8話:雪の口づけ

「痛ててて」
「いった」

ふわふわの雪がクッションみたいになったけれど。
私たちはそれぞれ小さく呻きながら、息を吐き出した。
私は思わず閉じていたまぶたを持ち上げて問い掛ける。

「ごめん、大丈……っ」

口に出した瞬間、私は息を飲んだ。
確かに、バランスを崩したとき、謙也くんが衝撃から庇うみたいに守ってくれた。

それは、覚えとる。
けど、これは――この状態は想像できひんかった。

私が謙也くんを、完全に押し倒しとる。

雪の冷たさと彼の体温の境界が曖昧になって、息が止まった。
雪に映える金髪が綺麗、なんやけど。
そんな暢気なこと考えられる状況やなくて。

全身が一気に熱くなる。
目が合うとその熱さは加速度的に増して。

「……ん?」

ほんのり頬を染めた謙也くんが、じっと私を見てくる。
普段とは違う、少し熱を帯びた視線に、頭の中が真っ白になってしまう。

――なんやの!?
今そんな目で見んでも……っ。

情報過多でどうしていいか分からない私に、謙也くんの手がそっと伸びた。
髪に積もった雪を払い、やれやれみたいな表情で私を見上げている。

「ご、ごめん! すぐ退くわ」

慌てて身体を離そうとする私の腰に、謙也くんの腕がぐっと回る。
そのまま引き寄せられて、完全に私の身体が謙也くんの上に乗ってしまった。

「えっ!? ちょっ、ちょっと……!」

触れる体温がじんわり伝わって、心臓の音が耳まで響く。
どっちの鼓動かなんてもう分からん、けど……。

全身を桃色に染めた私を見て、謙也くんは小さく笑った。
額同士が触れ、至近距離で私を覗き込む。

「真っ赤やで? 熱でもあるん? それとも――」

そっと謙也くんの手が私の後頭部に回された。
明らかな熱を宿した瞳から逃げられない。

「期待しとる?」

吐息がかかるほどの距離で囁かれた言葉に、私は白旗を上げる他なかった。

――……正直、期待してしもた。

世界が、雪の音ごと止まった。
唇が重なる。
雪に冷えた唇は最初、冷たくて。

やけど角度を変えるごとに熱を帯び、吐息が漏れる。
互いの存在を確認するように、何度も舌が絡み合う。

私の手が胸元に触れれば、謙也くんは後頭部の手に力を入れ、さらに深くキスを落とす。

「んんっ……」

息が苦しくてくぐもった声が漏れる。
キスの合間に見つめ合うだけで、心臓が破裂しそう。
白い息が二人の間で混ざり、雪の冷たさと熱が入り混じった世界。

生理的な涙を浮かべれば、やがて謙也くんはしぶしぶと言った様子で唇を離した。

緊張とときめきと、酸素不足で頭がくらくらする。
そんな私を見つめる謙也くんは、ほんまに愛おしそうな顔をしとって。
それだけで、どうにかなってしまいそうやった。

見つめ合う私たちの間を、白い息がかすめて消える。
謙也くんは幸せそうに笑うと、私の頬に手を添えた。

「……真っ赤やな」

その一言だけで、全身がぽかぽかとあたたかくなる。
雪も寒さも、世界の全てが私たちのためにあるみたいに思えた。
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