5話:支配者
コンクールが始まった。
ステージに立つ演奏者たちは皆、ドレスやタキシードに身を包み、全身で音楽と向き合っとる。
最初の演奏者は、指先がまるで羽のように鍵盤をなぞる。
軽やかで繊細な旋律は観客席をそっと包み込むようやった。
やのに、ペダルの使い方が荒くて、時折踏む音が響いてしまっとる。
次の奴は力強い打鍵で、まるで心の奥底を叩き出すように感情をぶつけてくる。
胸ん中にため込んだ激情さらけ出すみたいに。
拍手の音も忘れて、手に汗を握った。
――その音を聴きながら、少し怖くなった。
真優も同じように感情をぶつけながら弾いた日があったんやろか、なんて。
ある演奏者は緊張で顔が強張って一度やって観客の方を見んかった。
指を滑らせながら、音楽に必死に身を委ね、最後の和音で息を吐き出すように閉じる。
どの演奏も違う。
どれも渾身。
きっと全員、真優と同じようにがむしゃらに毎日毎日ピアノに向き合ってきたんやろうと思う。
このステージに立ち、たった一人で戦う姿はほんまに格好ええ。
力を出し切って、笑顔で演奏を終える奴。
緊張のあまり、失敗を繰り返し涙ながらに舞台袖へはけていく奴。
ほんまにいろいろ。
ずっと、テニスの世界に身を置いてきて、テニスこそが心が熱くなるもんやと思とったけど。
テニスの試合を観るのとは全く違う。
一瞬で勝敗が決まるわけやないのに胸が締め付けられる。
俺は不意に隣の白石と財前を覗き見た。
大方、二人も俺と同じ感想らしい。
二人とも、食い入るようにステージに視線を向けとった。
コンクールってこんな緊張して手に汗握るもんなんやな。
演奏が終わるたびに、金ちゃんが小声で白石に「めーっちゃ上手やったな!」と楽しそうに話し掛けとる。
「やーん! 今の子ちょっと好み!」
「は? 浮気かっ」
なんて、小春とユウジがいつも通りのやり取りをかわす中、俺は一人手を組んで俯いていた。
みんな、めちゃくちゃ上手ないか?
もちろん、この舞台に上がるピアニストは全員予選を勝ち上がってきた猛者ばかり。
そら、上手いに決まっとる。
真優が飛び抜けて上手いだろうことも、分かっとる。
やのに、分かり切っとることやのに。
俺はわけの分からん焦燥感に襲われとった。
ふと財前が眉根を寄せて声を掛けてくる。
「大丈夫ですか、謙也さん」
俺は視線だけを動かして財前を見る。
「顔色悪いっすよ」
「……なんでもあらへん」
「あほくさ。みんな上手くてビビってるん?」
「そういうわけちゃう」
否定したけど、多分財前の言う通り。
俺がこの会場の雰囲気に飲まれてしもうてる。
真優の順番は十三番。
次や。
俺と財前の会話に気が付いたのか白石が俺を覗き込んで、ぎょっと目を丸くした。
「謙也? 大丈夫かいな?」
俺、そんなやばい顔しとんの?
「……おう」
短く返した声がわずかに震えている。
俺を挟んで、白石と財前が見合わせたんが分かった。
そうこうしていると、近くの席から「あ、次やん。小鳥遊真優」という観客の声が聞こえた。
思わず顔を上げて、白石、財前と目配せを送り合う。
あかんことやと思いつつも三人で聞き耳を立てる。
「うん。あの子出るときだけ毎回チケット完売」
「やなぁ。ほんまこの世代の子ら可哀想やで」
「なー。勝たれへん勝負に挑戦するか、小鳥遊真優がおらんコンクールで実績積むかしかないねんもんな」
そこまで聞いて、俺たちは再度見合わせる。
「……真優ってそんなやばいん?」
白石が小声でぽつりと漏らした。
「過去のコンクール、あの人一位以外とったことあらへん」
財前がこともなげに言う。
そういえば、こいつ入部前から真優のこと知とったな。
俺は首を傾げながら「そやけど」と唸る。
「確かにめっちゃ上手いけど」
思い出す。
三月の末、東京で聴いた真優の演奏。
あのときもすごかったけど、今日ここにいるピアニストたちも、同じように全力で音楽に向き合っとる。
だから手汗が止まらんのや。
小鳥遊真優が近くなればなるほど、こういった場面の緊張はこちらにも影響を与えるらしい。
俺は手をぎゅっと握った。
「しっかりせぇや、謙也」
白石が俺の背中を叩いた。
「真優さんなら、大丈夫っすわ」
財前が舞台を真っ直ぐに見ながら続く。
「……せやな」
俺は深く息を吸って、姿勢を正した。
ちゃんと見なあかん。
「十三番、小鳥遊真優さん」
ついに、真優の名前がコールされた。
ステージに立つ演奏者たちは皆、ドレスやタキシードに身を包み、全身で音楽と向き合っとる。
最初の演奏者は、指先がまるで羽のように鍵盤をなぞる。
軽やかで繊細な旋律は観客席をそっと包み込むようやった。
やのに、ペダルの使い方が荒くて、時折踏む音が響いてしまっとる。
次の奴は力強い打鍵で、まるで心の奥底を叩き出すように感情をぶつけてくる。
胸ん中にため込んだ激情さらけ出すみたいに。
拍手の音も忘れて、手に汗を握った。
――その音を聴きながら、少し怖くなった。
真優も同じように感情をぶつけながら弾いた日があったんやろか、なんて。
ある演奏者は緊張で顔が強張って一度やって観客の方を見んかった。
指を滑らせながら、音楽に必死に身を委ね、最後の和音で息を吐き出すように閉じる。
どの演奏も違う。
どれも渾身。
きっと全員、真優と同じようにがむしゃらに毎日毎日ピアノに向き合ってきたんやろうと思う。
このステージに立ち、たった一人で戦う姿はほんまに格好ええ。
力を出し切って、笑顔で演奏を終える奴。
緊張のあまり、失敗を繰り返し涙ながらに舞台袖へはけていく奴。
ほんまにいろいろ。
ずっと、テニスの世界に身を置いてきて、テニスこそが心が熱くなるもんやと思とったけど。
テニスの試合を観るのとは全く違う。
一瞬で勝敗が決まるわけやないのに胸が締め付けられる。
俺は不意に隣の白石と財前を覗き見た。
大方、二人も俺と同じ感想らしい。
二人とも、食い入るようにステージに視線を向けとった。
コンクールってこんな緊張して手に汗握るもんなんやな。
演奏が終わるたびに、金ちゃんが小声で白石に「めーっちゃ上手やったな!」と楽しそうに話し掛けとる。
「やーん! 今の子ちょっと好み!」
「は? 浮気かっ」
なんて、小春とユウジがいつも通りのやり取りをかわす中、俺は一人手を組んで俯いていた。
みんな、めちゃくちゃ上手ないか?
もちろん、この舞台に上がるピアニストは全員予選を勝ち上がってきた猛者ばかり。
そら、上手いに決まっとる。
真優が飛び抜けて上手いだろうことも、分かっとる。
やのに、分かり切っとることやのに。
俺はわけの分からん焦燥感に襲われとった。
ふと財前が眉根を寄せて声を掛けてくる。
「大丈夫ですか、謙也さん」
俺は視線だけを動かして財前を見る。
「顔色悪いっすよ」
「……なんでもあらへん」
「あほくさ。みんな上手くてビビってるん?」
「そういうわけちゃう」
否定したけど、多分財前の言う通り。
俺がこの会場の雰囲気に飲まれてしもうてる。
真優の順番は十三番。
次や。
俺と財前の会話に気が付いたのか白石が俺を覗き込んで、ぎょっと目を丸くした。
「謙也? 大丈夫かいな?」
俺、そんなやばい顔しとんの?
「……おう」
短く返した声がわずかに震えている。
俺を挟んで、白石と財前が見合わせたんが分かった。
そうこうしていると、近くの席から「あ、次やん。小鳥遊真優」という観客の声が聞こえた。
思わず顔を上げて、白石、財前と目配せを送り合う。
あかんことやと思いつつも三人で聞き耳を立てる。
「うん。あの子出るときだけ毎回チケット完売」
「やなぁ。ほんまこの世代の子ら可哀想やで」
「なー。勝たれへん勝負に挑戦するか、小鳥遊真優がおらんコンクールで実績積むかしかないねんもんな」
そこまで聞いて、俺たちは再度見合わせる。
「……真優ってそんなやばいん?」
白石が小声でぽつりと漏らした。
「過去のコンクール、あの人一位以外とったことあらへん」
財前がこともなげに言う。
そういえば、こいつ入部前から真優のこと知とったな。
俺は首を傾げながら「そやけど」と唸る。
「確かにめっちゃ上手いけど」
思い出す。
三月の末、東京で聴いた真優の演奏。
あのときもすごかったけど、今日ここにいるピアニストたちも、同じように全力で音楽に向き合っとる。
だから手汗が止まらんのや。
小鳥遊真優が近くなればなるほど、こういった場面の緊張はこちらにも影響を与えるらしい。
俺は手をぎゅっと握った。
「しっかりせぇや、謙也」
白石が俺の背中を叩いた。
「真優さんなら、大丈夫っすわ」
財前が舞台を真っ直ぐに見ながら続く。
「……せやな」
俺は深く息を吸って、姿勢を正した。
ちゃんと見なあかん。
「十三番、小鳥遊真優さん」
ついに、真優の名前がコールされた。