5話:Two Pianos, One Voice.

――そんで、俺はこうして真優と一緒に本番前から楽屋におるわけで。

目の前で真優はスーツケースを開き、演奏会で着用するドレスを取り出した。
皺を伸ばすようにハンガーを引っ掛けて、ハイヒールに履き替える。

「そんなヒールの高い靴で弾いとったん?」
ヒールの高さに思わず突っ込めば、真優は「そやで」と笑った。
「これ演奏用の靴でな。この高さで慣れてしもうとるの」

いつもより視線の近くなった真優にドキリとする。

「他の演奏会用の靴も全部同じ高さやな」

十二センチくらい? と、付け足す真優がカラカラ楽しそうに笑っとる。
そのとき、コンコンと楽屋の扉がノックされた。

「どうぞ」

真優の声にガチャリと扉が開く。
入ってきたのは黒髪を斜めに分けた爽やかな男。

そいつは真優の前に歩み寄ると「小鳥遊さん、今日はよろしく」と、親しげに話し掛ける。
「水瀬さん、こちらこそ今日はよろしくお願いします」
真優が軽く頭を下げた。

どうやらこいつが今日、真優と二台ピアノを弾く相方の水瀬蓮らしい。
水瀬さんは小さく笑うと、なんてことのないように言葉を紡ぐ。

「スタッフに小鳥遊さんがもう着いとるって聞いて。出迎えできへんで……」
「出迎えやなんて。先輩にそんなことさせられませんよ」

真優が完全によそ行きの顔になっとって、思わず瞬いた。
なんや話し方が引っ掛かる。

――なんちゅーか。
相手を逆なでせんように線を引いとるっちゅーか。
誰にでも気さくな真優が、自ら壁を作っとるっちゅーか。

やけど、水瀬さんはそんなこと全く気にしとらんようで、柔らかくほほ笑んで続けた。

「相変わらず謙虚やな」
「当たり前のことですよ」

真優は笑顔を張り付けたまま肩をすくめる。
水瀬さんは声を上げて笑うと、俺に視線を向ける。

「ところで――そちらの方は?」

なんとなく、向けられた視線が冷たい気がする。
真優と話していたときの視線とは、明らかに色が変わって訝しんどる。
そら、見たことない奴が相方の楽屋におったらそんな顔にもなるわな、なんて思うけれど。

真優は一歩、俺に寄ると穏やかに口を開く。

「うちの彼の忍足謙也さん言うんです」
「今後こういう場所に来ることもあるやろから思て。来てもろたんです」

そんな風に紹介されて、ドキリと胸が高鳴った。
『彼』と明言され、照れくささが全身を駆け抜ける。
同時に、ちゃんと俺を認めてくれとる気ぃして、胸があたたかくなった。

そんな俺の高揚を、水瀬さんは冷めた目でバッサリと切り捨てる。
「へぇ……。彼、ねぇ」
冷ややかな声で言うなり、頭の先から爪先まで、品定めするように俺を見てきて。

嫌な感じのやっちゃな。

「……どうも」

そう返したものの、無意識に声がぶっきらぼうになる。
ほんまはこんなん態度に出さん方がええんやろけど。

それから、真優は俺の方を向いてほほ笑んだ。

「で、こちら水瀬蓮さん。今日一緒にピアノ弾く人やで」
「どうぞよろしく」

水瀬さんはニコリと笑みを張り付けて、手を差し出す。
多分、握手。
俺は一瞬躊躇したものの、その手を握り返した。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

握った瞬間、ものっそい力で握り返される。

――あ、こいつあかんわ。
苦手なタイプ。

水瀬さん――いや、水瀬はぱっと手を離すと「それでは、後ほど」と楽屋を後にする。
パタンと音を立てて閉まった扉に、俺は小さく息を吐き出した。
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