10話:涙と笑顔の間で

すっかり気の抜けた帰り道、不意に謙也くんが「なぁ」と声を掛けてきた。

「んー?」
「なんで、さっき悲しそうな顔しとったん?」

きっと、番号見る前の話をしとる。
私は「ああ、あれな……」と頬を搔きながら苦笑いを浮かべた。

正直、今となってはなんとも思ってないんやけども……。
ただ、二人を心配させてしまったのは事実で。私は仕方なしに真相を語ることにした。
「実は――」

「はああああ!? 裏口入学!?」
「なんやねん、それ。……ちょお有名やからって、言うてええことと悪いことがあるやろ」

大声を上げる謙也くんと、厳しい表情を浮かべる白石くんに私は「やろ?」と肩をすくめた。

「まさかそんなん言われると思ってへんでさ。結果見る前に意気消沈してもたっていうか」

私はため息を吐きつつ、呆れ口調で告げた。
確かに、あんなくだらん噂話されて悲しくなったんは事実やけど……と隣を歩く二人を見る。

今にも怒鳴りだしそうな謙也くん。
その隣で静かに怒りをにじませる白石くん。

私は思わずふっと小さく笑ってしまった。
そうすれば、二人の鋭い視線が一気に向けられる。

――や、こわ……。

あまりの眼光の鋭さに身じろいてしまう。

「なにがおもろいねん」
謙也くんのむくれ声が飛んでくる。

「ほんまやで! 言うとくけどおもろいことなんて一つもないで?」
白石くんの堅い声が同調するように掛けられた。

そら二人が怒るんはもっともなんやろうけど。

そんな状況に反して、私の心はあたたかくなっていく。
やって、二人が本気で怒ってくれとるんが分かったから。
胸の奥の冷たいものがふっと溶けた気がした。

「おもろくて笑ったんとちゃうよ」
私は二人をなだめるように言葉を重ねる。
「ただ、うちの代わりにこうやって怒ってくれる二人と同じ高校なら安心やなって嬉しなっただけ」

口元に手を添えてふふっと笑えば、二人は見合わせため息をつく。

「そら……真優が言わへんのやったら、俺らがいくらでも代わりに言うたるけどやなぁ」
謙也くんが仕方なさそうに頭をかいて呻く。

「やけど、俺らとしてはちゃんと真優が言い返せるようになってほしいんやで」
白石くんが続けて言った。

私はその言葉に目を丸くすると、今度こそ、あはっ! と笑い声をあげた。

「うちがなんもせんと帰ってきたと思ってるん?」

その一言で、今度は二人の目が丸く見開かれた。
私は小首を傾げ、ニヤりと悪い笑みを浮かべて続ける。

「番号見つけて喜んどったときに、その子らの方向いて、思っきしべーってしたったわ」

私はあっかんべーの顔を見せる。
それから、鼻で笑ってやる。

「それに、あの子ら多分落ちとるさかい。もう会うことはないよって」

肩を揺らして私は続ける。

「いやぁ、あの瞬間は気持ちよかったで。自分でちゃんとつかんだ! って言えた気してな」

ざまーみろって感じやろ?
……けど、泣きそうなくらい嬉しかったんはほんま。

自分の力で勝ち取ったこの春も。
その努力を認めてくれとる人が、二人もおることも。

二人は見合わせバツが悪そうに小さく笑った。
白石くんがため息交じりに視線を私に向ける。

「……強かやな」
「京都育ちやさかい、こういう戦い方は知っとんの」

謙也くんの手がぽんっと肩に乗せられる。

「心配して損したわ」
「ええ? 心配しとってくれてええのに」

私はおかしそうに笑ったあと「まあ」と言葉を続けた。

「二人が怒ってくれて嬉しかったんはほんまよ」

小走りになって、私は二人の前に回り込むと振り返って続けた。

「クラスはちゃうけど……高校でもよろしゅうね!」

謙也くんの手が頭にぽんっと乗せられた。
「当たり前やっちゅー話や!」
白石くんの手がそっと肩に乗せられる。
「こっちこそやで。高校でも頼むな」

ほんま、あったかいなぁ。
こんなに信頼し合える人らに出会えて。
四天宝寺のテニス部に入ったんは正解やったんやろな。

そんなことを考えて、目頭が熱くなる。
「ありがとうな。謙也くん、白石くん」

謙也くんは優しく私の頭を撫でると、ニッと笑って先を歩いていく。

「ほな、受験後初打ち行こか」
「せやな!」

同意するように白石くんが私の肩をもう一度だけぽんっと叩いて即答した。

状況がよく分かっとらんのは私だけ。
私は訝しげに「初打ち?」と謙也くんの言葉を繰り返す。
そうすれば、謙也くんが振り返って当たり前みたいに言った。

「テニス。今から打ちに行こや!」
「もちろん、一緒に来てくれるんやろ。マネージャー?」

白石くんの悪戯っぽい笑みに、私は勢いのまま返す。

「当たり前やん!」

小走りで二人と腕を組んだ瞬間、冷たい風が頬を撫でた。
けれどそれすら心地よくて――。
私たちの笑い声が、春を少し早く呼び込んだ。
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