7話:Re:start
明星の星が輝く中、並んで歩く。
俺はそっと繋がれた手に一瞬視線を落としてから、真優の横顔を覗き込んだ。
おっちゃんの店を後にして、しばらくしたらなんや当たり前みたいに真優の方から繋いできて、肩が跳ねた。
はやる心臓を押さえられないまま、今に至る――。
真優はぼんやり空を眺めたり、街中の店眺めたり。
肩の荷降りた感じで楽しそうにしとる。
ただ、それが作られたもんか不安になって、俺は思わず問い掛けた。
「……もう、平気なん?」
たった数時間。
真優が――真優の心が形保ってられへんで、崩れてしもうてから時間なんて全然経ってへんくて。
やのに、こいつ普通に笑ったりしとるから。
またバレんように隠してるんちゃうかって、不安で。
真優は俺をちらりと見上げ、うーんと唸ると「平気、ではないけど」と続けた。
「なんやろ。吹っ切れてしもたっていうか、なんていうか」
そう言って、真優は自分の胸に手を添えた。
「確かにまだ痛いし、苦しいけど――」
真優の瞳が真っ直ぐ俺に向けられる。
途端に目が合って。
その綺麗な淡い水色の瞳から、目が離せない。
「でも、謙也くんおってくれるんやったら、大丈夫そうって、今は思えるから」
真優が照れくさそうに笑った。
反対に俺はその言葉聞いて、安堵から泣きそうになった。
「……っ。どんなときやって、一緒におったるよ」
噛みしめるように返した言葉に「頼もしな」なんて真優が告げる。
俺は笑みをこぼすと、真優の手を握り返した。
今は、この距離感が心地いい。
にぎやかな喧騒の中を進む。
憂さ晴らししたかったんはほんまやったみたいで、真優はやれアイス食べたい、あの雑貨屋寄りたい、好き放題言うてくる。
いつもの調子に戻そうと必死な真優に振り回されつつ、俺は「はいはい」と肩をすくめた。
「あ、あのラーメン屋さん。もっかい行きたいな」
「あのラーメン屋?」
「うん。ほら、前に謙也くんのお母さんに連れてってもろたやろ?」
そう言われ、ふっと思い出す。
真優がつきまといの被害に遭って――真夜中に食べに行ったラーメン屋。
そんな気に入ったんか、なんて見とったら、真優はなんてことなさそうに続けて言った。
「今度はちゃんと食べたいなって思て」
ちゃんと食べたいって、どういうことやろ。
いまいちつかめんけど、あんとき精神的に結構参ってたんやろな、と思うことにする。
そんな状態やったら、味なんてちゃんと分からんやろし。
「ほな、帰る前に行こ」
そう返せば、真優は花が咲いたみたいに笑って。
――こんな楽しそうにしとる真優見るん、久しぶりやわ。
そんなことを考えて小さく笑みを漏らしたとき、不意に真優が「そういえば」と小首を傾げた。
「侑士くんて元々こっち住んどったん?」
おっちゃんの店でそんな話したから、気になったんやと思う。
まあ、あいつも一緒にネックレス拾った奴やしな。
「せやで。叔父さん――侑士のおとんの仕事の都合で」
あいつ、小学校の頃から転校ばっかしよってんよ、と付け足せば真優は「ふぅん、大変やな」と続けた。
「商社とか?」
「ちゃうちゃう。医者や」
「……医者の家系ってほんまにあるんやな」
真優は近くの路面店を覗き込みながら、ぼそっと言った。
「なー」
「? でも、お医者さんってそんな引っ越しするもん?」
「あー、まあ。うちは開業医やから引っ越すとかないけど」
俺は頭掻きながら、視線を宙に向ける。
「侑士んとこは大学病院勤めやからなぁ」
真優は興味があるのかないのか、小さく頷いて、けれどまだ納得しきれない顔のまま口を閉じた。
それから、しばらく黙り込んでいたかと思うと「なぁ、謙也くん」と心許ない声が掛けられる。
「侑士くんのお父さんって、○○大学病院で働いてはったり、する?」
「おん。せやせや! 何で知って……」
思わず同時に立ち止まる。
目ぇまん丸くした真優を見て、俺は今更になって、初めて真優の演奏を聴いたときのことを思い出した。
――伯父さんがくれた、新人演奏会のチケット。
『ちょい前に患者さんにもろてんよ』
『孫娘が出るんやて――』
「……っ! せや! 孫娘!」
俺の突然の大声に、真優だけやなくて近く歩いとった人らの視線も集まる。
せやけど、そんなん関係あらへん!
俺は真優の両手を取って、真っ直ぐ見て興奮気味に口を開いた。
「俺と侑士が見に行った春の演奏会!」
「あれ、伯父さんにチケットもろたんや!」
「最近まで診てた患者さんの孫娘が出る言うて!」
そこまで一気に言って、俺は胸がいっぱいになった。
ほんま、なんで今まで忘れとったんやろ。
あんとき、俺ポスター見て心奪われとったやん。
「それ、真優や!」
一気に捲し立てる俺を真優は唖然として見ている。
それから、途端に頬を赤く染めて、嬉しそうに、おかしそうに笑った。
「え、なに? つまり、おばあちゃんの先生が侑士くんのお父さんやって、そこ伝手で謙也くんがコンサート来て、おばあちゃんのネックレス拾ったってこと?」
俺は何回も頷く。
「せやせやせや!!」
勢い任せの俺の声に、真優はあははっと声を上げ泣き笑い出す。
「あははっ! おっかしー」
「なんや、おばあちゃんに仕組まれとったみたいやな」
目の前で、腹抱えて笑い転げる真優に、俺はようやく本当の意味で安心した。
――うん。
なんや、ほんまにもう大丈夫そうや。
夜のネオンが輝く中、幸せそうな真優の笑い声がいつまでも響いとった。
俺はそっと繋がれた手に一瞬視線を落としてから、真優の横顔を覗き込んだ。
おっちゃんの店を後にして、しばらくしたらなんや当たり前みたいに真優の方から繋いできて、肩が跳ねた。
はやる心臓を押さえられないまま、今に至る――。
真優はぼんやり空を眺めたり、街中の店眺めたり。
肩の荷降りた感じで楽しそうにしとる。
ただ、それが作られたもんか不安になって、俺は思わず問い掛けた。
「……もう、平気なん?」
たった数時間。
真優が――真優の心が形保ってられへんで、崩れてしもうてから時間なんて全然経ってへんくて。
やのに、こいつ普通に笑ったりしとるから。
またバレんように隠してるんちゃうかって、不安で。
真優は俺をちらりと見上げ、うーんと唸ると「平気、ではないけど」と続けた。
「なんやろ。吹っ切れてしもたっていうか、なんていうか」
そう言って、真優は自分の胸に手を添えた。
「確かにまだ痛いし、苦しいけど――」
真優の瞳が真っ直ぐ俺に向けられる。
途端に目が合って。
その綺麗な淡い水色の瞳から、目が離せない。
「でも、謙也くんおってくれるんやったら、大丈夫そうって、今は思えるから」
真優が照れくさそうに笑った。
反対に俺はその言葉聞いて、安堵から泣きそうになった。
「……っ。どんなときやって、一緒におったるよ」
噛みしめるように返した言葉に「頼もしな」なんて真優が告げる。
俺は笑みをこぼすと、真優の手を握り返した。
今は、この距離感が心地いい。
にぎやかな喧騒の中を進む。
憂さ晴らししたかったんはほんまやったみたいで、真優はやれアイス食べたい、あの雑貨屋寄りたい、好き放題言うてくる。
いつもの調子に戻そうと必死な真優に振り回されつつ、俺は「はいはい」と肩をすくめた。
「あ、あのラーメン屋さん。もっかい行きたいな」
「あのラーメン屋?」
「うん。ほら、前に謙也くんのお母さんに連れてってもろたやろ?」
そう言われ、ふっと思い出す。
真優がつきまといの被害に遭って――真夜中に食べに行ったラーメン屋。
そんな気に入ったんか、なんて見とったら、真優はなんてことなさそうに続けて言った。
「今度はちゃんと食べたいなって思て」
ちゃんと食べたいって、どういうことやろ。
いまいちつかめんけど、あんとき精神的に結構参ってたんやろな、と思うことにする。
そんな状態やったら、味なんてちゃんと分からんやろし。
「ほな、帰る前に行こ」
そう返せば、真優は花が咲いたみたいに笑って。
――こんな楽しそうにしとる真優見るん、久しぶりやわ。
そんなことを考えて小さく笑みを漏らしたとき、不意に真優が「そういえば」と小首を傾げた。
「侑士くんて元々こっち住んどったん?」
おっちゃんの店でそんな話したから、気になったんやと思う。
まあ、あいつも一緒にネックレス拾った奴やしな。
「せやで。叔父さん――侑士のおとんの仕事の都合で」
あいつ、小学校の頃から転校ばっかしよってんよ、と付け足せば真優は「ふぅん、大変やな」と続けた。
「商社とか?」
「ちゃうちゃう。医者や」
「……医者の家系ってほんまにあるんやな」
真優は近くの路面店を覗き込みながら、ぼそっと言った。
「なー」
「? でも、お医者さんってそんな引っ越しするもん?」
「あー、まあ。うちは開業医やから引っ越すとかないけど」
俺は頭掻きながら、視線を宙に向ける。
「侑士んとこは大学病院勤めやからなぁ」
真優は興味があるのかないのか、小さく頷いて、けれどまだ納得しきれない顔のまま口を閉じた。
それから、しばらく黙り込んでいたかと思うと「なぁ、謙也くん」と心許ない声が掛けられる。
「侑士くんのお父さんって、○○大学病院で働いてはったり、する?」
「おん。せやせや! 何で知って……」
思わず同時に立ち止まる。
目ぇまん丸くした真優を見て、俺は今更になって、初めて真優の演奏を聴いたときのことを思い出した。
――伯父さんがくれた、新人演奏会のチケット。
『ちょい前に患者さんにもろてんよ』
『孫娘が出るんやて――』
「……っ! せや! 孫娘!」
俺の突然の大声に、真優だけやなくて近く歩いとった人らの視線も集まる。
せやけど、そんなん関係あらへん!
俺は真優の両手を取って、真っ直ぐ見て興奮気味に口を開いた。
「俺と侑士が見に行った春の演奏会!」
「あれ、伯父さんにチケットもろたんや!」
「最近まで診てた患者さんの孫娘が出る言うて!」
そこまで一気に言って、俺は胸がいっぱいになった。
ほんま、なんで今まで忘れとったんやろ。
あんとき、俺ポスター見て心奪われとったやん。
「それ、真優や!」
一気に捲し立てる俺を真優は唖然として見ている。
それから、途端に頬を赤く染めて、嬉しそうに、おかしそうに笑った。
「え、なに? つまり、おばあちゃんの先生が侑士くんのお父さんやって、そこ伝手で謙也くんがコンサート来て、おばあちゃんのネックレス拾ったってこと?」
俺は何回も頷く。
「せやせやせや!!」
勢い任せの俺の声に、真優はあははっと声を上げ泣き笑い出す。
「あははっ! おっかしー」
「なんや、おばあちゃんに仕組まれとったみたいやな」
目の前で、腹抱えて笑い転げる真優に、俺はようやく本当の意味で安心した。
――うん。
なんや、ほんまにもう大丈夫そうや。
夜のネオンが輝く中、幸せそうな真優の笑い声がいつまでも響いとった。