微熱のままで

あなたじゃなきゃだめだから



秒針だけが虚しく部屋に鳴り響く深夜二時。
いつも隣で寝ているはずの不破がいないそのスペースは、私の心にぽっかりと穴を開けるには充分すぎるほどの空白だった。どこかに出掛けているのだろうか。ウトウトしながらも、斜め上の位置に無造作に置かれている彼の枕にふと手を伸ばして、自分の方へとぐっと引き寄せる。

ふわりと鼻腔をくすぐる、甘ったるくてオリエンタルな香りは、より一層心を切なくさせてしまって、全くもって逆効果だった。それでも私は枕を離すどころか、ぎゅっと抱きしめては香りを深く吸い込む。何してるんだろ…と、心の中で呟きながらも、いつかの肌を重ねた日のことをうっかり思い出してしまって体が火照り、あちこちが疼いてしまう。

だめだと分かりつつも、ナイトウェアのスカートの中に手を伸ばし、確かに熱を持つそこを慰めてみるものの、自分のか細い指じゃ届かないし、満足なんて出来なかった。それでも、不破の香りを感じればぬちっと卑猥な水音が響くことには響く。若干の後悔ともどかしさを胸に抱えながら、指を滑らせていると目の前が嘘みたいにパッと明るくなった。

「へっ…?」

情けない声を上げて目を大きく開き身体を起こすと、部屋の入口には不破が腕を組んでこちらの方をじっと見つめていた。どうして、と声を上げる余裕なんかなくて、私は冷や汗と共にただただ不破に分の悪い視線を集中させることしか出来なかった。

「…な、不破く…何で…いるの…?」
「…いたら悪いか?」

悪いに決まっている。ここにはいないと思っていたのに。不破は口角を僅かに上げて、組んでいた腕を下ろすと私の方へじわりとにじみ寄る。ぎしっ、と床が軋み、体を捻ったまま彼を見ている私の横に腰を下ろすと、ベッドが少しだけ彼の方へと鈍く沈み込んだ。
乱れたナイトウェアに、足元にだらしなく広がる捻じれたショーツ、紅潮した顔、額に滲む汗の玉をじっくりと観察されれば、弁解する余地なんてないと思うものの、私は必死に首を横に振った。

「あの…違っ…これは……」
「…言い訳なんてしなくてもいい。人間の生理現象なんだから何も驚かない。だが…」
「…な、何…?」
「…そんなに我慢が出来ないんだな。君は」

銀白色の前髪を揺らしながら、少しだけ顔を傾けて微笑まれ、指摘されたその言葉によって私の頬にカッと熱が集中した。淫らな女だと思われたくはないけど、我慢出来ないものは仕方がない。そもそも最後に肌を重ねたのは、いつだったっけ。混乱する頭の中を一生懸命整理しながら私は思い出す。そうだ。三日前。たった三日前だ。

「そうだけど…ひ…ひとりじゃイケない…」

とんでもなく恥ずかしかったが、素直な気持ちを吐露すると、不破は俯く私の顎に手を掛けて唇を重ねる。深く、深く、何度も角度を変えながら甘い唇を重ねられ、薄っすらと開いた私の唇の間を割って彼の舌が大胆に差し込まれていった。熱を持った舌が口内を念入りに這い、歯列までしっかりと確かめるように探索される。私の口端からつぅっと唾液が漏れると、不破はそれすらも器用に奪い取っていく。

「…だろうな。君なんかの指じゃ飛べるわけがない。なぜなら…」

不破は後ろから私の体を引き寄せると、ナイトウェアのスカートを静かに捲り上げ、内腿に手を滑らせる。待って、という暇もなく剥き出しの秘所へ指を添えられると、既にじんわりと濡れていたそこは不破の指が這っただけで濡れそぼっていき、くちゅりと淫らな水音を響かせた。

「ぅ…あ……っ…」
「…君はもう、私以外じゃ感じない体にされているからな」
「…ぁっ…ん…」

執拗に秘所の入り口を指の腹でなぞられると、それだけでも頭がどうにかなりそうなほどに体全体が熱を帯びていく。そして満を持して不破の指が侵入すると、私の体は瞬時に跳ね上がった。ごつごつとした不破の指が一本、二本と入る度に、自分の指で慰めることがどれだけ意味を持たないかを思い知らされる。
奥深くを探られ、ぐちゃぐちゃに掻き回されると、みるみるうちに愛液が不破の指を濡らしていく。的確に気持ちのいいところを抉られ、耐えきれずに私は不破の腕に指を食い込ませて助けを求めるようにしがみついた。

「…でも…ちゃんと言わないと。私にどうしてほしいのか…何がシたいのか…」
「…ん…あぁっ…わかっ…た…言う…言うからっ…!」

不破はわざと指の動きを止めると、私の耳元に唇を近付ける。

「言ってみろ。さぁ早く…」
「…ぁ…ふ…不破くんと…シたい…気持ちよくなりたい…一緒に…」
「…最初からそう言えよ」

顔から火が出そうなほど面映ゆい願望を告げると、不破は乱暴に私を四つん這いにさせた。スカートを捲し上げられ、丸見えになったお尻にごつりとした手が添えられる。彼の滾った熱が秘所の入り口に触れただけで、私の口からは甘い嬌声が漏れ、体がピクリと震える。
待望の熱い肉塊を捻じ込まれて、その引き換えに私の愛液が溢れ出ていくと、ぬぷっと鈍い音を立てながら奥深くに熱が埋められていく。タンタンと打ちつけられる不規則な律動が私の体を悪戯に揺さぶり、シーツを握りしめながら、呻くような嬌声を漏らしていく。

「んっ…あぁっ…ふ、わ…く…ぅっ…ぁ…」
「気持ちいいか…?これが欲しかったんだろ?」
「…ぅ…んっ…ぁあ…あんっ…」

気持ちがいい、これが欲しかった、と言える余裕なんてなくて、私はただただ鳴くことしか出来なかった。容赦なく肉塊が叩き込まれ、奥深くを抉られていくたびに脳みそがどろりと溶けていくようだった。そういえば、最奥を貫かれてしまうとその人から離れることが出来なくなる、という話を聞いたことがあった。話半分に聞いていたけれど、まさか自分が体験する日が来るなんて。だから私は彼から離れられず、我慢が出来ない雌と化してしまったのだろうか。朦朧とする意識の中、不破は腰を折り曲げると私の耳元で悪魔のように囁く。

「…安心しろ。私じゃないとイケない体にさせてやるよ」

その瞬間、ゾワリと体を何かが走り抜ける。腰を打ちつける速度が速まると、私の快楽は一気に高まり、あっけなく頂点へと達した。体を痙攣させては突かれていくことを繰り返して、何度果てさせられただろうか。支配されていく感覚、自分が自分じゃなくなっていく感覚、全てが心地よくて気持ちがよかった。不破は肩で息を吐く私の上体をぐいっと起こして薄い腹を手で支えると、臍の下に手を添えてトントンと指で軽く叩きながら、口を開く。

「な、何するの…っ」
「…君のここに…私の熱があるのが分かるか…?ここは、女が一番気持ちよく感じられる場所だ…この下腹部を手で押さえながら貫けばどうなるか…知ってるか?」
「えっ…?」

不破の誘惑するように甘くて、挑発的な言葉に私の鼓動はドクンドクンとこれまでにないくらい強く高鳴る。既に何度もイカせられてるというのに、これ以上の快楽があるなんて、にわかに信じがたかった。返事をする暇もなく、不破は手で下腹部を軽く押さえると下から鋭く貫いた。

刹那――目の前がバチッと弾け、私は上げたことのないような喘ぎ声と共に背中を仰け反らせた。それは、間違いなく今までに味わったことのない極上の快楽だ。突かれていくたびに意識が歪み、訳が分からないまま息も絶え絶えになりながら私は激しい絶頂を迎える。夢かと思うほどの気持ちよさの連続だった。
それと同時に、私の中でどくどくと脈を打つ彼自身と、とろりと奥で溶けていく熱を感じて、一緒に達したということを快楽の余韻の中で徐々に理解していく。

しばらくして、二人の絡み合った体がようやく解け、私は肩を上下に動かしながらぐったりと力尽きるとベッドに体を沈ませる。お腹も腰も、砕ける一歩手前、いや、もう既に砕け散ったのかもしれないと思うほどには感覚がなくて限界だった。だというのに、不破は何事もなかったかのようにさっさと制服に腕を通して乱れた髪を整えている。なんて淡泊なんだろう。だけど、そんな姿を見つめているだけでも精神的な幸せがじんわりと押し寄せる。

「不破くんっていつも終わったあと、冷めてるよね。さっきの熱情が嘘みたい」
「…そうだな。でもこれで分かっただろ?君は私でないとだめな体になっているってことを」
「…ん…まあね」

不破はその相槌にフッと笑うと、まだベッドの上でうだうだしている私の髪に指を通して梳かしながら優しく整えた。
その不敵な笑みに、私の心はまたしても鷲掴みにされてしまう。
あぁ、完全に掌握されている。
そう思いながらも、私は不破の枕をぎゅっと抱きしめて目を閉じる。
――私はきっと、とんでもなく危険な男を知ってしまったのかもしれない。
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