5話:Two Pianos, One Voice.
あのあと、俺たちは手を繋ぎ直して大阪の街を歩いとった。
スーツケースをガラガラ鳴らしながら進む俺に、真優がぽつりと言った。
「今回、謙也くんに『来てほしい』ってお願いしたやん?」
俺は真優の横顔を覗き込む。
「そうやな」
真優の視線が俺に向けられた。
「……その。この先、謙也くんが舞台裏に来てくれることもあるやろうなって、思ってお願いしたのもあるんやけど」
その言葉がたまらなく嬉しかった。
やって真優ん中では、これからも俺が隣におるって前提の『お願い』やったってことやろ。
無意識に上がりそうになる口角を抑えて「おん」と、出来るだけ冷静に返す。……ただ、同時に気になった。
――『けど』ってなんや?
そんな俺の疑問を知ってか知らずか、真優は遠くの景色に視線を動かしてぼんやり告げる。
「あの人、ほとんどの物事、音楽だけのものさしで測りはるねんよ」
あの人――水瀬のことやと瞬時に察する。
「ああ……っぽいな」
「そんなんうちの考えとは絶対合わへんでさ」
「確かにな」
「無理やん? いろいろ」
呆れ口調で言い切る真優に、俺は思わず「言うなぁ」と笑った。
真優はその笑い声を受け止めると、気恥ずかしそうに視線を足元に落とす。
「謙也くんおってくれな、多分本番前にキレると思てな」
思わぬ告白に、俺は「んっ」と変な声を漏らした。
笑い出しそうになって、でも、笑たらあかん気がして。無理やり飲み込んだら変な音になった。
何回か咳払いして、口元を手で押さえながら「マジか」と告げれば、真優はおかしそうにふっと笑う。
「笑てくれてもよかってんけど」
「いや、大変やってんやろなと思てな」
「それはそう」
真優は素直に認めてから、やれやれと続けた。
「まあ、あの人今まで徹底的にうちのこと避けとったし」
「そうなん?」
予想しとらんかった言葉に思わず瞬く。
いや、あいつ真優んこと口説くつもり、とか言うとったけど。そんな奴がわざわざ避けるとかある?
わけが分からんで唸れば、真優が小さくため息を吐いて言葉を紡ぐ。
「うちとコンクール、絶対被らんようにしとったんよ」
そういえば……と、夏のコンクールんときに近くの観客が話していた言葉を思い出した。
『この世代の子ら可哀想やで』
『勝たれへん勝負に挑戦するか、小鳥遊真優がおらんコンクールで実績積むかしかないねんもんな』
「自分のが年上やのにって。プライドが許さんかったんちゃう?」
真優は肩をすくめて、どこかどうでもよさそうに笑った。
「ほんましょーもな」
秋夜の風が吹き抜けて髪を揺らす。
彼女は髪をそっと押さえると、ふっと目を伏せてから申し訳なさそうに呟く。
「……やけど、嫌な思いさせてごめん」
俺は水瀬に何言われたか、詳しく伝えてへん。
けど、たった一言『いろいろあった』言うただけで、なんや察してしもたんやろな。
俺は真優の頭にぽんっと手を置いて、そっと撫でる。
「真優が気にすることやないで」
真優の瞳が小さく揺れた。
――やっぱ、結構気にしとったんやなぁ。
『来てほしい』なんて言わんかったら、俺があんな思いせんで済んだのに……とか、きっと考えとる。
「行くって決めたん俺やし。それに――」
俺はそこまで言うと、真っ直ぐ真優を見つめた。
「ちゃんと俺のこと守ってくれたやん」
穏やかな口調でそう言うと、真優の足が止まった。
夕刻のアーケードの賑わいが一瞬、遠退いた気がして。
なんやろ、なんて俺も足を止めた瞬間、背中にふわりと温もりが触れる。
ぎゅうっとうしろから真優が抱き締めてくる。
俺よか小さな手やのに、あんな格好ええピアノ弾くんやなぁ。そんな思いが脳裏に浮かぶ。
同時に、真優の腕にこもる熱に心臓が跳ね上がる。
「心の安定剤やぁ」
その一言に、今度こそ吹き出した。
「なんやねん、それ」
「謙也くんおらんと無理」
言い切られて、胸の奥から熱が全身に広がる。
――あかん、こいつ反則的に可愛すぎる……っ!
俺は緩む口元を手で隠し、ぐっと目頭に力を込めた。
回された彼女の手にそっと手を添える。
この先もきっと。
真優に振り回されっぱなしになるんやろな。
そんな未来を思って、俺の口から幸せ色のため息がこぼれた。
これからも彼女の奏でる音楽を一番近くで聴いていたい。
手を取って、共に歩んで――隣で笑い合って。
そう強く願って止まない。
□ + ◇ + □
俺を抱きしめとった真優の腕から力が抜ける。
どうやら、ひとまずは満足したらしい。
と、同時に「あ……」という小さな声が聞こえてきた。
「どないしたん?」
「…………お化粧ついてしもた」
「化粧?」
「うん。謙也くんのジャケットに。キラッキラしとる」
半笑いで告げられた言葉に、思わず「は……?」と声を上げる。
真優の手が、何度かジャケットの上を行き来するけれど。
「……取れへん」
「はああああ!?」
え、待って。
これ、今日わざわざ新調したばっかやねんけど!?
おろしたて初日に、キラッキラの装飾されるとか。
真優と目が合う。
「俺、これ今日のために買うたばっかやねんけど……」
しどろもどろそう告げれば、真優は数回瞬いて。
やっちゃった、みたいにてへっと舌を出して。
両手を顔の前で合わせた。
「堪忍」
「ほんま、勘弁してくれ」
口ではそう言うたけど、もう笑うてしもうとる。
ちゅーか、真優も分かっててやっとんな、なんて。
一瞬の沈黙のあと、互いに吹き出した。
――やっぱりこいつには振り回されてまう。
なあ、真優。
俺、やっぱ真優んことどうしようもないくらい好きやわ。
スーツケースをガラガラ鳴らしながら進む俺に、真優がぽつりと言った。
「今回、謙也くんに『来てほしい』ってお願いしたやん?」
俺は真優の横顔を覗き込む。
「そうやな」
真優の視線が俺に向けられた。
「……その。この先、謙也くんが舞台裏に来てくれることもあるやろうなって、思ってお願いしたのもあるんやけど」
その言葉がたまらなく嬉しかった。
やって真優ん中では、これからも俺が隣におるって前提の『お願い』やったってことやろ。
無意識に上がりそうになる口角を抑えて「おん」と、出来るだけ冷静に返す。……ただ、同時に気になった。
――『けど』ってなんや?
そんな俺の疑問を知ってか知らずか、真優は遠くの景色に視線を動かしてぼんやり告げる。
「あの人、ほとんどの物事、音楽だけのものさしで測りはるねんよ」
あの人――水瀬のことやと瞬時に察する。
「ああ……っぽいな」
「そんなんうちの考えとは絶対合わへんでさ」
「確かにな」
「無理やん? いろいろ」
呆れ口調で言い切る真優に、俺は思わず「言うなぁ」と笑った。
真優はその笑い声を受け止めると、気恥ずかしそうに視線を足元に落とす。
「謙也くんおってくれな、多分本番前にキレると思てな」
思わぬ告白に、俺は「んっ」と変な声を漏らした。
笑い出しそうになって、でも、笑たらあかん気がして。無理やり飲み込んだら変な音になった。
何回か咳払いして、口元を手で押さえながら「マジか」と告げれば、真優はおかしそうにふっと笑う。
「笑てくれてもよかってんけど」
「いや、大変やってんやろなと思てな」
「それはそう」
真優は素直に認めてから、やれやれと続けた。
「まあ、あの人今まで徹底的にうちのこと避けとったし」
「そうなん?」
予想しとらんかった言葉に思わず瞬く。
いや、あいつ真優んこと口説くつもり、とか言うとったけど。そんな奴がわざわざ避けるとかある?
わけが分からんで唸れば、真優が小さくため息を吐いて言葉を紡ぐ。
「うちとコンクール、絶対被らんようにしとったんよ」
そういえば……と、夏のコンクールんときに近くの観客が話していた言葉を思い出した。
『この世代の子ら可哀想やで』
『勝たれへん勝負に挑戦するか、小鳥遊真優がおらんコンクールで実績積むかしかないねんもんな』
「自分のが年上やのにって。プライドが許さんかったんちゃう?」
真優は肩をすくめて、どこかどうでもよさそうに笑った。
「ほんましょーもな」
秋夜の風が吹き抜けて髪を揺らす。
彼女は髪をそっと押さえると、ふっと目を伏せてから申し訳なさそうに呟く。
「……やけど、嫌な思いさせてごめん」
俺は水瀬に何言われたか、詳しく伝えてへん。
けど、たった一言『いろいろあった』言うただけで、なんや察してしもたんやろな。
俺は真優の頭にぽんっと手を置いて、そっと撫でる。
「真優が気にすることやないで」
真優の瞳が小さく揺れた。
――やっぱ、結構気にしとったんやなぁ。
『来てほしい』なんて言わんかったら、俺があんな思いせんで済んだのに……とか、きっと考えとる。
「行くって決めたん俺やし。それに――」
俺はそこまで言うと、真っ直ぐ真優を見つめた。
「ちゃんと俺のこと守ってくれたやん」
穏やかな口調でそう言うと、真優の足が止まった。
夕刻のアーケードの賑わいが一瞬、遠退いた気がして。
なんやろ、なんて俺も足を止めた瞬間、背中にふわりと温もりが触れる。
ぎゅうっとうしろから真優が抱き締めてくる。
俺よか小さな手やのに、あんな格好ええピアノ弾くんやなぁ。そんな思いが脳裏に浮かぶ。
同時に、真優の腕にこもる熱に心臓が跳ね上がる。
「心の安定剤やぁ」
その一言に、今度こそ吹き出した。
「なんやねん、それ」
「謙也くんおらんと無理」
言い切られて、胸の奥から熱が全身に広がる。
――あかん、こいつ反則的に可愛すぎる……っ!
俺は緩む口元を手で隠し、ぐっと目頭に力を込めた。
回された彼女の手にそっと手を添える。
この先もきっと。
真優に振り回されっぱなしになるんやろな。
そんな未来を思って、俺の口から幸せ色のため息がこぼれた。
これからも彼女の奏でる音楽を一番近くで聴いていたい。
手を取って、共に歩んで――隣で笑い合って。
そう強く願って止まない。
□ + ◇ + □
俺を抱きしめとった真優の腕から力が抜ける。
どうやら、ひとまずは満足したらしい。
と、同時に「あ……」という小さな声が聞こえてきた。
「どないしたん?」
「…………お化粧ついてしもた」
「化粧?」
「うん。謙也くんのジャケットに。キラッキラしとる」
半笑いで告げられた言葉に、思わず「は……?」と声を上げる。
真優の手が、何度かジャケットの上を行き来するけれど。
「……取れへん」
「はああああ!?」
え、待って。
これ、今日わざわざ新調したばっかやねんけど!?
おろしたて初日に、キラッキラの装飾されるとか。
真優と目が合う。
「俺、これ今日のために買うたばっかやねんけど……」
しどろもどろそう告げれば、真優は数回瞬いて。
やっちゃった、みたいにてへっと舌を出して。
両手を顔の前で合わせた。
「堪忍」
「ほんま、勘弁してくれ」
口ではそう言うたけど、もう笑うてしもうとる。
ちゅーか、真優も分かっててやっとんな、なんて。
一瞬の沈黙のあと、互いに吹き出した。
――やっぱりこいつには振り回されてまう。
なあ、真優。
俺、やっぱ真優んことどうしようもないくらい好きやわ。