1話:隣のおる理由

「さっき、全校集会でもあったけど、最近物騒やからな。各々気を付けなあかんで」

担任は先の付きまとい被害について再度注意喚起を促す。
全校集会でもホームルームでも改めて話すってことは多分、相当悪質な被害やったんやと思う。
俺は頬杖つきながら担任の話を聞き流す。

男子部やし、そんな気にすることもないやろ。

まあ、うちの女子生徒が被害に遭ったって事実があって。
犯人は捕まっとるけど、似たような犯罪も多いから気ぃ付けや、か……。

――真優くらいは気にしとかなあかんか。

窓側の一番うしろの席で真優はぼんやり外を眺めている。

最近、見慣れてきて忘れそうになるけど。
ほんま絵になる美人やからな。
気を付けといたらな。

そんなことを考えとるうちに、夏休み前のホームルームは終わって、各々教室を後にし始めた。

「調子乗りのお二人さん」

テニスバッグを肩にかけた瞬間、愉快そうな声が掛けられた。
俺は声の主をちらりと見て「これはこれは。元凶のお嬢さん」と口にする。
途端に真優が吹き出した。

「ごめんって。怒ってはる?」
「別に怒ってへんけど、やってくれたな、とは思うてる」
「うわぁ、そのうち仕返しされそうやな」

真優が肩をすくめる。
俺は息を吐き出すと、ふっと謙也に視線を送った。

瞬間、思わず目を見開いてしまう。
なんでって……謙也が眉間に皺寄せとったから。

真優が俺ら切り捨てたこと、そんなに根に持ってるん?

ここで言い合いされたら敵わんな。
そう思いつつ真優にそっと視線を送れば、謙也の視線受け止めて困ったように眉下げとる。

「なぁに? 怒ってるん?」
「いや、そういうわけやないけど」

謙也はがしがし頭を掻くと、小さく息を吐いてから――真っ直ぐに真優を見た。

「無理しなや」

珍しいくらい真剣なトーンで言うもんやから、瞬いてしもた。
それは、真優も同じやったみたいで、大きな目見開いて、やれやれと笑った。

「心配性やなぁ」
「そら、お前……っ!」
「言いたいこと分かるけど、ここ学校やしな」

なんや、よう分からん。
多分、二人にしか分らん会話が目の前で繰り広げられとって。
俺は思わず首を傾げた。

そんな俺の様子に気が付いたんやと思う。
真優の視線が俺に向けられ「ごめん、ごめん」と軽い調子で続けた。

「置いてけぼりにしてしもて堪忍な、白石くん」
「……いや」
「ほな、早よ部活行こ」

真優が俺らを先導するみたいに教室を出て行く。そのうしろを謙也がついて行って。
教室に一人残された俺は口元に手を当てた。

――やっぱ、なんや変やねんよな。

真優は一見いつも通りに見える。
やけど、なんとなくその『いつも通り』を作っとる気がするし。

謙也はそもそも朝からおかしい。
顔ぱんぱんに浮腫ませてくるわ、異常なくらい真優気に掛けるわ。

なんやろな。
ものっそい違和感あんねんけど、よう分からん。

――なんか、あったんか?

□ + ◇ + □

テニスコートが見えてくると、真優は女子テニス部の更衣室へと消えていった。
男子テニス部のマネージャーとはいえ、更衣ばかりは男子の部室でさせるわけにはいかへんからな。

俺と謙也が連れ立って部室に入れば、開口一番、財前に「拳骨落とされてましたね」と言われた。

「いや、あれ真優のせいやからな」
ため息交じりに告げれば、謙也が憤慨する。
「完全に巻き込まれ損やで!?」

とはいえ、俺もおもろなってポーズ決めたりしてしもたからな。
自業自得な部分もなきにしもあらず。

やれやれとユニホームから腕を出したとき、不意に謙也が「白石」と声を掛けてきた。
顔を向ければ、らしくない神妙な面持ちで謙也が真っ直ぐに俺を見ていた。

「このあと、少し時間ええやろか?」
俺は瞬いてから、頷いて返す。
「もちろん、かまへんけど……」
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