9話:あの人の思い

自室に入って、ベッドに寝転がる。
今さっき起こった出来事を思い返し、目を閉じた。

――『明日、頑張りなさいね』

もしかしたら、応援されたんかもしれへん。
そう思ったところで、私はまぶたを持ち上げ、上体を起こした。

ちゃうな。そう思いたいだけや。
お母さんを諦めきれへん気持ちが、まだ残ってるんやわ。

それでも、もしかしたら、と願ってしまう。

「……ほんま、意思弱いなぁ」

弱々しい声が部屋の空気を揺らして消えていく。

コンクールのあと、お母さんを突き放した。
もうこれ以上は無理やと、受け入れられへんって。
突き放したはずやのに――。

長い息を吐き出して、スマホを手に取る。
メッセージアプリを開くと、思わず謙也くんに電話をかけそうになって、指が止まった。

こんなんで電話するとか、彼女か。

自分で突っ込んで、ますます意気消沈する。
私はしばらく謙也くんとのトーク画面を眺め、ため息を漏らした。

こんなことで電話したら迷惑やろか。
やけど、声が聞きたい。
聞けたら、きっと少し安心する。

そう思って画面に指を伸ばしかけた、
そのとき――スマホが震えた。

びくりとしてスマホを取り落とす。
慌てて画面を覗き込めば『忍足謙也』の文字。
途端に心臓が高鳴る。

「もしもし?」

同時に、声が震えた。
緊張からやなくて、安心から。

「あ、よかった! 出てくれて」

電話口だと、謙也くんの声は少し低く響く。
その声を聞いた瞬間、胸の奥が一気にゆるんで、堰を切ったみたいに涙が出そうになった。
私は謙也くんにバレへんように、そっと鼻をすすると、口を開いた。

「……丁度、謙也くんに電話しよかな思てたとこやった」
「マジか」
「うん。ほんま」
「なんや、運命感じてしもたって言うたら笑ろてくれる?」
「うーん。笑いはせんかな」

――やって、ほんまにそうやったら嬉しいやん。

謙也くんは「あかんかぁ」なんて笑っているけど。
そんなあなたの底抜けの明るさに、救われとるんよ。

「それで? どないしたん?」
私は改めて問い直す。

「ん? ああ、明日本番やろって思って」

そんなん当然やん、みたいに言わんといて。
期待してまうよって。

「やから、頑張れ言いたくて電話した」

――ああ。この声があるなら大丈夫や。

「……ありがとう」
「みんなで観に行くで、楽しみにしとるな!」

当たり前に告げられる声に、自然と口角が上がる。

――やっぱり謙也くんの『頑張れ』が一番効く。

「うん、期待しとってええよ」

私はそっと目を閉じて、言い切る。

「今のうち、絶好調やさかい!」

――なあ、謙也くん。
あなたが思っとるより、ずっとあなたに頼っとるんよ。

「謙也くん、電話ほんまにありがとう」

私は言わずにはいられなくなって、感謝を述べた。
電話口の謙也くんは「なんやねん、改まって……」と素っ頓狂な声を上げている。

その声に安心から笑いが込み上げる。
私は小さく笑うと「言いたくなっただけ」と続けた。

「なんや幸せやなぁって」
「……よう分からんけど、真優が笑とったらこっちまで嬉しなるわ」

あたたかな声に背中を押される。

お母さんの『頑張れ』はまだ信じきれない。
でも、謙也くんの『頑張れ』なら――迷わず信じられる。

そう思うと、なんだってできる気がした。
街灯の光が胸の奥のどこか、硬い場所をそっと照らした。
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