3話:義務とピアノと

結局、あのあと私は白石くんに「一旦考えてみる」と返事した。

そして、放課後。
私はこっそりテニスコートを覗きに来ている。
白石くんは「見学来るなら、また言うてな」と言っていたけれど。

みんなで同じジャージを着てわいわいがやがや。
ウォームアップをしたり、ラリーをしたり、走り込みに筋トレ――。

「……楽しそうやな」

今まで部活に縁のない中学校生活を送ってきたから、何もかもが新鮮。
切磋琢磨して、技術を磨いて。
同じ目標に向かって突き進めるなんて、正直ちょっと羨ましい。

たった一人で舞台に立ってきた私とは違う。
もちろん、支えてくれた先生や友達もおるけど、そういう事やなくて。
全員で前線に立って目標に向かっていく――仲間がいるのはきっと心強いんやと思う。

舞台は一人。
でも、みんなには仲間がいる。
――その景色に、私は少しだけ憧れてしまった。

羨ましさに胸の奥がチリっと痛んだとき、不意に謙也くんと目が合った。
バレてもうた、とあわあわしていれば、謙也くんが白石くんに耳打ちしている姿が見えた。

それから、白石くんの視線もこちらに向く。
私は今更どうしようもなくなって二人に軽く手を振った。

「なんや、来てくれたんかいな」

白石くんが私のところに駆け寄って、声を掛ける。

「うん。急でごめんな。ちょっとだけ見てみよ思て」
「かまへんよ。今日見てく?」
「ええの?」
「ええで。部長許可や」

そう言って白石くんは笑った。つられて私の口角も上がる。
白石くんは「ほな、ちょお着いてきて」と、テニスコートへ慣れた様子で向かっていく。

「集合ー!」

白石くんの号令に、散り散りになっていた部員が集まり始める。
たくさんの視線が注がれる中、私は居た堪れなくなって謙也くんを見た。

謙也くんは目が合ったことに驚くそぶりを見せたけど、すぐに柔らかくほほ笑んでくれる。

やっぱ、なんだかんだ優しいんよな。
……まあ、急に名前で呼んできて距離感バグっとるとは思うけど。

そんなことを考えていると、白石くんの声が響いた。

「紹介するで。部活見に来てくれた小鳥遊真優さんや」
「三年生で、俺と謙也と同じクラス」

白石くんの口からスルスルと言葉が紡がれていく。

「で、事情があってがっつり部活できへんから、マネージャーならいけるかもしれんってことで、来てもろてる」

白石くんとは転入初日以来、あまり話していなかった。
それにもかかわらず、ただのクラスメイトのことをよく覚えているなと感心してしまう。

「うちの部には今マネージャーおらんから、ドリンクの準備とかいろいろ小春に聞いて教えてもろて」
不意に白石くんの視線が私に向く。
「分かった」
そう言えば集められた部員の中で、一人ぶんぶんと手を振っている人がいることに気が付いた。

「うちが小春よーん! よろしくねぇ、真優ちゃん」
思いのほか濃いキャラの登場に、面を食らってしまう。
「よ、よろしゅうね?」

「小春は俺らと同じ三年やから、なんでも聞いたらええわ」
「分かった」

「あ? お前、小春に指一本でも触れたら死なすど」
緑のヘアバンドを巻いた男の子が凄んでくる。
私は思わずびくついて、白石くんに助けを求めるように視線を向けた。

「ユウジ! 怖がらせるようなこと言うたらあかん!」
白石くんは一喝すると、ため息交じり私に視線を戻す。
「あれは一氏ユウジ。小春のダブルスパートナーやねん。ちょお言葉きついけど堪忍な」

ちょおきついってレベル?
今、死なすって言われたけど?

京都でそんなん聞いたことないわ、なんてバレんようにため息を吐く。
『これやから大阪は……』って言われるねん。

「……分かった」

「なあなあ、姉ちゃんはテニスせぇへんの?」
赤髪の小さな男の子が問う。
弟と同じくらいの体格やから、多分中一?

「金ちゃん、今マネージャー言うたやろ? この子はテニスしません」
「なんやー。ワイ、テニスしたかったわぁ」

この子、多分テニスめっちゃ好きなんやろなぁ。

「金太郎はん、それは無理やわ。金太郎はんのボール受けたら、飛んでいってしまうで」

スキンヘッドの体格の大きな男の子が穏やかな声音で答える。
……男の子って言ってええんやろか。男性?

私は変な顔になって、そんな言葉を飲み込んだ。

「そんなん銀もやんかぁ!」
「……師範らのテニスはテニスとちゃう」

短髪にピアスをじゃらじゃら付けた子がため息交じりに告げた。

というか、テニスで飛んでいくとか何事……?
疑問ばかりが浮かぶ私に、白石くんがやれやれと言った。

「赤髪のちっこいのが遠山金太郎。中一期待のルーキーや」
「ほんで、こっちのでっかいのが石田銀。三年生で頼りになるからな、なんかあったら銀に聞くんでもええ」
「それから、こっちは二年の天才プレイヤー財前光」

遠山金太郎やから金ちゃんな。
石田くんはなんや銀さんの方がしっくりくる。戒名的な。
こう見ると、財前くんは普通の子に見えるよなぁ。ピアスつけ過ぎやけど。街で知らんとすれ違ったらちょお怖いけど。

「分かった……」

「で、こっちのが小石川健二郎。うちの副部長で、今ここにおらんけど千歳千里っていうでっかいのもおるわ」

あ、小石川くんこそザ・普通って感じかも!
千歳くんがどんな人か分からんけど、よかったぁ普通の人おって。

「分かった!」

そう答えたけれど、心の中は混乱だらけやった。

赤髪、緑のヘアバンド、ピアスじゃらじゃら。
テニス部ってこんなにバリエーション豊かなん?
あ、それを言うなら謙也くんも金髪か。

私は改めて紹介された面子を順繰りに見る。

いや、濃い……濃い、濃い!

――ほんまにテニス部?
漫才師の集まりとかやなくて?
名前を覚える前に、キャラの濃さに気圧されそう。

そんな私を見て、白石くんが口元を押さえて笑った。

「自分、さっきから『分かった』しか言うてへんけど大丈夫かいな」

指摘されて、思わず「あっ」と声が漏れる。頬に熱が集まり、反射的に頭をかく。

「や、なんや呆気に取られてしもて」

咳払いを一つ。
気を取り直して、少しだけ背筋を伸ばす。

「三年の小鳥遊真優です。今月転入してきたばかりで、分からへんことばっかやし、入部するかもまだ分からへんけど。今日はよろしくお願いします」
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