3話:同じ空の下
夜――俺は滞在先のホテルのベッドに寝転がりながら、ぼんやり真優のネックレスを眺めとった。
――絶対勝たせてくれるよって!
そう言って、半ば強引に持たされたネックレス。
チェーンは千切れたまま。
もっとも、元のチェーンの長さやって短すぎて、俺は着けることもできへんけど。
真優にならって手首になら着けれるんかもしれん、と試してみたものの、一周ならブカブカ。二周は長さが足りん。
あいつ、こんなほっそいねんな。
そんなことを無意識に考えてしまって、俺は半身を跳ね起こした。
「うおおおおっ!?」
今、ここに同室の白石がいなくてほんまよかった。
俺は気恥ずかしさから、咳払いを一つこぼす。
俺たち四天宝寺中学は、全国大会でも快勝を重ねている。
昨年の全国でベスト4やったこともあって、今年はシード権を獲得しとったから、実際の試合は二回戦からで。
二回戦、三回戦と順調に勝ち上がり、明日は準決勝。
昨年、俺らが――いや。
俺が負けて次に繋げなくなった試合。
今のみんなはその状況をひっくり返せる。
力も技術も、精神面での強さもあるよって。
うちが保証したる!
学校出るときに、真優が言うとった言葉が脳内に繰り返される。
あの言葉聞いた瞬間、心ん中にかかっとった霧が一気に晴れた気がした。
何も知らん癖に。
ずっと抱えとった重たいもん一気に降ろしてしまいよる。
気ぃ付いたら真優に救われとる自分がおる。
無意識のうちに小さな笑みがこぼれとって、ぐっとネックレスを握りしめた。
俺はもう一度ベッドに倒れ込むと、ごろりと寝転がってサイドテーブルに置いたスマホに手を伸ばす。
時刻は【22:16】
こないな時間まで、白石は部屋に戻って来ん。
大方、明日の試合のオーダーに頭悩ませてるんやと思う。
明日に備えて寝てもいいんやけど……。
さすがに同室の相方が戻ってへんのに寝るのもな、と俺は息を吐いた。
そのとき、スマホが着信を告げた。驚いて、反射的に飛び起きる。
画面には『小鳥遊真優』の表示。
俺は迷うことなく、電話に出た。
「も、もしもし!」
「や、相変わらず電話出るん速いなぁ」
電話口ののんびりした声にほっと肩の力が抜けた。
よかった、今日は緊急事態やなさそうや。
「浪速のスピードスターやからな」
そう告げればカラカラ笑う声が聞こえてくる。
「こないな時間にどないしてん?」
「んー?」
聞き返しかた可愛ええな、なんて。
俺は思わずふっと口元を緩めて、真優の返事を待つ。
「声聞きたなったから電話しただけ!」
あっけらかんと返ってくる言葉に、俺の心臓は一瞬で爆発した。心臓止まりかけて、返事すぐできへんで。
胸の奥、熱した針で突いたみたいに熱い。
「~っ! なあ、それ殺し文句って言うん知ってるか?」
「殺し文句? なんでそうなるんよ」
心臓がうるさい。
好きな奴にそう言われて嬉しない奴なんておるんか?
悔しいけど、俺はめっちゃ嬉しい。
明日の試合、もう勝てそう。
「いやな、みんな送り出したんはええねんけど」
「一人でこっち残ってると思うと寂しくなってしもて」
「早よ会いたいなーって気持ちと、決勝終わるまで帰って来んでええなって気持ちが混ざっとってさ」
頭搔きながら照れくさそうに言うとる姿が思い浮かぶ。
俺は吹き出すと「難儀やなぁ」と笑った。
「難儀よ。みんなに支えられとってんなぁって痛感しとる」
「俺かて、真優に支えられとったって痛感しとるよ」
「そっか」
真優がほっと息を吐いたのが分かった。
それから真優は「あとな」と続ける。
「明日準決勝やと思って。こんな時間になってしもたけど、どうしても『頑張れ』って言いたくなってん」
寝とった? と不安げに付け足す真優に、俺は「寝てへんかったよ」と続けた。
「おおきにな。この電話で明日の試合勝てるわ」
「そら頼もしい」
楽しそうに笑う真優に、俺はふと気になって「今、家?」と尋ねた。真優は「そうやで」と続ける。
「みんな東京に送ってから、家こもりっぱなし」
あの家にこもりっぱなしって……息詰まるやろな。
そんなこと考えてまう。
「……おかん、大丈夫なん?」
「ピアノ弾いてるときは、邪魔してこおへんさかい」
「無理しなや」
「ありがとうな」
俺は立ち上がると、窓辺へ寄った。
東京の明るさに星がほとんど見えへん。
やけど、この空の下で真優も起きていると思うとなんだか、景色を眺めたくなった。
「なあ、真優」
俺は小窓の鍵を外して、窓を開ける。
夏特有のむわっとした空気が部屋の中に流れ込んできて。
今は、その生ぬるさが心地いい。
「全国とコンクールと。終わったらどっか出掛けよな」
「え?」
「どこでも付き合うたる。買い物でもええし、甘いもん食べに行くんでもええ。なんや一緒に出掛けよ」
「……二人で?」
「おん」
口にしたものの、今更になって恥ずかしくなってくる。
こんなん『好きや』言うてるようなもんやん。
じわじわ熱を持つ頬に気が付かないふりをしながら、俺は真優の返事を待つ。
ちょっとして返ってきた言葉は「楽しみやわ」という肯定やって、ほっとした。
俺は「ほな、したいこと考えとって」と言うと「そろそろ寝えや」と開けた窓を閉めた。
「謙也くんこそ、そろそろ寝えや。明日試合やろ」
「そうするわ」
「明日、頑張ってな。おやすみ」
「電話おおきにな。おやすみ」
そう言って、通話ボタンをタップして電話を切った。
胸ん中があたたかくて、落ち着かん。
やのに、この余韻をもう少しだけ味わいたくて。
スマホの画面がブラックアウトするまでじいっと見つめとった。
ふっと画面が暗くなったとき、映り込んだ俺はしまりのない顔しとって……。
そんな自分に呆れつつ、ふーっと息を吐き出して振り返れば、ニヤニヤした顔の白石が立っとって、ひくついた。
「……戻っとったん」
「おん」
今にも笑い出しそうな声で抜かしよる。
こいつ、どこから聞いとった?
俺はベッドに腰掛けると、なるべく白石の方を見ないようにしてスマホを充電器に繋いだ。
これ以上、突っ込まれたくなくて「早よ寝るで」と、ぶっきらぼうに寝転がる。
白石も「そうやな」と同意して、寝る準備を始めた。けれど――。
「真優とどっか出掛けるん?」
「……なんでもええやろ」
半笑いの声にむっと返せば、白石は笑って「すまん、すまん」と続けた。
「真優、なんか言うとった?」
俺は大の字になるとしぶしぶ口を開く。
「みんなに早よ会いたいけど、決勝終わるまで帰って来んな、言うとった」
「ははっ! そら頼もしいな!」
白石はそう笑うと、部屋の電気を消す。
なんだかんだ、白石も全国に一緒に来られへんかった真優んこと、気に掛けとったんやろな。
あいつも、俺たちテニス部の大事な仲間やしな。
暗がりの中、目を閉じれば、不意にくくっと喉を鳴らす笑い声が聞こえてきた。
「……ええなぁ、楽しそうで」
「うっさいわ!」
思わず起き上がって言い返せば、白石は「はいはい」と俺の言葉を聞き流す。
俺はむすっとして、白石をひと睨みしたあと、再び寝転がった。
――こいつ、楽しんどる……っ!
俺が苦虫を嚙み潰したような顔になって、小さく呻いていれば、不意に白石が「せや」と声を上げる。
「謙也、お前明日ダブルス1や」
「……おー。分かった」
準決勝前夜――それぞれの思いをのせて夜は更けていく。
――絶対勝たせてくれるよって!
そう言って、半ば強引に持たされたネックレス。
チェーンは千切れたまま。
もっとも、元のチェーンの長さやって短すぎて、俺は着けることもできへんけど。
真優にならって手首になら着けれるんかもしれん、と試してみたものの、一周ならブカブカ。二周は長さが足りん。
あいつ、こんなほっそいねんな。
そんなことを無意識に考えてしまって、俺は半身を跳ね起こした。
「うおおおおっ!?」
今、ここに同室の白石がいなくてほんまよかった。
俺は気恥ずかしさから、咳払いを一つこぼす。
俺たち四天宝寺中学は、全国大会でも快勝を重ねている。
昨年の全国でベスト4やったこともあって、今年はシード権を獲得しとったから、実際の試合は二回戦からで。
二回戦、三回戦と順調に勝ち上がり、明日は準決勝。
昨年、俺らが――いや。
俺が負けて次に繋げなくなった試合。
今のみんなはその状況をひっくり返せる。
力も技術も、精神面での強さもあるよって。
うちが保証したる!
学校出るときに、真優が言うとった言葉が脳内に繰り返される。
あの言葉聞いた瞬間、心ん中にかかっとった霧が一気に晴れた気がした。
何も知らん癖に。
ずっと抱えとった重たいもん一気に降ろしてしまいよる。
気ぃ付いたら真優に救われとる自分がおる。
無意識のうちに小さな笑みがこぼれとって、ぐっとネックレスを握りしめた。
俺はもう一度ベッドに倒れ込むと、ごろりと寝転がってサイドテーブルに置いたスマホに手を伸ばす。
時刻は【22:16】
こないな時間まで、白石は部屋に戻って来ん。
大方、明日の試合のオーダーに頭悩ませてるんやと思う。
明日に備えて寝てもいいんやけど……。
さすがに同室の相方が戻ってへんのに寝るのもな、と俺は息を吐いた。
そのとき、スマホが着信を告げた。驚いて、反射的に飛び起きる。
画面には『小鳥遊真優』の表示。
俺は迷うことなく、電話に出た。
「も、もしもし!」
「や、相変わらず電話出るん速いなぁ」
電話口ののんびりした声にほっと肩の力が抜けた。
よかった、今日は緊急事態やなさそうや。
「浪速のスピードスターやからな」
そう告げればカラカラ笑う声が聞こえてくる。
「こないな時間にどないしてん?」
「んー?」
聞き返しかた可愛ええな、なんて。
俺は思わずふっと口元を緩めて、真優の返事を待つ。
「声聞きたなったから電話しただけ!」
あっけらかんと返ってくる言葉に、俺の心臓は一瞬で爆発した。心臓止まりかけて、返事すぐできへんで。
胸の奥、熱した針で突いたみたいに熱い。
「~っ! なあ、それ殺し文句って言うん知ってるか?」
「殺し文句? なんでそうなるんよ」
心臓がうるさい。
好きな奴にそう言われて嬉しない奴なんておるんか?
悔しいけど、俺はめっちゃ嬉しい。
明日の試合、もう勝てそう。
「いやな、みんな送り出したんはええねんけど」
「一人でこっち残ってると思うと寂しくなってしもて」
「早よ会いたいなーって気持ちと、決勝終わるまで帰って来んでええなって気持ちが混ざっとってさ」
頭搔きながら照れくさそうに言うとる姿が思い浮かぶ。
俺は吹き出すと「難儀やなぁ」と笑った。
「難儀よ。みんなに支えられとってんなぁって痛感しとる」
「俺かて、真優に支えられとったって痛感しとるよ」
「そっか」
真優がほっと息を吐いたのが分かった。
それから真優は「あとな」と続ける。
「明日準決勝やと思って。こんな時間になってしもたけど、どうしても『頑張れ』って言いたくなってん」
寝とった? と不安げに付け足す真優に、俺は「寝てへんかったよ」と続けた。
「おおきにな。この電話で明日の試合勝てるわ」
「そら頼もしい」
楽しそうに笑う真優に、俺はふと気になって「今、家?」と尋ねた。真優は「そうやで」と続ける。
「みんな東京に送ってから、家こもりっぱなし」
あの家にこもりっぱなしって……息詰まるやろな。
そんなこと考えてまう。
「……おかん、大丈夫なん?」
「ピアノ弾いてるときは、邪魔してこおへんさかい」
「無理しなや」
「ありがとうな」
俺は立ち上がると、窓辺へ寄った。
東京の明るさに星がほとんど見えへん。
やけど、この空の下で真優も起きていると思うとなんだか、景色を眺めたくなった。
「なあ、真優」
俺は小窓の鍵を外して、窓を開ける。
夏特有のむわっとした空気が部屋の中に流れ込んできて。
今は、その生ぬるさが心地いい。
「全国とコンクールと。終わったらどっか出掛けよな」
「え?」
「どこでも付き合うたる。買い物でもええし、甘いもん食べに行くんでもええ。なんや一緒に出掛けよ」
「……二人で?」
「おん」
口にしたものの、今更になって恥ずかしくなってくる。
こんなん『好きや』言うてるようなもんやん。
じわじわ熱を持つ頬に気が付かないふりをしながら、俺は真優の返事を待つ。
ちょっとして返ってきた言葉は「楽しみやわ」という肯定やって、ほっとした。
俺は「ほな、したいこと考えとって」と言うと「そろそろ寝えや」と開けた窓を閉めた。
「謙也くんこそ、そろそろ寝えや。明日試合やろ」
「そうするわ」
「明日、頑張ってな。おやすみ」
「電話おおきにな。おやすみ」
そう言って、通話ボタンをタップして電話を切った。
胸ん中があたたかくて、落ち着かん。
やのに、この余韻をもう少しだけ味わいたくて。
スマホの画面がブラックアウトするまでじいっと見つめとった。
ふっと画面が暗くなったとき、映り込んだ俺はしまりのない顔しとって……。
そんな自分に呆れつつ、ふーっと息を吐き出して振り返れば、ニヤニヤした顔の白石が立っとって、ひくついた。
「……戻っとったん」
「おん」
今にも笑い出しそうな声で抜かしよる。
こいつ、どこから聞いとった?
俺はベッドに腰掛けると、なるべく白石の方を見ないようにしてスマホを充電器に繋いだ。
これ以上、突っ込まれたくなくて「早よ寝るで」と、ぶっきらぼうに寝転がる。
白石も「そうやな」と同意して、寝る準備を始めた。けれど――。
「真優とどっか出掛けるん?」
「……なんでもええやろ」
半笑いの声にむっと返せば、白石は笑って「すまん、すまん」と続けた。
「真優、なんか言うとった?」
俺は大の字になるとしぶしぶ口を開く。
「みんなに早よ会いたいけど、決勝終わるまで帰って来んな、言うとった」
「ははっ! そら頼もしいな!」
白石はそう笑うと、部屋の電気を消す。
なんだかんだ、白石も全国に一緒に来られへんかった真優んこと、気に掛けとったんやろな。
あいつも、俺たちテニス部の大事な仲間やしな。
暗がりの中、目を閉じれば、不意にくくっと喉を鳴らす笑い声が聞こえてきた。
「……ええなぁ、楽しそうで」
「うっさいわ!」
思わず起き上がって言い返せば、白石は「はいはい」と俺の言葉を聞き流す。
俺はむすっとして、白石をひと睨みしたあと、再び寝転がった。
――こいつ、楽しんどる……っ!
俺が苦虫を嚙み潰したような顔になって、小さく呻いていれば、不意に白石が「せや」と声を上げる。
「謙也、お前明日ダブルス1や」
「……おー。分かった」
準決勝前夜――それぞれの思いをのせて夜は更けていく。