12話:木漏れ日のワルツ
俺は一瞬目を見開いて「おっ!」と声を上げた。
それから、以前音楽室で真優の練習を間近で聞かせてもらったときと同じ席に腰掛けて、頬杖をつく。
真優は俺を見ると、柔らかにほほ笑んで、ピアノ椅子に腰掛けた。
「四天宝寺中学、最後の演奏会やなぁ」
その言葉とともに、目を閉じて一音を鳴らす。
響きを確かめるように、長く余韻を味わってから――。
俺も自然と目を閉じた。
「……ほな、特等席で楽しませてもらいます」
その一言に、真優が小さく笑った気配がする。
集中するためのしばしの沈黙のあと――静けさに溶ける静かな呼吸音と共に真優の演奏が始まった。
同時に、ピアノに触れる真優の指先を思いながら悟った。
あの夏のコンクールで会場を掌握した曲。
やけど、今日はあのときほどの鬼気迫る感じはない。
あたたかくて、優しくて。
それでいて、柔らかな響きが音楽室を――いや、学校全体を包み込む。
粒立ち鮮やかな細かなパッセージに、流れるように歌う旋律。
それでいて、真に迫るアクセントを効かせた和音に、心臓を鷲掴みにされる。
きっと、この演奏は俺だけに向けられたものやない。
そう直感が告げる。
クラスに、先生に、学舎に。
そして――なによりもテニス部の面々に溢れんばかりの感謝を届けるために。
真優自身がこの時間を――この学校で過ごした時間を宝物のように慈しむ演奏やった。
□ + ◇ + □
真優が最後の一音を弾き終える。
ほんまに名残惜しそうに弾くもんやから、思わず笑みがこぼれてしもた。
拍手を送りながら歩み寄り、ピアノ椅子に腰掛けたままの真優と向き合う。
見上げる瞳に柔らかく視線を落とし、ずっと言おうと思っていたことを口にした。
「俺な、真優がこの学校に来るまで、音楽室のピアノってただの風景やと思っててん」
「……風景?」
小首を傾げる真優に頷いて、そっとピアノに触れる。
「なんて言えばええんやろな……」
そう前置きしたうえで、俺は真優の分身でもあるピアノを慈しむように何度か撫でてやる。
「ただそこにあるがけっちゅーか……」
「やのに、真優が来て、弾いたら――ピアノが生き返った気がしてんよ」
音楽室の象徴――やのに、授業以外では使われることなんてほとんどなくて。
ただ、そこにあるだけの飾りみたいな。
俺は再び真優に視線を向けた。
この華奢なピアニストがピアノに触れた。
それだけで――。
「重たい身体を起こして、縮めてた手足を伸ばして……」
「ピアノとかこの部屋が息吹き返した気ぃしてん」
真優の瞳が驚きに揺れて、次の瞬間、頬にほんのり赤みが差す。
こぼれた笑みは、照れくさそうで――けれど心底嬉しそうで。
「……ピアニスト冥利につきるな、それ」
ぽつりとこぼされた言葉がくすぐったそうで。
俺はピアノから手を離し、今度は真優の頬に指先を添えて、こつんと額を合わせる。
「ほんま、この学校来てくれておおきに」
――出逢って、俺を好きになってくれて。
何よりも、誰よりも、真優のことを大事に、大切に想っていることが伝わるように。
そんな祈りを込めて。
視線が絡んだ瞬間、真優が小さく笑って囁く。
「それ、このピアノの代弁? それとも――」
「俺がほんまに思てること」
どちらともなく、唇を重ねた。
初めてキスするわけやないのに。
触れるたび、心臓が破裂しそうなくらい高鳴る。
慣れへんのに、何度だって求めてしまう俺は、心底真優に惚れ込んどる。
そっと離れた瞬間、目が合うた。
真優の瞳に映っとる俺はわずかに頬が赤くなって、熱に浮かされた顔しとって。
真優も同じように頬染めて、幸せそうにしとんのに、照れくさそうに目を逸らすから。
「……別に初めてやないやん」
「そやけど……なんや、恥ずかしくなってしもて」
素直に告げる彼女にふっと笑ってしまった。
なんやねん。真優も同じ気持ちやったん。
その愛しさに突き動かされるように、俺は真優の頭を撫で、もう一度、そっと触れるだけの口づけを落とした。
それから、以前音楽室で真優の練習を間近で聞かせてもらったときと同じ席に腰掛けて、頬杖をつく。
真優は俺を見ると、柔らかにほほ笑んで、ピアノ椅子に腰掛けた。
「四天宝寺中学、最後の演奏会やなぁ」
その言葉とともに、目を閉じて一音を鳴らす。
響きを確かめるように、長く余韻を味わってから――。
俺も自然と目を閉じた。
「……ほな、特等席で楽しませてもらいます」
その一言に、真優が小さく笑った気配がする。
集中するためのしばしの沈黙のあと――静けさに溶ける静かな呼吸音と共に真優の演奏が始まった。
同時に、ピアノに触れる真優の指先を思いながら悟った。
あの夏のコンクールで会場を掌握した曲。
やけど、今日はあのときほどの鬼気迫る感じはない。
あたたかくて、優しくて。
それでいて、柔らかな響きが音楽室を――いや、学校全体を包み込む。
粒立ち鮮やかな細かなパッセージに、流れるように歌う旋律。
それでいて、真に迫るアクセントを効かせた和音に、心臓を鷲掴みにされる。
きっと、この演奏は俺だけに向けられたものやない。
そう直感が告げる。
クラスに、先生に、学舎に。
そして――なによりもテニス部の面々に溢れんばかりの感謝を届けるために。
真優自身がこの時間を――この学校で過ごした時間を宝物のように慈しむ演奏やった。
□ + ◇ + □
真優が最後の一音を弾き終える。
ほんまに名残惜しそうに弾くもんやから、思わず笑みがこぼれてしもた。
拍手を送りながら歩み寄り、ピアノ椅子に腰掛けたままの真優と向き合う。
見上げる瞳に柔らかく視線を落とし、ずっと言おうと思っていたことを口にした。
「俺な、真優がこの学校に来るまで、音楽室のピアノってただの風景やと思っててん」
「……風景?」
小首を傾げる真優に頷いて、そっとピアノに触れる。
「なんて言えばええんやろな……」
そう前置きしたうえで、俺は真優の分身でもあるピアノを慈しむように何度か撫でてやる。
「ただそこにあるがけっちゅーか……」
「やのに、真優が来て、弾いたら――ピアノが生き返った気がしてんよ」
音楽室の象徴――やのに、授業以外では使われることなんてほとんどなくて。
ただ、そこにあるだけの飾りみたいな。
俺は再び真優に視線を向けた。
この華奢なピアニストがピアノに触れた。
それだけで――。
「重たい身体を起こして、縮めてた手足を伸ばして……」
「ピアノとかこの部屋が息吹き返した気ぃしてん」
真優の瞳が驚きに揺れて、次の瞬間、頬にほんのり赤みが差す。
こぼれた笑みは、照れくさそうで――けれど心底嬉しそうで。
「……ピアニスト冥利につきるな、それ」
ぽつりとこぼされた言葉がくすぐったそうで。
俺はピアノから手を離し、今度は真優の頬に指先を添えて、こつんと額を合わせる。
「ほんま、この学校来てくれておおきに」
――出逢って、俺を好きになってくれて。
何よりも、誰よりも、真優のことを大事に、大切に想っていることが伝わるように。
そんな祈りを込めて。
視線が絡んだ瞬間、真優が小さく笑って囁く。
「それ、このピアノの代弁? それとも――」
「俺がほんまに思てること」
どちらともなく、唇を重ねた。
初めてキスするわけやないのに。
触れるたび、心臓が破裂しそうなくらい高鳴る。
慣れへんのに、何度だって求めてしまう俺は、心底真優に惚れ込んどる。
そっと離れた瞬間、目が合うた。
真優の瞳に映っとる俺はわずかに頬が赤くなって、熱に浮かされた顔しとって。
真優も同じように頬染めて、幸せそうにしとんのに、照れくさそうに目を逸らすから。
「……別に初めてやないやん」
「そやけど……なんや、恥ずかしくなってしもて」
素直に告げる彼女にふっと笑ってしまった。
なんやねん。真優も同じ気持ちやったん。
その愛しさに突き動かされるように、俺は真優の頭を撫で、もう一度、そっと触れるだけの口づけを落とした。