7話:冬空に手を繋ぐ
「そのコンクールで入賞したら、コンクールピアニストは卒業するさかい。ちょお堪忍して」
私は目の前のイルミネーションに視線を落としながら、なんとなしに言った。
謙也くんは私の横顔を見ながら「その先は?」と不思議そうに聞いてくる。
その問い掛けに私はそらそうか、と思った。
音楽の世界に浸かってきたわけやない謙也くんにしてみれば、私が初めて出会った音楽にどっぷりつかった人間なわけで。
イメージしにくいやんな。
私がコンクールに参加する理由なんて。
私たち音楽家がコンクールを受けるのは、できるだけたくさんの人に名前を覚えてもらうため。
自分がどの程度の人間なのかを知ってもらって、音楽界でのコネクションを作る。
そうすることで、ようやっと音楽の仕事がもらえる。
ありがたいことに、今までも多くの舞台をもらえてきた。
けど、それに甘えてしまえば、次の舞台には立たれへん――そう思っとる。
だからこそ、世界的に権威のあるコンクールでの入賞が必須で。
ただ、そこで本当に入賞できれば――その先のピアニスト人生は安定する、はず。
私は一度まぶたを伏せ、穏やかな表情になってから「今の延長って感じ」と続けた。
「演奏会でピアノ弾いて――」
「いろんなとこ飛び回ってるんちゃうかなぁ」
希望的観測だけど、そうであれば嬉しい。
ただ、飛び回るとなるとその分、謙也くんと離れて過ごす時間も必然的に増えてまうなぁ、なんて。
ちょっぴり不安で。
自分で望んだ未来のはずなのに、少し寂しく感じてしまう私はなんて自分勝手なんやろか。
ため息を吐いたとき、不意に謙也くんが口を開いた。
「俺はさ、このままいけば多分家継ぐやん?」
「そのつもりで頑張ってるんやもんな?」
「おん。やから、生活面での不安はなくなるよな」
「まあ? お医者さんやさかいな」
謙也くんの言いたいことがイマイチつかみ切れなくて、私は首を傾げながら同意する。
私が同意すれば、謙也くんはニカッと笑って言い切った。
「したら、真優は好きなだけピアノできるな!」
そんな当然みたいに告げられた言葉に、少しばかり驚いてしまう。
目を丸く見開く私に、謙也くんはなんてことなさそうに続ける。
「家のことは俺に任せて。真優はいろんなとこ――それこそ世界中飛び回って」
謙也くんは幸せそうに目を閉じて言葉を紡ぐ。
「帰ってきたらお土産話たくさん聞かせてや!」
その言葉に私はさらに驚いてしまう。丸くなった目はそのままに、今度は驚きで口が開いて――。
「へ? え? 家のことは任せてって……?」
思わず出た言葉はほんまに間抜けで。
呆けているのに、それに反比例するように頬は熱を持つ。
やのに、謙也くんはそんな私を変なものを見るような顔で見とって。
「なに驚いてんねんよ」
「結婚したら一緒に暮らすやろ?」
「やから、家のことは俺、に…………っ!?」
自分が何を口走ったのかようやく理解したみたい。
謙也くんの息をのむ音が聞こえた。
彼は一瞬で真っ赤になって「えっ、と、いや……これは」としどろもどろに、手をバタバタさせ頭を横に振っている。
同じく私も「う、うん! や、分かってる。分かってるから!」と謎の相槌を繰り返しながら、あわあわしていた。
そんなことを繰り返すうちに、だんだんその状況がおかしくなってきて、私たちは同時に吹き出す。
「うち、謙也くんとほんまにずっと一緒におる気してきたわ」
笑い涙を指先で拭いながら告げる。
私が今感じている素直な気持ち。
もちろん、謙也くんが当たり前に、私との未来を考えてくれていたことに対する嬉しさも混ざっとる。
心の中が満たされて。
この人のあたたかさにどこまでも救われている私がいて。
私の不安なんて、たった一言で掻っ攫っていってしまう。
謙也くんは私が拭ったのと反対の目じりに溜まった涙をそっと指の背で払う。
「そんなん当たり前っちゅー話や!」
「もう手放したれへんから、覚悟しいや!」
そんな言葉が返ってきて、私は思わず涙ぐんでしまった。
謙也くんから真っ直ぐに向けられる愛情に心が満たされていく。
――こんな幸せでええんやろか。
無意識にそんなことが頭をよぎる。
きっと、口にしたら謙也くんは「幸せならそれでええやん!」とか言うてくるんやろな、と思うけど。
思うてしもたんやからしゃーなくない?
私はふはっと吹き出すと満面の笑みを浮かべた。
「これからも傍におってな」
「おう! 任しとき!」
二人とも赤くなったまま、どちらともなく手を取って立ち上がった。
そろそろタイムリミットや。
私は目の前のイルミネーションに視線を落としながら、なんとなしに言った。
謙也くんは私の横顔を見ながら「その先は?」と不思議そうに聞いてくる。
その問い掛けに私はそらそうか、と思った。
音楽の世界に浸かってきたわけやない謙也くんにしてみれば、私が初めて出会った音楽にどっぷりつかった人間なわけで。
イメージしにくいやんな。
私がコンクールに参加する理由なんて。
私たち音楽家がコンクールを受けるのは、できるだけたくさんの人に名前を覚えてもらうため。
自分がどの程度の人間なのかを知ってもらって、音楽界でのコネクションを作る。
そうすることで、ようやっと音楽の仕事がもらえる。
ありがたいことに、今までも多くの舞台をもらえてきた。
けど、それに甘えてしまえば、次の舞台には立たれへん――そう思っとる。
だからこそ、世界的に権威のあるコンクールでの入賞が必須で。
ただ、そこで本当に入賞できれば――その先のピアニスト人生は安定する、はず。
私は一度まぶたを伏せ、穏やかな表情になってから「今の延長って感じ」と続けた。
「演奏会でピアノ弾いて――」
「いろんなとこ飛び回ってるんちゃうかなぁ」
希望的観測だけど、そうであれば嬉しい。
ただ、飛び回るとなるとその分、謙也くんと離れて過ごす時間も必然的に増えてまうなぁ、なんて。
ちょっぴり不安で。
自分で望んだ未来のはずなのに、少し寂しく感じてしまう私はなんて自分勝手なんやろか。
ため息を吐いたとき、不意に謙也くんが口を開いた。
「俺はさ、このままいけば多分家継ぐやん?」
「そのつもりで頑張ってるんやもんな?」
「おん。やから、生活面での不安はなくなるよな」
「まあ? お医者さんやさかいな」
謙也くんの言いたいことがイマイチつかみ切れなくて、私は首を傾げながら同意する。
私が同意すれば、謙也くんはニカッと笑って言い切った。
「したら、真優は好きなだけピアノできるな!」
そんな当然みたいに告げられた言葉に、少しばかり驚いてしまう。
目を丸く見開く私に、謙也くんはなんてことなさそうに続ける。
「家のことは俺に任せて。真優はいろんなとこ――それこそ世界中飛び回って」
謙也くんは幸せそうに目を閉じて言葉を紡ぐ。
「帰ってきたらお土産話たくさん聞かせてや!」
その言葉に私はさらに驚いてしまう。丸くなった目はそのままに、今度は驚きで口が開いて――。
「へ? え? 家のことは任せてって……?」
思わず出た言葉はほんまに間抜けで。
呆けているのに、それに反比例するように頬は熱を持つ。
やのに、謙也くんはそんな私を変なものを見るような顔で見とって。
「なに驚いてんねんよ」
「結婚したら一緒に暮らすやろ?」
「やから、家のことは俺、に…………っ!?」
自分が何を口走ったのかようやく理解したみたい。
謙也くんの息をのむ音が聞こえた。
彼は一瞬で真っ赤になって「えっ、と、いや……これは」としどろもどろに、手をバタバタさせ頭を横に振っている。
同じく私も「う、うん! や、分かってる。分かってるから!」と謎の相槌を繰り返しながら、あわあわしていた。
そんなことを繰り返すうちに、だんだんその状況がおかしくなってきて、私たちは同時に吹き出す。
「うち、謙也くんとほんまにずっと一緒におる気してきたわ」
笑い涙を指先で拭いながら告げる。
私が今感じている素直な気持ち。
もちろん、謙也くんが当たり前に、私との未来を考えてくれていたことに対する嬉しさも混ざっとる。
心の中が満たされて。
この人のあたたかさにどこまでも救われている私がいて。
私の不安なんて、たった一言で掻っ攫っていってしまう。
謙也くんは私が拭ったのと反対の目じりに溜まった涙をそっと指の背で払う。
「そんなん当たり前っちゅー話や!」
「もう手放したれへんから、覚悟しいや!」
そんな言葉が返ってきて、私は思わず涙ぐんでしまった。
謙也くんから真っ直ぐに向けられる愛情に心が満たされていく。
――こんな幸せでええんやろか。
無意識にそんなことが頭をよぎる。
きっと、口にしたら謙也くんは「幸せならそれでええやん!」とか言うてくるんやろな、と思うけど。
思うてしもたんやからしゃーなくない?
私はふはっと吹き出すと満面の笑みを浮かべた。
「これからも傍におってな」
「おう! 任しとき!」
二人とも赤くなったまま、どちらともなく手を取って立ち上がった。
そろそろタイムリミットや。