10話:涙と笑顔の間で
木枯らしの残る午後。
空は少し霞がかかって、それでも陽射しは柔らかい。
コート上では、謙也くんと白石くんが久々のラリーをしていた。
「やばっ、追いつかれへん!」
謙也くんの笑い声が風に乗る。
「基本に忠実なショットや!」
白石くんが豪快に場外にボールを放った。
「ホームランやんけ!」
笑い声がコートいっぱいに響く。
約三ヶ月、机に向かい続けた身体は、いくら彼らといえども思うように動かないようで、時折「あー、くっそ」という悪態も聞こえてくる。
けれど、笑い声とボールの音が重なるうちに、少しずついつもの二人に戻っていって。
――やっぱ、すごいやん。
私はベンチに腰掛け、風に髪を揺らす。
彼らの学ランを肩と膝にかけて、目を細めてラリーの行方を見つめていた。
ふと、ポケットの中でスマホが震える。
画面を見れば、謙也くんのお母さんからのメッセージが連続で三通届いていた。
『合格おめでとう!』
『謙也から聞いたで! 同じ高校受かったって!』
『真優ちゃん晩ごはん食べにおいで! 合格祝いや!』
思わず、小さな笑みがこぼれた。
謙也くんのお母さん、ほんまに優しいな。
初めて家にお邪魔したのは、あの怪我騒動の夜やった。
お母さんから私を庇ってくれた謙也くんが左頬叩かれて――謝りに行ったのが最初。
それ以来、こうしてずっと気に掛けてくれとって。
受験の前日もあたたかく迎えてくれたっけ。
そんな優しさに胸があたたかくなるのを感じながら『ありがとうございます。無事合格しました!』と返信する。
既読のつかない画面を一旦落として、スマホを膝の上に置いた。
陽射しが柔らかくて、風が少し冷たくて。
――ふと、自分の家族のことを思い出した。
合格報告にメッセージが返ってきたのは弟の尚だけ。
『姉ちゃんマジでおめでとう!』
『今日はケーキ買うたるわ!』
なんて、生意気なメッセージが来とるけど、お母さんとお父さんからは返事はない。
お父さんにいたっては……数ヶ月前に送ったメッセージにすら既読がついてへん。
ブロックしとるんやろなぁ……。
うちのこと。
胸の奥を針でつついたみたいな痛みが刺して。
既読がつかないメッセージを一秒見て画面を閉じる。
今更、考えたってしゃーないな。
そうふっと息を吐き出して、私はスマホ片手に立ち上がった。
「謙也くん!」
そう声を張ると、ちょうどサーブを打とうとしていた謙也くんが振り向いた。
白石くんに視線を送って軽く断りを入れると、私の方に駆けてきてくれる。
私もベンチから立ち上がると、小走りになって彼の方に近付く。
「どないしたん?」
首を傾げる謙也くんに謙也くんのお母さんからのメッセージを見せると、一瞬ぎょっとしたけど。
すぐに笑って「ええやん」と言った。
「尚も誘ったら?」
「尚も?」
「あいつもよう家来とるし、問題ないやろ」
「ははあ……姉弟揃ってお世話になってます」
そんな会話をしていると、白石くんが近寄ってきて苦笑する。
「真優、謙也のおかんと繋がっとるん?」
「そうやの。たまにこうして連絡くれてな」
「俺の知らんうちに、なんや仲良うなっとった」
謙也くんがやれやれと肩をすくめれば、白石くんが一瞬目を丸くしてふはっと笑った。
何に笑ったんか分からんまま、白石くんを見ていれば、彼はラケットを肩に担いでおかしそうに口を開く。
「なんや……嫁姑問題とは縁遠そうやな」
「なっ!?」
「はあっ!?」
白石くんの言葉に私と謙也くんが同時に赤くなる。
嫁姑って……。
謙也くんと一瞬見合わせて、息が詰まって目を逸らした。
白石くんの言葉を反芻して呻いていると、不意に柔らかな視線が向けられた。
「そういうことやったら、今日はお開きやな。謙也のおかん、待っとるやろ」
そんなことを言われ、思わず目を見開いて謙也くんと見合わせる。
それから、視線を白石くんに戻した。
「やけど……」
申し訳なさそうに声を上げる謙也くんの声を無視して、白石くんは私に手を伸ばす。
多分、学ランを寄越せってことやと思うけど……。
私はおずおずと白石くんに学ランを渡す。
白石くんは学ランを受け取ると、なんてことなさそうに袖を通し、口を開いた。
「テニスの続きは高校入ってからでも出来るしな」
やろ? と言いたげに白石くんの視線が謙也くんに向けられ、拳を差し出した。
謙也くんは数回瞬いたあと、明るい笑みを浮かべ、その拳に応える。
「せやな!」
それから、私たちは揃ってテニスコートを後にした。
途中で白石くんと別れ、謙也くんと二人肩を並べる。
夕暮れの光が二人の背中を伸ばしていく。
笑いながら歩く影が、ゆっくりと重なって――春が、もうすぐそこにあった。
空は少し霞がかかって、それでも陽射しは柔らかい。
コート上では、謙也くんと白石くんが久々のラリーをしていた。
「やばっ、追いつかれへん!」
謙也くんの笑い声が風に乗る。
「基本に忠実なショットや!」
白石くんが豪快に場外にボールを放った。
「ホームランやんけ!」
笑い声がコートいっぱいに響く。
約三ヶ月、机に向かい続けた身体は、いくら彼らといえども思うように動かないようで、時折「あー、くっそ」という悪態も聞こえてくる。
けれど、笑い声とボールの音が重なるうちに、少しずついつもの二人に戻っていって。
――やっぱ、すごいやん。
私はベンチに腰掛け、風に髪を揺らす。
彼らの学ランを肩と膝にかけて、目を細めてラリーの行方を見つめていた。
ふと、ポケットの中でスマホが震える。
画面を見れば、謙也くんのお母さんからのメッセージが連続で三通届いていた。
『合格おめでとう!』
『謙也から聞いたで! 同じ高校受かったって!』
『真優ちゃん晩ごはん食べにおいで! 合格祝いや!』
思わず、小さな笑みがこぼれた。
謙也くんのお母さん、ほんまに優しいな。
初めて家にお邪魔したのは、あの怪我騒動の夜やった。
お母さんから私を庇ってくれた謙也くんが左頬叩かれて――謝りに行ったのが最初。
それ以来、こうしてずっと気に掛けてくれとって。
受験の前日もあたたかく迎えてくれたっけ。
そんな優しさに胸があたたかくなるのを感じながら『ありがとうございます。無事合格しました!』と返信する。
既読のつかない画面を一旦落として、スマホを膝の上に置いた。
陽射しが柔らかくて、風が少し冷たくて。
――ふと、自分の家族のことを思い出した。
合格報告にメッセージが返ってきたのは弟の尚だけ。
『姉ちゃんマジでおめでとう!』
『今日はケーキ買うたるわ!』
なんて、生意気なメッセージが来とるけど、お母さんとお父さんからは返事はない。
お父さんにいたっては……数ヶ月前に送ったメッセージにすら既読がついてへん。
ブロックしとるんやろなぁ……。
うちのこと。
胸の奥を針でつついたみたいな痛みが刺して。
既読がつかないメッセージを一秒見て画面を閉じる。
今更、考えたってしゃーないな。
そうふっと息を吐き出して、私はスマホ片手に立ち上がった。
「謙也くん!」
そう声を張ると、ちょうどサーブを打とうとしていた謙也くんが振り向いた。
白石くんに視線を送って軽く断りを入れると、私の方に駆けてきてくれる。
私もベンチから立ち上がると、小走りになって彼の方に近付く。
「どないしたん?」
首を傾げる謙也くんに謙也くんのお母さんからのメッセージを見せると、一瞬ぎょっとしたけど。
すぐに笑って「ええやん」と言った。
「尚も誘ったら?」
「尚も?」
「あいつもよう家来とるし、問題ないやろ」
「ははあ……姉弟揃ってお世話になってます」
そんな会話をしていると、白石くんが近寄ってきて苦笑する。
「真優、謙也のおかんと繋がっとるん?」
「そうやの。たまにこうして連絡くれてな」
「俺の知らんうちに、なんや仲良うなっとった」
謙也くんがやれやれと肩をすくめれば、白石くんが一瞬目を丸くしてふはっと笑った。
何に笑ったんか分からんまま、白石くんを見ていれば、彼はラケットを肩に担いでおかしそうに口を開く。
「なんや……嫁姑問題とは縁遠そうやな」
「なっ!?」
「はあっ!?」
白石くんの言葉に私と謙也くんが同時に赤くなる。
嫁姑って……。
謙也くんと一瞬見合わせて、息が詰まって目を逸らした。
白石くんの言葉を反芻して呻いていると、不意に柔らかな視線が向けられた。
「そういうことやったら、今日はお開きやな。謙也のおかん、待っとるやろ」
そんなことを言われ、思わず目を見開いて謙也くんと見合わせる。
それから、視線を白石くんに戻した。
「やけど……」
申し訳なさそうに声を上げる謙也くんの声を無視して、白石くんは私に手を伸ばす。
多分、学ランを寄越せってことやと思うけど……。
私はおずおずと白石くんに学ランを渡す。
白石くんは学ランを受け取ると、なんてことなさそうに袖を通し、口を開いた。
「テニスの続きは高校入ってからでも出来るしな」
やろ? と言いたげに白石くんの視線が謙也くんに向けられ、拳を差し出した。
謙也くんは数回瞬いたあと、明るい笑みを浮かべ、その拳に応える。
「せやな!」
それから、私たちは揃ってテニスコートを後にした。
途中で白石くんと別れ、謙也くんと二人肩を並べる。
夕暮れの光が二人の背中を伸ばしていく。
笑いながら歩く影が、ゆっくりと重なって――春が、もうすぐそこにあった。