あとがき

【あとがき:おまけ】

四天宝寺のみんなに結婚することを告げてから数ヶ月が経った。

あの飲み会のあと、私と謙也くんは結婚式の準備、仕事の調整、新しい家財道具の購入(ちなみに、私のピアノは謙也くんのお母さんが『結婚祝いやー!』って言うて買ってくれた。ほんまに頭上がらへん……。)に、追われて。
気付けば結婚式も終わって、婚姻届けを出して――。

□ + ◇ + □

「オーライ、オーライ! はい、ストップー」

真新しい家の前に引っ越し屋さんのトラックが止まった。
その光景を眺めながら、私はゆっくりと息を吐き出す。

入籍して数週間。
私たちは大学三回生のときから一緒に暮らしていた賃貸マンションを引き払って、今日からこの家に住む。
謙也くんの実家から目と鼻の先の一軒家。

「……ほんまにお家建ってもた」

目の前の新築ピカピカのお家に、ついついそんな言葉が口から零れる。

「ちゃんと防音室つきやで!」

そう得意げに答えたんは謙也くんのお父さんで……。
何を隠そう、この人がお家を建ててしまった張本人(謙也くんが止める間もなく、キャッシュ一括で建てたらしい。お医者さんの金銭感覚は分からへん)。

そんな得意げなお義父さんを覗き見て、私は「あ、あのぅ……」と口にした。
「うん?」
何てことなさそうなお義父さんの視線が向けられて、私は一瞬目を泳がせてから恐る、恐る言葉を発した。

「ほんま、ええんでしょうか……こんな過分なお祝いいただいてしもて……」

そう。実はこのお家、謙也くんのお父さんからの結婚祝いやったりする。
結婚の挨拶に改めて伺ったとき、当たり前の顔して「ほな、家買うたるわ」なんて言い出したんが懐かしい。

正直、あのときは一瞬何言われてるんか理解できひんで。
……頭フリーズしたんも今思い出した。

お義父さんは、数回瞬いたあと意味が分からなさそうに言葉を紡ぐ。

「なに言うてんねん? こんくらい普通やわ」

――普通ってなんやっけ?

あの結婚挨拶以来のフリーズを起こしそうになった瞬間、不意にお家の中からお義母さんの呼ぶ声が響いた。

「真優ちゃん! 防音室にピアノ入れてもろたんやけど、向きとかこれでええか見てー」
「あ、はーい! すぐ行きます!」

私は慌ててそう返すと「お義父さん!」と、傍を離れる前に深々頭下げる。

「ほんまにありがとうございます!」
「ええんやで」

柔らかに細められる瞳が謙也くんに似とって、やっぱ親子なんやな、なんて感心する。
私は多すぎるくらいの幸せを胸いっぱいに仕舞い込んで、家の中へ小走りで入り込んだ。

□ + ◇ + □

家ん中に駆け込んでいく真優のうしろ姿を視界に収めつつ、俺はおとんの隣に並び立つ。

「ほんまやりすぎやわ」

家やってそのうち自分たちで建てるつもりやったし……。
そんな思いを込めた視線を向ければ、おとんは心底おかしそうに笑って。

「ええやろ、これくらい。あの子の今までの境遇考えたらまだ足りんくらいやわ」
「……」

それ言われたら、なんも言われへんのよな。

真優は俺との結婚を機に、実家と絶縁した(とは言うても、尚とは全然繋がっとる。ここは普通に仲ええしな)。

一応、けじめと思って挨拶には行ったけど……。
やっぱ、人って変わるん難しいんよな。

真優の「結婚する」って言葉に返ってきたんが「やっとこの家から居なくなるんか」やって。
それ言われたときの真優の顔、思い出したら今でも悔しいてしゃーない。
この年になってまで、あんな哀しそうな顔させられなあかんのか……って。

「謙也、ほんま幸せにしたりや」

いつの間にか拳握り込んどった手が、おとんの一言にふっと緩む。

驚いておとんを見れば、優しくてあたたかくて――期待しとるって視線向けられとって。
改めて、そんなん言われるんも気恥ずかしくて。

俺は照れくささに頭を掻いてから「……おー」と一言だけ返した。
同時に家ん中から「謙也くーん! ピアノ見てー!」なんて、真優の嬉々とした声が聞こえてきて。

「ほら、早よ行ったり」

なんて、おとんに背中押される。

「今行くわ!」

そんな言葉と共に俺はおとんを一瞥してから家の中に駆け込んだ。

この幸せがいつまでも続くことを願って。
いつまでも、いつまでも真優とともにあることを祈って。

あたたかな木漏れ日の中でワルツを踊るように、手を取り合って一緒に生きて行こう。
そんな想いが、桜の花びらと共に風に舞い上がった。
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