7話:冬空に手を繋ぐ

十二月二十四日――クリスマス・イブ。
レッスンを終えた私は、すっかり日の落ちた駅前で、白い息を吐いた。
行き交うカップルの影が交じり合って、万華鏡みたいにころころ姿を変えて見える。

みんな幸せそうやなぁ、なんて。
そんなことを考えながら空を仰いだ。

――謙也くん、まだやろか……。

私の演奏会が落ち着いて、謙也くんのU-17日本代表候補者合宿も落ち着いて。
私たちは十二月の中頃に、やっと本格的な受験シーズンに突入した。

私は府内唯一の音楽科のある高校への入試を控えて、練習に勉強にと忙しくしている。

二月に控える音楽科の受験は一般的な高校の受験とは違って、音楽基礎教養と実技試験に重きが置かれとる。
とはいえ、実技はパスできるとの先生の判断で、今は聴音や新曲視唱、楽典といった座学中心に取り組んでいる。
コンクールは死に物狂いって表現がしっくりくるけど、受験は淡々と粛々とって感じ。

反対に、受験に死に物狂いになっとるのが謙也くん。
部活の引退が遅かったこともあって、彼は今までのツケを取り戻すかのように、日々勉強に追われている(とはいえ、元々頭ええんやけどな)。

やから、十二月の半ばになって、やれ模試や! 短期集中の塾や! と、今までとは全く別のベクトルで忙しそうにしとる。

――まあ、仕方ないよなぁ。

謙也くんが目指しとるのは、府内随一の進学校。
将来、医者を目指しとる彼にとって、最善の選択やと思うし、そこを目指せるだけの地頭もある……んやけど。
謙也くんがその学校目指しとるんは私のせいでもあるんやないかと、実は思っていたり。

府内随一の進学校には、府内唯一の音楽科がある。

謙也くんが受験するのは普通科。
私が受験するのは音楽科。

つまるところ、私たちは同じ高校を第一志望としとって。
やのに、最近はお互いに忙しすぎて、学校以外で顔を合わせる時間がほとんどなかった。

――やから、今日だけは特別。

スマホの画面に【19:36】の文字。

謙也くんの塾が終わるんが七時半って言うてたから、そろそろ来ると思うんやけど……。

スマホの画面を落として、ゆっくり瞬けば「真優!」と声が掛かった。
声の方を振り返ると、片手を上げて駆けてくる謙也くんの姿が目に入る。

「すまん! 待った?」
「さっき来たとこ」

なんて答えるけれど。
ほんまは七時過ぎくらいから待っとった。

寒さに肩がすくみ上がったけど、久々に過ごせる謙也くんとの時間が楽しみ過ぎて、気が急いでしもてんもん。

謙也くん、気にしぃやから。
『さっき来た』って、言うとかなしょぼくれてまうし。
ほんまのことなんて言われへんよ。

不意に謙也くんの手が私の鼻に伸びる。つんと鼻先に触れて、謙也くんは笑った。
「ほんま? 鼻赤いで」

思わず顔を背ければ、謙也くんは私の手にカイロを押し付けて、反対の手をぎゅっと握る。

あたたかい。

私は寒さで無意識に入っていた肩の力をほっと抜くと、謙也くんの手を握り返す。
それを合図にしたかのように謙也くんが言った。

「ほな、行こか」

色とりどりの灯りに包まれて。
二人で歩くこの道も、私には一番綺麗な万華鏡に見えた。
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