2話:青春スピードスター

桜の花びらが舞う中――俺は中学三年に進学した。
春のあたたかな日差しに途端に睡魔が襲ってくる。
まだ、ホームルームも始まっていないっちゅーのに、とんだ体たらくや。

あんな遅うまで、侑士と電話するんやなかった……。

東京の侑士の家から大阪に帰ってきてからというもの、ほぼ毎日のようにくだらん内容で電話している。
昨日は確か、目玉焼きにかけるなら醬油かソースかみたいな話やったと思う。

正直、眠すぎて覚えてへん。

教室にはクラス替えの掲示を見た奴らがぞくぞくと集まって来とって、にぎやかに話す声があちらこちらから聞こえてくる。

「なんや、謙也眠そうやな」

不意に声が掛かり、俺はその主に視線を送る。

「昨日遅うまで侑士と電話してもうてな」
「そんで、この様かいな」
「この様て……そんな俺酷い?」

出そうになるあくびをどうにか飲み込んで、俺はうしろの席に座る白石に問い掛けた。

白石は俺と同じテニス部員で、二年の頭から部長をやっとる。
で、かなりのイケメン。
つまるところ、学校一のモテ男。

そのくせ、女子は苦手とか抜かす。なんでやねん。

まあ、めちゃくちゃいい奴でもあるから、ひがみとかそういうんは、ない……今んとこ。
そんな白石と今年は同じクラスになった。

白石に告白したい女子らの窓口係になる未来しか見えん。

「酷いっちゅーか、なんや疲れてるように見えるわ」
「……この先の未来を悲観しとるだけや」
「? よう分からんけど、今日の部活から新入生来るから、気合入れてや」
「んー」

そんな会話をしながら、俺はクラスを見渡した。
別にそこまで大きな学校やないし、クラスのメンバーは多少入れ替わるけど代わり映えはしない。

去年同じクラスやった奴もおるし、一年の頃に同じクラスやった奴もおる。
ま、平穏な生活が送れそうやな。

新学期特有のわずかな緊張から解放されて、俺はふっと息を吐いた。
そのときガラガラと音を立てて担任が教室に入って来た。

「みんなー、席着けー」

間延びした担任の声にクラスメイト達がざわざわと自席につく。

そんな中、目に付いたのは窓側の一番後ろの席。
ぽつんと空席が一つ。

俺は身体をのけぞらせて白石に「一番うしろ休み?」と小声で尋ねてみた。
白石の視線がその席に向けられ「ほんまや」と首を捻る。

「……やけど、おかしいな」
「おかしい?」
「おん。クラス名簿見たとき、いっちゃんうしろ吉田やってん。やけど吉田座ってるやろ」

そう言われて、もう一度その席の方を見れば、空席の一つ前に吉田が座っている。

よう分からん状況に、俺と白石は顔を見合わせた。
そんな俺たちの疑問に答えるように担任が口を開く。

「静かにせえよー。転入生紹介するでー」

担任の声に教室がざわつき始める。

「えーっ、転入生?」
「どんな子やろ?」

小声で囁き合う声が飛び交い、途端にクラス中の落ち着きがなくなる。
窓の外を見るふりをする奴、わざと音を立てて席を動かす奴――期待に空気が少しピリッとした。

やけど、こんな中三の初めに転入とか……。
いろんな事情があるんやろけど、大変やな。

そんなことを考えながら、俺は頬杖をつく。
前方に視線を向けていれば、担任がクラスの様子を一瞥してから一つ頷いた。

「ほな、入って」
その言葉に、小さく「はい」と返事が返ってくる。

鈴を転がしたような高く澄んだ声に転入生女子か、なんて脳は考えるけど。それより……。

――この声?

なんとなしに聞き覚えのある声に、俺はそっと眉根を寄せた。

転入生が一歩、教室に足を踏み入れる。
瞬間、教室の空気が一気に静まり返った。

長い艶やかな黒髪が歩くたびに揺れる。
制服は前の学校のもので……とりあえず、四天宝寺の制服やない。
制服から延びる手足は抜けるように白くて。
教卓の横に立って、真っ直ぐに俺の方を見る。

日本人には少し珍しい淡い水色の大きな瞳に、左の泣きぼくろ……。

圧倒的な美人に、教室の空気がどよめいた。
同時に俺は思わず席を立ち上がる。

「は?」

俺の行動にクラス全員の視線が集まる。
うしろで白石が「謙也!? 何やってんねん!」とか言うとるけど、そんなんどうでもいい。

意味が分からん。

同じくして、転入生の視線が俺を捕らえ、驚いたように見開かれた。

「忍足、落ち着け。目新しい女子やからって興奮すんな」
「あ……いや、すんません」

担任の指摘にクラスがどっと笑いに包まれる。
俺はしぶしぶ席につく。
やけど、内心それどころやなくて。

席についた俺の肩を白石がつつく。

「どないしてん」
「いや。なんでも、あらへん」

白石の小声の問い掛けに、俺は困惑を乗せた声のまま首を振るほかなかった。

――なんで、あの子が……?

担任に促されるように、彼女が口を開く。

「小鳥遊真優です。転校が急に決まって、まだ制服も届いてへんくて……。しばらくは前の学校のままやけど、この学校の制服可愛いから届いて着るのが楽しみです」

彼女、小鳥遊真優の声がリフレインする。
俺の脳裏に、演奏していた姿――それから、ネックレスをつけたときの柔らかな笑顔がよみがえる。

「ええっと……うち、ピアノやっとって。多分そのせいで学校休むことも結構あると思います」
「やけど、出来る限り学校生活も楽しみたくて。みんなで楽しいこと、おもろいこと出来たらええなって思います」

あの日見た、ピアニストの小鳥遊真優が、この教室に、おる。
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