3話:義務とピアノと

「……え、義務?」

がやがや騒がしい教室に私の声がぽつりとこぼれた。
隣の席の友人が「うん」と頷いて続ける。

「うちの学校、部活義務制やからさ」
「真優ちゃんどうするんかな? って」

四天宝寺中学校に入学して早数週間。
すっかり四天宝寺の制服に袖を通した私は、なんとかクラスで上手くやっている。

とはいえ、すでに何日かピアノ関係で休んどって、一部の子から『マジか』みたいな目で見られとることにも気付いとる。

それでも、大半のクラスの子らは理解してくれとって。
優しい学校やなと思っていたり。

「義務、義務なんや」

友人の言葉と自分の思考を巡らせ、思わず表情がひくついた。
友人は笑って、私の難しい顔に納得したように呟いた。

「でも、そうやんな。真優ちゃん結構お休みするもんなぁ」
「そやねん。やから迷惑がかからんようにしたいんやけど」

腕を組んで唸れば、友人が「新聞部とかは?」と続けた。

「名前だけ入れてもろて。負担も少ないんちゃう?」
「このクラスって新聞部の人おる?」
「ええっと……確か白石くんが兼部やったような」

友人の言葉に私は白石くんの方を見る。
白石くんは頬杖をついて本を読んでいる。

不意に友人が「白石くんてほんま格好ええよなぁ」と呟いた。
目がとろんとしとって、まるで恋する乙女。
分かりやす、と思いつつ私は彼女と一緒になって白石くんを見る。

――まあ、確かにかなり顔は整っとるよねぇ。

なんて、ほんのり頬を赤らめる友人に視線を戻す。
私はなんとなしに「そやなぁ」同意すると、困ったように眉を下げた。

「白石くん、テニス部が忙しすぎるから、新聞部の活動免除されてるだけやないん?」
「それは、否定しきれんな」
「そやんなぁ」

まさかこの学校が部活義務制やと思ってへんかった。
基本的に迷惑を掛けてまうから、今まで部活に入ったことはなくって。

運動部なんてもっての外。
怪我をしたときのことを考えると恐ろしい。
だからといって、文化部も活発だと気が引けてしまう。

「年一くらいの活動の部活とかない?」
「真優ちゃん。それは無理やよ」
「ですよねー……」

私は思わず、机に突っ伏した。
「どないしよ」
私の呟きは教室の空気となって消えていく。

――うちの悩みもこんな風に消えていけばええのに。

どうにもならないことを考え、小さくため息を吐いた。
それから、私は身体を起こすと「ところでさ」と、友人を見つめた。

「忍足くんのこと、みんななんて呼んでるん?」

この間、改めてネックレスを拾ってくれたお礼を告げたとき『あだ名みたいなもんやから、名前で呼んで』なんて言われたけれど。

それはそれとして。
私は緊張してしまって彼を名前では呼べていない。

話し掛けるたびに『忍足くん』と呼んどったら、困ったような、寂しそうな表情が返ってくるし。
そんな顔されるもんやから、若干の申し訳なさが出てきとって。

忍足くんにとってはあだ名みたいなもんなんやろけど。
ほんで、そのあだ名をいつまでも呼んでくれへんってのは寂しいやろな、ってのも分かるんやけどな。

参考までに、と思って聞けば、彼女はわけが分からなさそうに首を傾げる。

「謙也やけど?」
「やんなぁ。知ってた……」

私は諦め交じりの声でぼやく。

この学校で過ごして数週間。
本当に男子も女子も後輩も関係なく忍足くんのことは、皆一様に『謙也』と呼んでいる。

「それがどうしたん?」
「ぶっちゃけると、名前で呼ぶのに戸惑っとる」

そう告げれば、友人は一瞬目を丸くしてそれから笑った。
「え? なんで?」
心の底から分からないといった反応を返され、こっちが困惑してしまう。
私は少しだけむきになって口を尖らせた。

「やって、前の学校で男の子名前で呼ぶとかなかったで⁉」
「まあ、確かに白石くんとか名前で呼ぶんはハードル高いけど……謙也やで?」
「そういうもん?」

思わず頬杖をついて友人を見れば、彼女はうんうんと頷いて耳打ちをした。

「そうそう。謙也は謙也やし」
「謙也のこと名前で呼ぶくらいで。真優ちゃん、可愛らしいとこあんねんな」

くすくす笑う友人に私はむっと口をへの字に曲げる。
「悪かったですね。こんなしょーもないこと相談して」
むくれてそう返せば、友人は「ごめんて」と続ける。

「からかっとんのとちゃうんよ。なんや新鮮やなぁって思うただけ」
「あっそ」

愉快そうに笑う友人に毒気を抜かれてしまう。
私は小さくため息を吐くと、そっと忍足くんを覗き見た。
忍足くんはスマホゲームに夢中で――身体を動かしながら何かと戦っている。

――まあ、親しみやすい人ではあるんよな。

そんなことを考えつつ、友人に視線を戻した瞬間、彼女は何てことなさそうに口を開く。

「今、呼んでみれば?」
「……はい?」

瞬間、忍足くんの「ぬあー! 負けたー!」という声が響いた。
固まる私に友人はさらに追い打ちを掛ける。

「やって『気軽に呼んで』て、言われてるんやろ?」
「……そやけど」
「ほんなら呼んでみたらええやん」

気軽に言うてくれる。
いや、そらみんなからしてみれば名前で呼ぶのなんて朝飯前かもしれんけど。
うちにとったら、ものすっごいハードルなわけで。

ただ……。
私はもう一度だけ、忍足くんを盗み見る。
いつまでも名字で呼び続けとったら、しょんぼりしてまいそうよなぁ、あの子。

そんなことを考えとったら、ふっと忍足くんと目が合うた。
思わず目を見開けば、忍足くんも同じように見開いて、首を傾げている。

ええいっ!
目が合うたのも、何かの縁や!

そう気合を入れて、私は息を吸い込んだ。
――さすがに、呼び捨ては無理やけど。

「謙也くん、ちょっといい?」

口にした途端、心拍数が跳ね上がった。
身体は熱くなるし、指先まで真っ赤やし。
友人はええ顔で笑うてるし。

思わず友人を睨んで、苦虫を嚙み潰したよう顔になる。
そんな私と対照的に、忍足くん――もとい、謙也くんはぱっと表情を明るくして、嬉しそうに笑っている。

周りにお花咲きそうな勢いやな。
名前呼んだだけでこんなに嬉しそうにしてくれるんやったら、頑張って呼んだ甲斐があるかも、なんて。

謙也くんは数回瞬いたあと、スマホをポケットにしまって「どないしたん?」とこちらにやってきた。

私はどうにか平静を装いながら「あんな……」と、この学校の部活事情について口を開いた。
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