5話:Two Pianos, One Voice.

――数日前 忍足家にて。

「今度、二台ピアノの演奏会するんよ」
「二台ピアノ?」
「うん」

テーブルの上に並べられた焼き菓子に手を伸ばしながら、真優が頷いた。
俺はポット片手にコーヒーを淹れながら、立ち上る湯気を眺める。

――二台ピアノってのがよう分からんな。

真優は台所の俺を覗き込みながら「コーヒーええ香り~」と笑って注文をつける。

「うちコーヒーちょっとに牛乳たっぷりがええ」
「はいはい」

そう言いながら、俺は彼女に要望通りの物を手渡して、自分のブラックコーヒーを片手に真優の対面に座った。
「ありがとう」とカフェオレを受け取る真優に俺は問い掛ける。

「二台ピアノってのがそもそも分からんのやけど……」

真優は数回瞬くと「そらそうかぁ」と続ける。

「その名の通り二台のピアノで演奏するものなんよ」
「連弾とはちゃうん?」
「連弾はピアノ一台だけで完結するやろ?」
「確かに」

真優は焼き菓子を咀嚼して飲み込むと、ちらりと俺を見て、にっこり笑った。

「今、うちと謙也くんが座っとる感じで、舞台の上にピアノ二台並べてな」

真優はマドレーヌを俺の前、フィナンシェを自分の前にそれぞれ置きながら続ける。

「それぞれにプリモ、セコンドって言って別々の譜面があって。一つの曲を作り上げるんが『二台ピアノ』」
「へぇ」

俺は譜面に見立てて置かれた焼き菓子の封を切り、口に運ぶ。
ピアノってソロばっかやと思うとったけど、そういうわけやないんやな、と小さなもやつきが胸を覆った。

大事な彼女がのめり込んどる世界について、俺はほんまなんも知らん。
そんなもやつきごと押し流すようにコーヒーを飲む。

「今回は水瀬蓮さんっていう人と弾くねん」
「ほーん。どんな人なん?」
「今高一の先輩で。コンクールで一位とかも取っとる人」
「ふぅん」
「……強い演奏しはる人でな。なんや今までうちになかった奏法やから勉強になるよって」

俺の淹れたカフェオレを覗き込みながら告げる真優の口調は淡々としていて。
知識や技術をものにしようとする貪欲さが滲み出とる。

「ええ人と共演できるんやな!」

口ではそう言うのに、心にかかったもやは晴れなくて。

俺には分からん世界の話やからか、どうしてもその水瀬って奴に劣等感を感じてまう。
そんな自分が情けない。

ただ、俺の言葉に真優は一瞬何かを飲み込んだような表情になった。
なんでやろ? と首を傾げれば、真優はハッといつもの笑みを浮かべて「ありがとうな! 謙也くん」と、真っ直ぐに俺を見てくる。

「よかったらリハから見にきいひん?」

思いがけない申し出に、俺の心臓が飛び上がった。
舞台裏に連れて行っていいと思うほど、俺を信頼してくれとる――そんな思いが嬉しくて、思わず前のめりになる。

「! ええん?」

真優はふわりとほほ笑むと、首を縦に振る。
「うちの関係者ってことで。舞台裏とか入れるさかい」
それから、真優はほんの少しだけ照れくさそうに頬をかいた。

「……来てほしいし」

勢い付いて真優の手を取る。

「行きたい!」
「本番前の様子って俺知らんから」

俺は真優の手をぎゅうっと強く握り、はっきり告げた。

「ちゃんと知っときたい」

それもほんまの気持ち。

真優の演奏会には何回か行ったことがある。
やけど、その裏側――本番直前に彼女が何をして、どうやって過ごしとるんかは知らへん。

やから、純粋に知りたいと思った。
ピアニストとしての小鳥遊真優を――。
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