6話:家族
ようやく、腫れが収まってきた謙也くんの頬から私はそっと手を離す。
謙也くんの頬を冷やし続けていた濡れタオルはすっかりぬるくなっとった。
謙也くんの熱をある程度吸い取ってくれたんやと思う。
まじっと頬を見つめれば、今更気恥しくなったのか謙也くんの目が泳いだ。
「どない?」
ぶっきらぼうな問いに、私は頷いて返す。
「ひとまず、ええんちゃうかな?」
それから、ぐるりと部室を見渡す。
「あとは湿布貼っといたら……」
救急箱とか、あるんやろか?
「いっちゃん奥の棚の上んとこ」
不意に謙也くんの声が聞こえてくる。
私が救急箱探しとるん、分かったんやろな。
その優しさに小さく笑みをこぼすと、私は「分かった」と立ち上がった。
――一番奥の棚の上。
言われた通りの場所に、よく見る十字マークのついた木箱を見つけた。
私はつま先立ちで手を伸ばす。かすりもしいひん。
私は一瞬で諦めると、足場になりそうなものを探す。
そうこうしているうちに、ふっと笑う音が聞こえた。
ギィっと音を立て、謙也くんが立ち上がったのが分かった。
それから、彼は私の肩に手を置いて、背後からいとも簡単に救急箱を取って見せる。
――近……っ!
謙也くんの香りが鼻をかすめる。
石鹸みたいな柑橘系の香り――多分、お家の柔軟剤。
謙也くんは「ほれ」と私に救急箱を渡してくる。
「……ありがと」
受け取って間近で見上げて礼を述べれば、やっと気付いたみたいで謙也くんの頬に紅がさしていた。
気付くん、遅ない?
そんなことを考えつつも、私は謙也くんを再度ベンチに座るように促す。
――なんやの、この人。
近くおったら心臓何あっても足りひん気ぃする。
座った謙也くんの横に救急箱を置いて、ふたを開ける。
理路整然と並んだ医薬品の数々に、私は暫し目を奪われた。
男子部のわりにきれい過ぎる。
偏見が入っている気もするけど、こういう備品の取り扱いって普通、雑なものなんやないん。
私は速攻でお目当てものを取り出すと、封を切って湿布を一枚取り出した。
裏のフィルムを剝がしていると、不意に謙也くんが問う。
「結局入部届出したん?」
私は瞬いたあと、謙也くんに「ちょおじっとしとって」と続けた。
「出したよって」
そこまで言って、小さく笑ってしまう。
「千歳くんが書いた偽造書類」
そう言えば謙也くんの目が「は?」と見開かれた。
私は謙也くんの頬に湿布を貼り付けると「嘘やないで」と続ける。
「千歳くんが届けてくれた入部届にな、なんでか分からんけど『小鳥遊真優』って書いてあってん。不思議やろ?」
「そらまた、けったいな……」
思わず見合わせて吹き出した。
「したら、もうマネージャーってことでええんやんな?」
「よろしくお願いします」
軽く頭を下げれば、謙也くんの手がふわりと頭に乗せられた。
「こっちこそ。改めてよろしゅうな」
それから、彼は頭を掻き続ける。
「したら備品の場所、ちぃと変えなあかんな」
聞けば、今まではこういった細々した作業は白石くんが行っとったから、備品は軒並み部室の上の方に仕舞われとるみたい。
私は、ははあと納得すると、そりゃ届かんわけやわ、と一人頷いた。
謙也くんが立ち上がる。
「そろそろ戻ろか」
「そやね」
私も同じように立ち上がった。
救急箱を棚の端の方に戻して、謙也くんのあとに続く。
謙也くんが部室のドアノブに手を掛けた瞬間「あ、そうや」と思い出したように振り返った。
「これだけは言うとかなあかんと思ってたんやった」
「なに?」
謙也くんが一呼吸置いた。
それから、真剣な表情になって私を真っ直ぐ見据える。
瞳の奥が、わずかに光を帯びる。
「俺は、何があっても真優ん味方やで」
一拍、強く心臓が脈打つ。
瞬間、時間が止まった気がした。
その声には軽い冗談も、慰めも混ざっとらんかった。
ただ真っ直ぐで、揺るぎない響きだけが胸に届く。
私は何度目か分からない涙腺の緩みを、ぐっと堪えて目を柔らかに細めた。
「……ありがとう」
息を吸って、言葉を探す。
このタイミングでしか言えない。
逃げたら、きっと後悔する。
「うちも、謙也くんに言わなあかんことがあるねん」
首を傾げる彼に、私はほんの一瞬だけ視線を落とす。
「今日、謙也くん家、謝りに行くわ」
謙也くんの頬を冷やし続けていた濡れタオルはすっかりぬるくなっとった。
謙也くんの熱をある程度吸い取ってくれたんやと思う。
まじっと頬を見つめれば、今更気恥しくなったのか謙也くんの目が泳いだ。
「どない?」
ぶっきらぼうな問いに、私は頷いて返す。
「ひとまず、ええんちゃうかな?」
それから、ぐるりと部室を見渡す。
「あとは湿布貼っといたら……」
救急箱とか、あるんやろか?
「いっちゃん奥の棚の上んとこ」
不意に謙也くんの声が聞こえてくる。
私が救急箱探しとるん、分かったんやろな。
その優しさに小さく笑みをこぼすと、私は「分かった」と立ち上がった。
――一番奥の棚の上。
言われた通りの場所に、よく見る十字マークのついた木箱を見つけた。
私はつま先立ちで手を伸ばす。かすりもしいひん。
私は一瞬で諦めると、足場になりそうなものを探す。
そうこうしているうちに、ふっと笑う音が聞こえた。
ギィっと音を立て、謙也くんが立ち上がったのが分かった。
それから、彼は私の肩に手を置いて、背後からいとも簡単に救急箱を取って見せる。
――近……っ!
謙也くんの香りが鼻をかすめる。
石鹸みたいな柑橘系の香り――多分、お家の柔軟剤。
謙也くんは「ほれ」と私に救急箱を渡してくる。
「……ありがと」
受け取って間近で見上げて礼を述べれば、やっと気付いたみたいで謙也くんの頬に紅がさしていた。
気付くん、遅ない?
そんなことを考えつつも、私は謙也くんを再度ベンチに座るように促す。
――なんやの、この人。
近くおったら心臓何あっても足りひん気ぃする。
座った謙也くんの横に救急箱を置いて、ふたを開ける。
理路整然と並んだ医薬品の数々に、私は暫し目を奪われた。
男子部のわりにきれい過ぎる。
偏見が入っている気もするけど、こういう備品の取り扱いって普通、雑なものなんやないん。
私は速攻でお目当てものを取り出すと、封を切って湿布を一枚取り出した。
裏のフィルムを剝がしていると、不意に謙也くんが問う。
「結局入部届出したん?」
私は瞬いたあと、謙也くんに「ちょおじっとしとって」と続けた。
「出したよって」
そこまで言って、小さく笑ってしまう。
「千歳くんが書いた偽造書類」
そう言えば謙也くんの目が「は?」と見開かれた。
私は謙也くんの頬に湿布を貼り付けると「嘘やないで」と続ける。
「千歳くんが届けてくれた入部届にな、なんでか分からんけど『小鳥遊真優』って書いてあってん。不思議やろ?」
「そらまた、けったいな……」
思わず見合わせて吹き出した。
「したら、もうマネージャーってことでええんやんな?」
「よろしくお願いします」
軽く頭を下げれば、謙也くんの手がふわりと頭に乗せられた。
「こっちこそ。改めてよろしゅうな」
それから、彼は頭を掻き続ける。
「したら備品の場所、ちぃと変えなあかんな」
聞けば、今まではこういった細々した作業は白石くんが行っとったから、備品は軒並み部室の上の方に仕舞われとるみたい。
私は、ははあと納得すると、そりゃ届かんわけやわ、と一人頷いた。
謙也くんが立ち上がる。
「そろそろ戻ろか」
「そやね」
私も同じように立ち上がった。
救急箱を棚の端の方に戻して、謙也くんのあとに続く。
謙也くんが部室のドアノブに手を掛けた瞬間「あ、そうや」と思い出したように振り返った。
「これだけは言うとかなあかんと思ってたんやった」
「なに?」
謙也くんが一呼吸置いた。
それから、真剣な表情になって私を真っ直ぐ見据える。
瞳の奥が、わずかに光を帯びる。
「俺は、何があっても真優ん味方やで」
一拍、強く心臓が脈打つ。
瞬間、時間が止まった気がした。
その声には軽い冗談も、慰めも混ざっとらんかった。
ただ真っ直ぐで、揺るぎない響きだけが胸に届く。
私は何度目か分からない涙腺の緩みを、ぐっと堪えて目を柔らかに細めた。
「……ありがとう」
息を吸って、言葉を探す。
このタイミングでしか言えない。
逃げたら、きっと後悔する。
「うちも、謙也くんに言わなあかんことがあるねん」
首を傾げる彼に、私はほんの一瞬だけ視線を落とす。
「今日、謙也くん家、謝りに行くわ」