3話:義務とピアノと
あのあと、白石くんは「まあ、なんかあったら俺か謙也に言うてくれたらええわ。一番、事情分かってるしな」と付け足し、解散させた。
私はひとまず小春ちゃんについて回る。
小春ちゃん――金色小春ちゃんは、一応れっきとした男の子。でも、可愛いものが好きで仕方がないらしい。
現に、教えてもらいながら「んもう! ほんまに可愛いんやから」「女の子ってええよねぇ」と言っている。
一氏くんは小春ちゃんが私にキャッキャウフフしていると、どこからともなく現れて恫喝してくる。
正直、怖い。
銀さんはほんまどっしり構えとって、白石くんが頼りになる言うてた意味がよう分かる。
金ちゃんは人懐っこくて可愛らしい。
けれど、彼の打ったボールがフェンスにめり込んだときはゾッとした。これは、確かに人が飛んでしまう。
財前くんはピアニストの私のことを知ってくれとった。
作曲活動をしているみたいで、今度コードのことで相談に乗ってほしいと言われてしもた。
小石川くんは穏やかでなんでもそつなく熟す印象。
というか、他の子たちがキャラ濃すぎんねんよ。
多分、テニス部唯一のオアシス。
テニス部での白石くんは、教室より格好良さ三割増しってところやろか。
友人が心揺さぶられるのも分かる気がする。
そして、謙也くんは――とにかく足が速い。
あっという間にボールに追いついて、あっという間に返球してしまう。
――みんなすごいな……!
素直な感心を胸に、私は息を吸い込んだ。
傾き始めた太陽を背に、コートを走る足音が重なる。
「お疲れさま」
テニスコートの端の方で頭からタオルを被って座り込む謙也くんに、私はドリンクボトルを渡す。
謙也くんは驚いた表情を浮かべ、私を凝視する。
「なに? そんな驚いて?」
「いや、よう分かったな。これ俺のやって」
「分かるよって。こんな派手なん、謙也くん以外おらなさそうやん」
赤に黄色に緑――原色鮮やかなドリンクボトルを手にした謙也くんは、腑に落ちないといった表情でドリンクに口をつけた。
「ありがとうな」
私はゆるりと礼を述べる。
わけが分からなさそうな謙也くんに私は続けて言った。
「教室で白石くんに言うてくれたやろ? うちが困ってるって。やから、ありがとうって」
「どうにかしたりたかったからな」
ぶっきらぼうな物言いに、私はあははっと笑って謙也くんを覗き込んだ。
「謙也くんには助けてもらってばっかやなぁ」
途端に謙也くんは、目を逸らした。
「……っ! たまたまや、たまたま」
頬が赤い気もするけど、これは西日のせい、ってことにしといたろ。
□ + ◇ + □
あっという間に部活は終了時間を迎え、そぞろに帰路につき始める。
そんな中、白石くんが「どうやった?」と聞いてきた。
「むっちゃおもろかった! テニスって面白いんやね」
私は興奮冷めやらぬまま声を上げる。
白石くんは安心したように息を吐くと「そらよかったわ」と言った。
着替えが終わった謙也くんが「マネージャーするん?」と言いながら会話に入ってくる。
「そないおもろかったんやったら、入ったらええやん。部活どうするかって悩みも一緒に吹き飛ぶやろ」
「せやな。一応、部活義務の学校やしな」
ありちゃうか? と白石くんも賛同する。
私は彼らの言葉に心浮かれながら、不安げに眉を下げた。
「ありがたい誘いやけど」
私はどうしても踏ん切りがつかなくて言葉を濁す。
「うち、レッスンとかコンサートとかで、結構抜けてまうから」
――部活に入って迷惑を掛けたくない。
これは心から思っていること。
確かに私は選手やない。
やけど、部活に入ればそれなりの責任が発生するわけで。
そうなったときに、私はやっていけるんやろか。
私の不安を見抜いたのか、白石くんと謙也くんが目配せを送った。
それから、彼らはどちらともなく吹き出す。
「そら、その事情はもう知っとるからな。抜ける日ぃは前もって教えてくれたらそれで構わんし」
白石くんが、のんびりとした口調で言った。
「マネージャー言うても、今日の感じで全然オッケーやん。心配することあらへんで」
謙也くんも白石くんに同調する。
「ただ……」
白石くんがわずかに心配をのぞかせた瞳を私に向ける。
「男所帯やからな。無理強いはせんよ」
私は一瞬、そぞろに帰って行く部員たちを視界に収める。
「そやなぁ……」
みんな優しいて、部活でやっていけるんか、みたいな不安はあまり感じんかった。
やけど、やっぱり私は女の子で。
みんなは男の子で。
なんや全く気にせえへんかっていったら、そんなことはなくって。
それに――。
「マネージャーなったはええけど、大事なときにおらんとか普通にありそうで」
私は自分の手元を見る。
レッスン、コンクールにコンサート。
――それに伴う、リハーサル。
学校を休む理由なんて、山のようにあるわけで。
正直なところ、それが不安で仕方がない。
ぽつりと呟けば、白石くんと謙也くんが見合わせたのが分かった。それから、白石くんは頭を掻くと「せやなぁ」と続ける。
「自分がそう思うんも分かるけど。まあ、そんな気張らんでええんとちゃう?」
「ほんま?」
「試合出るんは俺らやし。もしマネージャーが来られへんってなってもどうにかできるしな」
「……それはそれで複雑」
「難儀なやっちゃなぁ」
白石くんはカラカラ笑うと、ふっと視線を謙也くんに向けた。
謙也くんが、一瞬目を見開いたのが分かった。
「それに、自分入部したら、謙也は喜びそうやけど」
そう言い切られ、謙也くんは目を白黒させる。
謙也くんは「は?」と声を上げ、慌てふためいた。
「な、なななんで俺?」
謙也くんが瞬きを二度、三度。耳の先までじわじわ赤くなるのが見えた。
「ちゃうん?」
「ちゃう……ことないけど。お前、それ言うか?」
声は裏返り、慌てて視線を逸らす。
指先で前髪をいじり、もごもごと口を動かす。その上、語尾に向かうにつれ小声になっていく始末。
その頬の色が、夏の日差しよりも熱そうやった。
彼らのやり取りに今度は私が怪訝な表情を浮かべる。
白石くんの視線が向けられて、私は意味をはかり切れず首を傾げる。途端に白石くんは笑い出した。
「すまん、すまん。ははっ! これは謙也、手強いでぇ」
「ちょお、ほんまええ加減にせえよ! 白石!」
楽しそうな彼らの様子に、つられて笑ってしまった。
私は笑いながら「なんや、よう分からんけど」と続けた。
「前向きに検討するわ」
そう口にした瞬間、肩の奥がふっと軽くなる。
白石くんはふっと表情を緩めると「そうしい」と続けた。
「すぐに入部せんでも、また遊びに来てから決めるでもええしな」
夕日が沈み始める空に、宵の明星がぽつりと灯っていた。
この学校で、私は――きっと自分の居場所を見つけられる。そんな気がした。
私はひとまず小春ちゃんについて回る。
小春ちゃん――金色小春ちゃんは、一応れっきとした男の子。でも、可愛いものが好きで仕方がないらしい。
現に、教えてもらいながら「んもう! ほんまに可愛いんやから」「女の子ってええよねぇ」と言っている。
一氏くんは小春ちゃんが私にキャッキャウフフしていると、どこからともなく現れて恫喝してくる。
正直、怖い。
銀さんはほんまどっしり構えとって、白石くんが頼りになる言うてた意味がよう分かる。
金ちゃんは人懐っこくて可愛らしい。
けれど、彼の打ったボールがフェンスにめり込んだときはゾッとした。これは、確かに人が飛んでしまう。
財前くんはピアニストの私のことを知ってくれとった。
作曲活動をしているみたいで、今度コードのことで相談に乗ってほしいと言われてしもた。
小石川くんは穏やかでなんでもそつなく熟す印象。
というか、他の子たちがキャラ濃すぎんねんよ。
多分、テニス部唯一のオアシス。
テニス部での白石くんは、教室より格好良さ三割増しってところやろか。
友人が心揺さぶられるのも分かる気がする。
そして、謙也くんは――とにかく足が速い。
あっという間にボールに追いついて、あっという間に返球してしまう。
――みんなすごいな……!
素直な感心を胸に、私は息を吸い込んだ。
傾き始めた太陽を背に、コートを走る足音が重なる。
「お疲れさま」
テニスコートの端の方で頭からタオルを被って座り込む謙也くんに、私はドリンクボトルを渡す。
謙也くんは驚いた表情を浮かべ、私を凝視する。
「なに? そんな驚いて?」
「いや、よう分かったな。これ俺のやって」
「分かるよって。こんな派手なん、謙也くん以外おらなさそうやん」
赤に黄色に緑――原色鮮やかなドリンクボトルを手にした謙也くんは、腑に落ちないといった表情でドリンクに口をつけた。
「ありがとうな」
私はゆるりと礼を述べる。
わけが分からなさそうな謙也くんに私は続けて言った。
「教室で白石くんに言うてくれたやろ? うちが困ってるって。やから、ありがとうって」
「どうにかしたりたかったからな」
ぶっきらぼうな物言いに、私はあははっと笑って謙也くんを覗き込んだ。
「謙也くんには助けてもらってばっかやなぁ」
途端に謙也くんは、目を逸らした。
「……っ! たまたまや、たまたま」
頬が赤い気もするけど、これは西日のせい、ってことにしといたろ。
□ + ◇ + □
あっという間に部活は終了時間を迎え、そぞろに帰路につき始める。
そんな中、白石くんが「どうやった?」と聞いてきた。
「むっちゃおもろかった! テニスって面白いんやね」
私は興奮冷めやらぬまま声を上げる。
白石くんは安心したように息を吐くと「そらよかったわ」と言った。
着替えが終わった謙也くんが「マネージャーするん?」と言いながら会話に入ってくる。
「そないおもろかったんやったら、入ったらええやん。部活どうするかって悩みも一緒に吹き飛ぶやろ」
「せやな。一応、部活義務の学校やしな」
ありちゃうか? と白石くんも賛同する。
私は彼らの言葉に心浮かれながら、不安げに眉を下げた。
「ありがたい誘いやけど」
私はどうしても踏ん切りがつかなくて言葉を濁す。
「うち、レッスンとかコンサートとかで、結構抜けてまうから」
――部活に入って迷惑を掛けたくない。
これは心から思っていること。
確かに私は選手やない。
やけど、部活に入ればそれなりの責任が発生するわけで。
そうなったときに、私はやっていけるんやろか。
私の不安を見抜いたのか、白石くんと謙也くんが目配せを送った。
それから、彼らはどちらともなく吹き出す。
「そら、その事情はもう知っとるからな。抜ける日ぃは前もって教えてくれたらそれで構わんし」
白石くんが、のんびりとした口調で言った。
「マネージャー言うても、今日の感じで全然オッケーやん。心配することあらへんで」
謙也くんも白石くんに同調する。
「ただ……」
白石くんがわずかに心配をのぞかせた瞳を私に向ける。
「男所帯やからな。無理強いはせんよ」
私は一瞬、そぞろに帰って行く部員たちを視界に収める。
「そやなぁ……」
みんな優しいて、部活でやっていけるんか、みたいな不安はあまり感じんかった。
やけど、やっぱり私は女の子で。
みんなは男の子で。
なんや全く気にせえへんかっていったら、そんなことはなくって。
それに――。
「マネージャーなったはええけど、大事なときにおらんとか普通にありそうで」
私は自分の手元を見る。
レッスン、コンクールにコンサート。
――それに伴う、リハーサル。
学校を休む理由なんて、山のようにあるわけで。
正直なところ、それが不安で仕方がない。
ぽつりと呟けば、白石くんと謙也くんが見合わせたのが分かった。それから、白石くんは頭を掻くと「せやなぁ」と続ける。
「自分がそう思うんも分かるけど。まあ、そんな気張らんでええんとちゃう?」
「ほんま?」
「試合出るんは俺らやし。もしマネージャーが来られへんってなってもどうにかできるしな」
「……それはそれで複雑」
「難儀なやっちゃなぁ」
白石くんはカラカラ笑うと、ふっと視線を謙也くんに向けた。
謙也くんが、一瞬目を見開いたのが分かった。
「それに、自分入部したら、謙也は喜びそうやけど」
そう言い切られ、謙也くんは目を白黒させる。
謙也くんは「は?」と声を上げ、慌てふためいた。
「な、なななんで俺?」
謙也くんが瞬きを二度、三度。耳の先までじわじわ赤くなるのが見えた。
「ちゃうん?」
「ちゃう……ことないけど。お前、それ言うか?」
声は裏返り、慌てて視線を逸らす。
指先で前髪をいじり、もごもごと口を動かす。その上、語尾に向かうにつれ小声になっていく始末。
その頬の色が、夏の日差しよりも熱そうやった。
彼らのやり取りに今度は私が怪訝な表情を浮かべる。
白石くんの視線が向けられて、私は意味をはかり切れず首を傾げる。途端に白石くんは笑い出した。
「すまん、すまん。ははっ! これは謙也、手強いでぇ」
「ちょお、ほんまええ加減にせえよ! 白石!」
楽しそうな彼らの様子に、つられて笑ってしまった。
私は笑いながら「なんや、よう分からんけど」と続けた。
「前向きに検討するわ」
そう口にした瞬間、肩の奥がふっと軽くなる。
白石くんはふっと表情を緩めると「そうしい」と続けた。
「すぐに入部せんでも、また遊びに来てから決めるでもええしな」
夕日が沈み始める空に、宵の明星がぽつりと灯っていた。
この学校で、私は――きっと自分の居場所を見つけられる。そんな気がした。