔を顰めれど、視線を逸らす様子は無い。コイツ、相手を自分の思い通りに動かすためにジッと観察する癖があるから怖いんだよな。
余計な事を考えつつ道具の入ったトランクを持ってくる。手入れは定期的にしているが、見ておくことに損はないだろう。
「ナマエ、ナンデそんな使いにくい古い道具使ってるノ?新しいのにするならボク、仕入れるのにサァ……」
「一理ある。でもお前からは買わない」
「フーン、なんデ?」
「絶対ぼったくるだろ」
「チッ」
「あぁ??」
もうほんとコイツ早く死んでくんねぇかな。
やたらにギラギラと光る廊下だ。主役ばかりで見る人の視線を誘導させるつもりがない。目的の物はこの先にある。マホロアによれば古代の何かスゴいエネルギーを秘めたオーパーツ的な物らしいが、生憎俺にはさっぱりである。(噂があるだけで本物なのかも怪しいらしいが、偽物でも報酬はくれるらしい)そんなものを集めてどうしたいのかも興味無い。出来れば早々に片付けて帰りたい。……と、いうのに依頼主はフラフラとそこかしこに飾られた装飾品に目移りしている。
「あっ、コレもいいナァ〜。ナマエ、ついでに貰っていこうヨォ」
「デカい、重い、加えてセンスがない。絶対にここから運び出す苦労に見合う利益にならない。サッサと行くぞ」
「アァ〜〜……ボクのお小遣い〜〜……」
どう考えても俺の背丈の2倍はあろうかと言う作品の前でダダを捏ねる。まさか俺だけで全部運べると本気で思っているのだろうか。未練がましく謎の彫刻に縋りつこうとするアホのマホロアをズルズル引きずって歩く。床が埃まみれだったらナメクジが這った跡みたいになって面白かったのにな。残念なことに貴族のお屋敷は掃除が行き届いている。
しくじった。
「アホ……てめ、ころ……」
「ウワァァアン!こんな時まで口がワルいヨォ〜!!」
いつも一人で行動していたのが裏目に出た。嫌な予感がしたが上手い庇い方が思いつかずマホロアを突き飛ばした結果、モロに腹に食らってしまった。
セキュリティに本物の銃弾使うやつがあるかアホ。死人が出たらどうするんだ。大げさな泣き声をあげながらマホロアが俺を引き摺っている。
銃弾による傷口と、床との摩擦がダブルに襲ってきて辛い。腹から流れ出た血でナメクジが這った跡のようになっている。まさか、さっき心にも無い(ある)悪口を思った罰だとでも言うのか。クソタマゴの所為じゃねーか、殺す。
八つ当たりしつつも、一応クライアントである。万が一にも俺のせいでケガをさせることがあってはならない。出ない声を必死に振り絞って何回も置いていけと言うが、コイツは全く手を離す気配がない。俺をガン無視とは、いい度胸だ。この野郎、殴り飛ばしてやる。そう思うのに手が、体が動かない。痛みによる吐き気と頭痛が酷い。傷口だけが熱くて寒い。あ、ダメだこれ。死ぬ。ワァア!と言う悲鳴が耳奥にこびりつく。
でも、ああ、これでようやく。ただいまという夢の続きが見れる。
目が覚めると見知らぬ天井が目に入った。顔のように見えるシミと片方が付かない蛍光灯。そんな天国は聞いたことないし、地獄というにしては生温か過ぎる。
「チッ生きてやがる」
「ハァ!?何!?死にたかっタってコト!?」
「お前無事だったのか」
「アッ……エェ!?ボクに言ったノ!?!!?わざわざ助けてあげたのニ?!?」
恩知らずだとか、薄情だとか、ぎゃいぎゃいと煩いが、俺は別にマホロアに言ったつもりはない。訂正するつもりも無いが。生きている。生き残ってしまった。動く自分の手を見て、細く長く息を吐いた。
未だ文句を言い続けているマホロアに無視を続けていると、ゴスゴスと頭突きをするようになった。やめろ傷に響く、と思ってそこでようやく気が付いたが、全く傷が痛まない。慌てて傷があるはずの腹を見ると、傷口が見事に塞がっていた。
「アッ、気付いタ?ドウ、すごいデショ」
「……払える金なんてねぇぞ」
「キミが貧乏なのは言われなくテモ知ってるヨォ。この薬、メッタに手に入らないンだからサァ。タダで治してあげた優しいボクに感謝してヨネ」
見せつけるようにゆるゆると丸いフラスコを揺らす。それは以前見せて貰った、値段が六桁の万能薬によく似ている。動きに合わせて揺れる不思議な色をした液体を見ながら、マホロアの本性を知る者の一人として、当然の疑問が湧いた。
「お前、何で俺を置いて逃げなかったんだ」
マホロアは利己的な性格だ。俺が置いていけと言うまでもなく一人で勝手に逃げていくと思っていた。それなのに、現実は何度俺が訴えてもその手が離れることはなかった。声が小さくて聞こえなかったとか、掠れていたから聞き取れなかったとかそんなことはないだろう。アイツは絶対に聞こえていた。聞こえていて、それでも俺を置いていかなかったのがずっと不思議だった。
「……そりゃ、自分を庇った相手に死なれたラ、気分ワルいデショ」
一瞬で嘘だと分かった。空いた間と途中でひっくり返った声があまりにも不自然すぎる。多分、マホロアもバレたと思ったのだろう。ナニ!?と不機嫌そうに怒鳴った。その様子がもうおかしくて、久々に大口を開けて笑う。それが気に食わないのであろうマホロアは俺に向かって再びゴスゴスと頭突きを始めた。
長い付き合いだが、正直、コイツにこんなに可愛げがあると思っていなかった。そうか、俺はお前にとって自分がやられるかもしれないというリスクを背負ってまで死んで欲しくない相手なのか。あらゆる損をしてまで俺に生きていて欲しいのか。
笑いの波が落ち着いていくと共にマホロアの頭突きも止まった。
「アーア。ナマエのセイで目的の物は盗み損ねたシ、こんな写真は撮られちゃうシ……ボク、損しかしてナァイ!」
「あぁ?写真?」
見せられた新聞には、確かに二つ、人影が写っていた。ハッキリ俺とマホロアだと判別出来るかは正直微妙な気がするが、知っている人が見たら分かるかもしれない。
バレてしまったのか。例の盗賊に唯一勝っていたと思っていた秘匿性も、ついぞ無くなってしまった。なら、もういいか。ぼんやりした頭に諦観の念が浮かんだ。新参者に負けてたまるか、と燃え続けていた激情は一枚の写真により嘘のように引いていった。文字通り潮時というやつなんだろう。もう、いいよな。
勝てないと知ってしまったなら、張り合う理由ももはや無いし。寧ろ、チビとの思い出を断ち切るには良い機会だろう。コイツに頼らなきゃいけないのは、いささか癪ではあるが。まあ、さっきのやり取りを顧みるにそれも悪くはないかもしれない。
「お前、じきにこのまち出ていくよな。俺も連れて行けよ」
「ハ、」
虚を突かれたようにマホロアは動きを止めた。バレていないと思ったのだろうか。
「何か探してるんだろ。手伝ってやる」
「ウゥン?ナンの事カナァ?ボク、ナマエが何を言っているノカさっぱり分からないヨォ」
「とぼけんな。上か?お前はいつも空を気にしてるよな」
「……コワァ〜〜」
何を怖がってるんだコイツは。俺は薄汚れた天井に向かって再び溜息を吐いた。掌握したい相手のことはどんな些細なサインも見逃さないように観察する。お前がいつもやってることだろうが。
「なぁ。いいだろ、マホロア」
長い付き合いだ。なんとなく、同行を許してくれるだろうことは分かった。
マホロアが荷物を整理しているであろう音が聞こえる。次に目を覚ましたときにはダイヤモンド・タウンを出ていく準備は出来てるだろうなと確信して俺は目を閉じた。
「相変わらずボロい店ダナァ」
「帰れ」
珍しく平日の昼間に客が来たと思ったらクソタマゴだった。俺に歓迎されていないのが不服らしくブーブー言っているが、わざわざ出迎えた客が一銭も寄越すハズの無いアホロアだったら当然機嫌も悪くはなるだろう。こっちはせっかく食べようと思ってた出来立ての昼飯をわざわざ置いてまで出たのだからこれは理不尽な癇癪などではなく、正当な怒りだ。
「お邪魔しマ〜ス。ヨイショ」
「帰れってんだよ。……押し入るな!」
いつもの事ではあるが、アホロアはこちらの言う事などまるで聞かずに勝手知ったる他人の家、という感じで図々しく上がり込む。こいつ……地味に力が強い。薬売りのフィジカルじゃないだろ。マジで。
「お、今日は和食ダ」
「……ふふん、美味そうだろ。お前も食うか?」
「ヤダヨォ。ナマエの作る料理ナポリタン以外全部なんか水っぽいンだモン」
「そんなことはないだろ」
確かに店で出せるような味ではないけど、水っぽいとか変な評価されるような物じゃないだろ、俺の料理は。ナポリタンしか食えたモンじゃないなんて事は……
そういえば俺の飯にいつも文句付けてたチビもナポリタンのときだけは嬉々として食べてたな……いや、まさか。アホロアの言う事なんて気にする必要無いだろ。うん。そんなことより、要らないってんなら一人で食おう。親切心で誘ったというのに無碍にしたコイツのために飯を冷ますなんて勿体無い。
「ゲェッごはんにみそ汁かけてル……貧乏クサァ〜……」
「よし表出ろカス。戦争だ」
「口がワルいヨォ〜」
金がなくて美味いもん食べれないから味変でやってる訳じゃねぇよ!美味いと思ってるからやってんだ!!……なに笑ってやがる……みそ汁かけご飯美味いだろうが!!
「と言うかお前、どうやって俺の居場所知ったんだ。最後に会ったとき何も言ってないはずだが」
「マァ……企業秘密?」
「……じいさんか」
昔からガラクタ売りのじいさんから、目利きのいいマホロアは目ぼしい物を、値切れるだけ値切って本来の半額以下で購入していた。あの人はなんだかんだ俺の事を心配してくれているようだから、自分の客であり俺の知り合いであるマホロアにならと良かれと思って教えたに違いない。お節介ジジイめ、と溜息を吐いた。
俺が昼食を食べ終わっても居座るアホに、渋々なんの用だと訊ねると良くぞ聞いてくれたと言わんばかりに両手をモミモミ、顔をニヤニヤさせながら声を弾ませた。暫く会っていなかったが、胡散臭さは微塵も変わらないな。
「ビジネスの話ダヨォ。キミだって、そろそろまとまったおカネ欲しいデショ?」
「それは助かる。店の本全部売ってやるよ、定価で」
「古本屋なのニ……?」
お前だけの特別価格だ。喜べよ。一つの棚35万ポイントスターは堅いからざっと700万くらいの収入が入るな……何しようか……じいさんには世話になったから何か買ってやらんでもない。湯呑みとかでいいだろうか。それとも日用品の方が喜ぶかな。
「イヤイヤ、そうじゃなくっテ!怪盗としてのハナシ!」
暫し呆気にとられていたマホロアが本当に売り付けられそうになった気配を感じたのか、慌てて言った。
「こんな店、しばらく留守にしたって困らないデショ?オトートくんだってモウいないしサ」
本当にこのアホロアは人の神経を逆撫でするような事しか言えないのだろうか。怒りは簡単に人の視界を狭める。そうして俺に癇癪を起こさせることこそ、コイツの思う壺なのだろう。激昂しそうになるのを抑えて大きく溜息を吐いた。誘い方に色々思うところはあるが、断る理由もない。
「……まあ、お前にはたった一回だけ借りがあるしな」
「一回なんてコト無いデショ。危険も恐れず複数回に渡ッテ取引してあげた訳ダシ」
「それは単純にさっさと退場して欲しかったからだが」
逆になんで死んでないんだ、コイツ。俺の盗品引き取ったのもそうだけどこのペテン師が他に恨み買ってないわけないんだからもっと追われて然るべきだろ。
怪盗の仕事に長いブランクはあるが、準備の仕方は忘れていない。確かカードは二番目の引き出しだ。引っ張り出したそれを見てマホロアが言った。どこか冷たい声だった。
「そんな予告状とかサ、出さなくてもイイと思うヨ。今更正々堂々とか言うツモリないデショ?」
「……まあ、そうか。そうだな」
予告した上で盗み出した方が格好いいから書けよ、と言った誰かはもういない。カードを引き出しにしまい直すとマホロアはなぜだか嬉しそうにニヤニヤと笑った。顔を顰めれど、視線を逸らす様子は無い。コイツ、相手を自分の思い通りに動かすためにジッと観察する癖があるから怖いんだよな。
余計な事を考えつつ道具の入ったトランクを持ってくる。手入れは定期的にしているが、見ておくことに損はないだろう。
「ナマエ、ナンデそんな使いにくい古い道具使ってるノ?新しいのにするならボク、仕入れるのにサァ……」
「一理ある。でもお前からは買わない」
「フーン、なんデ?」
「絶対ぼったくるだろ」
「チッ」
「あぁ??」
もうほんとコイツ早く死んでくんねぇかな。
やたらにギラギラと光る廊下だ。主役ばかりで見る人の視線を誘導させるつもりがない。目的の物はこの先にある。マホロアによれば古代の何かスゴいエネルギーを秘めたオーパーツ的な物らしいが、生憎俺にはさっぱりである。(噂があるだけで本物なのかも怪しいらしいが、偽物でも報酬はくれるらしい)そんなものを集めてどうしたいのかも興味無い。出来れば早々に片付けて帰りたい。……と、いうのに依頼主はフラフラとそこかしこに飾られた装飾品に目移りしている。
「あっ、コレもいいナァ〜。ナマエ、ついでに貰っていこうヨォ」
「デカい、重い、加えてセンスがない。絶対にここから運び出す苦労に見合う利益にならない。サッサと行くぞ」
「アァ〜〜……ボクのお小遣い〜〜……」
どう考えても俺の背丈の2倍はあろうかと言う作品の前でダダを捏ねる。まさか俺だけで全部運べると本気で思っているのだろうか。未練がましく謎の彫刻に縋りつこうとするアホのマホロアをズルズル引きずって歩く。床が埃まみれだったらナメクジが這った跡みたいになって面白かったのにな。残念なことに貴族のお屋敷は掃除が行き届いている。
しくじった。
「アホ……てめ、ころ……」
「ウワァァアン!こんな時まで口がワルいヨォ〜!!」
いつも一人で行動していたのが裏目に出た。嫌な予感がしたが上手い庇い方が思いつかずマホロアを突き飛ばした結果、モロに腹に食らってしまった。
セキュリティに本物の銃弾使うやつがあるかアホ。死人が出たらどうするんだ。大げさな泣き声をあげながらマホロアが俺を引き摺っている。
銃弾による傷口と、床との摩擦がダブルに襲ってきて辛い。腹から流れ出た血でナメクジが這った跡のようになっている。まさか、さっき心にも無い(ある)悪口を思った罰だとでも言うのか。クソタマゴの所為じゃねーか、殺す。
八つ当たりしつつも、一応クライアントである。万が一にも俺のせいでケガをさせることがあってはならない。出ない声を必死に振り絞って何回も置いていけと言うが、コイツは全く手を離す気配がない。俺をガン無視とは、いい度胸だ。この野郎、殴り飛ばしてやる。そう思うのに手が、体が動かない。痛みによる吐き気と頭痛が酷い。傷口だけが熱くて寒い。あ、ダメだこれ。死ぬ。ワァア!と言う悲鳴が耳奥にこびりつく。
でも、ああ、これでようやく。ただいまという夢の続きが見れる。
目が覚めると見知らぬ天井が目に入った。顔のように見えるシミと片方が付かない蛍光灯。そんな天国は聞いたことないし、地獄というにしては生温か過ぎる。
「チッ生きてやがる」
「ハァ!?何!?死にたかっタってコト!?」
「お前無事だったのか」
「アッ……エェ!?ボクに言ったノ!?!!?わざわざ助けてあげたのニ?!?」
恩知らずだとか、薄情だとか、ぎゃいぎゃいと煩いが、俺は別にマホロアに言ったつもりはない。訂正するつもりも無いが。生きている。生き残ってしまった。動く自分の手を見て、細く長く息を吐いた。
未だ文句を言い続けているマホロアに無視を続けていると、ゴスゴスと頭突きをするようになった。やめろ傷に響く、と思ってそこでようやく気が付いたが、全く傷が痛まない。慌てて傷があるはずの腹を見ると、傷口が見事に塞がっていた。
「アッ、気付いタ?ドウ、すごいデショ」
「……払える金なんてねぇぞ」
「キミが貧乏なのは言われなくテモ知ってるヨォ。この薬、メッタに手に入らないンだからサァ。タダで治してあげた優しいボクに感謝してヨネ」
見せつけるようにゆるゆると丸いフラスコを揺らす。それは以前見せて貰った、値段が六桁の万能薬によく似ている。動きに合わせて揺れる不思議な色をした液体を見ながら、マホロアの本性を知る者の一人として、当然の疑問が湧いた。
「お前、何で俺を置いて逃げなかったんだ」
マホロアは利己的な性格だ。俺が置いていけと言うまでもなく一人で勝手に逃げていくと思っていた。それなのに、現実は何度俺が訴えてもその手が離れることはなかった。声が小さくて聞こえなかったとか、掠れていたから聞き取れなかったとかそんなことはないだろう。アイツは絶対に聞こえていた。聞こえていて、それでも俺を置いていかなかったのがずっと不思議だった。
「……そりゃ、自分を庇った相手に死なれたラ、気分ワルいデショ」
一瞬で嘘だと分かった。空いた間と途中でひっくり返った声があまりにも不自然すぎる。多分、マホロアもバレたと思ったのだろう。ナニ!?と不機嫌そうに怒鳴った。その様子がもうおかしくて、久々に大口を開けて笑う。それが気に食わないのであろうマホロアは俺に向かって再びゴスゴスと頭突きを始めた。
長い付き合いだが、正直、コイツにこんなに可愛げがあると思っていなかった。そうか、俺はお前にとって自分がやられるかもしれないというリスクを背負ってまで死んで欲しくない相手なのか。あらゆる損をしてまで俺に生きていて欲しいのか。
笑いの波が落ち着いていくと共にマホロアの頭突きも止まった。
「アーア。ナマエのセイで目的の物は盗み損ねたシ、こんな写真は撮られちゃうシ……ボク、損しかしてナァイ!」
「あぁ?写真?」
見せられた新聞には、確かに二つ、人影が写っていた。ハッキリ俺とマホロアだと判別出来るかは正直微妙な気がするが、知っている人が見たら分かるかもしれない。
バレてしまったのか。例の盗賊に唯一勝っていたと思っていた秘匿性も、ついぞ無くなってしまった。なら、もういいか。ぼんやりした頭に諦観の念が浮かんだ。新参者に負けてたまるか、と燃え続けていた激情は一枚の写真により嘘のように引いていった。文字通り潮時というやつなんだろう。もう、いいよな。
勝てないと知ってしまったなら、張り合う理由ももはや無いし。寧ろ、チビとの思い出を断ち切るには良い機会だろう。コイツに頼らなきゃいけないのは、いささか癪ではあるが。まあ、さっきのやり取りを顧みるにそれも悪くはないかもしれない。
「お前、じきにこのまち出ていくよな。俺も連れて行けよ」
「ハ、」
虚を突かれたようにマホロアは動きを止めた。バレていないと思ったのだろうか。
「何か探してるんだろ。手伝ってやる」
「ウゥン?ナンの事カナァ?ボク、ナマエが何を言っているノカさっぱり分からないヨォ」
「とぼけんな。上か?お前はいつも空を気にしてるよな」
「……コワァ〜〜」
何を怖がってるんだコイツは。俺は薄汚れた天井に向かって再び溜息を吐いた。掌握したい相手のことはどんな些細なサインも見逃さないように観察する。お前がいつもやってることだろうが。
「なぁ。いいだろ、マホロア」
長い付き合いだ。なんとなく、同行を許してくれるだろうことは分かった。
マホロアが荷物を整理しているであろう音が聞こえる。次に目を覚ましたときにはダイヤモンド・タウンを出ていく準備は出来てるだろうなと確信して俺は目を閉じた。