2話:青春スピードスター
「謙也、行くでー」
白石の声が俺を急き立てる。
始業式の一日は特に授業はない。やから、午前中で大体の用事が終わる。
俺はテニスバッグを持ち、白石に続こうと自席から立ち上がった。
「おー、今行くわ」
そのとき、不意に目の前に影がかかる。
なんやと思えば小鳥遊が目の前に立っていて、俺は思わずぎょっとしてしまった。
「まさか、おると思わんやん? な、お兄さん」
うしろ手に組んでにこにこ告げる小鳥遊は、やはりあの日会った彼女で。
俺はぐっと息を飲む。
「……こっちのセリフやわ」
そう言えば小鳥遊は、あははっと楽しそうに笑った。
「ほんまに。やって、あれ東京やで? 確かにお兄さんら関西弁喋っとったけど。そうは思わんやん」
それから、小鳥遊は首を傾げて続けた。
「もう一人のお兄さんもおるん?」
俺は首を横に振って答える。
「いや、侑士――もう一人おった奴な。あいつは学校東京やからここにはおらんで」
「そうなんや。あのお兄さんにも、もう一度お礼言いたかってんけど……」
小鳥遊はうーん、と唸ると「まあ、ええわ」と気を取り直して、俺の方を向いた。
「改めて。あのときはありがとうな。それから、これからよろしゅうね」
「こっちこそよろしゅうな」
そんな会話をしていると、先に行ったと思っていた白石が戻ってきた。
「謙也? 何してんねん?」
その声に俺と小鳥遊の視線が白石に向く。
白石は俺が小鳥遊と話していたことに驚いたようで、一瞬目を見開いてから「話しとったん」と傍にやってきた。
「うちから話し掛けてんよ」
「ああ『朝なんで立ったんや』って?」
白石が少しからかうように言うから、俺は思わず白石を睨みつける。
反対に小鳥遊は「ちゃうちゃう」と笑って答えた。
それから、おもむろに首元に手を突っ込んで。
あのときの一粒ダイヤのネックレスが顔を覗かせる。
「ちょお前にな、東京でうちの落とし物拾ってもろたんよ」
これ、と分かるように白石にネックレス見せながら小鳥遊が告げた。
白石の視線がネックレスに向けられ、俺に移動して、小鳥遊に戻る。
「東京で?」
「東京で」
「ほんまに?」
「ほんまに」
ドラマみたいやろ? とおどける彼女が可愛らしい。
思わず白石が息を飲んだんが分かった。
――お前、女子苦手や言うてなかったか?
「やから、お兄さん立ってしもたんやろ?」
小鳥遊の視線が俺に向く。
俺は観念したように「そうや」と答えた。
「いや、さすが何起こったか分からんかったわ」
「なー。うちも思ったで」
ほほ笑んで小鳥遊は白石に向き直る。
「もう一度ちゃんとお礼言いたかって、声掛けてんよ」
「やけど、なんか急いどった?」
白石が首を横に振った。
「かまへんよ。俺らテニス部でな、部活行くとこやったから謙也呼んどっただけやし」
「へぇ、始業式の日にも部活あるんやな」
「おん。うちこんな学校やけどテニス部は強豪やねん」
「そうなん! どんくらい強いん?」
「去年は全国ベスト4。なかなかやろ?」
白石の言葉に小鳥遊は拳を握って「や、そらすごいやん!」と返す。
やっぱ、どう見ても普通の子や。
苦しさの影が全く見えへん。
そんなこと考えとる俺を小鳥遊が見た。
「なあ、名前教えて?」
「いつまでもお兄さんて呼ぶんはちょっとな」
そういえば、ちゃんと自己紹介してへんかったな。
俺は「それもそうやな」と返し、続ける。
「忍足謙也や。みんな謙也って呼ぶから、謙也でええで!」
そう告げれば、一瞬小鳥遊の目が大きく見開かれ、困惑したように泳ぐ。
「? どないしてん?」
意味が分からず、俺は片眉を上げた。
「いや、ええっと……」
小鳥遊が目を逸らし、口元を手で覆った。
よく見れば、赤くなっている。
ほんま、わけ分からん。
「……なに?」
そう再度聞けば、小鳥遊は観念したように「いやぁ」と話し始める。
「その、いきなり名前で呼ぶのは恥ずかしいて」
ぽつりと呟かれた一言に、ぽかんとしてしまう。
この学校おって、そんなこと言われたん初めてや。
俺は数回瞬くとふっと笑った。
そうすれば、小鳥遊はショックを受けたような表情になって俺を見る。
それすらも愉快で、俺は込み上げる思いを飲み込みながら言葉を発した。
「なんや、自分。可愛ええやっちゃな」
名前を呼ぶだけでこう赤くなられると、こっちまで照れが伝染するっちゅーねん。
「ま、あだ名みたいなもんやから、気軽に呼んでな」
「……善処するわ」
その様子を白石がもの言いたげに見とったけど、それは一旦無視することにした。
白石の声が俺を急き立てる。
始業式の一日は特に授業はない。やから、午前中で大体の用事が終わる。
俺はテニスバッグを持ち、白石に続こうと自席から立ち上がった。
「おー、今行くわ」
そのとき、不意に目の前に影がかかる。
なんやと思えば小鳥遊が目の前に立っていて、俺は思わずぎょっとしてしまった。
「まさか、おると思わんやん? な、お兄さん」
うしろ手に組んでにこにこ告げる小鳥遊は、やはりあの日会った彼女で。
俺はぐっと息を飲む。
「……こっちのセリフやわ」
そう言えば小鳥遊は、あははっと楽しそうに笑った。
「ほんまに。やって、あれ東京やで? 確かにお兄さんら関西弁喋っとったけど。そうは思わんやん」
それから、小鳥遊は首を傾げて続けた。
「もう一人のお兄さんもおるん?」
俺は首を横に振って答える。
「いや、侑士――もう一人おった奴な。あいつは学校東京やからここにはおらんで」
「そうなんや。あのお兄さんにも、もう一度お礼言いたかってんけど……」
小鳥遊はうーん、と唸ると「まあ、ええわ」と気を取り直して、俺の方を向いた。
「改めて。あのときはありがとうな。それから、これからよろしゅうね」
「こっちこそよろしゅうな」
そんな会話をしていると、先に行ったと思っていた白石が戻ってきた。
「謙也? 何してんねん?」
その声に俺と小鳥遊の視線が白石に向く。
白石は俺が小鳥遊と話していたことに驚いたようで、一瞬目を見開いてから「話しとったん」と傍にやってきた。
「うちから話し掛けてんよ」
「ああ『朝なんで立ったんや』って?」
白石が少しからかうように言うから、俺は思わず白石を睨みつける。
反対に小鳥遊は「ちゃうちゃう」と笑って答えた。
それから、おもむろに首元に手を突っ込んで。
あのときの一粒ダイヤのネックレスが顔を覗かせる。
「ちょお前にな、東京でうちの落とし物拾ってもろたんよ」
これ、と分かるように白石にネックレス見せながら小鳥遊が告げた。
白石の視線がネックレスに向けられ、俺に移動して、小鳥遊に戻る。
「東京で?」
「東京で」
「ほんまに?」
「ほんまに」
ドラマみたいやろ? とおどける彼女が可愛らしい。
思わず白石が息を飲んだんが分かった。
――お前、女子苦手や言うてなかったか?
「やから、お兄さん立ってしもたんやろ?」
小鳥遊の視線が俺に向く。
俺は観念したように「そうや」と答えた。
「いや、さすが何起こったか分からんかったわ」
「なー。うちも思ったで」
ほほ笑んで小鳥遊は白石に向き直る。
「もう一度ちゃんとお礼言いたかって、声掛けてんよ」
「やけど、なんか急いどった?」
白石が首を横に振った。
「かまへんよ。俺らテニス部でな、部活行くとこやったから謙也呼んどっただけやし」
「へぇ、始業式の日にも部活あるんやな」
「おん。うちこんな学校やけどテニス部は強豪やねん」
「そうなん! どんくらい強いん?」
「去年は全国ベスト4。なかなかやろ?」
白石の言葉に小鳥遊は拳を握って「や、そらすごいやん!」と返す。
やっぱ、どう見ても普通の子や。
苦しさの影が全く見えへん。
そんなこと考えとる俺を小鳥遊が見た。
「なあ、名前教えて?」
「いつまでもお兄さんて呼ぶんはちょっとな」
そういえば、ちゃんと自己紹介してへんかったな。
俺は「それもそうやな」と返し、続ける。
「忍足謙也や。みんな謙也って呼ぶから、謙也でええで!」
そう告げれば、一瞬小鳥遊の目が大きく見開かれ、困惑したように泳ぐ。
「? どないしてん?」
意味が分からず、俺は片眉を上げた。
「いや、ええっと……」
小鳥遊が目を逸らし、口元を手で覆った。
よく見れば、赤くなっている。
ほんま、わけ分からん。
「……なに?」
そう再度聞けば、小鳥遊は観念したように「いやぁ」と話し始める。
「その、いきなり名前で呼ぶのは恥ずかしいて」
ぽつりと呟かれた一言に、ぽかんとしてしまう。
この学校おって、そんなこと言われたん初めてや。
俺は数回瞬くとふっと笑った。
そうすれば、小鳥遊はショックを受けたような表情になって俺を見る。
それすらも愉快で、俺は込み上げる思いを飲み込みながら言葉を発した。
「なんや、自分。可愛ええやっちゃな」
名前を呼ぶだけでこう赤くなられると、こっちまで照れが伝染するっちゅーねん。
「ま、あだ名みたいなもんやから、気軽に呼んでな」
「……善処するわ」
その様子を白石がもの言いたげに見とったけど、それは一旦無視することにした。