3話:義務とピアノと
帰宅後、私は弟の尚とお母さんの三人で食卓を囲む。
尚は私の二つ下――四天宝寺中学校の一年生。
急な転校にまだ顔に疲れが滲んでいる。
私のせいで、小学校からの友達が一人もいない環境になってしまったことに、胸が少し痛んだ。
――とはいえ、まだ中一。
これから新しい出会いが増えていくはず。
空気清浄機の低い唸りと、箸を置く音だけが響く静かな食卓。
その沈黙を裂くように、尚がぽつりと呟いた。
「なあ、姉ちゃん。この学校、部活義務制やって知っとる?」
一瞬で表情が固まる。
まずい――と思ったときには、もう遅かった。
ガシャンッ! と鋭い破裂音。
母の皿が床に叩きつけられ、破片が四方に散る。
「なんですって⁉」
「そんなこと勝手に聞いてきて、何考えてるのよ‼」
金属がきしむような声が耳を刺す。
尚は肩を縮め、顔色を失っていた。
「尚、早よ部屋行き!」
背中を押すと、尚は戸惑いながらも立ち上がる。
私の「姉ちゃんは大丈夫やから」という笑みに、小さく頷いて去っていった。
私はふぅっと息を一つ吐き出す。
淡々と――お母さんの神経を逆撫でしないように「怪我してへん?」と、心配するふりをして言葉を続ける。
「転入してみな分からんかったやろ?」
「尚は勝手に聞いたんちゃうよ」
「四天宝寺の校風やって教えてくれただけ」
心臓がドクドク鳴っている。
きっと、今のお母さんには何を言っても焼け石に水。
やけど、取り繕った嘘を並べても、あとからややっこしくなる。それなら……と、出来るだけ静かに事実を告げることに注力する。
けれど――。
「分からなかった? だから何よ!」
「これからどうするつもり⁉」
「ピアノも学校も中途半端で……っ」
お母さんは椅子を押しのけ、机に両手を突き出す。
椅子が倒れる音と、お母さんの荒い息遣いが響いた。
指先が白くなるほど力がこもり、全身が震えている。
――あ、やばいな。
瞬時、私はそう思った。
私は半歩後ろに下がると息を吸い込んで、ゆっくり吐き出した。
「うち、中途半端にせえへんよ。ピアノも学校も部活も」
次の瞬間、食卓が傾き、皿も汁物も空中を舞った。
落ちる音が重なって、部屋が一瞬で荒れた景色に変わる。
息を呑む間もなく、私はダイニングを飛び出し、自室へ駆け込んだ。
背後から「待ちなさい! 真優‼」と怒声が追ってくる。
バタンッとドアを閉め、勢い任せに鍵を閉める。
同時に、寄り掛かるようにして扉の前でずるずるとしゃがみ込んだ。
耳の奥ではまだ破片が転がる音がしていた。
「……もう、嫌や」
膝の中に隠した震えは、なかなか収まらない。
私は一粒ダイヤのネックレスをぎゅっと握りしめた。
自分のためにも尚のためにも。
何かを変えなあかん――そう思った。
尚は私の二つ下――四天宝寺中学校の一年生。
急な転校にまだ顔に疲れが滲んでいる。
私のせいで、小学校からの友達が一人もいない環境になってしまったことに、胸が少し痛んだ。
――とはいえ、まだ中一。
これから新しい出会いが増えていくはず。
空気清浄機の低い唸りと、箸を置く音だけが響く静かな食卓。
その沈黙を裂くように、尚がぽつりと呟いた。
「なあ、姉ちゃん。この学校、部活義務制やって知っとる?」
一瞬で表情が固まる。
まずい――と思ったときには、もう遅かった。
ガシャンッ! と鋭い破裂音。
母の皿が床に叩きつけられ、破片が四方に散る。
「なんですって⁉」
「そんなこと勝手に聞いてきて、何考えてるのよ‼」
金属がきしむような声が耳を刺す。
尚は肩を縮め、顔色を失っていた。
「尚、早よ部屋行き!」
背中を押すと、尚は戸惑いながらも立ち上がる。
私の「姉ちゃんは大丈夫やから」という笑みに、小さく頷いて去っていった。
私はふぅっと息を一つ吐き出す。
淡々と――お母さんの神経を逆撫でしないように「怪我してへん?」と、心配するふりをして言葉を続ける。
「転入してみな分からんかったやろ?」
「尚は勝手に聞いたんちゃうよ」
「四天宝寺の校風やって教えてくれただけ」
心臓がドクドク鳴っている。
きっと、今のお母さんには何を言っても焼け石に水。
やけど、取り繕った嘘を並べても、あとからややっこしくなる。それなら……と、出来るだけ静かに事実を告げることに注力する。
けれど――。
「分からなかった? だから何よ!」
「これからどうするつもり⁉」
「ピアノも学校も中途半端で……っ」
お母さんは椅子を押しのけ、机に両手を突き出す。
椅子が倒れる音と、お母さんの荒い息遣いが響いた。
指先が白くなるほど力がこもり、全身が震えている。
――あ、やばいな。
瞬時、私はそう思った。
私は半歩後ろに下がると息を吸い込んで、ゆっくり吐き出した。
「うち、中途半端にせえへんよ。ピアノも学校も部活も」
次の瞬間、食卓が傾き、皿も汁物も空中を舞った。
落ちる音が重なって、部屋が一瞬で荒れた景色に変わる。
息を呑む間もなく、私はダイニングを飛び出し、自室へ駆け込んだ。
背後から「待ちなさい! 真優‼」と怒声が追ってくる。
バタンッとドアを閉め、勢い任せに鍵を閉める。
同時に、寄り掛かるようにして扉の前でずるずるとしゃがみ込んだ。
耳の奥ではまだ破片が転がる音がしていた。
「……もう、嫌や」
膝の中に隠した震えは、なかなか収まらない。
私は一粒ダイヤのネックレスをぎゅっと握りしめた。
自分のためにも尚のためにも。
何かを変えなあかん――そう思った。