1話:はじまりの幻想曲
春休みの昼下がり。
東京の空はやけにまぶしくて、俺は従兄弟の侑士ん家のソファに沈み込んでいた。
「コンサートぉ?」
伯父さんの声に俺――忍足謙也は思わず声を裏返らせる。
「なんや、珍しな」
従兄弟の侑士も気怠げに上体を起こして眉を上げとる。
伯父さん――侑士のおとんは俺たちの前でポスターをひらひら振ると「せや」と続けた。
「ちょい前に患者さんにもろてんよ」
伯父さんもおとんも医者やから、こういう話は時々ある。
もちろん、金品の受け取りとかは絶対せんけど『行かれへん自分の代わりに……』とか『食われへんから……』とか、そういうの。
「孫娘が出るんやて。行きたかったんやろけど、その人ついこないだ亡くなってな」
伯父さん、大学病院に勤めて長いから。
きっとこういうことは何回も経験しとるんやろけど、難儀な話やな。
「行きたいんやけど、どうしても仕事抜けられんで」
「せっかく謙也くんも来てるんや」
伯父さんが柔らかい表情で俺と侑士を見た。
「俺の代わりに二人で行ってきい」
俺と侑士は顔を見合わせ、ポスターを覗き込む。
「なんや、年近い子ばっかやな」
「新人演奏会やねんて。音楽やっとるお前らにはええ刺激になるやろ」
伯父さんが笑う。
侑士はバイオリンとピアノが弾ける。
俺もドラムが叩ける。
音楽やっとるっちゃ、やっとるけど……。
「まあ、そうかもしれんけど」
侑士が頭を掻いた。
返事渋っとるときのこいつの癖や。
とはいえ、俺も似たようなもん。
伯父さんの気持ちを汲んで、行くのが筋っちゅーもんなんやろけど。
正直、男子中学生がクラシックコンサートで楽しめるかは微妙。嫌いやないけど、遊園地のほうが確実にテンション上がる。
そんなことを考えていると、隣からふっと小さな笑い声が聞こえてきた。
「謙也、行っても寝そうやもんな」
「寝えへんわ!」
侑士の馬鹿にした声音につい早口で返すと、伯父さんが慌てて割って入った。
「そう言わんと行ってき」
伯父さんは俺と侑士の肩をぽんっと叩いてため息交じりに続ける。
「……ちなみに、言うてた孫娘っちゅーんはこの子な」
指示されたのは、黒髪に紺色のドレスをまとった女の子。
他のどの出演者と比べても、飛び抜けて色が白くて――まるで人形みたいに整っとる。
「えらい別嬪さんやな」
侑士が数回瞬いてから呟く。
その言葉に伯父さんが「やろ?」と続けた。
「京都の子ぉやって、東京来るたびに顔のぞかせとってな」
院内でも可愛すぎるって話題になっとったわ。
そんな伯父さんの説明が耳に入らんくらい、俺はその写真から目を離せんかった。
――なんでやろ。
初めて見る子やのに、胸ん中がざわつく。
ただ、可愛ええとか、そんなんやなくて。
なんか……。
やけど、俺ん中にはそれを正確に言い表す言葉は存在しとらんくて。
無言のまま写真見つめとったら、呆れ調子の声が聞こえてきた。
「効果てきめんやな」
侑士がわざとっぽくため息を吐く。
思わず、しまったっと顔を上げる。
言い返そうにも、いつの間にか俺の顔は熱くなっとって。
口を開けば開くほど墓穴を掘る気しかせん。
「謙也くんは、目で楽しめそうや」
そんな俺の様子に伯父さんが笑う。
「ち、ちゃうって!」
「分かりやすいやっちゃな」
「うっさいわ!」
ほんま、侑士の奴……。
あとで覚えとけよ。
無言で口をへの字に曲げていると、やれやれと言った調子で伯父さんが口を開いた。
「ほら、これ」
目の前にチケットが二枚差し出される。
「演奏会、今日やからな。気ぃ変わらんうちに渡しとくで」
東京の空はやけにまぶしくて、俺は従兄弟の侑士ん家のソファに沈み込んでいた。
「コンサートぉ?」
伯父さんの声に俺――忍足謙也は思わず声を裏返らせる。
「なんや、珍しな」
従兄弟の侑士も気怠げに上体を起こして眉を上げとる。
伯父さん――侑士のおとんは俺たちの前でポスターをひらひら振ると「せや」と続けた。
「ちょい前に患者さんにもろてんよ」
伯父さんもおとんも医者やから、こういう話は時々ある。
もちろん、金品の受け取りとかは絶対せんけど『行かれへん自分の代わりに……』とか『食われへんから……』とか、そういうの。
「孫娘が出るんやて。行きたかったんやろけど、その人ついこないだ亡くなってな」
伯父さん、大学病院に勤めて長いから。
きっとこういうことは何回も経験しとるんやろけど、難儀な話やな。
「行きたいんやけど、どうしても仕事抜けられんで」
「せっかく謙也くんも来てるんや」
伯父さんが柔らかい表情で俺と侑士を見た。
「俺の代わりに二人で行ってきい」
俺と侑士は顔を見合わせ、ポスターを覗き込む。
「なんや、年近い子ばっかやな」
「新人演奏会やねんて。音楽やっとるお前らにはええ刺激になるやろ」
伯父さんが笑う。
侑士はバイオリンとピアノが弾ける。
俺もドラムが叩ける。
音楽やっとるっちゃ、やっとるけど……。
「まあ、そうかもしれんけど」
侑士が頭を掻いた。
返事渋っとるときのこいつの癖や。
とはいえ、俺も似たようなもん。
伯父さんの気持ちを汲んで、行くのが筋っちゅーもんなんやろけど。
正直、男子中学生がクラシックコンサートで楽しめるかは微妙。嫌いやないけど、遊園地のほうが確実にテンション上がる。
そんなことを考えていると、隣からふっと小さな笑い声が聞こえてきた。
「謙也、行っても寝そうやもんな」
「寝えへんわ!」
侑士の馬鹿にした声音につい早口で返すと、伯父さんが慌てて割って入った。
「そう言わんと行ってき」
伯父さんは俺と侑士の肩をぽんっと叩いてため息交じりに続ける。
「……ちなみに、言うてた孫娘っちゅーんはこの子な」
指示されたのは、黒髪に紺色のドレスをまとった女の子。
他のどの出演者と比べても、飛び抜けて色が白くて――まるで人形みたいに整っとる。
「えらい別嬪さんやな」
侑士が数回瞬いてから呟く。
その言葉に伯父さんが「やろ?」と続けた。
「京都の子ぉやって、東京来るたびに顔のぞかせとってな」
院内でも可愛すぎるって話題になっとったわ。
そんな伯父さんの説明が耳に入らんくらい、俺はその写真から目を離せんかった。
――なんでやろ。
初めて見る子やのに、胸ん中がざわつく。
ただ、可愛ええとか、そんなんやなくて。
なんか……。
やけど、俺ん中にはそれを正確に言い表す言葉は存在しとらんくて。
無言のまま写真見つめとったら、呆れ調子の声が聞こえてきた。
「効果てきめんやな」
侑士がわざとっぽくため息を吐く。
思わず、しまったっと顔を上げる。
言い返そうにも、いつの間にか俺の顔は熱くなっとって。
口を開けば開くほど墓穴を掘る気しかせん。
「謙也くんは、目で楽しめそうや」
そんな俺の様子に伯父さんが笑う。
「ち、ちゃうって!」
「分かりやすいやっちゃな」
「うっさいわ!」
ほんま、侑士の奴……。
あとで覚えとけよ。
無言で口をへの字に曲げていると、やれやれと言った調子で伯父さんが口を開いた。
「ほら、これ」
目の前にチケットが二枚差し出される。
「演奏会、今日やからな。気ぃ変わらんうちに渡しとくで」
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