10話:The Inherited Oath.
わけが分からず固まる私を謙也くんはきつく抱き締める。
腕の中は酷く心地良くて、あたたかくて。
安心で泣いてしまいそうになった。
「……急ですまん。やけど、今だけはこうさせて」
頭の上から降ってくる声が震えていた。
私はそっと目を閉じて謙也くんの胸に顔を寄せる。
トクトクトク、と謙也くんの少し早い鼓動が聞こえる。
……生きてはる。
もう、二度と会われへんおばあちゃんとは違って、謙也くんは生きとる。
触れたらあたたかくて、全部包み込んでくれて。
石鹸みたいな柑橘系の香りが、鼻をかすめる。
その優しい香りに、涙がわずかに滲んだ。
優しい謙也くんに、なんでこの話をしたんやろう。
頭ではそう冷静に考えるのに、気持ちはついてこなくて。
私は一つ一つ、こぼすように言葉を紡いだ。
「うちな、おばあちゃんの最期に立ち会えへんかってん」
「おん」
「でな、みんなの全国にも同行できへんやろ?」
「……おん」
謙也くんが私の言葉に隠された真意を必死に探そうとしている。
抱き締める手が、優しい声が、鼓動が――全部ひっくるめて、私をこれ以上傷つけないよう、言葉を探している。
「うちな、なんでか分からんけど――」
「大切な人の大事なときに傍におられへんみたいなんよ」
そう告げれば、謙也くんの抱き締める手に力が入った。
――困らせたいわけとちゃうかってんけどな。
私は目を伏せると、そっと謙也くんの胸を押した。
今にも泣きそうな謙也くんの表情が一瞬目に入って、こちらまで居た堪れない気持ちになる。
「ネックレスの話も、全国の話もごめんな」
「困らせたいわけとちゃうかってん」
何を今更、と自分でも思う。
「謙也くんには関係あらへんことやさかいに、気にせんで」
こんな都合の良い言葉が、つらつら出る自分が嫌いや。
謙也くんの優しさに甘えておきながら、都合悪なったら突き放すって最悪やろ。
今、謙也くんの顔見たら多分泣く。
そう思って、私は俯いたまま「ほな。ここまででいいよって」と言って、その場を去ろうとした。
やけど、謙也くんの手は私の腕をぐっとつかんで、離してくれへん。
「ここまで聞いて『はい、そうですか。ほなまた明日』になると思うてる?」
謙也くん、ほんま酷いわ。
こんな面倒くさい奴、放っておいたらええのに。
そう思いつつ、本心でほっとしている自分もおって。
この人は、ちゃんと向き合う強さがある人で――だから、現実から逃げようとする私を必死で繋ぎ止めとって。
私は唇を噛むと、震える声で問い掛けた。
「巻き込みたなかった、って言うたら聞いてくれる?」
「内容によるな」
硬く返された言葉に拳を握った。
言葉にするんが怖い。
瞬いて、謙也くんを見上げる。
謙也くんは怒ったような、それでいて心から心配しているような顔で私を見ている。
なんで、そんな。
私はゆっくり息を吸い込んだ。
「……謙也くん怪我せんでよかったやん」
「気にすんな言われても気にするしな」
それやのに、と私は続ける。
「謙也くんずっと優しいし、助けてくれるし意味分からん」
制服の裾をぎゅっと握った手には気が付かないでほしい。
それくらい、伝えるのに勇気がいる。
それだけのことを、私は謙也くんにしてきた。
「やから……できるだけ避けて、フェードアウトしよ思てたのに、離してくれへん」
謙也くんの世界から、いなくなってしまおうと思ったんは本当。
こんなあったかい人、これ以上私の事情に巻き込みたくなかった。
巻き込んで、傷付けたない。
そう思とったから、目合うても逸らしとったし、話もできるだけ早よ切り上げるようにしとった。
……まあ、こないだ本人に『避けてるやろ』って、言われてしもてんけど。
「離してくれへんから、甘えてもて、重たい話もしてしまうんよ」
私は盛大なため息を吐いた。
「困らせたぁないし、これ以上巻き込みたくないんも本当」
「やけど、甘えてまう自分もおって」
自分の情けなさに深いため息がこぼれ落ちた。
「正直、自分でもわけ分からん」
支離滅裂な内容を口走っていることに嫌気がさす。
こんな溜まりに溜まった澱みたいなもの、聞かせて何がしたいんやろ。
私は自嘲気味に視線を落とした。
沈黙の中、不意に「いや」と謙也くんの間の抜けた声が響いた。
「なんでやねん」
想像の遥か斜め上の返答が返って来る。
「なんでやねんって……」
すると、途端に謙也くんの手が私の頬に伸びてきて、ぎゅぅとつねり始める。
「痛いんやけど」
「意味分からん過ぎてちょっと……」
そう言う謙也くんは笑っていて、拍子抜けしてしまう。
――結構、勇気出して正直に白状したんやけど……。
私の発言に笑うところなんてあったやろか、と記憶をさかのぼる。
けれど、それは見当たらなくて。
そうこう考え込んでいるうちに「真優」と名前を呼ばれた。
あたたかくて優しい声。
謙也くんは頬をつねるのをやめると、私の両頬をそっと包み込んだ。
視線だけを動かして、謙也くんを見れば、穏やかでいて真剣な双眸が私を見つめていた。
「あんな、もうこんだけ巻き込まれとるんやから――」
呆れと優しさの詰まった声が私を包み込む。
「最後まで巻き込まれる方が、俺はいい」
思わず目を見開く。
謙也くんは、自分が何を言っとるか、分かっとるんやろか。
普通に考えて、巻き込まれる方がいいなんて。
まして、私の厄介ごとに首を突っ込むなんて、狂気の沙汰やない。
それでも、謙也くんの言葉は止まらない。
「途中で突き放される方が、よっぽどしんどいわ」
謙也くんはそこまで言い切ると、ほんの少しだけ頬に添えた手に力を入れた。
私が目ぇ逸らさんように。
真っ直ぐに言葉を届けるために。
「気ぃなんて使わんと、甘えて頼れや。……あほ」
その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。
きっと、この人にはまた頼ってしまう。
この人を巻き込むことも。
この人に惹かれとる自分も。
――もう誤魔化しきれんくなっとった。
腕の中は酷く心地良くて、あたたかくて。
安心で泣いてしまいそうになった。
「……急ですまん。やけど、今だけはこうさせて」
頭の上から降ってくる声が震えていた。
私はそっと目を閉じて謙也くんの胸に顔を寄せる。
トクトクトク、と謙也くんの少し早い鼓動が聞こえる。
……生きてはる。
もう、二度と会われへんおばあちゃんとは違って、謙也くんは生きとる。
触れたらあたたかくて、全部包み込んでくれて。
石鹸みたいな柑橘系の香りが、鼻をかすめる。
その優しい香りに、涙がわずかに滲んだ。
優しい謙也くんに、なんでこの話をしたんやろう。
頭ではそう冷静に考えるのに、気持ちはついてこなくて。
私は一つ一つ、こぼすように言葉を紡いだ。
「うちな、おばあちゃんの最期に立ち会えへんかってん」
「おん」
「でな、みんなの全国にも同行できへんやろ?」
「……おん」
謙也くんが私の言葉に隠された真意を必死に探そうとしている。
抱き締める手が、優しい声が、鼓動が――全部ひっくるめて、私をこれ以上傷つけないよう、言葉を探している。
「うちな、なんでか分からんけど――」
「大切な人の大事なときに傍におられへんみたいなんよ」
そう告げれば、謙也くんの抱き締める手に力が入った。
――困らせたいわけとちゃうかってんけどな。
私は目を伏せると、そっと謙也くんの胸を押した。
今にも泣きそうな謙也くんの表情が一瞬目に入って、こちらまで居た堪れない気持ちになる。
「ネックレスの話も、全国の話もごめんな」
「困らせたいわけとちゃうかってん」
何を今更、と自分でも思う。
「謙也くんには関係あらへんことやさかいに、気にせんで」
こんな都合の良い言葉が、つらつら出る自分が嫌いや。
謙也くんの優しさに甘えておきながら、都合悪なったら突き放すって最悪やろ。
今、謙也くんの顔見たら多分泣く。
そう思って、私は俯いたまま「ほな。ここまででいいよって」と言って、その場を去ろうとした。
やけど、謙也くんの手は私の腕をぐっとつかんで、離してくれへん。
「ここまで聞いて『はい、そうですか。ほなまた明日』になると思うてる?」
謙也くん、ほんま酷いわ。
こんな面倒くさい奴、放っておいたらええのに。
そう思いつつ、本心でほっとしている自分もおって。
この人は、ちゃんと向き合う強さがある人で――だから、現実から逃げようとする私を必死で繋ぎ止めとって。
私は唇を噛むと、震える声で問い掛けた。
「巻き込みたなかった、って言うたら聞いてくれる?」
「内容によるな」
硬く返された言葉に拳を握った。
言葉にするんが怖い。
瞬いて、謙也くんを見上げる。
謙也くんは怒ったような、それでいて心から心配しているような顔で私を見ている。
なんで、そんな。
私はゆっくり息を吸い込んだ。
「……謙也くん怪我せんでよかったやん」
「気にすんな言われても気にするしな」
それやのに、と私は続ける。
「謙也くんずっと優しいし、助けてくれるし意味分からん」
制服の裾をぎゅっと握った手には気が付かないでほしい。
それくらい、伝えるのに勇気がいる。
それだけのことを、私は謙也くんにしてきた。
「やから……できるだけ避けて、フェードアウトしよ思てたのに、離してくれへん」
謙也くんの世界から、いなくなってしまおうと思ったんは本当。
こんなあったかい人、これ以上私の事情に巻き込みたくなかった。
巻き込んで、傷付けたない。
そう思とったから、目合うても逸らしとったし、話もできるだけ早よ切り上げるようにしとった。
……まあ、こないだ本人に『避けてるやろ』って、言われてしもてんけど。
「離してくれへんから、甘えてもて、重たい話もしてしまうんよ」
私は盛大なため息を吐いた。
「困らせたぁないし、これ以上巻き込みたくないんも本当」
「やけど、甘えてまう自分もおって」
自分の情けなさに深いため息がこぼれ落ちた。
「正直、自分でもわけ分からん」
支離滅裂な内容を口走っていることに嫌気がさす。
こんな溜まりに溜まった澱みたいなもの、聞かせて何がしたいんやろ。
私は自嘲気味に視線を落とした。
沈黙の中、不意に「いや」と謙也くんの間の抜けた声が響いた。
「なんでやねん」
想像の遥か斜め上の返答が返って来る。
「なんでやねんって……」
すると、途端に謙也くんの手が私の頬に伸びてきて、ぎゅぅとつねり始める。
「痛いんやけど」
「意味分からん過ぎてちょっと……」
そう言う謙也くんは笑っていて、拍子抜けしてしまう。
――結構、勇気出して正直に白状したんやけど……。
私の発言に笑うところなんてあったやろか、と記憶をさかのぼる。
けれど、それは見当たらなくて。
そうこう考え込んでいるうちに「真優」と名前を呼ばれた。
あたたかくて優しい声。
謙也くんは頬をつねるのをやめると、私の両頬をそっと包み込んだ。
視線だけを動かして、謙也くんを見れば、穏やかでいて真剣な双眸が私を見つめていた。
「あんな、もうこんだけ巻き込まれとるんやから――」
呆れと優しさの詰まった声が私を包み込む。
「最後まで巻き込まれる方が、俺はいい」
思わず目を見開く。
謙也くんは、自分が何を言っとるか、分かっとるんやろか。
普通に考えて、巻き込まれる方がいいなんて。
まして、私の厄介ごとに首を突っ込むなんて、狂気の沙汰やない。
それでも、謙也くんの言葉は止まらない。
「途中で突き放される方が、よっぽどしんどいわ」
謙也くんはそこまで言い切ると、ほんの少しだけ頬に添えた手に力を入れた。
私が目ぇ逸らさんように。
真っ直ぐに言葉を届けるために。
「気ぃなんて使わんと、甘えて頼れや。……あほ」
その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。
きっと、この人にはまた頼ってしまう。
この人を巻き込むことも。
この人に惹かれとる自分も。
――もう誤魔化しきれんくなっとった。