10話:The Inherited Oath.
「……優、真優!」
名前を呼ばれる声に、ふっと光が遠のいた。
意識を引き戻される。
どうにかまぶたを持ち上げれば、視界は真っ白な天井。
ぼうっとする頭で記憶をさかのぼれば、ここが保健室だったことを思い出す。
周囲を見渡せば、ベッドの横に制服に着替えた謙也くんが立っとった。
そういえば。
眠りにつく前の光景がぼんやり浮かぶ。
私を寝かせようと、謙也くんは部活に戻ろうとしたんやっけ?
それで――。
私はそのあとにした自分の行動に、今更ながら恥ずかしくなった。
『戻ったらあかん』なんて、よお言えたな。
自分の情けなさにため息を吐く。
それでも、謙也くんはその場に残ってくれたし、部活後にもこうして覗きに来てくれた。
ほんま律儀。
ほんの少し胸の奥が痛んだ。
その優しさに、甘えてしまう自分が心底嫌やった。
今の私は謙也くんを巻き込むだけ巻き込んで……。
眠気の覚めきらない頭がぐるぐると不安に飲まれていく。
私は短く息を吐き、目をこすると身体を起こした。
「久々にこんな寝た」
謙也くんは呆れ調子でため息を吐くと「そうですか」と続ける。
「ほんま頼むわ。毎日ちゃんと寝てや」
「善処します」
そう返せば、謙也くんは私の荷物を渡してきた。
「これ。女テニの子らに真優の荷物一式取ってもろてん」
照れくさそうにそう告げる謙也くんは、思い出したように早口で捲くし立てる。
「あっ、その……中身とか、一切、見てへんからな!」
赤くなる謙也くんを見て、私は自分がまだジャージ姿やったことに気付いた。
「ありがとうな」
私は自分の荷物を受け取り、着替えな、とユニホームに手を掛ける。
瞬間「どわぁっ!? ちょお待て!!」と焦った謙也くんの声が保健室に響き渡る。
ユニホームに手を掛けたまま固まる私に対して、謙也くんは真っ赤な顔で、視線を泳がせながら一歩、後ずさった。
――なんでそんなに焦ってるん?
しばし沈黙の中、見合わせる。
ややもすると、謙也くんはふいっと視線を逸らして口を開いた。
「あの、頼むから……。せめてカーテン閉めてから、着替えて、くれませんか……」
消え入るような謙也くんの言葉を理解した瞬間、私は目を見張って一気に真っ赤になる。
私は「うわぁ! ごめんっ‼」と声を上げて、慌てて仕切りカーテンを引く。
それから、情けない声でぼそりと告げる。
「……寝ぼけとったみたい」
「しっかりしてくれや」
カーテンの向こうから、謙也くんの安堵と照れの混じった声が返ってきた。
□ + ◇ + □
着替えをすませ、カーテンを開けるなり私は「お見苦しいものを……」と謝罪する。
謙也くんの頬はまだわずかに赤くて、一瞬、視線をよこしたかと思えばすぐにそっぽを向いた。
「大丈夫や。その、なんも見てへん、から」
しどろもどろな返答に私はふふっと笑ってしまう。
私を傷付けないよう必死に考えた言い訳が『なんも見てへん』とは、無理がある。
お腹くらい見えとってもおかしくないのに。
私は口元に手を添えると「言い訳下手やなぁ」と続けた。
「おかげで、目ぇちゃんと覚めたでな」
「……あっそ」
若干不貞腐れ気味の謙也くんは、テニスバッグを担ぎ直すと「これ」と手のひらに乗せたものを見せてきた。
私は謙也くんの手のひらを覗き込む。
一粒ダイヤのネックレスがちょこんと乗っていた。
「テニスコートに落ちとって」
私は謙也くんの手からそれをつまみ上げる。
こないだ、謙也くんのお父さんに直してもらった部分が壊れてしもうとる。
「壊れてしもたかぁ」
直したといっても応急処置。
丸カンで繋げただけのネックレスは、さすがに強度が足りひんかったみたい。
……やっぱあかんのかな。
千切れたチェーンを指でなぞると、おばあちゃんの笑顔がふっと浮かんで、心の奥がチクリと痛む。
同時に、大切な人の最期に立ち会えなかった悲しみがよみがえってくる。
私はそんな心の内を悟らせないように、作り笑顔を張り付けると「拾ってくれてありがとうな」と告げた。
「また、直そか?」
謙也くんが首を傾げた。
思わず驚いて「え?」と言えば、彼は腕を組んで考えを巡らせる。
「こないだ、おとんが直したところが外れただけやろ?」
謙也くんがネックレスを覗き込んだ。
「また繋げは、ひとまずは着けられる状態になるやろし」
そこまで言うと、謙也くんは私を見つめる。
「それか、彫金屋さん持ってくなら付き合うで」
当たり前に告げられる謙也くんの申し出があたたかい。
こんなにも、人のためを思って寄り添える彼の器の大きさに唖然としてしまう。
私は胸に広がるあたたかさを噛みしめつつ、首を横に振った。
「どうするかちょお考えてみるわ」
「……最後は彫金屋さんに出して直してもらうつもりやけど、コンクールまでに手元に戻って来おへんかったら嫌やさかい」
そう言えば、謙也くんは「分かった」と頷いて、ニッと笑った。
「ほな、帰ろか」
名前を呼ばれる声に、ふっと光が遠のいた。
意識を引き戻される。
どうにかまぶたを持ち上げれば、視界は真っ白な天井。
ぼうっとする頭で記憶をさかのぼれば、ここが保健室だったことを思い出す。
周囲を見渡せば、ベッドの横に制服に着替えた謙也くんが立っとった。
そういえば。
眠りにつく前の光景がぼんやり浮かぶ。
私を寝かせようと、謙也くんは部活に戻ろうとしたんやっけ?
それで――。
私はそのあとにした自分の行動に、今更ながら恥ずかしくなった。
『戻ったらあかん』なんて、よお言えたな。
自分の情けなさにため息を吐く。
それでも、謙也くんはその場に残ってくれたし、部活後にもこうして覗きに来てくれた。
ほんま律儀。
ほんの少し胸の奥が痛んだ。
その優しさに、甘えてしまう自分が心底嫌やった。
今の私は謙也くんを巻き込むだけ巻き込んで……。
眠気の覚めきらない頭がぐるぐると不安に飲まれていく。
私は短く息を吐き、目をこすると身体を起こした。
「久々にこんな寝た」
謙也くんは呆れ調子でため息を吐くと「そうですか」と続ける。
「ほんま頼むわ。毎日ちゃんと寝てや」
「善処します」
そう返せば、謙也くんは私の荷物を渡してきた。
「これ。女テニの子らに真優の荷物一式取ってもろてん」
照れくさそうにそう告げる謙也くんは、思い出したように早口で捲くし立てる。
「あっ、その……中身とか、一切、見てへんからな!」
赤くなる謙也くんを見て、私は自分がまだジャージ姿やったことに気付いた。
「ありがとうな」
私は自分の荷物を受け取り、着替えな、とユニホームに手を掛ける。
瞬間「どわぁっ!? ちょお待て!!」と焦った謙也くんの声が保健室に響き渡る。
ユニホームに手を掛けたまま固まる私に対して、謙也くんは真っ赤な顔で、視線を泳がせながら一歩、後ずさった。
――なんでそんなに焦ってるん?
しばし沈黙の中、見合わせる。
ややもすると、謙也くんはふいっと視線を逸らして口を開いた。
「あの、頼むから……。せめてカーテン閉めてから、着替えて、くれませんか……」
消え入るような謙也くんの言葉を理解した瞬間、私は目を見張って一気に真っ赤になる。
私は「うわぁ! ごめんっ‼」と声を上げて、慌てて仕切りカーテンを引く。
それから、情けない声でぼそりと告げる。
「……寝ぼけとったみたい」
「しっかりしてくれや」
カーテンの向こうから、謙也くんの安堵と照れの混じった声が返ってきた。
□ + ◇ + □
着替えをすませ、カーテンを開けるなり私は「お見苦しいものを……」と謝罪する。
謙也くんの頬はまだわずかに赤くて、一瞬、視線をよこしたかと思えばすぐにそっぽを向いた。
「大丈夫や。その、なんも見てへん、から」
しどろもどろな返答に私はふふっと笑ってしまう。
私を傷付けないよう必死に考えた言い訳が『なんも見てへん』とは、無理がある。
お腹くらい見えとってもおかしくないのに。
私は口元に手を添えると「言い訳下手やなぁ」と続けた。
「おかげで、目ぇちゃんと覚めたでな」
「……あっそ」
若干不貞腐れ気味の謙也くんは、テニスバッグを担ぎ直すと「これ」と手のひらに乗せたものを見せてきた。
私は謙也くんの手のひらを覗き込む。
一粒ダイヤのネックレスがちょこんと乗っていた。
「テニスコートに落ちとって」
私は謙也くんの手からそれをつまみ上げる。
こないだ、謙也くんのお父さんに直してもらった部分が壊れてしもうとる。
「壊れてしもたかぁ」
直したといっても応急処置。
丸カンで繋げただけのネックレスは、さすがに強度が足りひんかったみたい。
……やっぱあかんのかな。
千切れたチェーンを指でなぞると、おばあちゃんの笑顔がふっと浮かんで、心の奥がチクリと痛む。
同時に、大切な人の最期に立ち会えなかった悲しみがよみがえってくる。
私はそんな心の内を悟らせないように、作り笑顔を張り付けると「拾ってくれてありがとうな」と告げた。
「また、直そか?」
謙也くんが首を傾げた。
思わず驚いて「え?」と言えば、彼は腕を組んで考えを巡らせる。
「こないだ、おとんが直したところが外れただけやろ?」
謙也くんがネックレスを覗き込んだ。
「また繋げは、ひとまずは着けられる状態になるやろし」
そこまで言うと、謙也くんは私を見つめる。
「それか、彫金屋さん持ってくなら付き合うで」
当たり前に告げられる謙也くんの申し出があたたかい。
こんなにも、人のためを思って寄り添える彼の器の大きさに唖然としてしまう。
私は胸に広がるあたたかさを噛みしめつつ、首を横に振った。
「どうするかちょお考えてみるわ」
「……最後は彫金屋さんに出して直してもらうつもりやけど、コンクールまでに手元に戻って来おへんかったら嫌やさかい」
そう言えば、謙也くんは「分かった」と頷いて、ニッと笑った。
「ほな、帰ろか」