6話:家族
あのあと、私は謙也くんのお家の晩ごはんに呼ばれた。
夕食はとても美味しくて、あたたかい味がした。
途中、帰ってきた謙也くんの弟の翔太くんが「はー⁉ 兄ちゃんが彼女連れて来とる!」と大慌てで友人に連絡を入れようとするのを阻止したり(そもそも彼女ではないけれど)。
お母さんやお父さんのからかいを、真に受けたりにぎやかな食卓だった。
それから、前に東京でネックレスを拾ってくれたもう一人のお兄さん――侑士くんにテレビ電話を繋いでもらった。
侑士くんによると、私が転校してきたその日に、謙也くんから電話があったらしい。
ただ「そんな偶然あるかいな」と今の今まで半信半疑やったそう。
壊れてしまったネックレスは、謙也くんのお父さんが直してくれた。
ただ『直した』といっても応急処置。
プラチナでできた細いチェーンは専門技師の修理が必要で、時間がかかってしまう。
だから、ひとまず。
そう言って謙也くんのお父さんは小さな丸カンを使って、細いチェーン同士を繋げてくれた。
他にも、飼っているイグアナを見せてもらったり(名前はハヤブサ言うらしい。謙也くんらしいてちょっと笑った。)、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
□ + ◇ + □
すっかり暗くなった住宅街を歩く。
私の首元で、再びつながったネックレスが小さく揺れている。
「あんまり遅くならんうちに送って行き」
という謙也くんのお母さんの一言で、私は謙也くんの家を後にした。
帰り際、玄関でもう一度だけ「本当にすみませんでした」と謝れば、お母さんは私の肩に手を置いて、柔らかくほほ笑んでくれた。
「また、遊びにおいでな」
その一言が嬉しくて、私は「ありがとうございます」と強く頷いた。
夜風になびく髪を耳に引っ掛け、隣を歩く謙也くんを見上げる。
お父さんとお母さんの勢いに、終始飲まれっぱなしだった謙也くんが、ようやく解放された、という表情を浮かべている。
小さく笑った私に、不意に視線が向き「なんや?」と首を傾げた。
「んーん。なんでも」
「なんやそれ」
「家族ってあったかいんやなぁって思っただけ」
「騒がしいの間違いちゃう?」
照れ隠しにそっぽを向く横顔に、少しだけ近付く。
肩がかすかに触れる距離に、今はいたかった。
一瞬、ぴくりと動いた謙也くんの腕が、落ち着きを取り戻すように真っ直ぐ降ろされる。
お母さんから庇ってくれた背中。
本気で怒ってくれた声。
差し伸べられた大きな手。
優しい眼差し。
それから――絶対的な味方でいてくれる笑顔。
……守られてばっかりやな。
「謙也くん、ほんまにありがとうな」
心からの感謝が風に乗った。
謙也くんは目を細めると「おう」と短く返す。
自宅の少し手前の路地で歩みを止める。
「ここまででええよ」
不思議そうな彼に「家ん前まで送るで?」と当然のように言われたけど、首を横に振る。
「お母さんに見られたら大変や」
右頬をツンツンと指さす。
「謙也くん、左のほっぺただけや済まなくなるで」
おどけて言ったつもりでも、謙也くんの表情は複雑に歪んだ。
一呼吸おいて、真っ直ぐな声が落ちてくる。
「これだけは約束して」
すっと、目の前に小指が差し出される。
「なんかあったら、すぐ連絡して。遠慮とか、いらんから」
「あんなん見たあとで、ほんまは家帰すんも……」
――ほら、優しい。
謙也くん、優しすぎるんよ。
「……謙也くんはええ人やなぁ」
嬉しくなって目を細める。
「分かった。ちゃんと約束する」
差し出された小指に、私はそっと指を絡めた。
こんな過分な優しさ。
向けられたら好きになってまうやろ?
やからこそ――
夜の街灯の下、手を振って背を向けた。
互いに「また、明日」と言葉を交わし、影が離れていく。
――あないに優しい人、もう巻き込みたないなぁ。
背中に残るぬくもりが、歩くたびに薄れていくのが惜しかった。
□ + ◇ + □
音を立てないよう、自宅の扉をそっと開ける。
家の中は真っ暗で、かすかにお酒と煙草の混じった匂いが漂ってきた。
リビングを覗けば、転がる空き缶の山。
その真ん中で、お母さんが突っ伏して眠っている。
深いため息を押し殺し、静かに自室へ足を運ぶ。
廊下に差し込む薄明かりで、尚がすでに帰ってきているのが分かった。
私は何もする気力なんてなくなって、ベッドに倒れ込んだ。
ひやりと冷たいシーツが身体を包み込む。
謙也くん家との温度差を思い知る。
――落差、えげつな……。
諦めにも似た気持ちを胸に私はそっと目を閉じた。
夕食はとても美味しくて、あたたかい味がした。
途中、帰ってきた謙也くんの弟の翔太くんが「はー⁉ 兄ちゃんが彼女連れて来とる!」と大慌てで友人に連絡を入れようとするのを阻止したり(そもそも彼女ではないけれど)。
お母さんやお父さんのからかいを、真に受けたりにぎやかな食卓だった。
それから、前に東京でネックレスを拾ってくれたもう一人のお兄さん――侑士くんにテレビ電話を繋いでもらった。
侑士くんによると、私が転校してきたその日に、謙也くんから電話があったらしい。
ただ「そんな偶然あるかいな」と今の今まで半信半疑やったそう。
壊れてしまったネックレスは、謙也くんのお父さんが直してくれた。
ただ『直した』といっても応急処置。
プラチナでできた細いチェーンは専門技師の修理が必要で、時間がかかってしまう。
だから、ひとまず。
そう言って謙也くんのお父さんは小さな丸カンを使って、細いチェーン同士を繋げてくれた。
他にも、飼っているイグアナを見せてもらったり(名前はハヤブサ言うらしい。謙也くんらしいてちょっと笑った。)、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
□ + ◇ + □
すっかり暗くなった住宅街を歩く。
私の首元で、再びつながったネックレスが小さく揺れている。
「あんまり遅くならんうちに送って行き」
という謙也くんのお母さんの一言で、私は謙也くんの家を後にした。
帰り際、玄関でもう一度だけ「本当にすみませんでした」と謝れば、お母さんは私の肩に手を置いて、柔らかくほほ笑んでくれた。
「また、遊びにおいでな」
その一言が嬉しくて、私は「ありがとうございます」と強く頷いた。
夜風になびく髪を耳に引っ掛け、隣を歩く謙也くんを見上げる。
お父さんとお母さんの勢いに、終始飲まれっぱなしだった謙也くんが、ようやく解放された、という表情を浮かべている。
小さく笑った私に、不意に視線が向き「なんや?」と首を傾げた。
「んーん。なんでも」
「なんやそれ」
「家族ってあったかいんやなぁって思っただけ」
「騒がしいの間違いちゃう?」
照れ隠しにそっぽを向く横顔に、少しだけ近付く。
肩がかすかに触れる距離に、今はいたかった。
一瞬、ぴくりと動いた謙也くんの腕が、落ち着きを取り戻すように真っ直ぐ降ろされる。
お母さんから庇ってくれた背中。
本気で怒ってくれた声。
差し伸べられた大きな手。
優しい眼差し。
それから――絶対的な味方でいてくれる笑顔。
……守られてばっかりやな。
「謙也くん、ほんまにありがとうな」
心からの感謝が風に乗った。
謙也くんは目を細めると「おう」と短く返す。
自宅の少し手前の路地で歩みを止める。
「ここまででええよ」
不思議そうな彼に「家ん前まで送るで?」と当然のように言われたけど、首を横に振る。
「お母さんに見られたら大変や」
右頬をツンツンと指さす。
「謙也くん、左のほっぺただけや済まなくなるで」
おどけて言ったつもりでも、謙也くんの表情は複雑に歪んだ。
一呼吸おいて、真っ直ぐな声が落ちてくる。
「これだけは約束して」
すっと、目の前に小指が差し出される。
「なんかあったら、すぐ連絡して。遠慮とか、いらんから」
「あんなん見たあとで、ほんまは家帰すんも……」
――ほら、優しい。
謙也くん、優しすぎるんよ。
「……謙也くんはええ人やなぁ」
嬉しくなって目を細める。
「分かった。ちゃんと約束する」
差し出された小指に、私はそっと指を絡めた。
こんな過分な優しさ。
向けられたら好きになってまうやろ?
やからこそ――
夜の街灯の下、手を振って背を向けた。
互いに「また、明日」と言葉を交わし、影が離れていく。
――あないに優しい人、もう巻き込みたないなぁ。
背中に残るぬくもりが、歩くたびに薄れていくのが惜しかった。
□ + ◇ + □
音を立てないよう、自宅の扉をそっと開ける。
家の中は真っ暗で、かすかにお酒と煙草の混じった匂いが漂ってきた。
リビングを覗けば、転がる空き缶の山。
その真ん中で、お母さんが突っ伏して眠っている。
深いため息を押し殺し、静かに自室へ足を運ぶ。
廊下に差し込む薄明かりで、尚がすでに帰ってきているのが分かった。
私は何もする気力なんてなくなって、ベッドに倒れ込んだ。
ひやりと冷たいシーツが身体を包み込む。
謙也くん家との温度差を思い知る。
――落差、えげつな……。
諦めにも似た気持ちを胸に私はそっと目を閉じた。