10話:涙と笑顔の間で

――全問、解き終わった!

問題と答案用紙を注意深く見比べ、見直しをする。
回答のズレはない。問題もだいたい解けた。
二、三問あやしい回答があるけれどそれは、仕方ないと諦める他ない。

きっと大丈夫。
うちも――謙也くんも。

静寂の中、ペンを置く音が重なる。
息を吐いたとき、試験終了のチャイムが鳴った。

□ + ◇ + □

――緊張で試験内容ほとんど覚えてへん……。
ってか、試験官の先生たち顔怖すぎるんよ。
なんやの、あの能面。こっわ。

音楽科の試験の特性上、普通科の入試よりもどうしたって時間がかかる。

楽典や聴音は全体で実施するから時間は掛からへんものの、新曲視唱と実技試験は受験生一人ずつの実施になる。
おかげで、朝一から始まった音楽科の入試が終わったのは――西日が差し込む夕暮れ時やった。

ぼんやりと校舎を包む橙色の光を見上げながら、私は一人、校門に向かって歩く。
普通科の入試はもう数時間前に終わっていて、私たち音楽科受験生が新曲視唱に苦戦している間に、解散しとったらしい。

実技試験が終わった者から順次解散、という指示やったから、幼馴染の華南ちゃんや瀬戸くんとも話せんまま。
まあ、あの子らやったらきっと受かっとるやろ。

そんなことを考えていると、ふっと校門のところに二つの影が見えた。
二人は私の足音に気が付くと、こちらを覗き込んで大きく手を振る。

「真優ちゃん、お疲れぇ!」
「おー、お疲れさん」

華南ちゃんと瀬戸くんが、校門の影から笑顔を見せてくれる。
私は小走りになると、思わず笑って駆け寄った。

「お疲れさま! なんや待っとってくれたん?」
「そら、未来の同級生くらい待つよって」
「小鳥遊の前に実技終われた喜び嚙みしめとってんよ」

二人の言葉に私は思わず吹き出した。

実技の演奏順は専攻楽器ごとにくじ引きで決められた。
ピアノ専攻は全部で十人。
私は真ん中の六番。
瀬戸くんは運がいいのか悪いのが一番を引き当て、華南ちゃんは四番目に実技試験を終えた。

校門を出ると同時に、三人で歩き出す。

「別にクローズの試験やねんから、うちのあととか関係ないやろ?」

コンクールみたいに、意図的に空間掌握なんてするわけでもなしに――。
そう思う私に、二人は揃って盛大なため息を吐いた。

「真優ちゃんあほなん? クローズとか関係ないで」
「それな。小鳥遊の直後とか一〇〇パー比較される」
「そんな言うほど?」

私の今日の演奏聴いてないのに、よくそこまで言えるなぁ、と心の中で苦笑してしまう。
今までたくさんの本番を踏んできたけれど、こんなに指先が冷えた本番は初めてやった。

――ピアノ弾く時に手震えたん初めてや……。

自分の番が回ってくるまでの間、ずっと謙也くんにもらった赤い革手袋をつけて、カイロを握りしめとったけど。

私がこんなになってたとか知らんから、この二人は好き勝手言うてられるんやろな。

けど……と、私は自分の手につけている赤い手袋を見て、小さく笑った。
この手袋つけとったら、謙也くんがすぐ傍で見守ってくれとる気がして、なんだってできる気がしたのも事実。

そんなことを考えながら、受験中は切っていたスマホの電源を入れる。

途端にメッセージアプリが受信を始め、ポコポコとポップアップが画面を埋めていく。
「うわっ」と小さく声を上げると、華南ちゃんと瀬戸くんが覗き込んできた。

「どないしたん?」
「……メッセージめっちゃ来とって驚いてもうただけ」

その中に【3の2てにす】と書かれたグループラインを見つけて、思わずタップする。
メッセージは白石くんからで。

『受験お疲れ! 終わったら駅前のカフェ集合!』

続けて、謙也くんから『待っとるで!』の一言。
思わず笑ってもうた。

なにそれ? 二人して待ってくれとんの?

突然笑い出した私を見て、二人は首を傾げる。
慌てて咳払いをして取り繕った。

「普通科受け取った子らが駅んとこのカフェで待っとってくれてるみたい」

そう告げれば、華南ちゃんと瀬戸くんは一瞬見合わせ穏やかにほほ笑んだ。

「ほな、お友達んとこ行っといで」
「したら、小鳥遊入学式にな!」

入学式って……まだ結果出てへんのに。
やけど、きっとこの二人とは高校で同級生になるんやろうなぁ、なんて。
背中を押す二人に、私は軽く手を振った。

――ほんま、持つべきものは幼馴染やな。
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