10話:涙と笑顔の間で
――受験前日。
『気合い入れたるわ!』
下校時、スマホのポップアップ画面に表示された、謙也くんのお母さんからのメッセージ。
ぎょっとして思わず画面を二度見した。
思わず呆れ混じりの小さなため息がこぼれてしまう。
謙也くんのお母さんは時折こうやって、私を忍足家の夕食に招いてくれる。
ただ……。
お誘いは嬉しい。
けど、息子も明日受験本番やで。
そんな大事な日の前日に、お邪魔してええものやろか。
なんて、既読をつけたものの返信に悩んでいると、ふっと頭上に影が掛かった。
見上げると謙也くんが立っとって。
「おかんからメッセージきたやろ?」
「なんや、知っとったん?」
「『真優ちゃん、晩ごはん誘ったから一緒に帰ってきい』ってメッセージきてんよ」
「ははあ……お母さん外堀埋めていくタイプやな」
そう返せば、謙也くんが苦笑いを浮かべている。
私は小さく笑うと「謙也くんさえよければ、お邪魔しよかな」と告げた。
そうすれば、謙也くんは不思議そうに首を傾げた。
「俺さえよければってなんで?」
「なんでって……」
いや、受験前日やねんから勉強しときたいとかいろいろあるんやん? って思うのに、謙也くんは当たり前みたいに口を開いた。
「俺はいつでも歓迎やけど……?」
そう言うてくれるもんやから、吹き出してしまった。
ほんま、当然みたいに受け入れてくれるんよなぁ。
謙也くんも、謙也くんのお母さんもお父さんも。
その日、忍足家の夕食はとんかつやった。
「二人とも明日は頑張りや!」
多分『受験に勝つ!』とかけて、ゲン担ぎに作ってくれたんやと思う。
ものすごく美味しそうやし、実際に美味しいはずやねんけど。
――どないしよ。
緊張で味が分からん。
忍足家にお邪魔して、謙也くんのご両親とお話しして、日が出ているうちは大丈夫やった。
やけど、日暮れと共に急激な緊張が襲ってきた。
ただ、それは私だけやないみたいで。
いつもならあっという間に食事を平らげて、楽しそうに話し続ける謙也くんがまだ食べ終わってへん。
なんなら、持ち上げたご飯がお箸からこぼれる始末。
「……なんや二人とも大丈夫かいな?」
想像以上にぎこちない私たちに、ついぞ謙也くんのお父さんが話し掛ける。
私はどうにか笑顔を作ろうとするものの、できなくて。
一旦お箸を箸置きに戻すとぽつりと答えた。
「……コンクールより緊張しとります」
情けないことに、これが事実。
明日の入試で弾く曲は何回も演奏したことはあるし、もう完全に身体が覚えとる。
やのに、コンクールで演奏する曲の方がずっと難しいのに――手が震えて仕方がない。
「とち狂って弾き始めの音ミスったらどないしよう……」
ついつい不安を吐露し、両手で顔を覆う。
そうすれば、隣に座っていた謙也くんが、ぽんっと背中を叩いた。
「真優ならいける。絶対、大丈夫やから!」
私はゆっくり息を吸い込むと、ようやく落ち着きを取り戻して「頑張ります」と再びお箸を手に取った。
今度は、ちゃんととんかつの味が口いっぱいに広がった。
そんな私の様子に安心したのか、二人の視線が謙也くんに向く。
きっと、私のことよりもずっと心配なはず。
謙也くんは硬い表情のまま、じぃっと食卓を見つめ――やがで、お箸を置いた。
「……あかん。緊張で吐きそう」
真っ青な顔でぽつりと呟かれた一言に、今度は私が背中を叩いた。
「今のうちに吐いとき! 明日は完璧やって!」
謙也くんの視線が私に向いて、目が合った。
「……励まし方えぐない?」
そう言うのに、謙也くんは若干元気を取り戻したように笑った。
それから、再び食事に手を付け始める。
お互い、どうにか食事を詰め込んで、英気を養った。
こうも緊張しぃやのに、私は謙也くんのことだけは信じて疑わんし、謙也くんは私のこと信じて疑わん。
そんな関係が、なんだかおもしろくて、あたたかくて。
今だけは、恋人というよりも戦友――そんな言葉が一番しっくりきた。
『気合い入れたるわ!』
下校時、スマホのポップアップ画面に表示された、謙也くんのお母さんからのメッセージ。
ぎょっとして思わず画面を二度見した。
思わず呆れ混じりの小さなため息がこぼれてしまう。
謙也くんのお母さんは時折こうやって、私を忍足家の夕食に招いてくれる。
ただ……。
お誘いは嬉しい。
けど、息子も明日受験本番やで。
そんな大事な日の前日に、お邪魔してええものやろか。
なんて、既読をつけたものの返信に悩んでいると、ふっと頭上に影が掛かった。
見上げると謙也くんが立っとって。
「おかんからメッセージきたやろ?」
「なんや、知っとったん?」
「『真優ちゃん、晩ごはん誘ったから一緒に帰ってきい』ってメッセージきてんよ」
「ははあ……お母さん外堀埋めていくタイプやな」
そう返せば、謙也くんが苦笑いを浮かべている。
私は小さく笑うと「謙也くんさえよければ、お邪魔しよかな」と告げた。
そうすれば、謙也くんは不思議そうに首を傾げた。
「俺さえよければってなんで?」
「なんでって……」
いや、受験前日やねんから勉強しときたいとかいろいろあるんやん? って思うのに、謙也くんは当たり前みたいに口を開いた。
「俺はいつでも歓迎やけど……?」
そう言うてくれるもんやから、吹き出してしまった。
ほんま、当然みたいに受け入れてくれるんよなぁ。
謙也くんも、謙也くんのお母さんもお父さんも。
その日、忍足家の夕食はとんかつやった。
「二人とも明日は頑張りや!」
多分『受験に勝つ!』とかけて、ゲン担ぎに作ってくれたんやと思う。
ものすごく美味しそうやし、実際に美味しいはずやねんけど。
――どないしよ。
緊張で味が分からん。
忍足家にお邪魔して、謙也くんのご両親とお話しして、日が出ているうちは大丈夫やった。
やけど、日暮れと共に急激な緊張が襲ってきた。
ただ、それは私だけやないみたいで。
いつもならあっという間に食事を平らげて、楽しそうに話し続ける謙也くんがまだ食べ終わってへん。
なんなら、持ち上げたご飯がお箸からこぼれる始末。
「……なんや二人とも大丈夫かいな?」
想像以上にぎこちない私たちに、ついぞ謙也くんのお父さんが話し掛ける。
私はどうにか笑顔を作ろうとするものの、できなくて。
一旦お箸を箸置きに戻すとぽつりと答えた。
「……コンクールより緊張しとります」
情けないことに、これが事実。
明日の入試で弾く曲は何回も演奏したことはあるし、もう完全に身体が覚えとる。
やのに、コンクールで演奏する曲の方がずっと難しいのに――手が震えて仕方がない。
「とち狂って弾き始めの音ミスったらどないしよう……」
ついつい不安を吐露し、両手で顔を覆う。
そうすれば、隣に座っていた謙也くんが、ぽんっと背中を叩いた。
「真優ならいける。絶対、大丈夫やから!」
私はゆっくり息を吸い込むと、ようやく落ち着きを取り戻して「頑張ります」と再びお箸を手に取った。
今度は、ちゃんととんかつの味が口いっぱいに広がった。
そんな私の様子に安心したのか、二人の視線が謙也くんに向く。
きっと、私のことよりもずっと心配なはず。
謙也くんは硬い表情のまま、じぃっと食卓を見つめ――やがで、お箸を置いた。
「……あかん。緊張で吐きそう」
真っ青な顔でぽつりと呟かれた一言に、今度は私が背中を叩いた。
「今のうちに吐いとき! 明日は完璧やって!」
謙也くんの視線が私に向いて、目が合った。
「……励まし方えぐない?」
そう言うのに、謙也くんは若干元気を取り戻したように笑った。
それから、再び食事に手を付け始める。
お互い、どうにか食事を詰め込んで、英気を養った。
こうも緊張しぃやのに、私は謙也くんのことだけは信じて疑わんし、謙也くんは私のこと信じて疑わん。
そんな関係が、なんだかおもしろくて、あたたかくて。
今だけは、恋人というよりも戦友――そんな言葉が一番しっくりきた。