4話:想う気持ち
翌日、俺は真優ん家の近くの公園のベンチに座っとった。
木陰で風が吹き抜けるから案外気持ちいい。
昨日「家まで渡しに行くで」って申し出たけど、それは断られてしもた。
――まあ、家まで行ったらおかんおるか。
真優は「少し息抜きもしたいさかいに、近くの公園おってよ」と、この場所を指定した。
俺は真優のネックレスを取り出して、太陽の光にかざしてみる。
夏の日差しを享受してキラキラと輝いとる。
それ見て少し笑ってしもた。
こいつは何も知らんと暢気なもんやな、なんて。
「キレイやろ? それ」
不意に木漏れ日の隙間から声が聞こえて、俺は勢いよく振り返った。
「真優……」
真優は笑顔を浮かべながら「久しぶりやな」と俺の隣に腰掛ける。
「驚いた?」
「そら、急に声掛けられたら驚くっちゅーねん」
それから、俺はネックレスを真優に差し出した。
「……せっかく借りたんやけど、負けてしもたわ」
真優は一瞬面食らったような顔になって、それから目をゆるりと細めた。
「うちにしか効かんのかもしれへんなぁ」
ネックレスを受け取って、真優はそれを優しい表情で眺めるとぽつりとこぼす。
「けどまあ。謙也くんにちゃんと連れてってもろて、よかったよって。おかえり」
真優は器用に手首に二周、ネックレスを巻き付けるとカチリと留め具をつけた。
こうしてみていると、真優は本当いつも通りで、昨日尚に聞いた話が嘘のようにさえ見えてくる。
真優はベンチに手を着くと、数回手持ち無沙汰のように足をぶらつかせてから「惜しかったな」と口にした。
「全国大会。正直、勝つことしか考えてへんかったから、なんや泣いて驚かせてしもて……」
「なに言うてんねん。あんとき、真優が泣いてくれたから、俺らも救われたっちゅー話」
「そやったらええねんけど。なんや、うちよりみんなの方が悔しいって分かってるのにな」
真優は自分に呆れたように、情けな、と呟いたあと、目を伏せた。
どう返すのが正解か分からない。
ただ、真優が真剣にテニス部に向き合ってくれていることだけは分かって。
気付いたら「情けないことあらへんわ」と口にしていた。
「それ言うたら、負けたんがいっちゃん情けないわ」
勝つつもりやってんけどなー、と付け足せば、真優は小さく笑って「そうやな」と同意した。
「なっ!? そうやなってお前なぁ……」
「謙也くんが自分で言うたんやん」
そう言って、俺を覗き込む真優の瞳にハッとさせられた。
尚の言うとったことが分かってしもた。
真優は笑っとる。
やけど、なんや全体的に薄い。
放っておいたら、このまま消えてまいそうな危うさが見え隠れしとる。
妙な焦燥感に、俺は唇を嚙んだ。
俺の表情の変化を負けたことの悔しさやと、勘違いした真優は、バツが悪そうに頭をかく。
「ごめん……言い過ぎたわ」
謝る真優に俺は首を横にふると「ちゃう」と一言、反射的に口にしていた。
はらりと近くの木の葉っぱが一枚落ちて。
わけが分からなさそうに瞬く真優に、俺は息を吸い込んで続けようとした。
けれど、言葉は出てこなくて。
壊れかけとる人間に、何を言えばええんか分からんで言い淀んでしまう。
そんな俺の気持ちを組んだのか、どうかは分からない。
不意に真優の手が俺の頭に乗せられた。そのまま、何度か撫でられる。
「うおっ!?」
「中三の最後の年に優勝できんで、そら悔しいよなぁ」
ぼんやりと告げられた真優の言葉に、喉が鳴る。
そうやないけど、悔しい気持ちはまだ残っとる。
真優の心からの言葉に、蓋をしていた悔しさが顔を出しそうになって、俺は短く息を吸った。
「白石くんに聞いたで」
「謙也くん、千歳くんに試合、譲ったんやって?」
――白石のしゃべりめ。
言わんでええことべらべらしゃべりよって。
「その方が、うちが勝ちそうやった」
「そうかもしれへんけど。最後の試合になるかもしれへんかったのに、ようやるわ」
「あいつらが勝てばええだけの話やったからな」
「……信じとったんやな。みんなのこと」
真優はそう言うと、泣きそうな顔で笑った。
「うちと一緒や」
公園の木々が風にざわめいた。
木漏れ日に揺れる真優の表情が、包み込むみたいに優しくて。
瞬間、俺の目から一粒涙がこぼれた。
――そう、信じとった。
四天宝寺が勝つと、心から信じてた。
やから――託したんや。
今になって気付いた。
俺、準決勝で負けてから一回も泣いてへんかったわ。
めっちゃ悔しかったんに。
考えること多すぎて、悔しい気持ちに蓋してそれ以上踏み込まんでええように。
他の事考えられるように。
……やのに、なんやねんこいつ。
勝手に蓋外すなや。
「悔しいなぁ」
「おん」
「勝って、優勝したかったよな」
「当たり前や」
俺は乱暴に涙拭って、鼻をすすった。
「千歳に譲って後悔はしてへんけど。俺かて、試合したかったわ」
「ほんま、あほやな。謙也くん」
唐突にあほと言われて、涙が引っ込んだ。
「あほて……」
「あほよ。部、全体のこと考えるんもええけど、考えすぎや。もうちょい我出せば試合出られたやろ」
真優はそう言うと、仕方なさそうに俺の頭に乗せていた手を引っ込めて、人差し指を立てて目の前に出した。
「そういうの、自己犠牲っていうんや」
俺は目を丸くして、真優を見た。
――お前が言うか?
途端に俺は真優の手を掴んだ。真優が驚きで見開く。
「そっくりそのまま、その言葉返すわ」
「……何の話?」
「尚に『ピアノやめてええ』って言われたんやて?」
そう告げれば真優の目が白黒して泳いだ。
「いや、なんで謙也くんが尚知っとんのよ」
俺は、ふーっと長く息を吐き出すと真優の疑問は一旦無視して、言葉を紡ぐ。
「『やめたら、うちだけで済まなくなる』やったか?」
「え、いや、ちょお待って。なんで知って……っ!」
真優が大慌てで口を覆う。
それから、真優は居心地悪そうにすーっと俺から視線を逸らした。
ほんまに言うたんやな。
分かりやす。
掴んだままの手を、俺はそっと包み込みなおして「真優」と呼んだ。
真優はしばらくそっぽを向いたままやったけど、観念したように、俺を見る。
「そういうんを自己犠牲って言うんや」
「……」
「俺は、真優に自分を犠牲にしてほしない」
真っ直ぐに見て告げれば、真優は目を伏せ「謙也くんなら、そう言うやろな」と呟いた。
「うちやって、自分を犠牲にするつもりは……。でも」
今度は俺が真優の頭に手ぇ乗せる番やった。
「大丈夫や」
「もう尚は、真優に守られるだけの奴やあらへんよ」
真優の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
木陰で風が吹き抜けるから案外気持ちいい。
昨日「家まで渡しに行くで」って申し出たけど、それは断られてしもた。
――まあ、家まで行ったらおかんおるか。
真優は「少し息抜きもしたいさかいに、近くの公園おってよ」と、この場所を指定した。
俺は真優のネックレスを取り出して、太陽の光にかざしてみる。
夏の日差しを享受してキラキラと輝いとる。
それ見て少し笑ってしもた。
こいつは何も知らんと暢気なもんやな、なんて。
「キレイやろ? それ」
不意に木漏れ日の隙間から声が聞こえて、俺は勢いよく振り返った。
「真優……」
真優は笑顔を浮かべながら「久しぶりやな」と俺の隣に腰掛ける。
「驚いた?」
「そら、急に声掛けられたら驚くっちゅーねん」
それから、俺はネックレスを真優に差し出した。
「……せっかく借りたんやけど、負けてしもたわ」
真優は一瞬面食らったような顔になって、それから目をゆるりと細めた。
「うちにしか効かんのかもしれへんなぁ」
ネックレスを受け取って、真優はそれを優しい表情で眺めるとぽつりとこぼす。
「けどまあ。謙也くんにちゃんと連れてってもろて、よかったよって。おかえり」
真優は器用に手首に二周、ネックレスを巻き付けるとカチリと留め具をつけた。
こうしてみていると、真優は本当いつも通りで、昨日尚に聞いた話が嘘のようにさえ見えてくる。
真優はベンチに手を着くと、数回手持ち無沙汰のように足をぶらつかせてから「惜しかったな」と口にした。
「全国大会。正直、勝つことしか考えてへんかったから、なんや泣いて驚かせてしもて……」
「なに言うてんねん。あんとき、真優が泣いてくれたから、俺らも救われたっちゅー話」
「そやったらええねんけど。なんや、うちよりみんなの方が悔しいって分かってるのにな」
真優は自分に呆れたように、情けな、と呟いたあと、目を伏せた。
どう返すのが正解か分からない。
ただ、真優が真剣にテニス部に向き合ってくれていることだけは分かって。
気付いたら「情けないことあらへんわ」と口にしていた。
「それ言うたら、負けたんがいっちゃん情けないわ」
勝つつもりやってんけどなー、と付け足せば、真優は小さく笑って「そうやな」と同意した。
「なっ!? そうやなってお前なぁ……」
「謙也くんが自分で言うたんやん」
そう言って、俺を覗き込む真優の瞳にハッとさせられた。
尚の言うとったことが分かってしもた。
真優は笑っとる。
やけど、なんや全体的に薄い。
放っておいたら、このまま消えてまいそうな危うさが見え隠れしとる。
妙な焦燥感に、俺は唇を嚙んだ。
俺の表情の変化を負けたことの悔しさやと、勘違いした真優は、バツが悪そうに頭をかく。
「ごめん……言い過ぎたわ」
謝る真優に俺は首を横にふると「ちゃう」と一言、反射的に口にしていた。
はらりと近くの木の葉っぱが一枚落ちて。
わけが分からなさそうに瞬く真優に、俺は息を吸い込んで続けようとした。
けれど、言葉は出てこなくて。
壊れかけとる人間に、何を言えばええんか分からんで言い淀んでしまう。
そんな俺の気持ちを組んだのか、どうかは分からない。
不意に真優の手が俺の頭に乗せられた。そのまま、何度か撫でられる。
「うおっ!?」
「中三の最後の年に優勝できんで、そら悔しいよなぁ」
ぼんやりと告げられた真優の言葉に、喉が鳴る。
そうやないけど、悔しい気持ちはまだ残っとる。
真優の心からの言葉に、蓋をしていた悔しさが顔を出しそうになって、俺は短く息を吸った。
「白石くんに聞いたで」
「謙也くん、千歳くんに試合、譲ったんやって?」
――白石のしゃべりめ。
言わんでええことべらべらしゃべりよって。
「その方が、うちが勝ちそうやった」
「そうかもしれへんけど。最後の試合になるかもしれへんかったのに、ようやるわ」
「あいつらが勝てばええだけの話やったからな」
「……信じとったんやな。みんなのこと」
真優はそう言うと、泣きそうな顔で笑った。
「うちと一緒や」
公園の木々が風にざわめいた。
木漏れ日に揺れる真優の表情が、包み込むみたいに優しくて。
瞬間、俺の目から一粒涙がこぼれた。
――そう、信じとった。
四天宝寺が勝つと、心から信じてた。
やから――託したんや。
今になって気付いた。
俺、準決勝で負けてから一回も泣いてへんかったわ。
めっちゃ悔しかったんに。
考えること多すぎて、悔しい気持ちに蓋してそれ以上踏み込まんでええように。
他の事考えられるように。
……やのに、なんやねんこいつ。
勝手に蓋外すなや。
「悔しいなぁ」
「おん」
「勝って、優勝したかったよな」
「当たり前や」
俺は乱暴に涙拭って、鼻をすすった。
「千歳に譲って後悔はしてへんけど。俺かて、試合したかったわ」
「ほんま、あほやな。謙也くん」
唐突にあほと言われて、涙が引っ込んだ。
「あほて……」
「あほよ。部、全体のこと考えるんもええけど、考えすぎや。もうちょい我出せば試合出られたやろ」
真優はそう言うと、仕方なさそうに俺の頭に乗せていた手を引っ込めて、人差し指を立てて目の前に出した。
「そういうの、自己犠牲っていうんや」
俺は目を丸くして、真優を見た。
――お前が言うか?
途端に俺は真優の手を掴んだ。真優が驚きで見開く。
「そっくりそのまま、その言葉返すわ」
「……何の話?」
「尚に『ピアノやめてええ』って言われたんやて?」
そう告げれば真優の目が白黒して泳いだ。
「いや、なんで謙也くんが尚知っとんのよ」
俺は、ふーっと長く息を吐き出すと真優の疑問は一旦無視して、言葉を紡ぐ。
「『やめたら、うちだけで済まなくなる』やったか?」
「え、いや、ちょお待って。なんで知って……っ!」
真優が大慌てで口を覆う。
それから、真優は居心地悪そうにすーっと俺から視線を逸らした。
ほんまに言うたんやな。
分かりやす。
掴んだままの手を、俺はそっと包み込みなおして「真優」と呼んだ。
真優はしばらくそっぽを向いたままやったけど、観念したように、俺を見る。
「そういうんを自己犠牲って言うんや」
「……」
「俺は、真優に自分を犠牲にしてほしない」
真っ直ぐに見て告げれば、真優は目を伏せ「謙也くんなら、そう言うやろな」と呟いた。
「うちやって、自分を犠牲にするつもりは……。でも」
今度は俺が真優の頭に手ぇ乗せる番やった。
「大丈夫や」
「もう尚は、真優に守られるだけの奴やあらへんよ」
真優の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。