10話:STORM!!
「疲れたー……」
楽屋に戻るなり、華南ちゃんはソファに倒れ込んだ。
瀬戸くんは途端にネクタイを緩め、ソファにどっかり座り込む。
「それな」
「やっとほんまの開放や……」
私も同じようにソファに深く腰を下ろして、両手で顔を覆って呟いた。
三者三様、ステージ上のきりっとした姿はどこへやら。ぐだぐだのぐでぐで状態で伸びている。
私はソファから立ち上がらないまま、どうにか手を伸ばして自分の鞄を引き寄せると、中からスマホを取り出した。
瀬戸くんに「横着しすぎやろ」とか言われたけど、一睨みで黙らせる。
自分だって動けないくせに。
スマホの画面をタップすればテニス部のグループトークが動いとって。
『お疲れさん!』
『今日って楽屋行ってええん?』
白石くんからのメッセージに私はふっと笑みをこぼすと、私は指を滑らせる。
『来てくれてありがとう! 楽屋OKやで』
返したあとになって、華南ちゃんが本番前に発した言葉を思い出してしまった。
いやー、楽しみやなぁ。どの子なんやろなぁ……。
慌ててメッセージを取り消そうと思ったけど、すでに既読マークがついていて――私は思わず立ち上がる。
そのまま、楽屋を後にしようとしたら、背中にねっとりまとわりつく声がへばりついてきた。
「真優ちゃん、どこ行かはんの?」
華南ちゃんの方を見られない。
私は「ト、トイレ……」と上ずった声で返事をする。
「ふぅん。ほな、行っといで」
「あ、ありがとう!」
「……逃げられると思うたらあかんで」
華南ちゃんの一言に肩がすくみあがる。
助けを求めるように瀬戸くんに視線を向ければ、瀬戸くんは首を横に振った。
「っ!?」
私はひとまず気持ちを落ち着けるために、一旦楽屋を出ようと扉を開けた――目の前に見慣れた制服が見える。
瞬間、顔が引きつった。
恐る恐る顔を上げれば、驚いた表情の白石くんが立っとって。
――あ、終わった。
そう、思うてしもた。
「なんや、驚いた!」
白石くんの声が響く。
私は背中に嫌な汗が流れるのを感じながら、しどろもどろに口を開いた。
「随分、早い到着、で……」
声がひっくり返る――主な原因は、背後から注がれる華南ちゃんの視線のせい。
白石くんは訝しげに眉根を寄せつつ言葉を紡ぐ。
「謙也が『早よせぇ』うるさくてな」
「ああ、そう」
楽屋前の廊下はオーケストラの搬出通路でもあって。
こんな大人数、いつまでも廊下に出しておくわけにもいかんで。
白石くんのうしろで「うるさないわっ!」と憤慨している謙也くんをちらりと見つつ、私はついぞ「みんな……中、入り」と言った。
ぞろぞろ九人が楽屋に入る。
みんな、私の動揺には気が付かず「お疲れさん!」と声を掛けてくれる。
私はひとまず、冷静を装って「ありがとうな」と返して回った。
「あ、真優ちゃんのお友達の皆さんこんにちは~」
華南ちゃんの声が楽屋に響く。
見れば、華南ちゃんはにこやかにこちらに手を振っていて。
反対に、私は顔に笑顔を張り付けたまま、冷や汗が止まらなくなった。
――何言う気や、あの子。
なんて考えていると、不意に肩をつつかれた。
驚いてそちらを振り向けば、神妙な面持ちの謙也くんが首を傾げている。
「なんかあったん?」
小声で問い掛ける謙也くんに、私は勢い任せに首を横に振る。
「う、ううん。なんもない」
早口で答えれば、謙也くんはさらに怪訝そうな表情を浮かべた。
「いや、なんかあった顔しとるけど……」
華南ちゃんがニヤリと笑ったのが見えた。
その笑顔が見えた瞬間――背筋に氷を流し込まれた感覚に襲われる。
華南ちゃんはソファから立ち上がり、みんなのことを一人ずつ「ふんふん」と言いながらまじまじと見始める。
「ちゃうな」
不意に華南ちゃんの声が響く。
わけが分からなさそうなみんなをしり目に、私は瀬戸くんに視線を送った。
――華南ちゃん止めてや!
――無理や。
「この人もちゃう~」
華南ちゃんが一氏くんを一瞥して、千歳くんを見上げる。
「背ぇ高すぎて敵わんわ」
「ははっ、よか言われるばい……」
あの千歳くんでさえ目が泳いで困惑しとる。
――ほんま。なんで止まらんのやろ、この子。
華南ちゃんが意気揚々と動いている。
白石くんを視界に納めたかと思ったら「うーん」と腕を組んだ。
「うち好みやけど、多分真優ちゃんはちゃうなぁ」
「ああ、えと……どうも」
白石くん、たじたじになってしもうとるやんか!
もう頭痛い。
頭痛すぎて呻くことしかできへん。
完全に華南ちゃんペースの楽屋に「あの」という声が落ちた。
声の主は光で。
「さっきから何しとるんですか?」
そう直球の質問を投げ掛けた。
瞬間、華南ちゃんがにんまり笑った。
「そんなん、真優ちゃんの好――っ!」
私は思い切り華南ちゃんの口を手でふさいだ。
「もがっ」とか呻いとるけど、そんなん知らん!
――ええ加減にせえや、華南ちゃん。
――堪忍、堪忍!
華南ちゃんがお手上げ、とばかりに両手を上げたのを見て、私は彼女の口元から手を放す。
華南ちゃんは私の耳元に口を寄せると、小声で「ごめんて、真優ちゃん」と告げた。
むっと口を尖らせて睨めば「こわ~」と笑って。
それから、華南ちゃんはもう一度私の耳元で囁いた。
「そこの金髪のお兄さんやろ? 真優ちゃんが好きなん」
瞬間、私は自分が沸騰したのかと思うくらい熱くなった。
耳も指先も全部が熱くて――もともと赤くなっていた肌が、さらに赤くなって収拾がつかない。
真っ赤になって固まる私の肩に華南ちゃんが手をのせる。
「分かりやす。ステージ上とは大違いやな、真優ちゃん」
ニヤニヤ笑う華南ちゃんが恨めしい。
華南ちゃんはそれだけ言うと自分の荷物をまとめ始める。
荷物一式を持つと「ほなら、可愛ええ真優ちゃん見られて満足したさかい、うちお暇するな!」とスキップ交じりで扉に向かった。
それから「せやせや」と思い出したように振り返った。
「真優ちゃんこんなんやけど、いろいろ大変なことあるさかいに。支えたってな――」
華南ちゃんの視線は真っ直ぐ謙也くんに向けられとって。
「うちの大事な親友のこと、よろしゅう頼むわ」
謙也くんは驚いたように目を丸くして、私を見た。
ただ、今の私には謙也くんに視線を返す余裕なんてなくて、肩を震わせて華南ちゃんを睨むことしかできない。
華南ちゃんが出ていくと同時に、瀬戸くんも荷物をまとめ始める。
そして、謙也くんの肩に手を置いて口を開いた。
「小鳥遊、こんなんやけどピアノ界の宝やから。まあ、見てやってや」
「お、おう?」
困惑気味の謙也くんの返事を聞き、瀬戸くんは満足げに楽屋を後にした。
静まり返った楽屋に私の声にならない叫びがこだまする。
――二人して引っ掻き回すだけ引っ掻き回すからにっ!!
楽屋に戻るなり、華南ちゃんはソファに倒れ込んだ。
瀬戸くんは途端にネクタイを緩め、ソファにどっかり座り込む。
「それな」
「やっとほんまの開放や……」
私も同じようにソファに深く腰を下ろして、両手で顔を覆って呟いた。
三者三様、ステージ上のきりっとした姿はどこへやら。ぐだぐだのぐでぐで状態で伸びている。
私はソファから立ち上がらないまま、どうにか手を伸ばして自分の鞄を引き寄せると、中からスマホを取り出した。
瀬戸くんに「横着しすぎやろ」とか言われたけど、一睨みで黙らせる。
自分だって動けないくせに。
スマホの画面をタップすればテニス部のグループトークが動いとって。
『お疲れさん!』
『今日って楽屋行ってええん?』
白石くんからのメッセージに私はふっと笑みをこぼすと、私は指を滑らせる。
『来てくれてありがとう! 楽屋OKやで』
返したあとになって、華南ちゃんが本番前に発した言葉を思い出してしまった。
いやー、楽しみやなぁ。どの子なんやろなぁ……。
慌ててメッセージを取り消そうと思ったけど、すでに既読マークがついていて――私は思わず立ち上がる。
そのまま、楽屋を後にしようとしたら、背中にねっとりまとわりつく声がへばりついてきた。
「真優ちゃん、どこ行かはんの?」
華南ちゃんの方を見られない。
私は「ト、トイレ……」と上ずった声で返事をする。
「ふぅん。ほな、行っといで」
「あ、ありがとう!」
「……逃げられると思うたらあかんで」
華南ちゃんの一言に肩がすくみあがる。
助けを求めるように瀬戸くんに視線を向ければ、瀬戸くんは首を横に振った。
「っ!?」
私はひとまず気持ちを落ち着けるために、一旦楽屋を出ようと扉を開けた――目の前に見慣れた制服が見える。
瞬間、顔が引きつった。
恐る恐る顔を上げれば、驚いた表情の白石くんが立っとって。
――あ、終わった。
そう、思うてしもた。
「なんや、驚いた!」
白石くんの声が響く。
私は背中に嫌な汗が流れるのを感じながら、しどろもどろに口を開いた。
「随分、早い到着、で……」
声がひっくり返る――主な原因は、背後から注がれる華南ちゃんの視線のせい。
白石くんは訝しげに眉根を寄せつつ言葉を紡ぐ。
「謙也が『早よせぇ』うるさくてな」
「ああ、そう」
楽屋前の廊下はオーケストラの搬出通路でもあって。
こんな大人数、いつまでも廊下に出しておくわけにもいかんで。
白石くんのうしろで「うるさないわっ!」と憤慨している謙也くんをちらりと見つつ、私はついぞ「みんな……中、入り」と言った。
ぞろぞろ九人が楽屋に入る。
みんな、私の動揺には気が付かず「お疲れさん!」と声を掛けてくれる。
私はひとまず、冷静を装って「ありがとうな」と返して回った。
「あ、真優ちゃんのお友達の皆さんこんにちは~」
華南ちゃんの声が楽屋に響く。
見れば、華南ちゃんはにこやかにこちらに手を振っていて。
反対に、私は顔に笑顔を張り付けたまま、冷や汗が止まらなくなった。
――何言う気や、あの子。
なんて考えていると、不意に肩をつつかれた。
驚いてそちらを振り向けば、神妙な面持ちの謙也くんが首を傾げている。
「なんかあったん?」
小声で問い掛ける謙也くんに、私は勢い任せに首を横に振る。
「う、ううん。なんもない」
早口で答えれば、謙也くんはさらに怪訝そうな表情を浮かべた。
「いや、なんかあった顔しとるけど……」
華南ちゃんがニヤリと笑ったのが見えた。
その笑顔が見えた瞬間――背筋に氷を流し込まれた感覚に襲われる。
華南ちゃんはソファから立ち上がり、みんなのことを一人ずつ「ふんふん」と言いながらまじまじと見始める。
「ちゃうな」
不意に華南ちゃんの声が響く。
わけが分からなさそうなみんなをしり目に、私は瀬戸くんに視線を送った。
――華南ちゃん止めてや!
――無理や。
「この人もちゃう~」
華南ちゃんが一氏くんを一瞥して、千歳くんを見上げる。
「背ぇ高すぎて敵わんわ」
「ははっ、よか言われるばい……」
あの千歳くんでさえ目が泳いで困惑しとる。
――ほんま。なんで止まらんのやろ、この子。
華南ちゃんが意気揚々と動いている。
白石くんを視界に納めたかと思ったら「うーん」と腕を組んだ。
「うち好みやけど、多分真優ちゃんはちゃうなぁ」
「ああ、えと……どうも」
白石くん、たじたじになってしもうとるやんか!
もう頭痛い。
頭痛すぎて呻くことしかできへん。
完全に華南ちゃんペースの楽屋に「あの」という声が落ちた。
声の主は光で。
「さっきから何しとるんですか?」
そう直球の質問を投げ掛けた。
瞬間、華南ちゃんがにんまり笑った。
「そんなん、真優ちゃんの好――っ!」
私は思い切り華南ちゃんの口を手でふさいだ。
「もがっ」とか呻いとるけど、そんなん知らん!
――ええ加減にせえや、華南ちゃん。
――堪忍、堪忍!
華南ちゃんがお手上げ、とばかりに両手を上げたのを見て、私は彼女の口元から手を放す。
華南ちゃんは私の耳元に口を寄せると、小声で「ごめんて、真優ちゃん」と告げた。
むっと口を尖らせて睨めば「こわ~」と笑って。
それから、華南ちゃんはもう一度私の耳元で囁いた。
「そこの金髪のお兄さんやろ? 真優ちゃんが好きなん」
瞬間、私は自分が沸騰したのかと思うくらい熱くなった。
耳も指先も全部が熱くて――もともと赤くなっていた肌が、さらに赤くなって収拾がつかない。
真っ赤になって固まる私の肩に華南ちゃんが手をのせる。
「分かりやす。ステージ上とは大違いやな、真優ちゃん」
ニヤニヤ笑う華南ちゃんが恨めしい。
華南ちゃんはそれだけ言うと自分の荷物をまとめ始める。
荷物一式を持つと「ほなら、可愛ええ真優ちゃん見られて満足したさかい、うちお暇するな!」とスキップ交じりで扉に向かった。
それから「せやせや」と思い出したように振り返った。
「真優ちゃんこんなんやけど、いろいろ大変なことあるさかいに。支えたってな――」
華南ちゃんの視線は真っ直ぐ謙也くんに向けられとって。
「うちの大事な親友のこと、よろしゅう頼むわ」
謙也くんは驚いたように目を丸くして、私を見た。
ただ、今の私には謙也くんに視線を返す余裕なんてなくて、肩を震わせて華南ちゃんを睨むことしかできない。
華南ちゃんが出ていくと同時に、瀬戸くんも荷物をまとめ始める。
そして、謙也くんの肩に手を置いて口を開いた。
「小鳥遊、こんなんやけどピアノ界の宝やから。まあ、見てやってや」
「お、おう?」
困惑気味の謙也くんの返事を聞き、瀬戸くんは満足げに楽屋を後にした。
静まり返った楽屋に私の声にならない叫びがこだまする。
――二人して引っ掻き回すだけ引っ掻き回すからにっ!!