7話:Something is wrong with her.

時間とは残酷なもので、噂や事実の広まりと共に、真優の周りは、きっちり線引きされていった。

――自分の保身に走って距離置いた奴。
そして、真優は真優やって分かっている奴。

分かってくれる奴らが残ったのには、正直ほっとした。
けど、それだけやない違和感が、ずっと胸に居座っとる。

なんやこのところ、真優に避けられとる気がする。

前は、部活でもクラスでもくだらんことよう喋っとった気ぃするのに、最近ぱったりなくなった。

それどころか、話し掛けようとしても「お友達待たせてるから、今度でええ?」とか「先生に呼ばれてるさかいに」とか。
伸ばした手のひらすり抜けていく感覚に、そっと焦燥感が広がる。

違和感はそれだけやない。

授業中、真優の瞬きの間が妙に長い。
休み時間もぼんやりしている時間が増えた。
移動教室のとき、友達と楽しそうに話しとるなと思ったら、急にふらついて支えられとるとこも、何回か見た。

「真優ちゃん! どないしたん?」
「ちょっと立ちくらんでしもた!」

日々積み重なっていく、小さな違和感の正体を――俺はまだ見つけられずにいる。

□ + ◇ + □

数週間後、あの事件の残り香も薄れ、ようやく日常に戻った安堵感が漂う。
俺の頬の傷もすっかり治ったしな。

その空気感に反して、真優の目の下には酷いクマができとって、俺は気が気やなかった。

友人たちも気が付いて「真優ちゃん、そのクマどないしたん?」と心配している。
真優は「ええー? ほんま?」と言いながら、ポケットから取り出した手鏡を覗き込み自分で驚いていた。

その驚きが本当かわざとか。
そこまでは正直読み取れない。
やけど、驚いているはずやのに、目だけが笑ってへんで。

真優は友人にクマを指さしながら首を傾げた。
「お化粧して隠した方がええと思う?」
真優の問い掛けに、隣にいた友人はふっと小さく吹き出すと続けた。

「まあ、隠した方が元気には見えるんちゃう?」
「じゃあ明日は隠して来よかな」

そんな会話が真優の周りで和やかに進んで行く。
話そこそこに切り上げると、席を立ち上がった。

次の授業、移動教室やからな。
俺も、白石と連れ立って真優たちに続いた。

□ + ◇ + □

階段を下り、別の階段を上る。
ほんま、学校ってなんでこないに複雑な構造しとるんやろ。

俺と白石の前方で、真優と友人が楽しそうに話している。
それを見ながら、ぽつりと白石が言った。

「なあ、謙也」
「うん?」
「最近、真優と部活以外の話ってしたか?」

問い掛けられ、俺は返答に詰まる。
正直なところ、あの一件以来、部活以外のことはほとんど話していない。

――ただの気のせいやと思いたかってんけど。
白石が言うならやっぱそうなんやろな。

嫌われたわけやない。
でも、確実に避けられとる。

俺は「まあ、ぼちぼちやっとるよ」と答えを濁すことしかできんかった。
自嘲してふと視線を上げた瞬間。

階段に乗せられるはずの真優の足が段差を空踏みした。
ほぼ同時に、肩が揺れる。

「えっ」

真優の純粋な驚きの声が宙に舞った。
その数段上で「あ、ごめん――っ!? えええっ!?」と、ぶつかった相手の声も飛ぶ。
けど、そんなんどうでもええくらい周囲の音が遠のいて。

「っ!」

気付けば俺は、真優の背中を抱きかかえていた。
グッと一気に体重が掛かって、支える腕に力が入る。
うしろの方で、いろんなものが散らばる音が聞こえた。

心臓が早鐘のように鳴っている。
腕の中で、きつく閉じられた真優のまぶたが、恐る恐る開いた。

震える吐息。顔面は蒼白。
数回呼吸を繰り返し、真優が俺を見る。

目が合った瞬間、俺は堰を切ったように声を掛けた。

「大丈夫か!?」

焦りが言葉に滲む。
抱きかかえた部分から、鼓動が伝わってくるみたいや。

「……だい、じょぶ」

真優は震える声でそう答え、視線を逸らす。

「真優ちゃん!」
「真優!」

青ざめた友人が駆け寄ってくる。
同時に白石も「大丈夫かいな!?」と真優の顔を覗き込んでいた。

真優を立たせようとするものの、完全に腰が抜けてしもうてて一人で立つことなんかできる状態やなくて。
しゃーなし、階段に座らせてやる。

真優の手が腕から離れん……。

俺は小さく息を吐くと、ぶつかった奴に向かって「ほんま気ぃつけやー」と告げた。

できるだけ、いつもの調子で。
苛立ちとか動揺とか、声に乗らんようにして。

ぶつかった奴は真優に「ほんま、すまん!」と謝罪を述べて、一足先に階段を上っていく。

真優は改めて俺を見ると「謙也くん、ありがとうな」と、へにゃりと笑った。

でも、その笑顔にもまだ動揺が隠せていない。
ただ、俺を安心させようと作った笑顔が張り付けられとって――混乱が収まるには、もう少し時間が必要っぽい。

俺は、腕をつかんだままの真優の手に、反対の手を重ねると、少しでも彼女が落ち着けるようにと声を掛ける。

「真優も。気を付けなあかんで」
「……うん。ごめんな」

返事と共に、するりと真優の手が離れた。
俺は自身の動揺を隠すため「白石」と呼び掛ける。
白石の視線が俺に向いた。

「なんや?」
「ちょお真優んこと頼むわ。俺、先生に言うてくる」
「そんなん、俺――」
「なに言うてんねん? 俺のが足速いやろ」

そう言って、笑顔を浮かべた。
顔に張り付けただけの不完全な笑顔。

多分、白石は気付いたけど、俺が動揺しとってこの場に残れんのも察してくれたんやと思う。
白石は頷くと「ほな、よろしく頼むわ」と背中を押した。

真優を白石と友人に託して、俺は先に階段を駆け上がる。

ほんまは傍におりたい。
やけど、俺が動揺しとる。
こんな状態のまま、傍におったらボロが出る。

――真優んことは、白石らに任せといたら大丈夫やろ。
それよりも、や。

俺は歩きながら、自分の手のひらを見る。
真優の温もりが残るその手が、小刻みに震えていた。

無事でよかった。
それが大半の気持ちやけど――。

あいつ。
ぶつかる前に足、踏み外してへんかったか?

真っ青な顔に目の下のクマ。
手は驚きと恐怖で震えとった。
やのに、なんとなく表情はぼんやりしとって。

なんや、心ここにあらずっちゅーか。
――夢と現実の狭間でうつらうつらしてたっちゅーか。

ぞわりと泡立つ感情に支配されてしまう。
もし、真優が足を踏み外したのが先やったら?
そう思い詰めたところで、首を振る。

まさか、そんなことは……。

弱々しい否定を胸に、俺は大きくため息を吐いた。
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