7話:冬空に手を繋ぐ

私たちは駅前の雑踏をすり抜け、目的地に向かって歩みを進める。

街路樹には小さなライトが飾られ、淡い光が夜の空気に反射してキラキラと輝いている。
空気は冷たいけれど、隣にいる謙也くんの存在があたたかくて、私は照れ隠しに首元のマフラーをほんの少し引き上げた。

不意に、目の前にパッと光の海が広がる。
美しく装飾された色とりどりの小さなライトが、私たちを包み込む。

辺り一面のきらめきに私は思わず「わぁ!」と感嘆の声を上げた。
どこかで子どもの笑い声が響いて、小さな笑みを浮かべてしまう。たくさんの人が、見に来とるんやなぁ、なんて。

「何回見てもやっぱ圧倒されるよなぁ」

ぽつりと呟かれた謙也くんの言葉を繰り返す。

「何回見ても?」
「おん。去年は部活終わりに白石と見に来てん」
「二人で?」
「そう。二人で」

謙也くんはそこまで言うと、私をうしろから抱え込んで頭に顎を乗せる。
背中から伝わる謙也くんの体温にドキリとしつつも、頭の上に顎を乗せられて思わずむっと口をへの字に曲げた。

「おもろかったけど『なんで男二人でイルミネーション見に来なあかんねん!』って、頭抱えたん思い出したわ」
「ええやん。友情の再確認」
「そうかもしれんけど。こういうんは彼女と来る方がええって思ってる、今」

謙也くんの抱き締める力が強くなった。
私は彼にもたれかかるようにしながら見上げる。
そうすれば、少しだけ照れたようにほほ笑む謙也くんの表情が返って来て、心臓が一拍大きく跳ねた。

「やって、今めっちゃ幸せやねんもん。俺」

付き合ってから、謙也くんは恥ずかしげもなくこういう歯の浮くようなことを言うてくれる。

多分、私限定で。

クラスメイトとか部活の子らの前では照れて、噛んで、ヘタレて、意気消沈することも多いけれど。
私に対してだけは、あんまりそういう部分は見せなくて。
ただ、ただ優しくて、頼りになって、真っ直ぐに愛情表現をしてくれる。

――私だけが知っている男前な謙也くん。

そんな独占欲丸出しのことを考えつつ、私は「うちも幸せ!」と笑った。
同時に、ほんの少しだけ影が差す。
この幸せって、いつまで続くんやろって。

□ + ◇ + □

私たちは近くのコーヒーショップであたたかい飲み物を買うと、会場内のベンチに腰を下ろす。

一口飲めば身体の中にほっとするあたたかさが広がった。
息を吐き出せば白い靄がふっと現れて、イルミネーションの灯りの中へ消えていく。

「謙也くんが去年デートした白石くんさぁ」
「デート言うな」
「第一志望おんなじ高校やっけ?」

思わず茶化してそう問えば、謙也くんは複雑そうな表情を浮かべながらも「そうやで」と続ける。

「白石、大学で薬学部目指しとるから」
「うわぁ……っぽいなぁ。薬に紛れて毒草渡してきそう」
「さすがにそれやったら捕まるんよ」
「捕まった方が世の女の子のためやない?」
「捕まった方がって……お前なぁ」

カラカラ笑いつつ、この場にいない友人の軽口を叩く。
白石くん、無駄に格好ええお顔立ちしとるさかい、塀の中入っとったほうが、治安が守られる気がするんよな。

謙也くんはやれやれと息を吐きつつベンチの背もたれにもたれかかって、ぼんやり口を開いた。

「俺も。おとんの後継ご思たら、ほんまに勉強頑張らな」

謙也くんのお父さんはお医者さんや。
それも、自ら開業しはったすごい人。

やから、謙也くんにはこの先医大に行って、国家試験受けて、医者になって――っていう、ビジョンが見えとるんやと思う。
ほんま、日ごろからスピードにこだわっとるけど、こういう将来に関すること決めるんも早いみたい。

私も同じようにベンチの背もたれにもたれかかると「ほんなら」と続ける。

「謙也くんが勉強頑張っとる間に、うちは世界的コンクールで入賞せななぁ」

五年に一度実施される世界的ピアノコンクール。
実は、今年がその開催年やってんけど。
三月生まれの私は十五歳という出場規定年齢に達していなくて、参加すらできなかった。

次に開催されるのは、私が十九歳のとき。
当面の標準はそこに合わせとって、そのコンクールに向けた曲の準備を実は着々と進めている状態やったりする。

「無理しなや」

ふっと謙也くんの心配そうな声が降ってきた。
この夏、過労で倒れたところを見てしまったから心配で仕方ないんやと思う。

まあ、その心配も分からんではないねん。
うち、ピアノのこととなると周り見えんくなるときあるさかいな。
ただ、大事な人に必要以上の心配かけるのも違うって、今は分かっとる。

「今度はちゃんと寝るさかい」
「ほんま頼むで」
「寝るけど、直前はちょお無茶するかもなぁ」
「やめてくれや。心配で胃に穴開く」

こめかみを抑える謙也くんに「冗談やん」と告げれば、むっと口を尖らせ少しだけ頬をつねってきた。

「あははっ! 痛いんやけど」
「真優があほなこと抜かすから」
「未来のお医者様は健康管理に厳しいな」
「当たり前やろ。真優んこと大事やねんから」

ぺいっと離された頬を撫でつけながら私は笑う。
指先の温度が、寒さでこわばった頬にじんわり残っとる。

「ありがとうな、謙也くん」
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