9話:The Warmth Between Us.

本屋の自動ドアをくぐるなり、暖かな空気が俺たちを包み込む。

ほうっと真優が息を吐き出したんが分かって、そっと口角を上げた。
そんな彼女を横目に、俺は案内図を見て、参考書がどこに置かれているのかを確認する。

――七階、いっちゃん上か。

そうと分かれば、早速そのフロアに向かおうと歩みを進めようとする――けれど、くんっと繋いだままの手がその場に留まった。

真優の視線が案内図の一点を見つめて止まっている。
視線を追うように、再び視線を案内図に戻せばどうやら『楽譜』の文字を見ているらしい。

俺はふはっと吹き出すと、真優の手をぎゅっと握ってこちらを向かせる。
「俺、参考書のとこ行ってくるから、真優好きなとこ見とってええで」
真優は数回瞬いてから、ふわりと嬉しそうにほほ笑んだ。

「ほんなら、うち楽譜のとこおってええ?」
「ええよ。なんや行きたそうにしとったし」
「えっ、なんで分かったん」
「顔に書いてある」

そう言って頬をつつけば、真優は恥ずかしそうに視線を逸らした。

幸いにも、参考書も楽譜も同じ階にコーナーが設けられとった。
俺たちはエレベーターで一気に七階まで上がる。
エレベーターを降りたところで「ほな、またあとで」と一旦分かれる。

うきうきした足取りで楽譜コーナーに消えていく真優のうしろ姿に、小さく笑みを落としてから、俺は参考書の並ぶ棚に足を向けた。

楽譜見に行くだけであんな楽しそうにすんねんな。
そんなことを思いながら、お目当てのものを探す。

黄色の表紙に赤文字の――あ、あった。これやこれ。
俺は目的の参考書を手に取る。

思いのほかすぐ見つかったそれは最後の一冊で。
無事に手に入れられたことにほっと胸をなでおろした。

それから、すっと楽譜コーナーに足を向ける。

ドラムやっとっても、こういう譜面ばっか置かれたところってあんま来たことないな。
ベートーベンにショパン、モーツアルト――。

陳列されたほとんどの譜面はピアノのものばかり。
真優にとったら宝の山っちゅーとこか。

譜面が詰め込まれたコーナーの一番奥に、真優はおった。

目ぇキラキラに輝かせて、楽譜を覗き込んでいる。
時折、真優の指先が、空中で鍵盤をなぞるように動いて。
身体が覚えとるんやろな。

「なんかおもろいもんでもあったん?」

あまりにも楽しそうにしとるもんやから、そう声を掛けてしもた。
ふっと真優の視線が俺に向けられる。

「おもろいかは分からんけど」
小さく笑んで手招きをする真優に近付く。

「うちが初めてコンクールで一位とったときに弾いた曲があって」
懐かしなって見とったの。
そう付け足す真優に見せられたんは、十六分音符ばっかりの真っ黒な譜面。

「初めて一位取ったとき、何歳言うてたっけ?」
「五歳やで!」
「五歳、なぁ……」

五歳でこんな真っ黒な譜面て弾けるもんなんやな。
……いや、真優やからか。

五歳くらいんとき、侑士のピアノ聴いたことあるけど。
もっとこう、可愛らしい曲、弾いとった気ぃする。
あとで、侑士に聞いてみよ。

「……懐かしなぁ」
「こんときは、お母さんもお父さんも。めっちゃ褒めてくれてな」

柔らかなほほ笑みを浮かべながら、真優は譜面をもとの場所に戻す。

きっと、それが真優の――家族の原風景。
その景色、もう一度見たくて、はたから見たら崩壊しかかっとる家族諦めきれんで。
たくさんのもん背負ってピアノ続けとる。

「真優は強いなぁ」

そんな言葉が口を吐いて出た。
真優はわけが分からなさそうに「何言うてんの?」って笑っとるけど。

俺は真優の頭にぽんっと手を乗せると、なんてことのないように――けれど、心からの言葉を告げる。

「これからも傍におるからな」
「なに? ほんまに意味分からんのやけど」
「分からんでええよ。こっちのことやから」
「変な謙也くん」

真優はふふっと小さく笑うと「それで?」と続ける。
「謙也くんは? お目当てのもんあったん?」
小首を傾げる真優に、俺は「ばっちりや!」と手にした参考書を見せる。

『難しい計算式も一瞬で組立てられる! スピード計算術』

表紙の文字を真優の目が追っている。
それから、彼女は二回ゆっくり瞬いて俺を見上げた。

「……謙也くんらしいな」
「どういう意味やねん、それ」
「言葉のまんまの意味」

俺は眉根を寄せる。
なんとなく言いたいことは分かるけど、腑に落ちん。

俺は頭を掻くと「買うてくるわ」とレジに向かった。
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