2話:いざ、決戦の地へ

出発の時間が近付いて、私は学校の入り口で一人ずつ送り出す。

「やったるでぇ!」
「頼んだで! 金ちゃん!」

「真優はん、留守を頼むな」
「銀さんに任されてしもたら、ちゃんとするしかないな」

「真優ちゃんの激励しびれたわ~! やってくるでぇ!」
「小春ちゃん、見せつけてきいな!」

「真優! 小春たぶらかすなや!」
「一氏くん……相変わらずやな。気張りや!」

「行ってくるばい、真優」
「行ってらっしゃい、千歳くん」

「みんな好き勝手やわ……」
「しゃーないよ、小石川くん。うちゴンタクレ集団やもん」

「真優さん、ちゃんと勝ってきますね」
「光、ええ報告期待しとるな」

不意にずいっと目の前に拳が伸びた。
驚いて目を丸くすれば、謙也くんがニッと笑って立っている。

――あ、いつもの謙也くんや。

「激励、おおきにな!」
「なんや、めっちゃ響いたわ」

心からの笑顔で言うてくるもんやから、私は「そお?」と、ほっと息を吐いた。

「ほんならよかった」
「いっちょかましてくるで!!」
「頼むで謙也くん。いい知らせ待っとるよ」

多分、謙也くんはグータッチのつもりで出してきたんやろけど、それだけやったら感謝が伝わらん気がして。

私は謙也くんの出した拳を両手で包み込んだ。
謙也くんの手がピクリと揺れる。
でも、決して私の手を振りほどこうとはしないで、ただ、驚いたように目を見開いて。

「ほんまにありがとう。うちのわがまま聞いてくれて」

拳の隙間からネックレスがきらりと光った。
――まるで、何かを約束するみたいに。

謙也くんは小さく笑って、穏やかな表情を浮かべると「どういたしまして」と続ける。

「ちゃんと、真優の思いも連れてくから安心しいや」

その言葉に、私は満面の笑みで送り出す。

そして、最後の一人――白石くんを見送る。

「ほんまにええ激励やったわ」
「みんなの士気めっちゃ上がったで」

白石くんは、先に出て行ったみんなの背中を見ながらしみじみ口にした。

「ほんま? それやったら話した甲斐があるよって」

正直、ちゃんと激励できたか自分では分からんかったから、白石くんからそう聞けて安心した。
胸に手を当てほっとすれば、白石くんの穏やかな笑みが私に向けられる。

「特に謙也には響いたんちゃうか?」

不意に今しがた送り出した人物の名前を出され、数回瞬いた。
「謙也くん? なんで?」
白石くんは、謙也くんの背中に視線を送ると、今度は私を真っ直ぐ見て口を開く。

「去年の全国、真優が話しとった通りの展開やったんよ」

思わず肩が跳ねた。
去年――全国ベスト4の試合。
準決勝で負けてしまった、みんなにとって悔しいてしゃーない試合。


「前のダブルス二戦、ほぼストレートで落として、シングルス3――謙也の試合やったんや」


そこまで聞いて、私は顔をしかめた。
「それは……」

どっと冷や汗が流れる。
全国大会直前にそんな嫌な記憶よみがえらせてしもてたなんて。
知らんかったとはいえ、軽々しく口にしてええことやなかったんとちゃう?

途端に顔色の悪くなった私を、白石くんは「大丈夫や」と笑い飛ばした。
やけど、続けられた言葉はずっしり重くて。

「……ただ、去年は真優が言うとった重圧に、謙也飲まれてしもてなぁ」

それを聞いて、妙に納得した自分がいた。

――やから、今日の謙也くんなんか変やったんや。

いつも速さにこだわるくせに、ぼーっとして。
考え込むっていうより、塞ぎ込んで。
心ここにあらずな感じ。

全国が見えたからこそ、思い出した去年のトラウマ。
そこまで考えて、私は申し訳なさに縮こまった。

「やっぱ、話したらあかんかったんちゃう?」

戦々恐々と白石くんを見上げれば、彼はあははっと豪快に笑って「逆や、逆!」と告げる。

「今、話してくれてよかったわ。去年からのメンバーは去年の悔しさ改めて思い出せたし、なにより――」

白石くんの試すような視線が私に向けられた。

「今の俺らやったらそんな状況もひっくり返せるって」
「保証してくれるんやろ?」

私は思わず目を見開いて、それから飛び切りの笑顔を浮かべた。


「あったりまえやん!」


白石くんが拳を伸ばしてくる。

「せやから、大丈夫や。俺たちはちゃんと勝って来る」
「うん、行ってらっしゃい」

私は拳を伸ばしてグータッチした。

みんなの背中が見えなくなるまで、私はその場から動かなかった。

みんななら、絶対大丈夫や!
そうエールを送ったときになって、自分の肩に無意識に力が入っていたことに気が付いた。

――なんや、うちも緊張しとったんやなぁ。

少しだけおかしくなって、私は笑みをこぼす。
それから、ぐぐっと伸びて、ゆっくりと息を吐き出した。

「……うちも負けてられへんな」

小さな呟きは、夏空に溶けていく。

私の思いも、みんなの思いもこの空に託して、今できることに全力で向かうと心に誓った。
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