10話:STORM!!
本番開始のアラームが鳴った。
私はドレスに着替えて、そのときを待つ。
演奏順は瀬戸くんから始まって華南ちゃんと続き、私がトリを務める。
瀬戸くんの演奏が聴きたくて、こそこそ舞台袖に移動すれば華南ちゃんも袖から舞台を覗いていた。
「さすが瀬戸くんやな」
私は小声で華南ちゃんに話し掛ける。
「あないに力強いタッチ、うちずっと続けられへんよ」
「うちもや」
華南ちゃんが同意する。
「あんなん続けたら最後のほう指死んでまう」
私たちがそう感心するくらい、瀬戸くんの演奏は力強い。
瀬戸くんは力強さを失うことなく、完走しきった。
舞台袖に戻ってきた瀬戸くんのほっとした表情を見た途端、私の口からは「お疲れさま」という言葉が自然と出た。
「ありがとうな!」
瀬戸くんは滅多に見せることのない笑顔を浮かべて。
肩の荷が下りたってこういう感じなんやろうな、と思いつつ、私は次の演奏者である華南ちゃんの背中に視線を送った。
――頑張れ!
華南ちゃんの演奏は会場に花が咲いたような、軽やかで華やかな演奏やった。
正直、普段の華南ちゃんを知っていると想像しがたいくらい、可憐で乙女な演奏――こんなん言うたら怒られそう。
「華南ちゃんのピアノってなんや可愛いんよな」
「同感」
思わず呟いた一言に瀬戸くんの言葉が返ってくる。
舞台上には、あのやつれた華南ちゃんは居なくて。
心から音楽を楽しむ可憐で愛らしい少女がいた。
大きな拍手に包まれながら、演奏を終えた華南ちゃんが舞台袖に戻ってくる。
「やー、緊張したぁ」
そう告げる表情は晴れやかで。
華南ちゃんに「お疲れさまやったねぇ」と声を掛けた瞬間、ぽんっと肩に手が置かれた。
「真優ちゃんのお友達、見つけたで!」
目をキラキラさせながら興奮気味に告げる華南ちゃんに、私は思わず半歩引いた。
彼女のニヤけ顔にひえっとなりながらも、私は舞台に上がる。
コツコツコツとヒールを鳴らし、ステージ上に一歩踏み出せば、途端に本番の空気が私を包み込んだ。
スポットライトが眩しい。
舞台に立つ高揚感に心が躍る。
――コートに立つときってこんな感じなんやろか?
試合でたった一つのボールを追いかけて、相手コートに叩きこむみんなの姿が、脳裏によぎった。
ライトの眩しさに少しだけ目を細め客席に視線を送る。
一瞬で謙也くんたちの姿が目に入って、心があたたかくなった。
――ほんま、よう目立つ。
自然と笑みがこぼれ、私は一礼後ピアノ椅子に腰掛けた。
みんなが――謙也くんが見ていてくれるなら、なんだってできる。
指揮者にアイコンタクトを送る。
指揮者がそれを受け取ったのを確認し、私は小さく息を吸い込んで、鍵盤に指を走らせた。
私の世界が始まる。
指先からこぼれた一音が、波紋のように会場の空気を変えていく。
澄みきった水面に、次の石をそっと投げ込むように。
一つの音が落ちるたび、会場の空気が澄んでいくと錯覚する。
鍵盤に触れているのは確かに自分の指のはずなのに、響きを操っているのは別の誰かのようで――私はただ、その流れに身を委ねる。
演奏が儀式となり、聴く人を無言の祈りに巻き込む。
時折、客席の様子を窺えば陶酔したような観客の表情が目に入って、心が幸せに満ち溢れる――。
――ああ、もうっ!
やっぱりピアノが好きや!
最後の一音がホールに溶け、静寂が落ちた。
ふっと息を吐いた瞬間の割れんばかりの拍手に、安堵感がどっと押し寄せる。
私は客席の謙也くんを真っ直ぐ見つめて、少しだけ、照れたようにほほ笑んだ。
一礼の後、舞台袖にはければ瀬戸くんと華南ちゃんが待っている。
二人はそれぞれ私に「お疲れ!」と言うと、満面の笑みで迎え入れた。
私はドレスに着替えて、そのときを待つ。
演奏順は瀬戸くんから始まって華南ちゃんと続き、私がトリを務める。
瀬戸くんの演奏が聴きたくて、こそこそ舞台袖に移動すれば華南ちゃんも袖から舞台を覗いていた。
「さすが瀬戸くんやな」
私は小声で華南ちゃんに話し掛ける。
「あないに力強いタッチ、うちずっと続けられへんよ」
「うちもや」
華南ちゃんが同意する。
「あんなん続けたら最後のほう指死んでまう」
私たちがそう感心するくらい、瀬戸くんの演奏は力強い。
瀬戸くんは力強さを失うことなく、完走しきった。
舞台袖に戻ってきた瀬戸くんのほっとした表情を見た途端、私の口からは「お疲れさま」という言葉が自然と出た。
「ありがとうな!」
瀬戸くんは滅多に見せることのない笑顔を浮かべて。
肩の荷が下りたってこういう感じなんやろうな、と思いつつ、私は次の演奏者である華南ちゃんの背中に視線を送った。
――頑張れ!
華南ちゃんの演奏は会場に花が咲いたような、軽やかで華やかな演奏やった。
正直、普段の華南ちゃんを知っていると想像しがたいくらい、可憐で乙女な演奏――こんなん言うたら怒られそう。
「華南ちゃんのピアノってなんや可愛いんよな」
「同感」
思わず呟いた一言に瀬戸くんの言葉が返ってくる。
舞台上には、あのやつれた華南ちゃんは居なくて。
心から音楽を楽しむ可憐で愛らしい少女がいた。
大きな拍手に包まれながら、演奏を終えた華南ちゃんが舞台袖に戻ってくる。
「やー、緊張したぁ」
そう告げる表情は晴れやかで。
華南ちゃんに「お疲れさまやったねぇ」と声を掛けた瞬間、ぽんっと肩に手が置かれた。
「真優ちゃんのお友達、見つけたで!」
目をキラキラさせながら興奮気味に告げる華南ちゃんに、私は思わず半歩引いた。
彼女のニヤけ顔にひえっとなりながらも、私は舞台に上がる。
コツコツコツとヒールを鳴らし、ステージ上に一歩踏み出せば、途端に本番の空気が私を包み込んだ。
スポットライトが眩しい。
舞台に立つ高揚感に心が躍る。
――コートに立つときってこんな感じなんやろか?
試合でたった一つのボールを追いかけて、相手コートに叩きこむみんなの姿が、脳裏によぎった。
ライトの眩しさに少しだけ目を細め客席に視線を送る。
一瞬で謙也くんたちの姿が目に入って、心があたたかくなった。
――ほんま、よう目立つ。
自然と笑みがこぼれ、私は一礼後ピアノ椅子に腰掛けた。
みんなが――謙也くんが見ていてくれるなら、なんだってできる。
指揮者にアイコンタクトを送る。
指揮者がそれを受け取ったのを確認し、私は小さく息を吸い込んで、鍵盤に指を走らせた。
私の世界が始まる。
指先からこぼれた一音が、波紋のように会場の空気を変えていく。
澄みきった水面に、次の石をそっと投げ込むように。
一つの音が落ちるたび、会場の空気が澄んでいくと錯覚する。
鍵盤に触れているのは確かに自分の指のはずなのに、響きを操っているのは別の誰かのようで――私はただ、その流れに身を委ねる。
演奏が儀式となり、聴く人を無言の祈りに巻き込む。
時折、客席の様子を窺えば陶酔したような観客の表情が目に入って、心が幸せに満ち溢れる――。
――ああ、もうっ!
やっぱりピアノが好きや!
最後の一音がホールに溶け、静寂が落ちた。
ふっと息を吐いた瞬間の割れんばかりの拍手に、安堵感がどっと押し寄せる。
私は客席の謙也くんを真っ直ぐ見つめて、少しだけ、照れたようにほほ笑んだ。
一礼の後、舞台袖にはければ瀬戸くんと華南ちゃんが待っている。
二人はそれぞれ私に「お疲れ!」と言うと、満面の笑みで迎え入れた。